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「今こそバッハを、ペライアを聴け!」

Tuesday, March 22nd 2011

連載 許光俊の言いたい放題 第191回

「今こそバッハを、ペライアを聴け!」

 地震や津波がもたらした損害の大きさ、そして、何よりもどんどん状況が悪くなっていく原発。テレビのニュースを見ていると、気が滅入ってしまう。実際、神戸の大地震のときにはニュースを見すぎたせいで鬱病になった人が少なくなかったそうだ。
 こんなときこそ、バッハの音楽を聴け! 特に「ゴルトベルク変奏曲」は心が落ち着くし、癒される。もちろん名高いグールドの演奏はすばらしいものだが、ここではペライアのCDをお勧めしておこう。73分とたっぷり時間をかけて弾いており、これを聴いている間、いつの間にか心は悩みを忘れ、清められる。勇気が出てくる。
 ペライアはいいピアニストだが、グルダやアルゲリッチのような天才ではない。むしろ逆で、本来は凡才とすら言っていいのかもしれない。だが、彼は諦めない。凡才だからこそ、天才以上に解釈を考え抜く。そして、ものすごい集中力を発揮して演奏に没頭する。この「ゴルトベルク」にしても例外ではない。
 旧盤であれ、新盤であれ、やはりグールドは別格の天才で、それゆえ天衣無縫の雰囲気が漂う。そんな余裕はペライアにはない。音のひとつひとつを手を抜かずに弾こうとする。その何という格好の悪さ、ダサさ。だからこそ、今聴くべきなのはペライアなのだ。天才でない人間が七転八倒、艱難辛苦してすばらしい音楽を打ち立てていく姿が感動的だ。その不器用さ、うまくいっていないところが実に人間的なのだ。決して百点満点でないところが、逆にこの演奏の価値なのだ。
 あるときはチェンバロのように、あるときはピアノならではの変化に富んだ弾き方で、ペライアがバッハと格闘している姿が見える。ことにヘッドフォンで聴いてみれば、隅から隅まで徹底してないと気が済まないクソ真面目ぶりがいっそうはっきりわかる。特に第22,23,30変奏あたりがすばらしい。最後のほうでは、力を振り絞るかのように音楽が激しく燃え上がり、第30変奏は、まるでベートーヴェンの第5交響曲フィナーレのような凱歌、賛歌のようにすら聞こえる。いや、第9の「喜びの歌」であろうか。
 そして、ひとつの感想に行き着くのだ。すなわち、バッハは本当にすごい音楽を書いてくれた、と。これこそまさに演奏がうまくいった証拠である。

 前回、スヴェトラーノフ指揮のレスピーギ「ローマ」三部作について書いたが、同時に出たブルックナーの交響曲第9番もすばらしい。ゆったりしたテンポで悠然と運ばれていくが、ことに弦楽器の清浄でありながらも色彩豊かな美しさが聴きものだ。第1楽章の第2主題がその典型。適度に粘るが、ドロドロになってしまうわけではない。このあたり、オケの特徴と指揮者の個性が綱引きしていい案配で落ち着いたというところ。
 この第2主題以後しばらくの間すべての楽器が柔らかいレガートで音楽を進めていく。こんなに柔らかくなくてもいいのではないかとも思うけれど、これはこれで陶酔的な魅力には抗しがたい。チェリビダッケやヴァントは厳しすぎる、カラヤンは内面性がなさすぎると感じるという人にはちょうどいいのかもしれない。とにかく、息が長い。音楽がぶつ切りにならず、ヒステリックにならず、雄大な盛り上がりを見せる。
 第3楽章は、まずはぶあつい弦楽器の響きに圧倒される。その一方で、やさしい美しさもある。そして、15分過ぎからはいよいよ極彩色の天上がかいま見えてくるのだ。
 全体的にオーケストラの豊麗な響きで勝負するブルックナーなのだが、嫌みがない。ブルックナーが苦手な人にとっては親しみやすいだろう。

 このブルックナーの第9番をはじめとして、クラシックをある程度聴き込んだ人ならば、主要な交響曲はすっかり覚えてしまうくらい繰り返し聴いているに違いない。
 しかし、慣れは恐ろしい。作品のユニークな箇所を聴いても驚かず、作曲家の個性にもすっかり鈍感になってしまう。最近私は田村和紀夫『交響曲入門』(講談社)を読んで、すっかり頭がリセットされた。田村氏はこれまでも音楽の構造をわかりやすく説明する著書をいくつも出していて、私も楽しく読んでいたのだが、特にこの『交響曲入門』は傑作だ。ハイドンから20世紀に至るまでの交響曲の特徴や発達史を実に明快に示してくれているのである。モーツァルトの交響曲の特徴は何か、ベートーヴェンはどこが違うのか、そしてブルックナーは・・・というのを、代表的な名作で説明してくれている。漠然と考えたり感じていたことがスッキリした文章で要領よく記されているのだ。そして、最後には、主にそうした作品構造の観点から推薦できる演奏も紹介されている。
 この本は「入門」と題されているが、私などが書く、本当に知らない人のための入門書ではなくて、ある程度聴き込んだ人が基礎をたたき直すためのものと言えよう。CDを聴きながら、折に触れて読み直したくなる。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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