松田美緒 『コンパス・デル・スル』インタビュー
2011年10月25日 (火)
ポルトガルに始まりカーボヴェルデ、そして南米大陸へと旅をし歌うことで大陸をつないできた歌手・松田美緒。前作の発展型であり、より現地の空気を音に込めることにこだわった最新作 『コンパス・デル・スル』 はウルグアイ、そしてアルゼンチンでの録音。再び深く交流することとなるウーゴ・ファトルーソ、さらにレイ・タンボール、カルロス・アギーレら南米のトップ・ミュージシャンたちが参加。
前作に引き続き二度目のインタビューとなる今回は 『コンパス・デル・スル』 の制作過程にまつわるエピソード、重要なキーワードであるカンドンベとの出会い、そしてアルバムに込められた思いまでたっぷりと語っていただきました。毎度のことながら松田さんの言葉ひとつひとつの力強さと美しさはじわじわ、深く胸に入ってきます。ゆっくりとかみしめながらご一読下さい。
「 “コンパス” という言葉はこのアルバムのテーマそのものです。空と海の羅針盤であり、人を踊らせるリズムであり、コンパス、円を描くものです。遠い南の音楽、というわけではなくて、円を描いて日本としっかりつながっているのです。」
- --- まずはちょっと気が早いですが2011年の一年間の音楽活動や旅についてお伺いします。 日本や海外でのコンサートやレコーディングなどめまぐるしい日々だったとお察ししますが、この一年間で最も刺激を受けたものは何でしょうか。
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2010年は、ベネズエラ旅行そして8月の国際交流基金の南米ツアーの刺激は大きかったです。前作 『クレオールの花』 のつながりでだいぶ遠くまで旅をしました。2011年は、その旅がもっと膨らんで、去年できたご縁から、ウルグアイ、アルゼンチン、チリ、ペルーそしてベネズエラで歌いました。その旅路、出会った人々から強烈に音楽的な刺激を受けました。
- --- 新たに出会った素敵な音楽がありましたら教えて下さい。
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やはりウルグアイで生のカンドンベ[1]を体験したことは大きかったです。モンテビデオでは週末、カンドンベの行進があって、たくさんの人が太鼓を叩いて参加します。見物人も多いし、まるでカーニヴァルなんですが、これが毎週あって、日常風景となっている。それには本当に驚きました。
それから今年7月はベネズエラにもう一度招いていただき、アンサンブル・グルフィオ、エル・クアルテット、セシリア・トッドなどベネズエラの大好きな音楽家たちと共演できて、最高に幸せでした。ベネズエラでもウルグアイでも、人々の明るさのなかに満ちている音楽文化の豊かさと深さにとても感動するんです。しかもレベルが高い。日々、セッションを繰り広げているから、あんなに国民的音楽レベルが上がっていくんじゃないかと思いました。
[1] カンドンベ・・・
ウルグアイの黒人のパーカッション音楽。様々な奴隷たちの起源が融合。ブラジルのマラカトゥと同じようにバントゥ系が色濃く残り、コンゴの王の儀式を真似ているといわれる。今ではUNESCOに登録され、ウルグアイの国民音楽とされている。 ( 『コンパス・デル・スル』 資料より)
- --- 日本や世界を旅して歌い、出会いを重ねながら、松田さんの世界はこれからもどんどん広がり続けていくと思います。「初心忘るるべからず」 とよく言いますが、松田さんが常に忘れたくない “初心” や信念がありましたら教えてください。
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これが私の表現、と決めつけて自分のなかにリミットをもうけずにいたいと思っています。歌によって引き出される面は大きいので、これからもいろいろな歌と出会って、表現を広げて深めていきたいです。そのなかでメッセージや普遍性が伝わればいいな、と思います。
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--- 最新作 『コンパス・デル・スル Compás del Sur』 についてお伺いします。
タイトルはスペイン語で 「南の羅針盤」 「南のリズム、拍子」 という意味だそうですが、タイトルに込められた思いをお聞かせ下さい。 -
「コンパス」 という言葉はこのアルバムのテーマそのものです。空と海の羅針盤であり、人を踊らせるリズムであり、コンパス、円を描くものです。遠い南の音楽、というわけではなくて、円を描いて日本としっかりつながっているのです。
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--- ラプラタ川で見上げた星からイメージしたタイトルとのこと。
