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「ファンキー族来襲!」 から半世紀

2011年3月1日 (火)


Art Blakey & The Jazz Messengers
写真:中平穂積




昭和36年1月2日に訪れた、日本モダン・ジャズ史本当の夜明け


 1961年、昭和36年の日本。世は所得倍増ムードの中、著しい高度経済成長を遂げ、またガガーリンによる人類初の宇宙旅行という歴史的な出来事に沸いた年。ブラウン管からは、ザ・ピーナッツが主役を務める「シャボン玉ホリデー」、伝説の上方コメディ「スチャラカ社員」、レナウンCM 「ワンサカ娘」、ラジオからは、坂本九「上を向いて歩こう」植木等「スーダラ節」五月みどり「おひまなら来てね」といった時代の唄々がお茶の間を大いに賑わせていた。

 一方で、まだビートルズ上陸前夜となるその当時、ナウなモボ、モガの間で最先端とされていた音楽というのは、エルヴィス・プレスリーをご本尊とするロカビリー(ウエスタン・カーニバル)であり、そして何をかくそう、本稿の主役モダン・ジャズであった。

 話は少しさかのぼる。戦後間もない日本では、タンゴ、シャンソン、ハワイアン、ラテンなど、所謂洋楽全般が「ジャズ」と総称されており、昭和30年前後には「ジャズ・コン(ジャズ・コンサート)」ブームなるものが沸き起こったものの、まだまだ本場アメリカのジャズの迫力とはかけ離れた、「ジャズ・ポップス」なる”愛くるしさ”を一様に呈していた。

 日本ジャズ界に最初の衝撃が走ったのは昭和27年。日劇をはじめとした各クラブ演奏に加え、ビクター・スタジオのレコーディングも行なったという、アメリカのスター・ドラマー、ジン・クルーパーの来日公演だ。さらに衝撃は続く。翌28年には、ノーマン・グランツ指揮「ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニー(J・A・T・P)」が、同年12月にはルイ・アームストロング・オールスターズが間髪入れずに来日。本場のスウィングは、日本のジャズ・ファン、ジャズ・ミュージシャンたちにとてつもないインパクトを与えた。これ以上ない ”習作”を目の当たりにした日本ジャズ界は、「これがオレたちの目指している音楽だ!」とその鼻息をますます荒くさせ、渡辺晋とシックス・レモンズ、与田輝雄とシックス・レモンズ、ジョージ川口とビッグ・フォーといった、これまでの日本芸能史において人気・実力ともに前例を見ない本格的なジャズ・コンボが登場することとなった。中でも、ジョージ川口(ds)、松本英彦(ts)、小野満(b)、中村八大(p)というトップ・スターを揃えたビッグ・フォーは、もはやジャズの枠を超えたアイドル・バンドとして一世を風靡。各地のコンサートはいずれも ”黄色い声が止まない”ほどの大熱狂を呼んだという。 

 ここからはややかいつまんだ説明となるが、さらに本格的なモダン・ジャズ・ムーヴメントが、時を同じくした昭和30年前後から起こり始める。バド・パウエルのビバップ・スタイルを追求したピアニストの守安祥太郎、その守安に師事した秋吉敏子、さらには、シックス・レモンズに在籍していたドラマー、白木秀雄、テナー・サックスの宮沢昭西条孝之介といった、その後の日本ジャズ界を背負って立つ名プレイヤーたちが揃って本格的な活動を開始し、本当の意味で自国のモダン・ジャズを確立せんと、その志を熱くたぎらせていた。  

Art Blakey & The Jazz Messengers
 以上の変遷を経る中、ホンモノの「ジャズ」を手繰り寄せようと躍起になっていた日本ジャズ界に、みたび衝撃が走る。昭和33年、気概に満ちた日本の若武者ジャズメンたちを、文字通り武者震いさせた「ファンキー」という名の劇薬、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ『モーニン』の登場だ。ジャズ・ファンなら誰もが知り得る、ジャズ・ファンでなくとも一度は耳にしているであろう超有名曲「モーニン」に、日本中のジャズ喫茶は(コーヒーで)祝杯をあげる。「ファンキー族」の襲来により「ファンキー・ブーム」が到来しようとしていたのである。

