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「ムラヴィンスキーのリアルな音?」

Monday, July 25th 2011

連載 許光俊の言いたい放題 第196回

「ムラヴィンスキーのリアルな音?」

 先頃前売りが始まったラトルとベルリン・フィルの来日公演のチケットは、瞬時にして完売したらしい。それも無理はない話で、彼らのマーラーは現在のオーケストラ演奏の一種の極点に達している。もちろん演奏は水物であり、さまざまな理由でよくもなればダレもするが、目下、もっとも期待してよいコンサートのひとつであることは間違いない。
 私も、マーラーの第9番には行こうかなと考えているが、ブルックナーはパスである。マーラーの第9番をいい席が聴けるなら4万円という値段もOKだが・・・。それにしてもスポンサーがくっついてこの値段って、どういうこと? 円高の今、そういぶかる人も多いだろう。
 もっとも、そんなことより、果たして彼らが本当にやって来るかどうかが問題である。すでに来日公演をキャンセルしたドレスデン・フィルをはじめとしてドイツのオーケストラはまだまだ放射能を警戒しており、ドイツ以外の諸団体や個人も本音では来たくないという情報をいろいろ耳にした。まだここしばらくは舞台芸術家のキャンセルが相次ぐと予想される。事実、ベルリン・フィルのアジア・ツアーも、北京、上海、台北、ソウルの予定は早々とサイトに発表されたが、東京の予定が出たのは前売りの少し前だった。原発関係で新たなニュースでもあれば、どうなるかわかったものではない。
 それに、ベルリン・フィルに限った話ではないが、昔からオーケストラの楽旅の際には相当数のエキストラが混じるのが通例で、カルロス・クライバーのときでさえ例外ではなかった。私が本拠地でコンサートを聴くのにこだわる理由のひとつである。あくまで仮定だが、エキストラの比率があまり高いようだと幻滅だ。
 まあ、あまり否定的なことを考えても仕方がない。コンサートは行ってみないことには始まらない。名演奏になるかどうか、一種のバクチである。高いチケットを買って結果を待つのもスリルのひとつではある。

 SACDは、CDを凌駕する音のよさを売り物にして登場したが、普及は業界の期待通りではないようだ。多くの愛楽家は、CDの音質で十分だと考えているのだろう。
 その考えがおかしいわけではなく、居間で控えめな音量で聴くといった状況では、両者の違いはあまりない。同じ予算ならバーゲンプライスのCDをたくさん買いたいというのは当然である。事実、私だっていったんはSACDに手を出したものの、機種の選定が悪かったこともあり、この程度ではなあ、とすぐに手を引いてしまった経験がある。
 しかし、しかるべき条件で聴けば、SACDのほうがポテンシャルが高いのは、これもまた疑いない事実なのである。実際、私の周囲のマニアはほとんど全員がSACD派である。私も、ステレオを買い換えたら、彼らがSACDのほうがいいと言う理由がよくわかった。
 だが、あえて言うなら、SACDはまだまだ十分に音楽的とは言えない。なるほど、会場にいるかのような空気感は濃厚だ。情報量の多さは誰が聴いてもCDの比ではないことがわかる。だが、はたしてそれが音楽自体の表現力をCD以上に段違いの差で表現することに役立っているかというと、「別に〜」と言いたくなることが稀ではないのだ。このコラムの性格ゆえ、あえて商品名は出さないが。SACDであるにもかかわらず、あえてCDモードで聴きたくなる製品がなくはない。私にはそちらのほうがより音楽的に聞こえるからだ。これでもかと会場の空気感を出したような盤もあるが、私は音楽を聴きたいのであって、空気を感じて喜びたいのではない。確かに空気が震える様子や臨場感には独特の快感があって、それはそれで結構だが、やはり付随的な存在だろうと思うのだ。
 そんな中で、これはSACD化のメリットがあったと確信できるのは、最近出たムラヴィンスキー日本ライヴ。想像以上だ。私は原テープを聴いてはいないけれど、おそらくこれ以上はムリだろうと誰でも思うに違いない鮮やかさ。特に弱音部分の繊細な感じは、CDと大きく違う。演奏のキレもよくわかる。強い音の実在感もいっそうはっきりしている。全体としての鳴りっぷりがあまり伝わらないという点では満足できないが、これは当時の放送用の録音がこういう方向性のものである以上、もはや改善できない質のもの。ムラヴィンスキー信奉者なら買い換えて損はない。
 絶賛が相次いだクリュイタンスの日本ライヴも同時にSACD化されたが、こちらもCDのときよりはるかにいい。いや、ムラヴィンスキー以上の違いかもしれない。これまたファンなら絶対に買いだ。もっとも私は、この音質で聴いても、演奏の評価を高くしたくはならないけれど・・・。

