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「TAO」 第3回 :ゲスト→木村文洋 3 

Wednesday, April 27th 2011

---  あんなに雪が降っている中で・・・でも、雪が降ってるのが青森では当たり前だから、車も運転して、夜でもお参りとかにも行けるんでしょうけど、 東京だったら、路面が凍結とかして危ないですよね。気候の違いによって、文化も違いますよね。


木村:車はあの時期、時速20キロくらいで行ってるんですよ。冬場はみんな、3分の1くらいにしてて。


---  あのシーンの撮影は大変でしたか?


木村:でしたね。本当に寒くて、機材凍ったりして、フリーズしたりして。寒い撮影って大変ですよね。


---  それでも、あのシーンがどうしても撮りたかった・・・という。車に乗っていて、安全地帯の「恋の予感」がかかりますけど・・・ あのことについておそらく、たくさんの方から聞かれていると思うんですけど(笑)、これを選曲されたのは?


木村:うちの母親が好きで・・・(笑)。小さい頃、母親の車でドライブする時といつも、あの曲ばっかりかかってたんですよね。


---  そうなんですね。


木村:いろんな歌謡曲っていうのを・・・「何となくみんなの記憶に残っているもの、みんなが知ってる曲っていうのを使いたい」っていうのを考えてて、「どれがいいかな」って考えてたんですけど、プロデューサーの桑原がロケハン中に、母親の安全地帯のCDをカーステレオにかけて、あの曲が「風景に合う」って言って・・・それでどこか引っ掛かって。よくよく調べたら、あの工場がちょうど建設され始めたのが1984年くらいなんですよ。それで「恋の予感」はその頃に出た曲なんですよね。


---  時代も合っていたんですね、偶然。 安全地帯の方達は、北海道出身なんですよね。


木村:そうですよね。


---  やっぱり、寒いところに合う音楽なんですかね(笑)。あのシーンで、はっとされた方とかって結構、たくさんいらっしゃるのかなあって思いましたね。 このお話しと全く違う、個人的な意見として・・・なんですけど、小林政広監督の『愛の予感: the REBIRTH』を思い出したんですよね。小林さんと渡辺真起子さんの男女のあの雰囲気・・・関わり合い方とかも含めて、淡々としていて、長回しのシーンや引きの構図が多かったりと、『へばの』とは作品の内容とか設定は全然違うのに 、シンクロするところが結構ありました。渡辺真起子さんが『へばの』について、コメントをされたりもしてましたし・・・。


木村:あの映画、僕もすごい好きですね。


---  本当ですか?


木村:ええ。そういう風に今仰って下さった感想を、僕の知り合いの女性の方にも言われましたね。 内容も全く違うし・・・小林監督にも失礼ですけど(笑)。でも、全然しゃべんない映画ですよね。


---  そうですよね。あのくらい年配の小林監督が、ああいう作品を撮られているところもあってのイメージだったと思うので、木村さんがもっと上の方だと思ったのかもしれませんね。実際に参考にされた作品は具体的にありますか?


木村:やっぱり僕はね、親と自分と・・・自分が親から何を受け継いで、子供を作るか・・・実際に子供を作るかは分かんないですけど、そっちがすごい、長いこと・・・気になってたテーマで。気づけば、今まで形にならなかったシナリオには毎回、主人公の親が出てくるんですよ。親が出て来て、カップルが出て来て、子供どうする?みたいな話しなんですけど。それで影響を受けた映画ですよね?相米慎二監督の『魚影の群れ』ってあるじゃないですか?


---  ありますね。相米(慎二)さんの作品は好きですけど、その作品はまだ観てないですね・・・。


木村:そうですか。あれも青森の話しなんですけど、父親が緒形拳で、娘が夏目雅子で、その恋人が佐藤浩市なんですよね。緒形拳がね、天才的なマグロ漁師で。佐藤浩市夏目雅子が好きだから・・・喫茶店で働いてたんですけど、マグロ漁をやってみるんですけど、最初は全然出来なくて・・・、船酔いしちゃうくらいで。それで、漁の最中に事故に遭うんですよね、テグスが頭に絡まって、出血多量になって気絶しちゃうんですけど、緒形拳は瀕死の娘婿を傍らにしてもマグロが大事で、放ったらかしでマグロを釣る。それが原因で夏目雅子は、父親とほとんど離別する。・・・それが前半。それで後半、孤独になった父親と、どうしても父親に漁師として勝てない娘婿と、そんな葛藤を超越して妊娠している夏目雅子・・・っていう、とにかくすごい完璧なシナリオで、台詞回しもすごくよくて。あの3人の関係・・・分かんないですけれど、『へばの』のシナリオを書いてる時に、何回も何回も読んだりしてましたね。


