『TOCHKA』 公開記念! 「TAO」 第5回 :ゲスト→松村浩行 3
Monday, November 30th 2009
「トーチカが持ってる空間的なおもしろみっていうものを映画にしたいな」っていう気持ちが起こったんですよね。
--- そんな経歴をいろいろお持ちなんですね。このあたりでやっとお話がつながってきて、今作の『TOCHKA』のお話になるのですが・・・お母様が現ロシア領・国後島出身なんですよね?
松村:はい、そうです。
--- 松村さんは北海道出身ですが、(四島からの引き揚げ者の多い)根室は昔から縁のある土地だったんですか?
松村:離れてるんですよね、距離的に。僕が小さい頃はお盆とか、夏休みの間に兄弟と行ってたんですけど、飛行機はお金もかかるので、その当時は夜行列車でしたね。夜行で夜発って、あっちに朝着いてっていう感じで。小学校の低学年とかまでしか行ってなかったし、当然幼いので、刷り込まれてるものとしてはほとんどなくて、本当に間接的ですね。つながりとしては一度断絶してるような感じで、20年振りくらいでまた行って、一つ一つを組み直す、捉え直すというか。
--- 根室半島のトーチカ群を舞台に、なぜ映画を撮ろうと思われたんですか?
松村:僕が大学生の時にちょっとだけ知り合った先生がいたんですけど、その先生がトーチカについての短い解説文というのを書いてたんです。それも日本のトーチカじゃなくて、ヨーロッパのトーチカだったり、トーチカ一般というか。それらのことについて短い解説を書かれていて、それを読んで興味を覚えたんですね。でもトーチカが自分が関わっていたような土地にあるというようなことは知らなかったんです。だけど、調べ始めて、「あ、あそこにあったんだ」っていうことがわかって、それから改めて行ったんですよね、あの土地に。
--- その先生の解説文から改めて、トーチカを意識されたという。
松村:そうですね。空間的にすごくおもしろいところですね。その先生もちょっと触れられてたんですけど、トーチカはカメラの暗箱みたいな構造なんですよね。中には闇があって、闇の中に窓が開いていて、その窓から光が漏れてきていてという。多分、写真の大きいフィルムをそこに持ってくると、画像が焼き付けられるかのような構造で。もちろん、使われる用途はね、人を殺すためではあるんだけれど、「それが持ってる空間的なおもしろみっていうものを映画にしたいな、そこから映画を組み立てて行きたいな」っていう気持ちが起こって。それで、最初の企画を考え始めたんです。
--- トーチカは人を殺すために作られた”負の遺産”ということよりはむしろ、造形や空間的なおもしろさへの興味から?
松村:きっとね、ビジュアルだけではないと思うんですよね。どういうものにも役割りがあると思うし、戦争の道具として作られたものという、そこは譲れないと思うんですよね。たまたま、英語でシュートって「人を撃つ」、ショットのシュートですよね。それと「写真を撮る」っていうシュートって、同じ言葉ですよね。二つの機能というか行為が表裏になってるから、「そこがおもしろいな」って思ったところですね。純粋な廃墟としての美とか、そういうことは僕はむしろ反感を覚える立場なんですけど、「美として享受する」っていうことと本当のその機能をもう一回考えて、「何かダイナミックなものに出来ないかな」っていう気持ちがありましたね。
--- 藤田陽子さんが映画の中で持っているカメラをあの形にしたのも、トーチカで映画を撮ると決まった時点でイメージとしてあったんですか?
松村:瞬間的に立ち上がってきたわけじゃないんですよね。ああいう風に大きなカメラの中に小さいカメラを置くっていうことはだんだんわかってきたんですよね、見えてきたというか。だとすれば、「じゃあ、どういうカメラなんだろう」っていう思考の進め方で、一眼レフとかじゃなくて、トーチカと同じような原初的な構造を持ってる単純さを備えたカメラじゃなきゃいけない・・・「じゃあ、なぜ、そのカメラがそういう空間に来なきゃいけないのか」、写真を撮ってるっていう理由があるんだけど、「その理由は何だろう」とか、そういう風に少しずつわかっていくというか、身体に染み付けさせるというか。一度に全部ぽんぽんぽんぽん出てくる人っているかもしれないけど、僕はなかなか時間がかかるんですよね。でも、間違えた方向に進むと絶対、「違う」ってわかるんですよね。「何かおかしい」と思って遡って考えると、「ここで間違えてる」って。映画の企画はいつも、そこがおもしろいんですよね。不自然なものというか、あったらいけないものが生理的にわかるというか。それでも最終的には残っちゃうんですけど(笑)、でもそれはたぶん、自分が変わるからだと思うんですけどね、やってるうちに。
--- トーチカ群を舞台にしようと思われてから、ワンロケーション、主要登場人物は2人、劇中音楽もなく、セリフと環境音のみの音響設計という極めてストイックな試みで完成されましたが、企画段階からあの形になった過程をお聞かせ頂けますか?
松村:元々はよりシンプルだったんです。
--- もっと?
