橋本徹 (SUBURBIA) × 山本勇樹 (Quiet Corner)『Incense Music for Bed Room』特別対談

2024年03月19日 (火) 13:00

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コンパイラー・ライフ30周年を迎えた橋本徹(SUBURBIA)さんが満を持して手がける新コンピ・シリーズ「Incense Music」の第1弾『Incense Music for Bed Room』が3月13日にリリースされました。今回のシリーズは“香りと音楽のマリアージュ”がテーマということで、日常生活のリラックスした空気や親密な雰囲気の中に、様々なジャンルの曲が気持ちよくミックスされた素晴らしい内容に仕上がっています。そして今作もまた、選曲の妙はもちろんのこと、プレイリストでは味わえない曲順&曲間の心地よさが、プロダクトとしての魅力を最大限に引き出していて、ジャケットのアートワーク、マスタリング、エクスクルーシヴの新録音源においても、橋本さんのただならぬこだわりと意気込みが感じられます。個人的には、“サバービア〜カフェ・アプレミディ”の原点ともいえるシチュエイションや気分に寄り添った空間BGMを現代的にアップデイトさせた、非常に密度の濃い選曲になっていると思います。

今回は、そんな「音のアロマセラピー」のようなコンピCD『Incense Music for Bed Room』の発売を記念して、監修・選曲を手がけた橋本徹さんと、山本勇樹による特別対談をお届けします。

山本勇樹  

国内盤CD

Incense Music for Bed Room

CD特典

Incense Music for Bed Room

価格(税込) : ¥2,970

発売日: 2024年03月13日

先着特典:ステッカー

国内盤LP

Incense Music for Bed Room (アナログレコード)

LPレコード

Incense Music for Bed Room (アナログレコード)

価格(税込) : ¥4,000

発売日: 2024年04月27日

選曲・監修=橋本徹×アートワーク=藤田二郎、そして海外でも評価の高いジャズ〜チルアウト〜バレアリックの日本のトップ・アーティスト Calmがマスタリングを手掛ける新コンピ・シリーズ「Incense Music」が、インセンスミュージックワークスより2024年3月リリース・スタート(Suburbia Recordsの再始動作でもある)。

橋本徹による “香りと音楽” をテーマにした心安らげる生活空間のためのアンビエント〜ジャズ〜チルアウト〜バレアリカ〜ポスト・クラシカル〜ジャジー&メロウ・ビーツが溶け合う選曲に、橋本徹が信頼するアーティストによる新録音源も制作。

CD収録曲

01. Harold Budd & Brian Eno / First Light

02. Marian McPartland / A Delicate Balance

03. Uyama Hiroto / Moon Child *新録音

04. haruka nakamura / soiree (take 3) *新録音

05. Joe Barbieri / Leggera

06. Cécile Bruynoghe / Gymnopédie No.1

07. The Vernon Spring / God Is Love

08. 中島ノブユキ / Valsa de Euridice

09. Chilly Gonzales / The Tourist

10. Tony Gould / Children‘s Play Song

11. Alejandro Franov / Cuentos

12. 武田吉晴 / Bliss of Landing

13. Mia Doi Todd & Andres Renteria / Emotion

14. MAVIS feat. Kurt Wagner / Gangs Of Rome

15. Kiefer / Dreamer

16. Nujabes feat. Uyama Hiroto / Spiritual State

17. Radka Toneff & Steve Dobrogosz / The Moon Is A Harsh Mistress

18. Rhye / Not Dying In Me

橋本徹 (SUBURBIA) × 山本勇樹 (Quiet Corner)『Incense Music for Bed Room』特別対談

”香りと音楽のマリアージュ”をテーマにした
心安らげる新コンピ・シリーズ誕生のいきさつ

山本 「Incense Music」の第1弾ということで、新しいコンピ・シリーズとしては久しぶりのスタートですね。

橋本 そうですね。新たなコンピレイション・シリーズということでオファーをいただいたのは、「Good Mellows」以来なのかなと思います。「Good Mellows」以降はすでにあるシリーズの最新エディション、もしくは集大成みたいなものを作っていた感じなので、ゼロから立ち上げたのは結構久しぶり、2015年に「Good Mellows」シリーズを始めたので9年ぶりになるのかな。

