菊地 パリコレがブラック・ミュージックを流すかどうかということと、この反対側にある、ブラック・ミュージックの人がパリ・モードを着るかっていうのが、今・・・今って言うか、本当に今期とかに焦点になるんじゃないかっていう。カニエ・ウエストは、去年から全部パリコレに来てるからね(笑)。
--- カニエの動向については、『服は何故〜』の中でも書かれていましたよね。
菊地 そう。全部来てて。まぁ、遊びに来てるわけないですよ。ビジネス視察ですよね。色々なカルチャー的な動きがあると。
ヒップホップのウェアは、生まれた時からダボダボの服でしょ?もしくは、オールドスクーラーだったら、スポーツウェアだよね。そこにやがて、バカげたほどでっかいメダルとかが付き始めるんだけど(笑)。あれは、ちょっとイメージをずらせば分かるんだけど、バップのファッションと全く同じだよね。オーバーサイズに、バカげた服飾品っていう。ランDMCと、ビバップの人たちは全く同じ格好しているから。形が違いますけど。でっかいメガネ、変なメガネ(笑)。セロニアス・モンクの指輪なんか、でっかくて弾きづらいでしょっていう(笑)。かえって痛いだろっていうね(笑)。そういう無茶な、攻撃的な、派手なジュエリー、ビジュ(Bijoux=宝石)と、初期のヒップホップの異様にでかい服っていうのは、何にも変わらないですよね。
服のでかさっていうのは結局、彼らがドラッグによって痩せたり太ったりするから、タイト・サイズだと、太った時に困るっていうさ。オーバーサイズにしておけば、どっちでも着れるっていうね(笑)。あとは、親のお下がりとかね。
逆に言うと、いつの時代でも、お金があって社会の上層にいる人の服は、タイトなんですよ。
--- そういう意味でも、マイルスはタイトだったんですね。
菊地 そう、タイト。で、下層にいる人の服は、全部ルーズなの。だから、ズート・スーツもそうだしね。ジャンプ系のビッグバンドの人も、分かりやすく言うとキャブ・キャロウェイとか。キャブ・キャロウェイのバンドにディジー・ガレスピーがいたんだけど、ガレスピーは多分、ファッションはそこから盗んでますよね。エリントン(デューク・エリントン)なんかは、もう金持っていたから、誂えの燕尾服を着てたでしょ?だから、もっと下の人ね。下っていうのは、もちろん音楽的にってことじゃなくて、所得的にって言ったらアレだけど(笑)、もっと下の娯楽の人たちは、ダボダボで変わった服着てっていう。
ヒップホップ初期が、今のAPEの服が高いっていうところで繋がっているのと、ズート・スーツが、後のジャズのスーツが高価になっていくっていうのと、全く同じ意味なんですよね。そういう意味では、ブラック・カルチャーには、ずっと一貫した流れがあって。変わった服と、ダボダボの服で、攻撃的に社会の底辺から出て行って、上がっていくと洋服がタイトになっていくっていうね。
ヒップホップは長らくフードで、デブ(笑)。要するに、いいもの食ってればやせてるんだから(笑)。ジャンク・フードばっかり食うから太るわけでしょ?こんなでっかい、相撲取りみたいなラッパーが着てもおかしくない服を着てきたんだけど(笑)。今じゃもう、ティンバランドもスーツだしね。それこそ、カニエはもうフードに戻らないし、ジェイ・Zだって、着たとしても高いフードだからさ(笑)。ていうか、もう自分たちで作ってるからね。
今、ブラック・ミュージシャンがこぞってスーツ回帰してるのは、彼らが社会的に上がってきて、お金持つようになったから、高いスーツになっただけで、ビバップの時代と何にも変わらないんですよ。次にまた、ハウスみたいなパンキッシュなブラック・ミュージックが生まれた時に、彼らはまたダボダボな服を着てるはずだし、それがまた絞られていくっていうのは、変わらないと思うのね。
ブラック・ミュージックの推移で言うと、今の状況っていうのは、R&Bが金になるってなって。でも、P・ファンクみたいな流れで、グラムっぽくなっていくっていうカタチじゃなくて、デューク・エリントンのスーツがよくなってきた時期だとか。まぁ、エリントンは、最初に金融都市であるニューヨークに来て、コットン・クラブで大儲けしたっていう、独り立ちしたみたいなところがあるから、シーンとは関係なかったけど。あるいは、西海岸ジャズなんかが羽振りがよかった頃と状況は似ていて、ブラック・ミュージシャンが自分たちのカルチャーのダボダボ服に、もう飽きたんだよね。
