「日本に来る人来ない人」
Monday, May 9th 2011
連載 許光俊の言いたい放題 第192回「日本に来る人来ない人」
地震直後から来日演奏家のキャンセルが相次ぎ、日本滞在中の外国人演奏家も次々に帰国した。地震も怖いが、解決のめどがつかない放射能はもっと怖い。結局、自分の生命や安全は自分自身で守るしかない。いくら安心と言われても、万が一を考えて行動するのは当然のことである。彼らを責めるわけにもいくまい。そんな中、老ピアニストのイェルク・デームスは、周囲の反対を押し切って震災直後に来日した。もはや何も怖くない年齢なのかもしれないが、尊敬に値する。また、ドミンゴも来日し、アンコールに次ぐアンコールを歌って客席を湧かせたという。音楽家の心意気ここにあり(ちなみにドミンゴは来日したが、共演予定のソプラノはキャンセル)。思いがけずクレーメルとアファナシエフの共演も実現した。残念ながら、かつて彼らがCDに残したようなトロトロに崩れそうなブラームスは聴けなかったが、それでもナマですぐれた演奏家に触れられるありがたさを痛感した。この二十年以上コンサート飽和状態の東京だったが、こうなってみて、それがどれほどの贅沢だったかが身にしみてわかる。
このコラムでも触れたピリスの来日公演が吹っ飛んだのは残念至極。長期滞在して各地でさまざまなプログラムを弾くはずだったのに。感心したのは、リサイタルはもちろんだが、関西フィルがいち早く払い戻しや差額精算を発表したことで、指揮者や目玉の独奏者が下りても払い戻し不可能と強弁する東京のオーケストラは見習ってほしい。「演奏者や曲目の変更はあり得る、とチケットに書いてある」という言い訳は、法律的にも道義的にも通るものではない。
ところで、海外では日本の被災者のためのチャリティが驚くほど多数行われている。ベルリン・フィルとシュターツカペレについてはこのサイトでも既報だが、それ以外にもコーミッシェ・オーパーはレクイエムを演奏、ミュンヘンの3つのオーケストラは共同で「第9」、パリのシャンゼリゼ劇場主催の慈善公演に至っては何とアルゲリッチとギエム、つまりピアノ界とバレエ界の歴史に残る大人物が同じステージに上がった。ケント・ナガノは、ベルリン・ドイツ響の定期演奏会の前にスピーチを行い、被災者との連帯を呼びかけた。それ以外にも有名無名の音楽家がすばやく反応している。すごいことだ。
震災の約一週間後、私はベルリンに出かけたが、至るところでチャリティーの告知がなされているのには驚いた。チラシはもちろん、地下鉄内の液晶テレビや電光掲示板でも寄附が呼びかけられていた。大地震プラス原発事故、これほどまでに世界中が驚愕、震撼したニュースは、ニューヨークの自爆テロ事件以来に違いない。私もホテルやらタクシーやらあちこちで人々に話しかけられた。ヘンゲルブロックのコンサートのときには、臨席の紳士が「音楽を聴いている間は日本のことを忘れられたでしょう?」と話しかけてきた。
私が震災直後で気持も落ち着かないのに、あえてベルリンに向かったのには理由があった。ラトルがベルリン・フィルとともに「サロメ」とマーラーの第5交響曲を演奏したのだ。かつてなら、少なくとも私がラトルとベルリン・フィルを聴くために飛行機に乗るなど、絶対にあり得なかった。だが、着任後時を経て、いよいよ両者の関係は熟したのである。特に現在のマーラー演奏は、おそらく実際に耳にしてみないことには誰も想像できないほどのすさまじさなのだ。これまでラトルについてはさんざん辛口なことを書いてきた私ですら、たまたま冬に交響曲第3番を聴いて驚愕した。完璧にたたきのめされた。初めてラトルがわかったと思ったし、心底すごいことをやっているとうならされた。
実はラトルはマーラーにも負けぬ分裂気質だったのだ。それが器用貧乏のように見えてしまう原因だったのだ。しかし、どこまでも棒にくらいついてくる、空恐ろしいほどに達者なオーケストラを得て、今ラトルはここまでやるかというほどに激烈かつ精密な地点まで踏み込む。涙の奈落から天上の幸福まで、単純なのに表現力がある旋律からきわめてテクニカルな音の織物まで、超弱音いや超超超弱音から宇宙が吹き飛ぶような超強音まで、そのコントラストの激しさはテンシュテットを思い出させるほどだ。マーラーの音楽の不思議さとは、とても同居できないようなものがぶちこまれ、平然と混ぜ合わせられている点にある。それを現在ラトルとベルリン・フィルほど鮮明に示してくれる演奏家はいない。
アバド時代と違って、奏者は誰も暴走しない。なのに、細部の生きている様子は気味が悪いほどだ。しかも、カラヤン以来外面的にはきれいでも精神的な表現という点ではきわめてお寒い限りだったこの楽団が、まるでウィーン・フィルかというほど情緒豊かになる瞬間もあるのだ。わかりやすく言おう。ズバリ、2011年現在、オーケストラ演奏、オーケストラ芸術の最高峰は、ラトル指揮ベルリン・フィルのマーラーか、サロネン指揮の「火の鳥」「春の祭典」だ。
最近、そのラトルとベルリン・フィルの「復活」のCDが発売された。テンポの変化、陶酔的な歌い方、とにかくラトルの指揮が以前より濃淡のついたものになっているのは聴いてわかる通り。今のラトルは音楽の大きなうねり、流れを重視して、細かなミスを恐れない。だから、さしものベルリン・フィルとて危ういシーンが出てくるのだが、それでもいいと割り切っている。もちろん、ナマで聴く表現力はこんなものではなく、これを十倍甘美にし、十倍激しくし、十倍豊かな情感を付け加えたところを想像すればいいか。あるいは、弱・中音量のところは思い切りボリュームをあげて細かいニュアンスを聴き取るようにすればいいか。とはいえ、今彼らがどんな演奏を行っているかはよくわかるだろう。彼らの初期のレコーディングである交響曲第5番あたりと比べれば、どれほど踏み込んだ解釈になっているかは一目瞭然。おもしろいことに、彼らが常識をかなぐり捨てた異常なテンションに至ってしまうのは、もっぱらマーラーに限られるようで、「サロメ」は立派ではあるけれど、普通にいいだけだった。
レコード会社もなかなか懐具合が厳しく、新譜を出すのは相当ハードルが高いらしい。が、現在の彼らの演奏を記録しないのはいかにももったいさすぎる。今から秋にかけてマーラーの交響曲第6、7,8,9番のコンサートが目白押しなのだから。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
for Bronze / Gold / Platinum Stage.
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Symphony No, 2, : Rattle / Berlin Philharmonic, Kate Royal, Kozena (2CD)
Mahler (1860-1911)
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参考CD
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Domingo The Opera Collection (26CD)
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生きていくためのクラシック -世界最高のクラシック 第2章 光文社新書
MITSUTOSHI KYO
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Release Date:October/2003
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