安藤裕子page2

Wednesday, April 22nd 2009

安藤裕子

最初から終わりまで。順番に流れよく最後まで聴いて欲しい

--- そう、BEST盤が出るという事で、その話をしに来たんでした。



その事をたくさん書いてもらおうと思って気合を入れてきましたよ!

--- そうでした。デビューして6年間というものを総括するBESTアルバムっていう事になると思うんだけど、この6年間。安藤裕子にとってどういった時間でした?

早かったなぁ。なんていうんだろ…
作業的には6年間という時間が自分の中ですごく曖昧なんですよ。実際、7年前に今の制作チームと出会って、今の生活スタイルも7年前に始まっていて。
その前の5年間も“うた”を創り始めて、アレンジをしてくれる人との出会いもあって、やはりスタジオ作業というのをずっとしていて、LIVEをしたりとか。
それは今やっている事と比べれば、小さい作業なんだけど。
大きくまとめると、その11年ていうのが一括りで、自分にとって同じ生活ですね
大きく違うのが、デビューが決まる決まらないという事だけで。
7年前この制作チームと会う前に、音楽が仕事になるって言う事において、いろんな事が上手く いかなくて、いろんな人ともぶつかって、大きい別れもあったりして。
その頃自分の中で初めて「もしかして、もう自分は音楽をやっちゃいけないのかな」っていう考えがよぎり始めた事があったんです。
そんな時に彼らと出会って。そういう意味では、彼らとの出会いで居住権をもらったというか、お家を見つけた感があって。それは「デビューできる。やったー。」といった感覚とは全く違って、「あっ、続けていいのか」っていう感覚
だから実はデビューした当日の事も何も覚えてないし、その前後の事もあまり記憶になくて。記憶にあるのは作業を始めた事と、1stアルバム『Middle Tempo Magic』が出た時のこと。自分にとってはそのアルバムがデビューみたいな所があって、その前に出ていたミニアルバム2枚とシングルとかは何となくずっとそれまでやってきた事の延長で、仲間が出来て、その人たちと仲良くなるまでの道のりだったような気がして。
『Middle Tempo Magic』で初めて、世の中に自分の意思表示をしていくようなイメージがあった
だから結構区切りが曖昧で・・・



--- でも『Middle Tempo Magic』の時には明らかに区切りがあったわけですよね?

自分の中にはあります。あとそのちょっと前の今のスタッフとの出会いという区切りもある。だから6年前っていうところには自分の中では特に何もないですね。

--- 制作チームと出会った時に、家を見つけた。そして、『Middle Tempo Magic』が出た時の区切りに関して、もうちょっと詳しく聞きたいのですが。

お家を見つけて、そこに住む仲間を見つけて。
それはつまり、ディレクターと、彼が紹介してくれたアレンジャー、そして自分を含めた3人という事なんだけど。
『Middle Tempo Magic』が出る前までは、その3人の生活のルールを決める事が中心だった感じかな。
音楽に関しては、それぞれスタイルが全く違う部分があって、そんな3人が並列に並んで作業していくという事が始まったので、3人の共通項をすごく模索していたんだと思います。
出会ってから『Middle Tempo Magic』が出るまでの2年間は、3人にとって共通の音探しをしていた時間だと思うんだけど、『Middle Tempo Magic』が出来上がった時にそれが、かっちり固まった。そして改めて「3人の音楽、安藤裕子っていう音楽ですよ」っていう形で外に出始めた時期だと思うんです。

--- このBESTアルバムのCD2枚組の方にはトータル30曲近い曲が入ってるじゃないですか?それはきっとどれも思い入れがあるとは思うんだけど、その中で、特に思い出に残っている曲はありますか?

基本的にはないんですが・・・
『隣人に光が差すとき』って言う曲があって、これはデビュー前、2000年から2001年には出来ていた曲なんだけど、デビュー前に映画に使ってもらったこともあったし、この曲が出来た時期って言うのは、人生において分岐点だったと思うんです。
出会いも別れもすごく多くて、自分の“うた”に対する姿勢もこの頃、一つ大きく変わり始めた
この曲をディレクターがたまたま別の場所で聴いてくれて、会ってみたいと呼んでくれたので、そういう意味でも、デビューする前の自分にとっての分岐点を飾った曲だということだと思います。

--- 最初にちらっと言った、「思い入れが特に強い曲が基本的にはない」というのは、どれに対しても思い入れがあるっていう事?それとも、創った曲は創った曲でどんどん次に向かっていっていると言う事でしょうか?

