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2011年5月19日 (木)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第30回

「勇気と希望を与えるクリヴィヌのベートーヴェン」

 誰しも、心に傷を負ったり、気分が落ち込んだり、あるいは言い様のない不安に駆られることがある。そういうとき、ここぞとばかりに、わたしは普段聴いてない音楽や演奏を聴くことがある。いつもなら、なんてイケすかねえ演奏なんだろう、部屋の隅に寄せとけ認定間違いなしのディスクに、あえて手を伸ばしてみるってわけだ。
 こういうときこそ、普段なら気付かないその演奏や作品の魅力を発見する絶好の機会なのである。イケすかねえと思い込んでいたものが、実はスゴい音楽だったことを見出し、何にでもどこかに魅力があるのですのう、などといった博愛的なお目出度さに全身を貫かれ、強張っていた気持ちもしなやかに解きほぐされる……ことだってなきにしもあらず。ただ、そのイケすかなさをより強力に感じてしまうケースのほうが多かったりするものだけど。

 つまるところ、非日常下における、感覚の揺らぎの実験を楽しもうというわけである。しかし、こんな酩酊じみた遊戯を繰り返しやっておりますと、感覚に乱れが生じ、次第にどこか疲れが溜まってくるのも事実なんでありますな。自分が何か好きで嫌いなのか、よくわからなくなってしまうのだ。
 そうなると、自らの感覚値を校正してくれるようなアイテムが欲しくなる。ある人にとっては、グールドのバッハ演奏であったり、ハイドンの弦楽四重奏曲であったり、シュトックハウゼンのピアノ曲だったり、つまり、かつての日常的な自分を取り戻すための音楽。落ち込んだ気持ちを紛らせるためにあえて感覚を混乱させたあと、そこから日常に戻って行くための音楽だ。
 わたしの場合、アリキタリかもしれないが、ベートーヴェンの交響曲全集だったりする。一曲ではなく、全曲。続けて聴くことによって生じるこの妙な高揚感が、ちょっと強引なまでに自らの進むべき方向を照らし出す、ってわけなのである。

 エマヌエル・クリヴィヌ指揮ラ・ションブル・フィルによるベートーヴェンの交響曲は、以前第9番だけが単発でリリースされていた。第一楽章冒頭で示される動機が有機的に絡み合う過程を明らかにするなど、分析的なアプローチをチラかせつつも、まろやかに溶け合った音色がもたらす、愉悦に満ちた演奏だった。
 今回、その第9番を含めた交響曲全9曲がセットでリリースされたのだが、期待を裏切らぬその出来に時間を忘れて聴き惚れてしまった。弾力性のあるリズム、様々な楽器の巧みなブレンドによる音色変化、そして、対抗配置がこれほどまでに鮮やかに効果をあげている演奏はないといっていい。

 直訳すると、室内フィルといったひじょうに味気ない名前になるラ・ションブル・フィルは、ピリオド楽器によるオーケストラ。ヨーロッパではまったく珍しくなくなってしまったピリオド系ベートーヴェンだけど、これまでは、どうしてもその音色はモノクロの美学を追求したような演奏が多かった。あるいは、フォーヴィズムよろしく荒々しい色彩を特徴とするような。しかし、クリヴィヌのベートーヴェンは、まさしく千紫万紅。グッと鮮やかで多彩な色、そしてその匂いまでが前面に出てくる。

 フランス生まれの指揮者には、ベートーヴェンなどのドイツものを振ると、いかにも素っ気ないサバサバした解釈になるという伝統がある。ポール・パレー、ピエール・モントゥー、ジャン・マルティノン、ジャン・フルネ、ジョルジュ・プレートル等々。色彩的なフランス音楽と禁欲的なドイツ音楽はまるで違うのだよ、そこを一緒にしちゃいかんね、と言わんばかりに。
 しかし、クリヴィヌは相手がベートーヴェンであっても、カラフルで柔軟なフォルムを与えるのだ。そこには、ベルリオーズの幻想交響曲、そしてベートーヴェンにも影響を与えたとされるメユールの交響曲などと同様、変革を告げる音楽として捉えているかのようにも聴こえる。いかにスタイリッシュであっても、そこには渾沌が脈々と息づいているのだ。

 このクリヴィヌのベートーヴェン、耳を凝らして聴き直してしまった箇所がいくつかある。第3番《英雄》の終楽章での鮮やかすぎる変容、第8番第1楽章の展開部での低弦のエモーショナルな動かし方、第7番第1楽章序奏部、左右に分かれたヴァイオリンの掛け合いの鮮烈さ。ここまで面白く聴いたベートーヴェン演奏は、本当に久しぶりかもしれない。
 オリジナル楽器ならではの響きも、実に効果的だ。第4番第2楽章、中間部にある木管アンサンブルは、バッハのブランデンブルク協奏曲を聴いているかのような古雅な雰囲気を漂わせたかと思えば、第7番終楽章コーダ直前、左右の弦が掛け合う部分でのコントラ・ファゴットの地鳴りのような響き(まるでベルリオーズが描いたサバトの世界!)など、作品に絶妙なアクセントを加えている。

 わたしにとっては、感覚を平常値に戻すために聴くというより、それを突き抜ける魅力に満ちたベートーヴェンなのであった。いやあ、こんな演奏を聴くためなら、何度でも心に傷を負おうが、落ち込んでも平気だもんね、と無用なほどの勇気と希望を与えてくれること間違いなし。テンション上がりまくりだわ。

(すずき あつふみ 売文業) 


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