---  そうなんですね。相米(慎二)さんから"長回し"の影響も受けられているってことはないですか? (笑)。


木村:長回しは・・・あんまり意識してないけど・・・(笑)。


---  自然とそういう影響を受けられている感じは・・・。


木村:この間、ある方と話してたら、「身体が撮れる映画監督がもういなくなった」っておっしゃっていて。 「フランスなら、ジャック・ドワイヨンまでで、日本なら、相米慎二までじゃないか」って。 身体を撮るって・・・一番初めにお話ししたことと重なりますけど、身体を撮ろうとしたらやっぱり、カットは割れない・・・まあ、分かんないですけどね。今後どういう風に撮って行くか分かんないんですけど、ああいう引きの画で、俳優がガチャガッチャやっているのを撮るっていう。相米さんの真似をしようなんて思ってたわけじゃないですけど(笑)、身体を撮ろうとしたら、そういう方向になったってことですかね。


加瀬:それが長澤さんの質問にもつながるところじゃないですかね。身体の熱を感じたとか、 何か生身の人間がそこにいるんだなっていうのを感じたっていうのも、 監督がやっぱり意識的に、「身体を撮りたい」っていうところなんじゃないですかね、 やっぱり。だから、そこは伝わってたんじゃない?監督(笑)。


木村:・・・(笑)。


---   あの・・・美輪明宏さんいらっしゃいますよね?(笑)。美輪(明宏)さんが以前、テレビでおっしゃってたんですけど、「最近のテレビも映画も、みんな"アップ病"なのよ」って。「人が泣いてるシーンを撮ろうとした時に、その流した涙だけを撮ったって、全然何も伝わらない」っていうようなことをお話しされていて。「"風情"が映っている作品がほぼない」って。引きで・・・髪の毛まで震えてるとか、顔ははっきり見えないんだけど、全身で本当に泣いてる様子が映ってる作品があるかって言ったら、 最近は本当にないし、「みんな、こんなに近くで何を感じ取れるのかが分からない」って。「確かに、そうだなあ」って思ったんですけど・・・。


木村:だって基本、それを僕も撮っちゃいけないって思うんですけど・・・涙とかそのいわゆる泣いてる耳とかって、 "記号"じゃないですか、「今泣いてます・・・」っていう。 それはもうちょっと、「違うことをやんなきゃいけない」って思ってるんですけど。映画も結構ね、 やっぱりビデオで撮ってる・・・画質で言っても、"記号"になりがちなんですけど、 「それからどうやって、"記号"じゃないものを撮っていくか」って言うことなんじゃないかなって思うんですけどね。 アップもね、やっぱり、アップを避けてばっかりいたらそれも、それでしかなくなっちゃうし、必要な時は必要なんですけれどね。


---  どういう時にアップを撮りたくなりますか?


木村:・・・まあ、身も蓋もない言い方をしてしまうと、「この時の顔が観たい」って時なんですけど・・・ 僕、しゃべらない時のアップって、結構好きなんですよね。 台詞をしゃべってる時のアップって、いわゆる「しゃべってるのを抜いてる」ってだけなんですけど、 しゃべんないで何か耐えてるとかっていう表情とか、そういう時のアップは 欲しくなったりしますね。


---  この映画のタイトル『へばの』って言葉を初めて聞いた時に、どういう意味か全く分からなかったんですけど、 木村さんは小さい時から、「へばの」って言葉を使っていたりしてたんですよね?


木村:そうですね。


---  響きもすごく、いいですよね。「じゃあね」っていう意味なんて、全く想像が出来ないというか・・・。


木村:それは、わりと普通にシナリオに書いていって、僕は自分の生まれた場所の方言だったんで、基本「だせえだろ・・・」 ぐらいにしか思ってなかったんですけど(笑)、プロデューサーがこれを抜いて、「タイトルにしよう」って。 でも、そんなもんですよね。自分でダサいって思ってたものでも、人によっては響きが変わってきたりしますもんね。


---  いくつも候補はあったんですか?


