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作家・窪美澄さん インタビュー(2)

2011年12月19日 (月)

interview
窪美澄さんインタビュー


--- 現在、執筆依頼がたくさんきていて、かなり先まで執筆予定が埋まっていらっしゃるそうですが、まだ作家になる前に書いた作品と、これから書いていく作品とでは、読者の存在に対する意識の違いなどはありますか。

もともとライターをしていたので、文章を書くということが、人に見せるということが前提ではあるんですね。
だから、ひとりよがりに私はこれだけが言いたいんです!というようなことはあまりなくて、常にどこかで、自分の知らない誰かがが読むものなんだ、という意識がありますね。それは内容ということではなくて文章ですね。 小説の中身はわからなくても、文章でひっかかることはないように書くとか、そういう意識は常にあります。

--- では、特定の対象を思い描くということはないですか。

どんな人に読んでほしいというのはあまりなくて、誰にでも読んでほしいんです。だから常にどんな読者にも通じる言葉で書きたいという気持ちはあります。

--- 今後も、小説を書きながら、ライターの仕事も続けていかれるそうですね。

小説を書くときに取材をすることもありますけど、基本的に小説は自分の中の妄想なので、妄想に費やしている罪悪感があるんです。 一日中小説をこねくり回していると煮詰まってくるというのもありますし、ライターとして取材に行くと、普段自分が会う可能性のない人に会えたりするんですよね。 普段自分が行かない街とか、そこで会った人の仕事とか、話の中から小説の種になるようなことを見つけることも多いので、そういう意味でもライターの仕事は続けたいです。 結局、人に会いたいんですよね。人の話を聞きたいんです。

--- 人に興味はありますか。

そんなにないんですけどね!人が好きか嫌いかって聞かれたらキライ!(笑)。 でも、嫌いな人に会うと、なんで私はこの人が嫌いなんだろうとか考えているうちに、自分は何が好きなのかが見えてくるときがあるので、その違和感って大事なのかもしれないですね。

--- 作品に登場する人物は、ダメな部分もあるけど、みんなどこか魅力的なところがありますね。 人物へのこだわりはどういうところですか。

この作品に関しては、普通の人が出てこないっていうところですかね。普通じゃないんですけど、私の中のどこかにあるキャラクターなんですよ。 それを拡大鏡でのぞくと、こういう人たちがでてくるのかなっていう気がしています。それで、この人たちを縮小コピーしていったら、世の中のどこかにいる人たちなのかもしれない。 あと、若いときは、セックスというものが目の前にあったら、危ない橋を渡ってしまうこともあるんだろうなぁと思うんですよ。 極端なことをしないとは言い切れないと常に思っているので、危ないボーダーを超えてしまう可能性は誰にでもあって、そういう人たちをも許容したいんだという気持ちはあります。

--- 読者からは、「性」と「生」を肯定しているという感想も聞かれますが、いかがですか。

この作品では、「人生ってすばらしいよね〜!」みたいなことは言っていないんですよね。 ですから、肯定といってしまうと、私自身はちょっと居心地が悪いというか・・・。 マイナス100の低い地点にあるような状況だとして、それが一気にプラス100になるような肯定ではなくて、マイナス100が、マイナス70くらいになった、というのが私にとってはすごくリアリティのあるポイントなんです。

--- 様々な人たちの、それぞれのままならない事情があって、「あ〜、もう死んでしまいたい」と、ふと思ってしまいそうな状況にいる人たちが描かれていますね。

自分の人生もですけど、色々なことがありますし、今の日本の状況を見ても、ドン詰まりじゃないですか。
正直、いつ死ぬかもわからない状況ですよね。みんな、どこかで「世界は終わるのかもな」って思いながら生きていて、あまりハッピーな気分にはなれないですよね。
でも、外の状況がそうでも、自分の状況がそうでも、人生を降りちゃいけないと思うんです。 自分で自分の人生を降りない、ということをひとつだけ守れていればそれでいいんじゃないかと思うんですよ。 あんな大きな地震があって、いま頑張れなくても、それは仕方がないですよね。 みんな、その場の状況で精一杯頑張っていて、この日本の状況に耐えているだけでも充分頑張っているよっていう感じがすごくしています。