アルゼンチン〜ウルグァイの音楽愛好家にとってラプラタ地区は憧れの地でもあります。この地にどんな印象をもたれましたか。 -
今年、ウルグアイとアルゼンチンの間を船で3往復しました。ラプラタ川をへだてる二つの国の違いに驚きました。銀の川というよりも褐色の川である大きなラプラタ川を渡って、ブエノスアイレスが見えた時は、上陸するような移民のような心地で、感慨深かったです。逆に都会のブエノスアイレスから小さなモンテビデオに行くと、ほっとします。人もどこか懐かしいかんじになるし、黒人の人たちが多い分グルーヴを増していきますね。ウルグアイはあんなに小さい国なのにサッカーも強いし、カンドンベもムルガも、ものすごいスウィングだし、私が体験したなかでも強烈な場所です。
- --- 今回のレコーディングには再びウーゴ・ファトルーソが参加しています。松田さんにとってウーゴはどのような存在なのでしょうか。
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ウーゴは、人格も音楽もすべてにおいて優しく大きな人です。何も言わずに音楽のなかでたくさん教えてくれています。人生を変えた人3人に入ります。
- --- そして今回新たにカルロス・アギーレ、レイ・タンボール、ニコ・イバルブル・・・と前作以上に多彩な顔ぶれが参加しています。どんな雰囲気のレコーディングになりましたか。
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ブエノスアイレスでは、同じ部屋で一発録り、一対一の親密でスリリングな録音でした。カルロスのピアノはあまりに美しくて泣きました。モンテビデオでは、ルーベン・ラダがスタジオを提供してくれて、ウーゴを始め、楽しいミュージシャンたちとわいわい楽しい時間でした。ラダ本人がお菓子差し入れしてくれたり・・・。 録音の3日間が楽しくてあっという間でした。その他ブラジルでコーラスを加えたりしたりもしました。今回、チリも含めて16曲録音したんですが、その中から10曲を選んでCDにしました。他の曲もその地らしさが溢れているので、いつか出したいです。
- --- アルゼンチンでレコーディングを開始したのが今年の3月11日。ちょうど東日本大震災の日です。どのような思いで過ごされたのでしょうか。
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「ラ・ポメーニャ」 を録音したのが3月11日、朝ニュースを見て、信じられない思いでした。被害の甚大さ、原発事故のことがわかるにつれ、何もできず悶々と過ごしました。それと同時に、今しかできないことに心をこめて取り組まなくてはと思って、忙しくしていました。レパートリーも変わったり、新たに加えた曲もありました。アルバムには、二つの国のミュージシャンたちの温かな応援やあの時の時間が凝縮されています。
(次項へ続きます)
松田美緒 『コンパス・デル・スル』 によせて
「南の羅針盤」 「南のリズム」 という二つの深い意味をもつ新作 『コンパス・デル・スル』 は御本人曰く、ひとりの歌手がひとりで旅をして、各地で録音して歩く 「現地レポート」 のような作品とのこと。カンドンベのグルーヴに出会った衝撃と興奮、モンテビデオとカーボヴェルデが懐かしい記憶の中ではっきりと繋がった瞬間。そして、録音を開始した3月11日に日本で起こった出来事。つのる希望と祈り。幾つものかけがえない瞬間、その空気がそのまま音とともに盤に収められ、聴くたびにいきいきと生のまま耳に届くかのよう。
カンドンベのリズムがカーボヴェルデのモルナと自然に溶け合うM-2、またウーゴ・ファトルーソとレイ・タンボールが参加したカンドンベ色の濃いM-6,11では新たなリズムとの邂逅にワクワクが止まらない。一方で、松田美緒の歌声が加わることで色香をも含んだカルロス・アギーレ作品はただただ美しく、たゆたう愁思に胸を焦がしては涙。ルベン・ラダ、エドゥアルド・マテオ、ウルバノ・モラエスら屈指のメロディーメーカーによる浮遊感を帯びたメロディ群は、ゆたかで意思的なヴォーカルとのマッチングも鮮烈な印象を残し耳から離れようとしない。
ひとりの女性の歩みの記録としても共感する部分が多く、また聴く者を (大意での) 旅へと奮い立たせ、意欲と希望でいっぱいに充たしてくれる作品。CDのライナーに収められた松田美緒自身による各曲コメントもとても深いものなのでこちらも是非。
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松田美緒 最新作
コンパス・デル・スル / Compás del Sur
南の地からおくる、星空の地図。
祈りと希望に進路を向け、優美なリズムとシンクロした南米レコーディング作!
