Dinosaur Jr復活!そして来日!

2005年3月13日 (日)

伝説のカルト・バンドが復活!

J Mascis、Lou Barlow、Murphのオリジナル・メンバーで復活を果たし、7月29から3日間にわたって行われる「FUJI ROCK FESTIVAL'05」に出演する事が決定した伝説のバンド、 Dinosaur Jrを特集します!

初期作品がリマスターで登場!

まだバンド名がDinosaurであった頃に発表された『Dinosaur』、同名バンドが存在する事が発覚しDinosaur Jrと名を改めて発表した2nd『You're Living All Over Me』、多くのファンから最高傑作と呼ばれる『Bug』の3作品がバンド結成20周年を記念してリマスター盤でリイシューされます。

しかも各タイトルそれぞれにボーナス・トラック/映像を追加しています。往年のファンの方も、今回初めてDinosaur Jrの名前を聞いた方にも嬉しいはからい!!

『Dinosaur』
ダイナソーJr.が1985年に発表したデビュー・アルバム。当初「ダイナソー」と名乗り本作リリース時にもJr.はついていなかったが、他に同名バンドが居ることが判明したため改名している。後のスタイルからするとギターの歪み方はまだカレッジ・ロック風であるところが特徴で、ベースの押し出し方もポスト・パンク風。また随所にパンク〜ハードコア出身者であることを示す記号が散りばめられているなどしている。ダイナソーJr.初来日時のオープニングを飾った”Severed Lips”。ジャラ〜ン、というクリーンなギターの響きで始まり延々ニール・ヤング風ヴォーカルが続き、オーディエンスの期待が高まったソロ部分でいきなりディストーションを踏み暴発。その場に居合わせた者全員が狂喜したのはいうまでもない。

『You're Living All Over Me』
ソニック・ユースのリー・ラナルドが参加したことで知名度を上げたダイナソーJr.のセカンド・アルバム(1987年発表)。冒頭からダイナソー独自の個性であるメロディックなジャンク・サウンドが爆発。ハードコアやある種のハード・ロックからの影響多大なラウドなディストーション・ギターを中心としたサウンドが渦を捲きながら疾走する。その上をひらひら舞うのはご存知ニール・ヤング風と称されたJ・マスシスのヘナヘナ声。M9はルー・バーロウが自宅で録ったウクレレ演奏とテープ・コラージュ。後の彼の行き方をも示唆するナンバーだ。ピーター・フランプトンのヒット曲“ショウ・ミー・ザ・ウェイ”のヴォコーダー部分を歪んだワウワウ・ギターを使いヘロヘロに仕上げた最終曲にニヤリ...と思いきや今回の再発に際して、思いっきり削られとるやんけ!代わりにボーナストラックにはEPで聴けたキュアーのカヴァーが...御大からのクレーム?まあ、愛らしいマペットのヘッドバンギングが観れるクリップ付きということで良し、としましょうか。

『Bug』
1988年発表の名盤!ニール・ヤング・ミーツ・ジャンクと呼ばれた”フリーク・シーン”(「ジャンク」とは当時日本だけで使われたある種のサウンド傾向を指す呼称で、ソニック・ユースやアルビニ率いるビッグ・ブラック〜レイプ・マン、ジョンスペのいたプッシー・ガロアなどがそう呼ばれた)。比較的ポップな感触とノイジーなギターの絶妙なハーモニーが結実したこの冒頭曲が、その後のダイナソーの傾向を決めていく(これは今思うとJ・マスシスの資質的な部分で、ルー・バーロウはもっとハードコアな曲や後のロウファイに繋がる感触を志向していたので本作後に脱退している)。とはいえ”ノー・ボーンズ”などグシャっとした音像の混沌としたナンバーも魅力的で、アルバム単位としても昆虫の不気味なジャケと相俟って独特の世界を築いている作品といえる(”フリーク・シーン”のクリップはキタナい大学生風のメンバー3人が骸骨を持ってフラフラしたり演奏するフリをしているものでこの適当さも強烈だった)。

バイオグラフィー

1965年アメリカ北東部マサチューセッツ州に生まれたJ Mascisを中心に結成されたバンド、Dinosaur Jr。幼い頃ハードロックなどを好んで聴いていたJ Mascisは80年代初めにアメリカ各地で巻き起こったハードコア・パンクのムーヴメントに触発され、自身もハードコア・バンドを結成。Deep Woundというバンドでドラマーとして活躍していた。

次第にハードコアへの興味も薄れていったJ.はドラムスからギターに持ち替え、Neil Youngがハードコアを演奏するようなイメージを具現化するため自身がフロントマンを勤めるバンド、Dinosaurを結成した。

85年、J.の友人が運営にかかわっていたインンディ・レーベル<Homestead>から1stアルバム『Dinosaur』をリリース。しかし同名バンド存在が判明したため、Dinosaur Jrと改名。その後も順調に活動を続けた彼らはSonic YouthThurston Mooreの紹介もあって当時のアメリカで1,2を争う規模のインディ・レーベルだった<SST>との契約をこぎつける。

<SST>からは87年に『You're Living All Over Me』、88年には『Bug』と2枚のアルバムをリリース。『Bug』発表後にはLou Barlowがバンドを脱退。

90年代に入り、バンドは遂にメジャーに移籍。91年にメジャー第1弾となる『Green Mind』を発表。93年には『Where You Been』を発表。Mike Johnson(b)が正式加入するがMurphはバンドを脱退した。94年には『Without A Sound』を発表。そして97年、暫くブランクを置いて『Hand It Over』を発表。しかしこれがDinosaur Jrとしてはラスト・アルバムとなる。そして98年バンドは解散を発表した。

※表示のポイント倍率は、
ブロンズ・ゴールド・プラチナステージの場合です。

ディスコグラフィー