山本 まずは簡単に、今回の企画が始まった経緯をお話ください。

橋本 これはアート・ディレクターのFJDこと藤田二郎くんの方に、インセンスミュージックワークスの代表の崎山市郎さんから連絡があって、「橋本さんとお仕事がしたいという相談があったんですけど、どうしましょうか?」と、彼から電話をもらったのが始まりで。僕の選曲とFJDのアートワークでコンピレイションを作れないか、という相談をいただいたのが去年の10月でした。崎山さんは「Good Mellows」や「Mellow Beats」のシリーズがお好きだったそうで、音楽的にはそういうものをイメージしながら、今は以前みたいにCDだけではないビジネスモデルを会社として考えていて、コンピCDと、そこに新録音源も2曲ぐらい制作して、7インチも切って、配信とさらにアナログLPもリリースするスタイルで、リクープ・ラインをこえていけそうという青写真を描いているから、2024年にご一緒できたら嬉しいというお話を最初の打ち合わせでいただいて。彼のもともとのアイディアは、実はこのコンピの後に今年の夏前と夏の終わりにリリースを予定してるんですが、「Good Mellows」の発展形みたいな、シーサイドとかチルアウトとか、サンセット・タイムなんかをイメージしたような発想だったんです。結局そちらは夏が近づいたらやりましょうということになったんですけど、僕の方では、藤田くんから「インセンスミュージックワークス」という会社だと聞いたときに、すぐ閃いて「インセンス」と「ミュージック」だったら、香りと音楽をテーマにコンピレイションを作れば必然性もあって良いんじゃないかなと連想ゲーム的に思ったんです。結婚して妻のおかげで50代にしてアロマの魅力に気づいたりもして、生活の中で「香りって、音楽と同じぐらい日常の幸せにとって重要なんだな」と感じたりしていたこともあって。でも実は電話で藤田くんと話をしたときには、インセンスミュージックワークスのインセンスがINCENSEだと思いこんでたんですけど、会社名はINSENSEだったんです(笑)。その辺の名前にこめた思いもゆくゆく聞いてみたいと思ってるんですが、その良い意味での誤読というか、電話でお話を聞いたことによる勘違いから「香りと音楽」というテーマが生まれたんです。今は世界各地で戦火も絶えないし、地震やいろんな災害もあるし、政治の腐敗もすごいし、レコードも円安でものすごい高値になっていたり(笑)、コロナもありましたし心休まることがないんですが、そういう世の中で、ちょっと心が安らいだりできる時間のお供になるようなコンピレイションがあればいいなって思ったんですね。それで「香りと音楽のマリアージュ」をテーマに、空間、つまり時間でもあるんですが、「Bed Room」「Living Room」「Dining Room」というシチュエイションを想定しながら、まずは3枚ぐらいのコンピ・シリーズとして始めてみましょうか、というのが10月に最初にレーベルにうかがったときにしたお話でした。

2024年に聴いてフレッシュかつエヴァーグリーンな
心地よくリラックスできる現在進行形ライフスタイル・コンピ

山本 僕は、今回の新しいテーマが「香り」ということを聞いて、選曲リストはまだ見ずにそのテーマから感じたのは、非常にアプレミディらしいなということでした。橋本さんのセレクションは、例えばパーティーとか、フロアと結びつくようなコンピレイションCDももちろん素晴らしいんですけど、リラックス系というか、ライフスタイル系のコンピも大好きなので。

橋本 熱く盛り上がるという感じとはまた違ったラインでも、30年間コンパイラー・ライフを続けてきて、今までにもいくつかそういうアプレミディらしい切り口はありましたね。山本くんはそっちのテイストにもすごく反応してくれて、サポートしてきてくれたイメージがあって、いつも感謝してます。

山本 例えば、アプレミディ・レコーズの「音楽のある風景」シリーズもそうなんですけど、それ以前で言えば橋本さんが渋谷のPARCOでやられていたセレクトショップ、アプレミディ・セレソン的な世界観にも近い印象でした。