ウーゴ・ファトルーソ、カルロス・アギーレ、レイ・タンボール他参加
グローバルな活動を続ける松田美緒が、前作 『クレオールの花』 をさらに発展させた新作を完成!今回はアルゼンチン、ウルグアイでの録音。参加ミュージシャンは、ウーゴ・ファトルーソ (p) 、カルロス・アギーレ (p,vo) 、レイ・タンボール、ウルバノ・モラエス (b,vo) 、オラシオ・ブルゴス (g) 、ニコ・イバルブル (g) 他南米のトップ・ミュージシャンが集結!タイトルはラプラタ川で見上げた南十字星からイメージを膨らませたもの。Compás del sur は南の (del sur) 「羅針盤」 (compás) という意味と、 「リズム、拍子」 (compás)という意味。3.11.に録音をスタート。祈りと希望に満ちた歌声が心をうつ。
選曲のセンスは松田美緒の魅力のひとつ。今回もウルグアイの至宝、ルベン・ラダ作M-1、昨年の感動的な来日公演とオリジナルCD復刻で話題のカルロス・アギーレ珠玉の名作M-3,9では、アギーレのピアノ&天使のごときヴォーカルと美しすぎるデュエット。他にもカーボ・ヴェルデの古いモルナ (ファド+ショーロのような音楽) のカンドンベ・ヴァージョンM-2、タンゴ名曲M-4、メルセデス・ソーサも歌っていたクチ・レギサモン作M-5、ウーゴ作のカンドンベ新曲M-6、エドゥアルド・マテオの名作 「MATEO Y TRASANTE」 収録のM-8では自作の日本語詞で歌い、M-10は自身の人気レパートリーのカンドンベ・ヴァージョンと濃密な内容。
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[収録曲]
01. アディオス・ア・ラ・ラマ
02. バルトロメウ
03. 故郷の記憶
04. 最後のコーヒー
05. ラ・ポメーニャ
06. グラシア・イ・コンパス
07. アスール 〜モンテビデオ・ボッサ〜
08. そのとき、君を見た
09. ビダーラ・ケ・ロンダ
10. サイコー / テレジーニャ
<2011年3月 ウルグアイ、モンテビデオ録音>
松田美緒 (ヴォーカル)
ウーゴ・ファトルーソ (キーボード、コーラス、ハーモニカ)
ウルバノ・モラエス (ベース、ヴォーカル、コーラス)
フアン・パブロ・チャピタル (ギター、コーラス)
ニコラス・イバルブル (ギター)
レイ・タンボール:
ディエゴ・パレデス (タンボール・ピアノ)
フェルナンディート・ヌニェス (タンボール・チコ)
ノエ・ヌニェス (タンボール・レピケ)
<2011年3月 アルゼンチン、ブエノスアイレス録音>
松田美緒 (ヴォーカル)
カルロス・アギーレ (ピアノ、ヴォーカル)
オラシオ・ブルゴス (ギター)
解説:佐藤由美 / 曲目メモ・対訳:松田美緒
発売:ヤマハミュージックアンドビジュアルズ
(2011年10月19日発売)
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松田美緒 Mio Matsuda:
旅する歌手ー歌う旅人
言葉、ジャンルを悠々と越えて、ポルトガル語圏、スペイン語圏、日本の音楽をグローバルなスケール感で表現する注目すべき新世代の歌手。
その旅は、ファドの本場、ポルトガルの首都リスボンから始まり、大西洋の島カーボ・ヴェルデ、そしてブラジルへ。大西洋の音楽地図を描いた「アトランティカ」でデビュー。
2010年、ウーゴ・ファトルーソ、ヤヒロトモヒロとつくりあげたソロ4枚目のアルバム 『クレオールの花』 でスペイン語圏までその世界を見事に広げ、南米3国ツアー&帰国公演を開催。
最近では、ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチン、ベネズエラ、チリ、ペルーなど南米の国々で、心を通わすアーティストとのコラボレーションを重ねる。日本国内でも、南米音楽のみならずジャズや民謡など様々なミュージシャン達とセッションを重ねている。現在活動中のユニットには 「ビスコイット・グローボ」 「松田美緒+沢田穣治with strings」 など。
2011年10月には、ウルグアイ、アルゼンチンで録音した5thアルバム 『コンパス・デル・スル』 をリリース。
土地と人々に息づく音楽ルーツをその身体で吸収し、表現する。その歌声には、彼女が旅する様々な地域の魂が宿り、聴く人の心を暖かく包み込む。
(オフィシャルサイトより)