 「モーニン」。作曲者であるピアニスト、ボビー・ティモンズの幼少よりの教会音楽体験、つまりゴスペル音楽の要素がたっぷりとしみ込んだこの曲は、テーマ、ピアノとホーンの掛け合い、各自ソロ、全てにおいて黒人音楽の「ファンキー」の粋、または重厚なブルース・フィーリングの何たるかを聴き手に豪快にぶつけてくる。そして何より、親分ブレイキーの、派手な手数の多さなどに縋ることのない、ただただダイナミックなドラミングに圧倒される。同じくして日本では、前年に石原裕次郎・主演の『嵐を呼ぶ男』が公開され、その劇中で実際のドラムを叩いていた白木秀雄が自身のクインテットを結成し、「花形プレイヤー=ドラマー」という図式が確立されようとしていた。

 前フリがかなり長くなってしまったが、そうした流れをふまえて、今回Think! から2枚組で再発されるアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ『Live in Japan 1961』、となる。言うまでもなく、彼ら「ファンキー族」の昭和36年1月2日、日本初上陸の演奏記録。これが日本のモダン・ジャズ史に決定的なインパクトを与えた、と歴史的瞬間を目撃した者は口を揃える。

 故・油井正一氏の文章を起源とする「そば屋の出前持ちまでもが”モーニン”を口ずさんだ」という一節はあまりにも有名。海外の大物ジャズメンの来日が世間の関心事として当時どれほど大きく扱われていたかを端的に顕した名文句だ。初演が1月2日ということもあり、正月ムードも相俟って、その来日興行は半ば国を挙げてのお祭り騒ぎの様相を呈していたという。 ”School of Hard Bop” 校長ブレイキー肝煎りのメンバーは、ボビー・ティモンズ(p)、リー・モーガン(tp)、ジミー・メリット(b)、そしてベニー・ゴルソン(ts)に代わってグループに加入したばかりのウェイン・ショーター(ts)。メリット以外は全員20代という若いエキスに溢れた精鋭ばかりだからたまらない。羽田空港に元旦の夕刻に到着したジャズ・メッセンジャーズ御一行を出迎えたのは、ジャズ・ジャーナリストばかりでなく着物を羽織った若い女性たちも多かった、という逸話にも頷けてしまうピチピチとしたラインナップだ。わずか2週間ほどの滞日スケジュールで、初日の大手町・産経ホールを皮切りに東京10公演に関西公演、さらにはTBSスタジオでTV放映用の録画・録音まで残しているのだから、その熱狂ぶりは半端ではなかったということだ。また、このときのTV演奏は、原信夫とシャープス・アンド・フラッツとの共演で、1988年にビデオおよびCD化されている(現在共に廃盤)。  

 「 ”ファンキー” は たぎる青春の鼓動を意味した!」という力みまくった文句が躍る帯を巻きつけ、昭和33年1月2日の産経ホール公演はテイチクのBaybridge Recordsよりその昔CD化(2枚バラ売り)されているが、このたび「初来日から50周年」という節目を迎え、2枚組の完全新装盤として復刻する。最新リマスタリングはもとより、やや簡素だったこれまでのジャケット・デザインが一新され、ジャズ・メッセンジャーズ初来日と同じ昭和36年に開業された新宿のジャズ喫茶「DUG」のオーナーであり、写真家としても有名な中平穂積氏の秘蔵写真が、ダブル紙ジャケット全面にあしらわれている。また、ライナーノーツを、当時「スイング・ジャーナル」誌の編集長を務めていた岩浪洋三氏が書き下ろしており、ジャズ・メッセンジャーズ狂騒曲の一部始終を事細かに回顧している。


Art Blakey & Jazz Messengers
写真はいづれも中平穂積



 割れんばかりの拍手の中、ショーターのオリジナル曲「ザ・サミット」で幕を開けるコンサート。プロコフィエフ作曲の「三つのオレンジへの恋」という行進曲をモチーフにして書かれた「ブルース・マーチ」は、「モーニン」と並んでここ日本でもヒットした1曲。モーガンの華麗なソロ、ブレイキーの軽快なマーチ調のドラミングでコンサートは最初のハイライトを迎える。この「ブルース・マーチ」はその4ヶ月後に、渡辺貞夫(as)、仲野彰(tp)、宮沢亮(ts)、三保敬太郎(p)、原田忠幸(bs)、猪俣猛(ds)、杉浦良三(vib)ら日本の若きトップ・プレイヤーたちによるオールスター・セッションでも演奏され、その模様はモダン・ジャズ・プレイボーイズ『モダン・ジャズ・ショウケース』に「モーニン」、「チュニジアの夜」などと並んで収録されている。「たぎる青春の鼓動」という言葉どおり、ホンモノの迫力を目の前にしたことで、いてもたってもいられなくなった連中が ”アイデアを持ち寄り、若さで押しまくった” 、ガッツ溢れるセッションのひとコマ。胸がいっぱいになる。  