橋本 そうですね。ライフスタイルと音楽を結びつけるっていうことは、僕もアプレミディを通していろいろやってきたし、今回のインセンスミュージックワークスというレーベルも、MAISON KAYSERやGODIVA cafeなどのショップBGMを通してそういうことを提案してきていたので、なんかそこはシンパシーを抱き合える関係かなと思った信頼感は大きいです。

山本 とはいえ選曲の内容はですね、資料で拝見しましたら録り下ろしの新曲2曲はもちろんなんですけど、なんていうか、やはり更新されているというか、橋本さんの今の空気感やムードをしっかり切り取りながら、選曲に反映されているんだなと思いました。

橋本 やっぱり2024年に出るコンピレイションとしての説得力、今を生きている空気は大切だなと思って。30年間選曲を生業にさせてもらってきた中で、2024年に提案するならこういう感じがフレッシュでありエヴァーグリーンだなと思うセレクションにしたから、割と新旧さまざまな音源が混ざってますね。

山本 そうですね。もちろんヴァラエティーに富んでいるんですけど、全体的な空気感としては「Good Mellows」を通過している部分は結構感じられました。そういった意味では、例えば現在進行形で街やクルマの中やお店で鳴ってもBGMとして非常に心地よいと思います。

橋本 そうですね。そういう選曲になってると思います。第1弾は「Good Mellows」「Mellow Beats」と「素晴らしきメランコリーの世界」のミックスという印象かもしれませんね。僕の中では3つのシチュエイション、「Bed Room」「Living Room」「Dining Room」がある中で特に今回は、香り=Incenseと音楽=Musicのマリアージュをわかりやすく伝えたいなという思いがあったんです。だから「Bed Room」は比較的クワイエットでエレガントなテイストというのが特徴かなと思ってます。

山本 橋本さんが以前コンパイルされた「音楽のある風景」シリーズのサロン・ジャズ・ヴォーカルを集めたCD(『食卓を彩るサロン・ジャズ・ヴォーカル』『寝室でくつろぐサロン・ジャズ・ヴォーカル』)を出されたときに、「自分にとってBed Roomはとても大事な心地よい場所で、そこで音楽を聴く時間が幸せ」とおっしゃってました。

橋本 とても大切なんです。基本的には家で横になってる人間なので(笑)。

山本 そういった意味で今回のセレクションを見ると、橋本さんのプライヴェイトなリスニング・スタイルも反映されてるのかなと思います。

橋本 もちろんそうなんですけど、実はすごく意識したのは、そういうコンセプトのときに自分に入りこんでしまう傾向があって、とても内省的だったり真夜中に独り聴くような音楽をチョイスしがちなんだけど、ぎりぎり二人以上で流していても親密になれる雰囲気でしたね。約80分収録のトータルで見たときに、読書のBGM的にも最適な、かなり落ち着いたトーンの曲も混ぜているんだけど、基本的には二人で聴いて親密な時間・空間になる選曲にしたいって気持ちが、通奏低音として流れていると思います。なぜかっていうと、そもそも今回のコンピの発想の源になったのがFKJの「Ylang Ylang」っていう曲なんです。「Ylang Ylang」って、寝るための静的な香りというよりは、ベッドルームで親密な二人が親密な時間を過ごすために効果がある香りで。それが発想の源にあったから、「Bed Room」っていうと、ぐっすり眠れる音楽とか、眠りにつきやすい音楽っていうイメージもあるかもしれないけど、もうちょっと「Bed Room」という言葉にはセンシュアルなニュアンスも含ませているんです。そういう色気のあるニュアンスも大切にすることが自分の選曲では大事にしていることだったりするので、ベッドルームで眠ったり読書したりというときにもかけられるんだけど、好きな人といるときに、恋しさが募るというか、色っぽさとか人肌の温もりを感じられる音楽として、アートワーク含めたCDプロダクツとして魅力のあるものであってほしいなということは思っていました。

