七里圭監督作品 『眠り姫』
Friday, March 27th 2009
いくら寝ても、寝たりない。
人が姿を見せない。からっぽの風景に、濃密な人の気配と声だけがさざめく。記憶の奥深くまで語りかけてくる、この奇妙な世界に入り込むと、いつしか人の孤独な心だけが見えてくる。
『眠り姫』に写し出されるのは、ありふれた日常の、ありえない光景。人間が、ほとんど姿を見せないのだ。登場人物の濃密な気配はするが、声だけが響く。恐ろしいほどの美しい心象風景が、人を写す以上に人の孤独を、情感を浮き彫りにする。これは、冬の淡くうつろう光を狙い、足掛け2年の歳月をかけて生み出された、奇蹟のような映像詩。
監督は、『のんきな姉さん』で鮮烈なデビューを飾った異才・七里圭。前作に続き、敬愛する漫画家・山本直樹の原作に挑み、その迷宮的なテキストを読み解く。山本直樹原作の「眠り姫」は、芥川龍之介の死をモチーフにした内田百閧フ短編小説「山高帽子」が原典。映画『眠り姫』は、前作『のんきな姉さん』の公開の際の記念イベント“山本直樹の小部屋展”のために企画され、上映された中編作品だった。
しかし、七里監督は、本企画作に秘められた可能性をさらに押し広げ、極限まで突き詰めるべく、さらに1年以上もの時間をかけて、有志スタッフとともに製作を続行。ほぼ全編に渡って、撮影及び録音をし直し、まったく新しい長編映画としての再構築を試みた・・・。冬の樹の影を追い求め、夜明けの光を、霧の出を静かに待ち続けた執念の結晶が、ついに劇場用映画となって完成した。
わたしだってひとりになりたいときがある・・・。ぼんやりと意識が希薄になっているときに、人の眼にはどんな景色がうつっているのだろうか?
誰かに会うのがわずらわしい。誰とも話しがしたくない。そんな、誰にでもある、どうしようもない気持ち。毎日、同じ日常の繰り返し。家と職場の往復。何の変化もない毎日は続いていく。そんなひとりの女性が抱える、ぼんやりとした不安。言葉にできない心の中の景色を『眠り姫』は差し出す。目の前にあるものが、ただ通り過ぎて行く。目の前にあることに、感情が動かない。触ったはずなのに、感覚がない。人がいるはずなのに、いない。誰にも起こりうる崩壊のきざし、そこに差しのばされた手は"救い"なのだろうか・・・。
存在すら確かでない登場人物たち・・・。その声に耳をすまし、不可思議な映像に身をゆだねていると、主人公・青地の心の奥底が、いつしかレントゲン写真のように浮かびあがってくる。露わになった人の心の危うさを垣間見るとき、我々はいまだかつて観たことのない、まったく新しい映画体験をする。
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STORY
どうも、何かが変なのです。
「今、出てきたトイレの中に、誰かがいるような気がしてならない・・・」
パジャマ姿の青地(つぐみ)が眩しそうにカーテンをめくる。もう陽も高い。中学校の非常勤教師をしている彼女は、このごろ学校に行くのがおっくうで、いくら寝ても寝不足の感じが抜けない。長くつきあい過ぎた彼氏(山本浩司)との会話は上滑りし、好きだという気持ちも、すでにおぼろになっている。繰り返し見続けるのは、記憶とも妄想ともつかぬ、奇妙な夢。どうも、何かが変だ。
職員室では、面長の同僚教師・野口(西島秀俊)が、自分の顔のことは棚に上げて、青地の顔をだんだん膨らんでいると笑う。帰宅すれば、トイレに貼った猫の写真が、何か言いたげにこちらを見ている。そこはかとない現実への違和感が、青地の心を占めていき、やがて青地の中で、意識と無意識の境界線が消えていく・・・。
STAFF
監督・脚本・撮影:七里圭
原作:山本直樹
音楽:侘美秀俊 演奏:カッセ・レゾナント
CAST=VOICE
つぐみ、西島秀俊、山本浩司、大友三郎、園部貴一、榎本由希、橋爪利博
張替小百合、横山美智代、五十嵐有砂、馬田幹子、弦巻尚子、坂東千紗、北田弥恵子、斉藤唯、新柵未成、斉藤前田
激賛の声止まず───UPLINK Xにて、遂に5度目のアンコール上映決定!お見逃しなく!!
