インタビュー: Dan Le Sac vs Scroobius Pip
2010年4月2日 (金)
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一見冴えない白人男性の二人組だが、UKヒップホップ界に確固とした存在感を築き上げつつあるのがダン・ル・サックvsスクルービアス・ピップ。トラックメイカー/プロデューサー=ダンと、MC=ピップのコンビだ。故郷エセックスのCDショップ『HMV』で出会って06年にコラボを始めたふたりは、初めて一緒に作った曲『Thou Shalt Always Kill』でUKチャートのトップ40入りを果たし、08年5月にファースト『アングルズ』をリリース。ジャンルを自由にクロスオーバーして鳴らされるトラックと、鋭い風刺とユーモアを効かせたリリックが出会う新種のミクスチュアで、一躍脚光を浴びたことはご承知の通り。ここに完成したセカンド『The Logic of Chance』でも順当にスケールアップを遂げて、テンション溢れるダンサブルなビートに乗せて英国が抱える様々な社会問題を描き、祖国にビタースウィートなオマージュを捧げるふたりに、アルバムの成り立ちを解説してもらおう。
ただ単に、“ダン・ル・サックVSスクルービアス・ピップのアルバム”を作りたかっただけなんだよ。
- --- セカンド・アルバム『The Logic of Chance』を完成させての手ごたえはどうですか?
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ピップ: アルバム制作はすごく楽しかったよ。前作を作り終えて以来、ツアー中もずっとアイデアをちょこちょこ集めていたから、トータルではじっくり時間をかけて少しずつ積み重ねていった感じかな。それに、2枚目となるとみんなプレッシャー云々って話をするけど、俺らの場合、元々サウンド表現の幅がものすごく広いから、どうにでも転べる余裕があった。だから気分的にも楽だったよ。特定の方向性に縛られないようにしようって考えていたし、特にヒップホップ・アルバムを作るとか、ダンス・アルバムを作るとか、枠にはめてはいなかった。ただ単に、“ダン・ル・サックVSスクルービアス・ピップのアルバム”を作りたかっただけなんだよ。ふたりで前もって、“今回はこんなノリにしよう”とか相談したりもしていないからね」。
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ダン: でも、前回はアルバムを作る前にライヴをたくさんこなして、オーディエンスの反応をチェックしながら曲を練ってゆく時間があったんだけど、今回はそれができなかったから、そういう意味の難しさはあったかな。だからこのアルバムからの曲を聴いた時、みんながどう反応するのかを想像すると、ちょっとナーバスになるんだけどね。
- --- アルバムに着手するにあたって、何かクリエイティヴな目標は掲げていた?
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ダン: とにかく、お互いに新しいことを試して自分の表現の幅を広げること、だね。ドラムンベースにストリングスを重ねてみたり、過去にやったことがない試みがたくさんあるんだ。だからミュージシャンとしての僕個人が、より多くを学んで進化したいという意志に貫かれている。そしてテクニックにこだわるよりも、何より音の感触が自分に響くか否かっていうところが重要だったな。積極的にいろんな音楽を聴いて、刺激を受けてね。前作では、レコーディング中に他のアーティストの音楽を聴くと、無意識のうちにアイデアを盗んでしまうんじゃないかと心配だったんだけど、今はそれも気にしなくなったよ。
- --- 確かに、ビートは前作よりもハードになった気がします。
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ダン: うん。それは自然に起きた変化なんだけど、ツアーでポーランドとか東欧の国々を訪れた際にしばしば目にした工業地帯の荒涼とした風景が、音にエッジを与えたような気がするよ。美しい自然もたくさん残っているから、そのギャップはかなり鮮烈だったんだよね。ま、僕自身がセカンドのサウンド志向を総括するとしたら、ファーストよりもビッグになった、と言えるかな。
- --- サンプルを使っていない点も、プロダクション面での前作との大きな違いですよね。
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ダン: うん、使用権をクリアしなくちゃならないようなサンプルは、一切使っていないよ。ほら、前作からのシングル曲『Letter From God To Man』で、僕らがレディオヘッドの『プラネット・テレックス』をサンプリングしたことは覚えてるだろ? あの曲を使う許諾をレディオヘッドからもらうのは、ものすごく大変だったんだよね。なかなか“イエス”と言ってくれなくて(笑)。しかも、許諾はくれたものの使用料もかなり高額だったし、僕らのようにまだ駆け出しのアーティストにはかなり痛かった。だから今後はもう使わないようにしようって決めたんだ。それに、実は僕のガールフレンドに“サンプルなしでアルバムを作れる?”と挑発されて、受けて立ったってこともあるんだけど(笑)。
- --- レコーディング中のふたりはどんな風に作業をするんですか?