どっちでもあって、全部すごく好きだし、それと共に、全部別にそこまで思い入れがないのかもしれないし、ちょっと自分では判断がつかない。
すごくフラットなんです。この曲は古いから懐かしい、とも思わないし、今の自分て毎秒毎秒すごく変化していくわけじゃないですか。
思い悩む事や、嬉しい事も、明日には変わっていくわけだけど、その変わった自分が聴いたときに、どの時代の曲を聴いてもフィットする曲は見つかると思うんです
「あっ、この曲今の自分にフィットする」っていうのは古くても新しくても見つけられるっていう意味ではどれも同じ。この曲飽きたなっていうのは別にないし。自分の中で流行りはあるんだけど、年代感っていうのはあまり感じないし、もちろん今作っている曲が今の自分の感情にフィットしやすいっていうのはあるんだけど。ただ、LIVEでその瞬間に歌いたい曲っていうのには理由がないと思う。

--- そうやって今まで自分が創ってきた楽曲を、こうやってBEST盤にするために選んだわけですよね。その作業っていうのは?

大変でした。まず、収録時間が足りない。
やっぱり曲数も多いし、1曲1曲も結構長いんですよ。
好きで長くなったり、ゆったりしている訳ではないんだけど、自分の動きが遅いせいか、ゆったりした曲ばかりが出て来やすくて。
最初はBEST盤を出しましょうって話になった時、CD1枚+DVDっていう1形態でという事になっていたんだけど、代表曲と呼ばれる曲やシングル曲、アルバムのリード曲を集めたら終わっちゃうな、と思って。
自分の音楽って決してシングルのために曲創りをしてるわけではないんですよ。いつもいつも、今もそうなんだけど、リリースの日程を決めないで、7曲くらい録音していたりしてて。
いつもアルバム1枚で、何かしらの世界が出来上がると思っているので、シングルやリード曲だけを集めても、安藤裕子って言う音楽の名刺にはなりにくいかなっていうイメージが自分の中にはあって。
で、「初回盤だけでも裏BEST入れようよー」なんて言ってたりして。
実際問題、DISC1だけでは収録時間が足りなくてシングルも全部入らなかった。
シングルじゃないけど『忘れものの森』とか『聖者の行進』ていうのはBEST盤を構成する上では絶対に必要だと思ったし、入れないと形にならなかったから、どうしてもあぶれてしまう曲もあったので、「じゃあ、DISC2も作りましょう」ということでCD+CDという形態も出来たんです。
「DISC2は好きな曲ばっかり入れちゃお」って思ったりもしたんだけど、安藤裕子の音楽って言うものを紹介する意味で入れたほうがいい曲って言うのが、まだまだいっぱいあって。
DISC1に入りきらなかったシングル曲っていうのもそうだし、アルバムのリード曲ではないんだけれども代表曲と呼ばれるようなものも構えていて、じゃあそれも入れましょうと。後は、ディレクターと「絶対この曲入れる!」っていう曲の取り合いみたいな事が繰り広げられ。
そんなことがありつつも、今度は曲順を組立てていく作業があって。
私は、アルバム1枚として聴いてもらいたいんですよ
「この曲飛ばそう」じゃなくて最初から終わりまで。順番に流れよく最後まで聴いて欲しい
だから、曲順だったり、アルバムの流れにはとてもこだわったんだけど。
そうやって考えていると、自分の1番入れたいと思っていた『絵になるお話』(アルバム「Shabon Songs」に収録)っていう曲がどこにも入らなくて。(笑)

--- じゃあ、自分の中ではまだ足りない感じで?

だから「もう1枚」みたいなところもやっぱりある。(笑)
そうやって考えると、このBEST盤っていうのは入り口だと思います。
安藤裕子って言う音楽を知らなかった人とか、聴いてみようかな位に思っていた人に是非、耳にしてもらって、それでもし興味が沸いたなら、オリジナルアルバムを是非聴いてもらいたい。そしてシングルのB面を聴いてもらいたい。そういう感じがしますね。



--- どの盤にもストーリー、世界観があって、そういうのを込めて創っているからっていう事ですよね。

やっぱり、音遊びっていうのかな。そういう音楽的な遊びっていうか醍醐味みたいなものはふざけてこそ表れてたりする部分が結構あるんだけど、代表曲ではないところで、そういうのが強く表れていることも多くて、そういうのを聴いてもらったらいいかなと思う。

さらに続きます

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