松村:ええ。会話すらないような、ある種のミニマルなお芝居ですよね。パントマイムに近いような形で。一人の男がトーチカに来る・・・そこは同じなんです。映画だと先に女性がいるんだけれど、そこもなくて、彼がトーチカの中に座ってると。でも、その彼が来た理由っていうのは全くわからないんです。そこに女性が後から来ると。挨拶ぐらいは交わすのかもしれないけれど、結局、女性もそのまま帰って行くと。で、夜になって、男がずっとそこにいると。そこからだんだん霧が出てくる。その後がやや荒唐無稽なんですけど、あのトーチカががらがらと崩れ落ちると(笑)。そういうちょっと意味的な脈略を超えたようなものが最初に見えてたんですね。だから、カメラとかも出てこなくて。そこから一つ一つ解きほぐしていくというか。まず、男女の間ではどういう眼差しの交わし方なり、言葉のやり取りなりがあるんだろうとか、あるいは、そこで元々彼がここに来た理由というのを女性に対して語られるのか、語られないのかとか、それを受けて、彼女の方は何をリアクションとして返すのかとか。肉付けしていくというよりはもっと分析していくというか、自分自身で見極めていくというか、そういう作業を紙の上で延々とやってたんですよ。だから、家に行って掘り起こすと、映画のプロットというか、あらすじみたいなものがたくさんあって。最後の最後がこの形なんですよね。
ちょっと、表現する人間としてはどうかと思うんですけど、でも、正しいと思うから言うんですけど、今あるものもたぶん、最終的な形ではないと思うんですよね。この後、作る作らないじゃなくて、プロセスでしかないと思うし、そういう紙の堆積、山の中の、たぶん形にはなった一番上にあるものっていうことだと思うんですよね。だから、今僕がこれをリライトするとすれば、きっと全然違うものになると思うし。まただから、そこがおもしろいところで。そういう意識でいるから時間がかかると思うんですけど(笑)、変わっていくところがおもしろいですね、すごく。
--- そのような過程から、主要な登場人物が2人という風になると多く出演者のいる作品よりもキャスティングに緊張されると思うのですが、藤田陽子さんと菅田俊さんに決定された経緯もお聞かせ頂けますか?
松村:藤田さんについては、ちょうど僕が映画を撮ろうと思ってた時に『犬猫』っていう映画に出られていて、それが公開される前くらいだったんですね、初めてお会いしたのが。で、その前はお芝居の分野というよりは『装苑』とかああいう雑誌で僕は藤田さんのこと知ってたんですけど、制作の女性といろいろ話していた時に「あ、藤田さんとか何かいいかもしれないね」っていうことをぼそっと僕が言ったんですね。で、どういう判断がそこであったのかっていうのが非常に難しいんですけど、藤田さんがあのトーチカの中にいて外を見てるっていう眼差しとかが何かね、「観客にとっても強いものになるんじゃないかな」っていうような判断があったんでしょうね、きっと。で、そこから、人を挟んでお話を持っていったっていう感じでしたね。まだご結婚される前ですけどね。
--- お子さんもいらっしゃるんですよね?
松村:6月に女の子が野田秀樹さんとの間でお生まれになって、撮影の時はもうご結婚されてましたね。
--- あの野田秀樹さんですか?
松村:そうです。意外とね、みなさん知らないんですよね。
--- お相手まではわかりませんでした。結構、年が離れてますよね。
松村:25歳違うんですよ。ご結婚された時が野田さんが50歳で藤田さんが25歳なんで、“Wスコア“ってスポーツ新聞には書いてありましたけどね。
--- すごいなあ。
松村:すごいですよねえ。僕は新聞を紹介する朝のニュース番組で知ったんですけど、本当に驚きましたね。
--- 藤田さんはちょっと達観しているところがあるのか・・・25歳も上の方とさらっと(笑)。
松村:そうそう。さらっとって感じですよね(笑)。僕が想像してどうするんだって感じですけど、そこにいきみのようなものはおそらくないと思うし、藤田さんはそういう雰囲気の方ですからね、すごく頭のいい方ですし。あのね、それを一番感じたのは、撮影中は一緒にご飯食べたりお酒呑んだりする場が毎日あったんですけど、その時に、ホテルで待機してる時に観てたテレビの「ドキュメンタリーがすごくおもしろかった」ってことをお話されたんですけど、その要約の仕方っていうのが(強調して)ものすごく高レベルなんですよね。あんな人を僕はあんまり見たことがないですね。情報の順番とかポイントの置き方とかがものすごい技巧的だし、自然だしっていうことで、「ああ、この人、ものすごい聡明さがおありになるな」ってその時に気付いたんですけど。
--- そういうところで気付かれたんですね(笑)。
松村:ええ。申し訳ないんですけど、撮影半ば過ぎくらいでしたね、それが(笑)。いや、もちろん違う意味での何か・・・理解される深さというか、そういうものはお話している時には感じてたんですけどね。具体例としてそういう風に「ああ、すごいなあ」って。
--- 藤田さんはお芝居の経験があまりなくても、野田秀樹さんとご結婚されたというお話や今の松村さんのお話を伺って、きっと、感覚的にわかっているというか、勘のよさみたいなものがあるのではないかと思うのですが、撮影現場でそのような部分は感じられましたか?
松村:そうですね、それはすごく感じましたね。打ち合わせとか、そういう作業はもちろん大切なんですけど、この場で僕がお伝え出来ることって本当に少ないじゃないですか?それは菅田さんももちろんそうなんですけど、藤田さんはそういう端々を掴まえて、自分の中で組み立てて、それを返してくれるっていう、そこの頭のよさって言ったら失礼かもしれないけれど、感覚的な澄んだ感じというか、そういうところをすごく感じましたね。