木村:結構ありましたね。『子宮』ってタイトルとか(笑)。


---  『子宮』・・・分かるような気もしますけど、『へばの』の方がいいですね(笑)。


木村:ですよね(笑)。あまりにも受けが悪かったんですよね・・・。


--- 「聞き慣れてない言葉だから」ってこともあると思いますけど、イメージが膨らむ言葉ですよね。実際にわたしは、加瀬さんから、 「『へばの』って作品がある」ってお聞きした時に、「どういう意味ですか?」って聞き返しちゃったくらいだったんですけど・・・。


木村:毎回、説明大変ですけどね(笑)。僕、この映画作ってて、「タイトル何て言うの?」って聞かれて、「『へばの』」って言っても、 「今何て・・・?」みたいな感じでだいたい、聞き返されますからね。「全部ひらがなで・・・"へばの"・・・」って(笑)。


加瀬:逆にね、例えばこう・・・普段そう聞き慣れない言葉なので、これを聞くと音として、印象に残るっていうか。 「『へばの』って何だ?っていう。だから、一番最初はそこからこう・・・広がってくれればいいなっていうのがあって。実際に、宣伝していく段階で、僕の中ではありましたね。 特に東京では、耳慣れない言葉なので。「音として、『へばの』はすごいおもしろいな」って僕としては。


---  実際に「レコミンツ」さんで、「へばのって何?」っていうフレーズで、この映画の宣伝もされてましたもんね?あのアイデアも加瀬さんですよね?


加瀬:そうですね。あれは、中野界隈には、あちこち貼ったんですけど。いいか悪いかはちょっと、分かんないんですけどね(笑)。


---  加瀬さんが宣伝されるにあたって、木村さんに具体的にアドバイスされたりとか、逆に木村さんが加瀬さんに 「こういう風にして欲しい」っていうような要望とかやり取りっていうのは、 結構いろいろあったんですか?


木村:基本的には、宣伝のアイデアとかはないんで、だいたいの方針は・・・イベントの方針とかは出したりしますけど、 加瀬さんみたいに、「人にどうやって広げるか」っていうのは、 全く、外のアイデアですよね。なので、それを言って頂いて、僕らがやる・・・みたいな感じで。 僕から加瀬さんに何か投げたっていうのはたぶん、なかったと思いますね。


加瀬:基本的にはまあ・・・監督を含め、プロデューサーとコアでやってる人達でまあ・・・基本的な方針はあるので、 それに沿って、「じゃあ、どういう展開にしようか?」っていうような感じですよね。 もしくは、それとは離れて、全く別のことだったら、「何がおもしろいか」とか。そういう感じで、 みんなでこう・・・話してやっていったっていうのはありますね。 僕は別に、宣伝っていうことを専門にやったことがないので、たぶん宣伝のセオリーから言ったら、 「全くダメ」というか・・・。そういうことを言ったりやったりしてると思うんですよ。

でもそれは、『へばの』っていう作品も全く初めてで、木村監督も全く初めてで、初めてだからこそ、 「何も知らないんです」って言って、出来ることがあるっていう感じですよね。だから、チラシ撒きにしても、普通のセオリー通りにいけば、非効率的だとは思うんですよね。ただ、 それをやるにはやるだけの必然的な理由が僕達にはあって、それは直接、「目の前の人達に『へばの』を届けるんだ」っていう姿勢を示すっていうことでやっていたことなんで。

その・・・通常言われているセオリーからすればダメなのかもしれないですけれど、ただそれが・・・まあ例えば、初日の動員だったりとか、未だに少しずつ広がりを持っていくところにつながってると思うんで。結局は、「映画を広めるって、人をつなぐ」ってことなんじゃないかなって いうのは、これを通して思いましたね。まあそれはあくまでも、作品ありきなんですけどね。



次のページに続く・・・


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木村文洋監督がリスペクトする作品
ジャック・ドワイヨン: 『ラ・ピラート』
安川奈緒: 『Melophobia』
Blankey Jet City: 『BANG!』
大江健三郎: 個人的な体験

  
左から:映画:ジャック・ドワイヨン 『ラ・ピラート』: 最初から最後まで、大好きです。
詩:安川奈緒 『MELOPHOBIA』: 映画、音楽、世界・・・すべてのものを追い抜いて遥か彼方で大爆発してしまった言葉。近年最大の衝撃。
音楽:Blankey Jet City 『BANG!』: 解散の時のライヴにいたけれど、なにがなんだか分からなかった。浅井健一が演奏中にニヤッと笑う顔に、どんな映画でも感じられない物凄い悲しさと、背筋が凍るような感動との両方を感じました。一生消せない、傷のようなもの。
小説:大江健三郎 『個人的な体験』: 24歳の頃、塾で働きシナリオを書いていました。子どもの顔を見、駅で帰りの電車を待ちながらこの本を読み、どこへも向かえない自分の将来が怖く、鳥(バード)の言う「多元的な宇宙」という言葉を呟いていました。レモンの匂いがする嘔吐。この頃考えていたシナリオは形になりませんでしたが、それでも今『へばの』は、鳥(バード)と僕との「もう一つの宇宙」・・・と続いていないか、と思う時があります。(談)

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