2009年3/28(土)〜4/3(金) 1週間限定レイトショー 連日20:50〜
また、大阪でも遂に、シネ・ヌーヴォXにて、待望のアンコール上映!
2009年3/28(土)〜4/17(金) 3週間限定ロードショー!
3/28(土)〜4/3(金) 11:20 / 13:00 / 14:40
4/4(土)〜4/10(金) 15:30 / 17:10 / 18:50
4/11(土)〜4/17(金) 15:30 / 17:10
COMMENT
映画のような映画じゃないような不思議な作品、僕は好きです。
山本直樹 (原作者)
なぜ眠る女が魅力的なのか映像を通じて教えられたように感じる。その女はよく眠る。眠る女が発するのは夢がはらむ心地よいめまいだ。だから人をひきつける。うまくつかめないもどかしさが、だからこそ、魅力になる。
宮沢章夫 (劇作家・演出家・作家)
雲と木が怖いくらいに奇麗だった 手は変 (だよね) 日本の家屋はどうして怖いのか 日本が恋しくなる理由のすべてが詰め込まれていた この2、3週間の間に この映画を何回も繰り返して見た そんなことをしたのは初めて 女の子が作った映画なのかと思った
花代 (踊り手・歌手)
人は一日のうちに何万回もの瞬きを繰り返して生きている。起きて活動している間もその瞼の裏側の現実の残像を白昼夢のように見ながら生活しているわけだ。そのサブリミナルな映像は心の内側にまで投影され、もうひとつの日常の物語りを創り出す。
中野正貴 (写真家)
映画は人が出るのが当たり前という考えは、人間の奢りであるとこの作品を観て気づきました。 空、太陽、木々、机・・・まわりを見てみれば、人間以上に存在感のある物たちが濃厚な気配を漂わせています。
辛酸なめ子 (漫画家、コラムニスト)
この映画は登場人物がほとんど画面に映り込まず、キャラクターの設定はほんの少しのキーワードを与えられるだけで、鑑賞者に委ねられている。にもかかわらず、まるでその姿が見えているかのように当たり前に存在してしまっている。それを奇妙とも思わず、ストーリーに入り込んでしまっている私は、どんな不自然な状況にも考え込まず対処できる「夢の中の私」のような状態だった。確実に目を閉じているのに見えているという感覚。そんな状態のまま、様々な常識を飛び越え、時間の感覚さえ奪われてしまう映画。それでいてリアルであるという矛盾。とてもリアルな夢がそうであるように、いつか映画として観たということを忘れ、自分が体験したことのように思い込んでしまう日が来るんじゃないかと、自分のことが少し怖くなる。
束芋 (現代美術アーティスト)
球がないボーリング場、車輪のない自転車、絵のない絵本・・・あり得ない現実は、状況によって、とてつもなくリアル。そんなリアルをあり得ない手法で実践した七里監督がすばらしい。この映画で見えてくるものはすべて「正しい風景」に思えてくる。僕もピンポン玉の転がる音は激しくうるさい。新しい共有感に乾杯である。
近藤良平 (コンドルズ主宰)
冨永昌敬監督の『パビリオン山椒魚』という映画のコピーは、"本当とか偽物とか、どうでもいいの。"だった。人は日頃、何を見て、何を想っているのだろう・・・。夢のように繰り返される、映像と声。これは現実?非現実?それとも本当?嘘?『眠り姫』の世界へようこそ。
今後の活動に注目!