 高音質化は、SACDだけに限らない。先頃、ヴァント指揮ミュンヘン・フィルのCDがLPレコード化されたのには驚いたが、初期製品にはクオリティ面で若干問題があったということで、この欄で紹介するのは控えていた。LP化は想像以上に難しいものらしい。何しろ劇的なCD普及からすでに20年以上がたち、アナログ技術に通じた関係者がほとんど姿を消しているというのだ。相当の試行錯誤が必要だったという。
 あえて作り直しまでして音質の向上を図ったこのLP、ことに交響曲第6番の激変ぶりには嬉しくなった。この演奏、私は現地で2日続けて聴いており、現在でもその記憶はきわめて鮮明である。それゆえ、CDを聴いたときには、落胆した。第2楽章以外は、演奏のよさがまるで伝わらないのだ。他の曲はそれほどでもないだけに、不思議だった。
 ところが、LPは見違えるようだ。ミュンヘン・フィルの弦楽器が、極上の白ワインのような明るい黄金色で輝いている。しかも、なまめかしいほど表情豊かに歌っている。ヴァイオリンの官能性、チェロの艶やかで豊かな響き。ヴァントの北方的で禁欲的な音楽性とは逆の南方的感覚主義。そうそう、これだよとようやく納得がいった。ブラスの鋭さもリアル。
 交響曲第5番はフィナーレのダイナミックな感じがいっそうよく伝わるし、第9番の重量感もたっぷり。おまけで入っているハイドンの交響曲第76番は、ナマだとはっきりわかった粋な美しさがちゃんと伝わってくる。主題の端正で上品な歌い方。ハーモニーの美しさ。フィナーレの羽目を外さないけれども十分効果的なユーモアもいい。これまでヴァントのハイドンやモーツァルトを録音で聴くと、色気の部分が伝わらず物足りない思いをしていたのだが、今回大いに改善された。こうなったらヴァントもチェリもみんなLP化してほしい。
 実は私はこのセットが発売されるのに合わせて、わざわざLPプレーヤーを買ったのである。盤に遅れることほとんど2ヶ月、ようやく届いた機械の音を聴いて、これは高い買い物ではなかった、むしろ今後の楽しみが増えたという点で、すばらしい買い物だったと大満足した。私はその道のプロではないので、あまり断言めいたことは言えないし、ましてやどのメーカーや機種がいいなどとは絶対に言えないのだが、高級アナログの音をCD以上、いやSACD以上と主張する人がいるのも不思議ではない。もし経済的余裕があるなら、思い切ってこのために出費するのは絶対損ではない。事実、うちに遊びに来た若者たちもLPの音を聴いて仰天していた。LPに対して本来何の思い入れもない世代だが。
 ただ、いくらレコードの音がいいと言っても、新譜は基本的にCDかSACDなのだから、そちらを放棄するわけにもいかないのも自明。今でもマニア向けのLPが若干は発売されているようだが、やはり絶対数は少ない。その点では、あれやこれや聴き切れないほど種類があるCDは貴重なメディアである。

 ところで、まもなくテレビのほうは地上デジタル化されるが、我が家では対応ゼロ。何せ、液晶の色表現が好きではないので、いまだにブラウン管を使っている。せめてチューナーでも付けようかと思ったが、近所では売り切れ。当分、電波難民状態が続きそうだ。液晶テレビを買うお金があれば、ラトルとベルリン・フィルに使いたいとも思う。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


評論家エッセイ情報
* Point ratios listed below are the case
for Bronze / Gold / Platinum Stage.  

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"Symphony No, 5, : Mravinsky / Leningrad Philharmonic (1973 Tokyo)(Single Layer)"

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Beethoven Symphony, 4, Liadov, Glazunov : Mravinsky / Leningrad Philharmonic (1973 Tokyo)(Single Layer)

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Beethoven Symphony, 4, Liadov, Glazunov : Mravinsky / Leningrad Philharmonic (1973 Tokyo)(Single Layer)

Beethoven (1770-1827)

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Release Date:03/August/2011
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Symphonie Fantastique : Andre Cluytens / Paris Conservatory Orchestra (1964 Tokyo)(Single Layer)

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Symphonie Fantastique : Andre Cluytens / Paris Conservatory Orchestra (1964 Tokyo)(Single Layer)

Berlioz (1803-1869)

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