 ブレイキーのMCもしっかり挟みながら、当時の臨場感をそのままにコンサートは進む。「モーニン」を紹介すると拍手は一際盛大に。岩浪氏もライナー中で指摘するとおり、「数あるジャズ・メッセンジャーズのモーニンの演奏録音中で、この日本初演の出来は最高のひとつ」と言えそう。モーガンの熱気ムンムン、怒涛とも言えるソロにはあの場所に居合わせた誰もが鳥肌を立てたに違いない。ものすごい演奏だ。もはや馬力が違う、搭載しているエンジンが違うと舌を巻くだけ。   

 ショーターによる新主流派らしいオリジナル「ネリー・ブライ」、「モーニン」同様ティモンズのオリジナルとなる「ダット・デア」、共にブレイキーのド迫力のドラムが全体を鼓舞する中、若き才は本能の赴くままに伸び伸びとしたプレイでそれに応え、ものすごい熱量の音塊を放射する。方や、モンクの名バラード「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」ではモーガンの若いながらも手練れまくったミュート・プレイに耽溺する。

Art Blakey & The Jazz Messengers+原信夫とシャープス・アンド・フラッツ
 ラストがまたすさまじい。”荒れ狂うドラム”とはまさにこのことだ。 嵐どころか、火山の大噴火までをも引き起こしてしまいそうな勢いでバンドを焚きつける、「チュニジアの夜」。『Live in Stockholm 1959』『Paris Jam Session』『A Night In Tunisia』・・・名演多数あれど、この日のキレっぷりには遥か及ばない唯一無二のテンション。「モーニン」と並び、同夜の「チュニジアの夜」は文句なしのベスト・パフォーマンス。

 列島をモダン・ジャズの熱狂に巻き込んだ、そんな2週間が過ぎ、日本ジャズ界には本格的な「モダン・ジャズ・ブーム」と共に「ジャズ・ドラマー上位時代」が訪れる。ブレイキー御一行を来日当日に羽田空港まで迎えにいったという白木秀雄は、傑作リーダー・アルバム『祭りの幻想』を吹き込み、原信夫とシャープス・アンド・フラッツ+オールスターズ『ビッグ・バンド作戦』では、「チュニジアの夜」、「マンテカ」などでアフロ・キューバンな怪気炎を上げている。翌年には渡米し、ホレス・シルヴァーケニー・ドーハムといった面々と交流。本場の「ファンキー」な空気を体いっぱいに吸い込み帰国。『プレイズ・ホレス・シルヴァー』『プレイズ・ボッサ・ノバ』といった作品を吹き込んだ。

 ブレイキー初来日公演からおよそ半年後の昭和36年8月18、19日には、南軽井沢の晴山ホテルにて『軽井沢ミュージック・イン -- モダン・ジャズ・ミーティング』が開催された。”日本版ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル”とも解釈できる本大会にて、日本のトップ・ミュージシャンたちが、おのおの体得し昇華したモダン・ジャズ〜ファンキーのエッセンスを吐き出しながら腕を競っている。ジャム・セッションを収録したアルバムの冒頭には「モーニン」が収められているぐらいなのだから、ブレイキーの初来日公演がもたらした影響力が、彼ら日本の志高きジャズメンたちにとってどれほど強いものだったのかが窺い知れる。また同年、三保敬太郎の事実上のリーダー作となる日本モダン・ジャズ・オールスターズ『ファンキーの饗宴』においても、白木秀雄富樫雅彦といった血気盛んな改革推進派ドラマーをツー・トップに据え、迫力満点の「チュニジアの夜」が録音されている。

 深く刻まれし「ファンキー族」の爪痕。日本モダン・ジャズ史の本当の夜明けが、ここに収められている。



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