--- いま、ちょっとしんどいなぁと思っている人は、そう言ってもらえるとずいぶん気が楽になると思います。

自分の目標を、あの大学を出てこの会社に入ったからこうあるべきだとか、常にメインストリームにいて働くとかではなく、いまの日本では、もっと目標は下げてもいいんじゃないかなっていう気がして。 下げるって言うと言葉が悪いかもしれないですけど、自分の仕事のしかたとか、過ごし方をちょっと変えたら、大きく蛇行はするけど、それでも面白い風景はいっぱい見られるんですよ。
働き方が変わってしまったとしても、急カーブから見える面白い景色みたいなのがあって、それは無駄にならない出来事なんだと思います。 それに、もし、いまの状況が最低だとしても、ずっとそれが続くことはなくて、変わっていくものなんですよね。

--- 最後に収められている短編にも、「オセロの駒がひっくり返るように反転するときがきますよ」という言葉がありますね。

ええ。私の今までの経験から言うと、状況は常に同じではなくて、変化していくんですよね。 最悪だと思うことがあっても、いつかは変わるんですよ。その反対もあって、「最高じゃん!」って思っていても長くは続かないっていうこともありますが。(笑)。
きついなぁと思っている人は、あまり理想を高く掲げずに、「この仕事がおわったら、ビール飲もう」くらいの小さな楽しみを見つけて短くきざみながら日々を乗り切っていくくらいがいいのかもしれないなと思っています。
恐怖とか怒りの感情を持っていても、時間とともに和らいでいくこともあるので、短いタームで考えていると、少しは楽になるかもしれないですね。

--- 山本周五郎賞を受賞された時「どう生きるかは二の次で、生きていることに意味がある。あなたがそこにいるだけでいい、という思いを書いていきたい」とスピーチされたそうですが、詳しく聞かせていただけますか。

もしかしたら、私はそれだけが言いたいのかもしれないです。
いま、2作目を書き終えましたが、そこにはひとつのメッセージしかなくて、言っていることは「生きる」というシンプルなことなんですけど、その一言に説得力を持たせるために、小説を書いているという思いはあります。
すごく悩んでいる人に「死んじゃだめだよ」とただ声をかけるだけじゃ響かないことも、小説を読んで、初めて腑に落ちる、届く言葉というのが、たぶんいっぱいあるんじゃないかなと思うんです。そのために私は300枚、400枚かけて書いているんだと思います。

--- 2作目の発売はいつですか。

来年の2月に新潮社から出ます。タイトルは『晴天の迷いクジラ』。1章と2章は「yomyom」に掲載したもので、3章と4章は書き下ろしです。

--- 楽しみにしています。本日はどうもありがとうございました。
 

『ふがいない僕は空を見た

』
新刊『ふがいない僕は空を見た』 窪美澄
  僕の中から湧いて出た初めてのこの感じ。つまり性欲? でも、それだけじゃないはず――高校一年、斉藤卓巳。好きだった同級生に告白されたのに、なぜだか頭の中は別の女のことでいっぱい。「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞作の「ミクマリ」など、嫉妬、情愛、感傷、どうしようもなく僕らをゆさぶる衝動をまばゆくさらけだした5編を収載する連作短編集。
【『本の雑誌』が選ぶ2010年度ベスト1】、2011年本屋大賞第2位、第24回山本周五郎賞を受賞。


    『ふがいない僕は空を見た』








     『ふがいない僕は空を見た』 窪美澄
    2010年7月発売 (新潮社)

    僕の中から湧いて出た初めてのこの感じ。つまり性欲? でも、それだけじゃないはず――高校一年、斉藤卓巳。好きだった同級生に告白されたのに、なぜだか頭の中は別の女のことでいっぱい。「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞作の「ミクマリ」など、嫉妬、情愛、感傷、どうしようもなく僕らをゆさぶる衝動をまばゆくさらけだした5編を収載する連作短編集。
    【『本の雑誌』が選ぶ2010年度ベスト1】、2011年本屋大賞第2位、第24回山本周五郎賞を受賞。

profile



窪 美澄 kubo misumi

1965年、東京都稲城市生まれ。
カリタス女子中学高等学校卒業。短大を中退後、さまざまなアルバイトを経て、広告制作会社に勤務。
出産後、フリーの編集ライターに。妊娠・出産を主なテーマとし、その他女性の体や健康、漢方、占星術などについて雑誌や書籍で活動。
2009年、「ミクマリ」で第8回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。
2010年7月、「ミクマリ」を収めた連作短編集『ふがいない僕は空を見た』(新潮社)刊行。刊行直後から反響が大きく、デビュー作にして【『本の雑誌』が選ぶ2010年度ベスト1】、本屋大賞第2位に選ばれ、2011年5月には第24回山本周五郎賞を受賞。
2012年2月、第2作目となる『晴天の迷いクジラ』を新潮社より刊行予定。