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ダン: 実は僕らは、ほとんど一緒にスタジオで時間を過ごすことはないんだ。僕は自分のスタジオでまずトラックを作り、それをどんどんピップにメールで送る。完成したトラックではなくて、まだラフな段階のものをね。じゃないと、僕がリリックの方向性を左右することになりかねないから。そしてピップがそこにリリックを録音して、僕に送り返してくる。割合でいうと、10曲送ったら、1曲返事が来るってところかな。そんな風に別々に作業をすれば、自分のペースでそれぞれの役割に集中できるし、相手の領域に無闇に踏み込まずに済むし、僕らにはそういうスタイルが合っているんだ。
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ピップ: そうだね。俺なんか、ラップトップ・コンピューターがあれば、電車の中だろうとアイデアを思いついたらその場でどんどんリリックを書けるけど、ダンの場合はそうはいかないからね。そうやってリリックを書き貯めて、ダンから送られてきたトラックを聴いて、うまくマッチしそうなリリックを選んで膨らませてゆくのさ。もしくは、逆にトラックにインスパイアされて新しいリリックを綴ったりして、ダンに送り返し、ふたりでキャッチボールをしながら曲を仕上げてゆくんだよ。
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ダン: お互いにいちゃもんをつける時も、メールなら、どこがどうマズいか冷静に考えてから言葉で書いて説明することができるから、ふたりの関係を損なうこともないだろう?以前バンドにいた時は、狭苦しいリハーサル・スペースとかスタジオに4〜5人でこもっていて、気に入らないことがあると、ついカっとなってヒドいことを口にしたりしたもんだよ。それで関係がこじれることがしばしばあったし、だからある意味で、自己防衛本能って言えるのかな。どっちみちピップと僕は100マイルも離れた場所に住んでいるから、物理的にこういう方法しか選択肢がないんだ(笑)。
- --- ピップのリリックは、前作よりユーモアが抑えられていますよね。
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ピップ: そうだね、より直球の表現が増えたと思う。婉曲的な描写や皮肉を控え目にして、“これが俺の意見だけど、どう思う?”って問題提起をしているのさ。例えばシングルの『Get Better』は、英国で増えているロウティーンたちの妊娠を題材に選んでいるんだけど、“子供を産む前に自分が成長して立派な人間になることを優先しようよ”っていう、シンプルなメッセージを込めているんだ。
- --- 若者たちへの優しい視線がすごく印象的な曲です。
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ピップ: そこはすごく気を使ったんだ。彼らを批判しようってつもりはなかったからね。今の若者を取り巻く環境が、俺らの世代のそれよりも厳しいとは思わないけど、何でも誇張する昨今のメディアが間違いなく悪影響を及ぼしている。“若者は無気力”とか“暴力的”と繰り返し報道されれば、大人たちはそういった話を信じ込んで、若者をネガティヴな目で眺めるだけだよ。そして若者たちのほうも追い込まれてしまうよね。そんな彼らに、“ほかにも道はあるんだよ”と教えてあげたいのさ。だからといって、何も俺が言っていることが正しいわけじゃないし、答えは用意してない。でも様々な問題を取り上げることで、みんなが自分で考えて回答を出してくれたらと願っているんだ。
- --- こういった政治や社会問題を題材にした曲がかなり増えましたが、それはなぜ?
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ピップ: 当初は別に、政治的なリリックを書こうとか意図していたわけじゃないんだよ。でも今の英国の政情はあまり芳しくないから、自然に影響されたんだと思う。なにしろ、移民排斥を唱える人種差別的な右翼政党の英国国民党が支持を延ばしていて、地方議会で議席を増やしたり、穏やかならない状況なんだ。
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ダン: うん。僕にはピップがどんなリリックを書いてくるのか全然予測はつかなかったけど、こういう結果になった理由は理解できるよ。ほんと、ひどい状況だからね。与党の労働党は失策続きで人々の信頼をすっかり失っているし、野党だってロクでもないし、そして国民党の問題がある。この国で百万もの人が国民党に投票したこと、つまり、百万もの人が移民は国に帰るべきだと考えているという現実に愕然としたし、ピップが住んでいる町は特に国民党の影響力が強いから、反応せずにいられなかったんだろうね。でも彼の賢いところは、単に不満を吐き散らすんじゃなくて、国民党みたいな政党が支持を集める状況を生んだ要因に着目している点にある。つまり社会の荒廃や政治への無関心こそが要因であり、根っこにある問題を解決すれば政治も変わるはず……と願いを込めているのさ。
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ピップ: あと、ツアーで英国中を隈なくまわって、色んな社会不安を抱えた自分の国のリアリティと向き合ったことも、いろんなインスピレーションを与えてくれたよ。しかも、その後ちょうど大統領選の前後に訪れた米国は昂揚感に溢れていて、二国の落差にも衝撃を受けたんだ。英国人はすっかり無関心になってしまっているからね。だいたい英国人が投票権を行使していれば国民党の台頭を阻止できたわけで、ようは“行動を起こせ”と呼び掛けているのさ。“ひとりひとりが物事を変える力を備えていることに気付いてくれよ!”とね。
- --- こういった社会問題に関しては、色々リサーチもしているんですか?