山本 プライヴェイトな印象ですけれども、カフェやレストランやバーといった、大人数というよりは少人数が集まる親密な空間に絶対に合うんじゃないかなと思います。

橋本 バーなんかは特に良いですよね。そこが自分の中では大事なところです。単なるアンビエントだったり、単なるポスト・クラシカルであったりを並べるんじゃなくて、80分の時間と空間の流れの中で、「静」だけじゃなく「動」の部分もあるということをすごく意識していて。もしそうじゃなかったら普通にミニマルでミニマムな音楽を流せば眠れるだろうし、読書の邪魔にならないだろうけど、言ってみれば「人間」ということを、最も大切にしていて。もう少し情感が動いたり、心のひだが震えるような場面が訪れる選曲、時間演出を意識しています。

美しいアンビエント〜ジャズの連なりからNujabes盟友の新録音源
Uyama Hiroto×ファラオ・サンダース+haruka nakamura×ビル・エヴァンス

山本 それでは実際にそのセレクションに選ばれた曲について、橋本さんのコメントをいただきたいと思います。なんといってもオープニングからの流れ、特に4曲目までの流れに非常にこだわりが感じられます。

橋本 そうですね。ここは自分の曲順の組み方がすごく出てるなと思います(笑)。さすが長年聴いてくれている山本くんの感じ方ですね。静かに立ち上がってはいるんだけど、今回の新しいコンピレイション・シリーズのスタートに相応しい曲って何だろうと思ったときに、曲名が「First Light」ということもあるんだけれど、ハロルド・バッド&ブライアン・イーノを選びました。二人ともアンビエント・ミュージックのレジェンドで、このコンピを象徴するに相応しい存在ですよね。二人が作り上げた名盤は僕自身もプライヴェイトで愛聴してきて、特にこの曲の入った『Ambient 2』は正直、歴史的名作の誉れ高い『Ambient 1 (Music For Airports)』よりよく聴きました(笑)。自分が今回、一番わかりやすく「こういうことがしたいんだよ」というのを託せる曲であり、ピアノ・アンビエントの金字塔と言いたいですね。だからまずこの曲を提示して、そこから少しずつ情感が震えるような方向に持っていければと思って、マリアン・マクパートランドの「A Delicate Balance」が2曲目になります。最近、野球でも2番に最強打者を置いたりしますからね。そう、今年のドジャースの打順を組むような感じで、ぜいたくに前半の流れを組んでいけました。となると、これは大谷翔平かな(笑)。それぐらいレーベルの担当者がアプルーヴァルを頑張ってくれて、制作音源の方も素晴らしいアーティストに参加してもらえる環境を作ってくれたおかげで、すごい上位打線になってますね(笑)。実はマリアン・マクパートランドは20年ちょっと前に『Concord for Apres-midi Grand Cru』というコンピレイションに選曲したことがあって、その後もここぞというときの選曲の定番にしてきました。ピアノの澄んだ美しいフレーズとストリングスが本当に清らかで素晴らしくて、『Silent Pool』という1997年のアルバムからですが、今回こういうコンセプトでやろうと思ってデザイナーの藤田くん(FJD)からジャケットの原案を見せてもらったときにも、「A Delicate Balance」だと思いましたね。これはキーになる曲だなと確信して。UNIVERSALからのライセンス音源なんですが、無事にOKをいただいて入れることができて、とても嬉しかったです。

山本 僕も橋本さんがこの曲をまたコンピに入れるというのに驚いたんですけど、すごく嬉しかったです。

橋本 今回「心が安らぐ」とか「心が休まる」ということが重要だったんですが、この曲はそれをこえて「心が浄化される」ような気持ちになれる曲ですよね。20年ちょっと経って、もう1回この曲の真価みたいなものを提示できるなっていう嬉しさもあって、実際「Apres-midi Grand Cru」のコンピに入れたことからもわかるように、品のよいサロンとかレストランやバーで鳴っていても最高に合う曲で。こんなにも優美で気品のある曲があるってことを今回のコンピレイションをきっかけにまた伝えられたらという気持ちもすごくありました。曲名の「A Delicate Balance」も今回のコンピを絶妙に象徴している言葉ですよね。

山本 最初に「香り」がテーマとお聞きしてアプレミディらしいなと感じたのは、この選曲の裏テーマというか、透かしたところに、「Apres-midi Grand Cru」シリーズのConcordやドイツのMPS、Blue NoteやイタリアのCamとか、そういった記憶がうっすらと見えたからかもしれませんね。