宝石に関しては、肌が黒ければ黒いほど似合うんだからさ。宝石の台が白いはずないんだから。宝石の台は全部黒でしょ?肌が白い人と黒い人が宝石付けるのでは、全く意味が違いますよね?で、どれだけジュエルが似合うかって、黒人の方が似合うわけよ。今年のVUITTONのジュエル・ラインのモデルは、ファレル・ウィリアムスなんで。でも、ファレルも、N.E.R.Dの新譜はベックみたいで、ものすごくガキなんだよね。だから、大人かガキかっていう問題と、金があるかないかっていう問題と、ドレスがアップしてるのかダウンしてるのかっていう問題が、いったん白紙になったんだよね、21世紀で。
20世紀までは、そのコンテキストがあったんだけど。子供はこういう服を着る、大人はこういう服を着る、金持ちはこういうスーツ、貧乏人はこうだっていうのが、また全部マッシュされて、何がどうなるのか分からない状況だけど、いちばん下の動きとしては、ブラック・ミュージシャンは地位が上がってきて、逆に、パリコレは下がってきてるんだよね。売れなくなってきてるから。で、市場としてのアジアも下がってきたと。もうこれ以上日本でVUITTONを増やしたって、売り上げは大して変わらないから。これからは、中国と韓国だからね。アジアの市場の中で日本は、もはや市場価値は失い、代わりにオタク・カルチャーを持ってるっていうことで、「トーキョー・クール」って言われて、世界中が大人であることをやめる役に買われててね。「マンガが面白い」とかいってさ。今年のMIUCCIA PRADAの服が、ガンダムみたいだったりとかってしてきたんですよ。
ボクが見る限り、そういう意味でのカルチャーの動きは、ファッション・ショーと、ブラック・ミュージックとを見てるだけで分かることは、それなりにはありますけど、ロックがどうなってるとかは、全然分からないんで(笑)。エディ・スリマン(ディオール・オムやイヴ・サンローランのディレクターを務めたパリのファッション・デザイナー。)は、ロックだとかって言いますけど。まぁ、スリマンも今いないしね(2007年にディオール・オムの主任デザイナーを辞任)。
ボクは、東コレ(東京コレクション)に期待しているんですけど。東コレは、音楽とすごく切れてるから。文服あがりの人が、音楽は何でもいいって思ってて、だけど、おしゃれっていうね。東コレが好きでドメスティック・ブランドを着るような人が、音楽と結び付けてくれたりすると、ありがたいなって思いますよね。だから、問いかけとしては、東コレでもいいですよっていうのはありますけどね。ジャズとは言ってるけど。
東コレの中で「ジャズ度」を感じさせるブランドって、今ないから。でもまぁ、HMVのジャズ担当の人がドメスティックのスーツ着てるわけだから(笑)、行くよね、UNDERCOVERとか。UNDERCOVERのスーツでジャズ・クラブに行って、まぁ、問題ないっていうさ。ブルーノートで、ブランデーとか飲んでて「オッケー」な東コレの服って、ちょっとすぐには出てこないですよね・・・だけど、いくつか出てくるかもしれないって。それは期待してますよね。そのためには、東コレの関係者にボクの音楽を聴いてもらったりとか、そういう流れもなきゃいけないんだけど。
こういう本書いてると、まずは、褒められるか、貶されるかってことを気にして読んでくれるってこともあり(笑)・・・いくつか読んでくれるからね、コレクション関係の人が。
--- THEATRE PRODUCTSなどは、ジャズとシンクロしたラインをスタートしそうな感じも・・・。
菊地 うん。THEATRE PRODUCTSも可能性高いですよね。ジャズよりは、クラブ・ミュージックに興味がありそうですけど。
--- 毎回、すごいコンセプトがしっかりしていますよね。
菊地 ありますね。逆に言うと、コンセプト過多っていうかね。まず物語があって、服作ってるようなところがあるから。まぁでも、「THEATRE」って言うぐらいだからさ。それでいいと思いますよ。
ファッション・ショーでは、
流れる限りどの音楽も全部、
ウォーキング・ミュージックになるわけで。
環境音楽も、クラシックも。
だけど、今だに主流はハウスですけど。