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ピップ: ああ、自分や自分が知っている人たちの実体験に基づいてる場合が多いんだけど、そうでない場合は、色んな記事を読んだり、ネットを経由して色んな人と話をしたりして、リサーチをしながらリアルなフィーリングをつかむ。そして、そこから新しいストーリーを練ってゆくことが多いね。前作で綴った自殺とか自傷行為に関する曲も然りで、可能な限りいろんな資料を集めて、リアルなシチュエイションを描くことを心がけているんだ。『Last Train Home』なんかは100%僕自身が、地元エセックスへロンドンから帰る時に乗る最終電車の中で目にしたことを、そのままリリックにしているよ。終電の車内は酔っ払いとか本当にヤバい人たちばかりで、命の危険を感じるほど怖くて、マジに荒んでいるんだ。曲ではむしろ少しトーンダウンしているくらいさ。なにしろ女の子の集団に、ヒゲに火をつけられてスニーカーを奪われそうになったことがある(笑)。あれを最後に、“もうリサーチは充分にできた”と思って、二度と終電には乗ってないんだよ。
- --- そんなヘヴィな内容の曲が多い中に、例えばラヴソングの『Cauliflower』など、息抜きになるような曲もバランス良く配置されていますよね。
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ピップ: ああ、これはちょっと変わった曲だろう? 実は前作の時からあったアイデアなんだよ。フォーマット的には、ナンシー・シナトラとリー・ヘイゼルウッドのデュエット曲『ビロードのような朝』をモデルにしていて、同じように男女のパートのテンポを変えていて、当初はアデルが女性のパートを歌ってくれるはずだったんだよ。以前から僕らと仲がいいんだ。でもご存知のように彼女は大ブレイクしちゃって、以来スケジュールの調整をつけられなくなって、キッドAという新人アーティストが代わりに参加してくれた。彼女はアメリカ人のシンガー・ソングライターで、ダンがプロデュースしたEPでもうすぐデビューするんだよ。
- --- タイトルの『The Logic of Chance』に込めた意味を説明してもらえますか?
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ダン: これも僕のガールフレンドの提案だったんだけど、“ベン図”って知っているかい? 英国の数学者のジョン・ベンが考案したもので、基本的には、質が異なる集合体を表した円の重ね方によって、集合体同士の関係性を描き出す図なんだ。円が象徴する集合体は、その重なった部分において一致・同意していることを表しているのさ。それって、まさに僕とピップの関係にも当てはまる図だと思ったんだ。全然違うふたりなんだけど、共通する部分があって、僕らのユニットはそこに成立しているわけだからね。で、そのジョン・ベンが初めて出版した本のタイトルが『The Logic of Chance』だったから、アルバム・タイトルとしてもしっくり来るんじゃないかと考えたんだよ。僕らそれぞれの音楽的背景の違いと、ふたりの間に横たわる距離がお互いを刺激し、僕らの音楽を刺激的なものにしているんじゃないかな。
ピップ: 実際アルバムを聴いてもらえば、ダンが作るサウンドが進化していることがすぐにわかるし、ツアーにすごくインスパイアされたことも明白だと思う。俺に言わせれば、ライヴで映える、オーディエンスが盛り上がりそうなトラックをダンは積極的に鳴らしているんだよ。例えば『The Beat』は敢えてトラックを主役にした曲なんだ。ダンと俺は対等なパートナーで、ライヴで人々の気分をアゲるのは専らダンのビートだし、俺が独りで愚痴をタレるのがダン・ル・サックVSスクルービアス・ピップじゃないってことをこの曲で伝えているのさ(笑)。
インタビュー/訳:新谷洋子
- 新譜Logic Of Chance / Dan Le Sac vs Scroobius Pip
- Radiohead「Planet Telex」の大胆サンプリングで話題となったUKのお騒がせデュオによる渾身のセカンド・アルバムが登場!ダン・ル・サックの作るエレクトロ×ヒップホップなクール・サウンドとスクルービアスによる社会・政治的な意味を兼ね備えるリリックが融合したギミック一切なしのダンス・ポップ・ミュージックを展開!
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