橋本 やっぱり最新コンピは30年間の歩みの結晶というか、ベスト・セレクションのひとつでもあるんですよね。そういう意味でもマリアン・マクパートランドをセレクトできたのは、「やった!」という感じはありますね。

山本 あのストリングスが入ってくる瞬間を聴くとすごく幸せな気持ちになれます。

橋本 うん、あの瞬間ですね。そう言ってもらえると嬉しいです。それとあのピアノの音色、多くの人に伝わってほしいですね。それこそ「Quiet Corner」とかで静かな良い音楽に関心を持たれた方に、再プレゼンテイションできる素晴らしい機会になったなと思います。

山本 僕は橋本さんのコンピで20年前に聴いて、「Quiet Corner」も多大なる影響を受けましたから(笑)。

橋本 ありがたいです。聴かせたい感が出てるでしょ? 2曲目に置いた感じが。ハロルド・バッド&ブライアン・イーノからマリアン・マクパートランドというのは、どういう選曲がしたいのかが伝わる部分だと思いますね。

山本 オスカー・ピーターソンの「Wandering」とか、まさにあの頃の「Apres-midi Grand Cru」のテイストに通じますよね。大好きでした、あの感じ。そして今回の目玉とも言っていいと思いますが、Uyama Hitotoさんとharuka nakamuraさんの新録2曲ですね。

橋本 コンピレイションを30年間で350枚以上作ってきたわけですが、新録音源をコンピのテーマに合わせて制作するという機会は、これまでそんなに多くなくて。1枚まるごとやったのは『ジョビニアーナ〜愛と微笑みと花』という2007年のアントニオ・カルロス・ジョビン生誕80周年の記念CDのときに、中島ノブユキさんのアレンジを中心に日本人アーティストの皆さんにカヴァー・ヴァージョンを制作してもらってトータル・プロデュースしたことがありましたが。あと忘れられないのは、2009年の『Mellow Beats, Friends & Lovers』のとき。結果的にNujabesの唯一のメジャー・レーベル音源となったシャーデーの名曲カヴァー「Kiss Of Life」を、ジョヴァンカ&ベニー・シングスをフィーチャーして制作して、1曲目に収録したことがありましたね。今回はそのときのことがまずよぎりました。先行で配信シングルでも出したいし、7インチも切りたいということでしたので。『Mellow Beats, Friends & Lovers』のときと同じで、新録音の制作曲は、コンピの顔というか、水先案内人になってもらうリード曲という思いですね。で、Nujabesの盟友のUyama Hirotoくんとharuka nakamuraくんに1曲ずつお願いできたら美しいですよね、というお話を最初の打ち合わせですぐにした記憶があります。そのときには僕の頭の中には曲も浮かんでいて。Uyama Hirotoでファラオ・サンダースの「Moon Child」、haruka nakamuraでビル・エヴァンスの「Soiree」というアイディアは、その瞬間に、一緒に閃いていたという。これしかないという感じでした。選曲が僕で、アートワークもNujabesが自分の作品のジャケットを何作もお願いしていたFJDということもあって、レーベルから二人にオファーしてもらったら、「喜んで!」と実現して。しかもできあがった音源が送られてきたときは歓喜しましたね。自分が考えていたレヴェルをこえてきてくれたというか、予想通りのものではなくて、より良いものにしようというストラグルが感じられました。Uyamaくんの方はヴォーカルを絶妙に加工してますが、自ら歌ってくれて、もちろんピアノやサックスはUyama節というか、Nujabesが好きな人も必ず反応するような素晴らしいスピリチュアル・メロウな感じで。マスタリングのときにエンジニアをやってくれたCalmが、「このヴォーカル良いよね。この声、誰?」と聞いてきたぐらいで(笑)。