--- 『服は何故〜』のテーマ自体が、「ファッション・ショーで使われた音楽と、メゾンの服との関係性の考察」でした。ウォーキング・ミュージックというもの自体はそもそも存在せず、ファッション・ショーに使用され初めて、その「存在しない」ジャンルの形容を授かるという。
菊地 ファッション・ショーでは踊らないですからね、人は。ウォーキングするしかないんで。ウォーキングなんだから音楽は何でもいいかと思うと、ダンス・ミュージックが主にかかる場合が多くて。同じ曲がクラブでかかると、皆踊るわけじゃない?だけど、初めてかかったら誰も踊らない・・・それは、ファッション・ショーにおいては、ウォーキング・ミュージックなんだったていうね。
ファッション・ショーでは、流れる限りどの音楽も全部、ウォーキング・ミュージックになるわけで。環境音楽も、クラシックもウォーキング・ミュージックになるし。だけど、今だに主流は、ハウスですけど。ヒップホップはないんですよ。
--- でもそこに、カニエなりファレルの曲が食い込んでくるのでは?という考察ですよね。
菊地 そうそう。ヒップホップは、第一に言葉が汚いんで。日本人はね、飲み屋でヒップホップ・チャンネルなんかがかかってて、相当ヤバいこと言ってるんだけど(笑)、フツーに酒飲んだりしてるんですよね。あれは、単に英語が解らないからで、パリコレでかかってたら解っちゃいますから。ヤバいじゃないですか。ひとつは、そういった理由でかけられないっていうのがあるんだけど。でも、それはさ、安全なものに書き換えればいいわけじゃない?カニエのリリックなんて、どんどん説教じみてるっていうか、「いい人生を前向きに生きよう」って感じに変わってきてるわけなんだし。
で、上層部側は、ヒップホップの音楽が流れただけで、野球帽に、フードで、ギラギラって思っちゃうんで、何にしても、イメージ的にはマイナスですよね。だから、同じ黒人がやってる感じでも、ガラージは流れるわけよ。黒人特化じゃないけど、ハウスも流れるっていうね。
でも、歌詞がキツいって言っても、ロックは流れるんだから。元々お国のものだからさ。ロックの退廃的な歌詞とか、別に平気で流れるんですよ。だから、何かが決壊しちゃえば、ヒップホップはアリになると思うんですよね。
--- ブラック・アイド・ピーズぐらいであれば、かかっていてもよさそうなものですけどね。
菊地 ですよね。ブラック・アイド・ピーズだと、いつかかったっておかしくないよね。ファーギーだったりね。でも、聴いたことないですね。ほんの一瞬、D&Gで、ティンバランドがかかったことがあったんだけど・・・少なくともここ4年間のパリコレでは聴いたことないですね。
歌が主流じゃない、サウスとか西海岸ものみたいな、リリックやライム中心のものはかかったことないですね。ああいうミニマルなさ、ビート1発で、何人も何人も入れ替わり立ち替わりで、永遠と喋くるっていう(笑)、あれはないですね。言葉汚いし、訛ってるし。
でも、ああいうのこそが、ボクは合うと思うんですよ。実際、家にあるファッション・ショーの映像と、ヒップホップの音楽で合わせてみて、「合うな」ってやってるんだけど。大学では、それを見せたりしてますからね。DJキャレドとかさ、ゴリゴリのやつ流して、全然合うじゃんって。言葉さえ解んなければ、完璧だよっていう。まぁ、そういう方向にはやがて行くんじゃないかっていうね。ただ、順序としては、やっぱり東海岸からかなっていうところですよね。
今、Youtubeで見れますけど、N.E.R.Dが、ザック・ポーゼンっていうニューヨーク・コレクションのデザイナーのメゾンのファッション・ショーに出ましたけどね。しかも、新しいアルバム(『Seeing Sounds』)のシングル曲で、VUITTONの宝石のテレビ・コマーシャルに使われていたものが、やっていいのかなって思うんだけど、使われてるの。で、着てるのがAPEなの(笑)。APE着て、ザック・ポーゼンのショーに出てんの。
--- (笑)アリなのでしょうね。
菊地 そこら辺が、どうアリになってるのか、実に興味あるんですけど、調べようがないんで、今はただ映像を見てるだけなんですけど。
そのショーは、最後のモデル以外全員ウォーキングするんだけど、最後のモデルだけ踊るのよ。黒人で。だから、ファッション・ショーなんだけど、最後ディスコになっちゃうんですよね。それは、すごく面白かった。