山本 あのヴォーカルはUyamaさん自身なんですね。

橋本 そう。Calmのような日本のジャズやチルアウトやバレアリックが交錯するようなシーンの中心で、目利きというか信頼される存在の音楽愛好家がそんな反応をしてくれたのが嬉しいし、Uyamaくんには感謝の気持ちでいっぱいです。ファラオ・サンダースの「Moon Child」は、僕がどんなにつらいときに聴いても、心を落ちつかせてくれる曲なんですが、その曲のこんな素敵なピースフルなヴァージョンが誕生したんですからね。haruka nakamuraくんの方は、「今すぐ7インチ・シングルでDJでかけたい!」みたいなテイクが最初に上がってきたんです。それはビル・エヴァンスの「Soiree」の一番美味しいフレーズをサンプリングしてループした作りで、DJだったら飛びつきたくなるような仕上がりでした。でもサンプリングの使用許諾に時間や費用がかかってしまうというレーベルの判断があったので、違うテイクを改めて制作してもらわなければということで、harukaくんと直接電話でやりとりしていく中で、さらに素晴らしいオマージュが完成しました。「Soiree」の印象的なフレーズを耳コピでイントロで弾いてくれたうえに、必然性のあるビル・エヴァンスのインタヴュー音声を、その内容とサウンドがシンクロするように要所要所にちりばめてくれて、遊び心や凝ったアイディアを音楽的に心地よいものとして昇華した素敵すぎるテイクが生まれたのです。さすがという感動と共に、大感謝しかありませんね。

山本 このヴァージョンにはちょっと驚きましたね。心地よいというだけでなく、この構築具合というか、すごいですよね。

橋本 忘れられないのは、Uyama Hirotoくんもharuka nakamuraくんも、Nujabesが生前に鎌倉・由比ヶ浜に建てた家に一緒に行って、テラスで花火を見たりバーベキューをやったりして楽しんでたんだけど、僕とNujabesはかなり酒を飲んでソファでだらだらしてるんだけど、Uyamaくんとharukaくんはいつの間にかセッションを始めてるんだよね。ピアノとギターで。その演奏の美しさが僕は忘れられなくて。2008年や2009年の夏だったんだけど、そんな思い出も大切にしながら、自分にとって大事な記憶や思いも今回のコンピレイションに結実させることができたのは、本当に嬉しいし、携わってくれた人たちに感謝したいです。同じ発想からCalmも携わってくれたんですよね。Nujabesが生前に日本人のアーティストでは誰が一番共感できるかという話をしたときに、「Calmさん」と言っていたのをFJDがよく覚えていて。Calmは実は、彼の曲を僕がセレクトして収録の打診の電話をしたときに、彼から「マスタリングは誰がやるか決まってますか?」という話があって、「最近マスタリングも仕事としてしっかりやっていこうと思ってる」と話してくれたので、僕がレーベルの担当に相談して、ぜひお願いしましょう、ということになったんです。だからそれまでは、「選曲・監修=橋本徹、アートワーク=藤田二郎」というプロジェクトだったのが、そこに「マスタリング=Calm」というのが加わって、さらに良いトライアングルができたわけですね。

山本 素晴らしいトライアングルですよね。

橋本 FJD、Calm、そして新録音源制作のUyama Hiroto、haruka nakamuraも含めて、Nujabesが信頼していた仲間というか、同志というか、リアル・フレンズが集まったね、なんて話を打ち合わせでもしていたんですが、その帰りに藤田くんのクルマの中で、「ここまでこのメンバーが揃ったなら、Nujabesの曲も入れるべきじゃない?」という話で盛り上がって、「Spiritual State」を入れるというアイディアも生まれたんですね。僕が彼の10周忌のときに選曲したHydeout ProductionsオフィシャルのSpotifyプレイリスト「Pray for Nujabes」をドライヴしながら聴いて、「どの曲が一番“香る”かな?」なんて話して、この曲しかないねってことになって。「Spiritual State」は東京オリンピックの開会式でも流れましたけど、Nujabesが遺した音源を彼の没後にUyama Hirotoくんやharuka nakamuraくんが中心になって完成させた遺作サード・アルバムのタイトル曲なので、今回のコンピに相応しいなと思ったんです。それで、もう曲順も組もうかなぐらいのタイミングで追加申請してもらうことにしました。今回「Spiritual State」は、僕たちの友情の証というか、その結晶として入れさせてもらったということですね。なんか話が飛んでしまいましたが、まだ4曲目でしたね(笑)。


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