「TAO」 第3回 :ゲスト→木村文洋 4
Wednesday, April 27th 2011
--- お2人の出会いっていうのは?木村:2007年公開の『ラザロ-LAZARUS-』という、井土紀州監督の映画の宣伝で、初めて会ったんですよね。
加瀬:そうですね。だから・・・初めて会った時はその『ラザロ-LAZARUS-』の時で、木村くんとそんなに何かこう・・・ 膝突き合わせて話すみたいなことは全然で、ちょっと言葉を交わしたくらいでしたね。 で、その時何か、「木村くんが映画を撮るってことがあったら、声かけてよ」ってまあ。で、それ以降、行き来があったわけでは 全くなかったんですよね。1年まではいかないけど、ほぼ1年ぶりぐらいに、木村くんから電話が突然あって・・・。 「『へばの』っていう映画を撮ったんですけど、試写をやるんで、ぜひ観て下さい」って言われて。 「ああ、木村くんか!じゃあ、すぐ行くよ」って言って。で、この作品を観たんですよね。
それがこういう形で、『へばの』って作品で関わるのがまあ、おもしろいですよね。木村監督に「試写やります」って言われて、 観に行っておもしろくなかったら、「おもしろくない」とかってことを伝えるだけで、 何かそこで僕が協力するっていうようなことはなかったと思うんですけどね。
--- "team JUDAS"の名前の由来は、「浅井健一さんが好きだから・・・」っていうことではないですよね?(笑)。
木村:浅井(健一)さんの方は、スペル違うじゃないですか?
--- "JUDE"ですよね?
木村:ユダって、何人かいるんですよ。使徒のユダと、いわゆる裏切り者のイスカリオテのユダと。イスカリオテのユダは、"JUDAS"なんですよね。最初の企画が「誰がユダを殺した」っていうタイトルだったので、そこから取って、"team JUDAS"になったんですよね。最初から『へばの』を撮ってたら、"team へばの"になってたんですけどね。
--- それでこのチーム名なんですね。このチームは、東京在住で、10人もいないメンバーで活動されているそうなんですが・・・今回、このチームに加瀬さんが 宣伝で参加される形になりましたけど、木村さんが『へばの』を撮っていなかったら、このチームのメンバーとは関わらなかったんですよね?
加瀬:そうですね。実は僕がその前の日に、ここのポレポレ東中野の支配人である大槻さんと別件でお会いして、お話しをしてたんですね。 で、偶然そこで、「木村くんが作品撮ったんだよ」っていうお話しを聞いてて、「ああ、そうなんですか」ぐらいで。 そしたら、その大槻さんとお会いした帰りに、木村くんから「試写が来週あるんです」って言われて、試写に行ったら、大槻さんがいて、 「加瀬くん、今日来てると思ったよ」って。
で、『へばの』を観た後に、僕は純粋に『へばの』がよかったんですよね。「細かいところはいろいろあるけど、非常に力のある映画だな」って思って。で、その大槻さんに「監督にまだ感想を言ってないので細かくは言えないですけど、僕はよかったです」って言うことだけお伝えして。で、大槻さんも「また何かあったらよろしくね」みたいな感じで、その時は終わったんですよね。そしたら、数日経ってから、桑原プロデューサーか木村くんからか・・・どっちからか連絡があって、 「ちょっとお話し出来ませんか?」って。まだ映画の感想も言ってないし、「じゃあちょっとゆっくり、映画の感想とかお話ししましょう」って・・・。
木村:中野の居酒屋でね。
加瀬:うん。で、中野の居酒屋に行ったら、桑原くんとこの映画を撮影されたカメラマンの高橋さんがいて、「『へばの』の上映に向けて、 何か一緒にやりませんか?」って誘われて。僕は何かもう、薄々じゃないですけど、「何かあるんだろうな」とは思ってたんで(笑)。
だから、行ったからには・・・もう何か、やる気がなければ当然その場所にも行かなかったですし、そこに行った時点で、「何かしらの関わり合いを持つだろうな」と。 で、そこで高橋さんが「映画って、作るのも現場で見せるのも現場だ」と。「だから、加瀬さんには作る現場に全く関わってもらってないけど、 見せるっていうことの現場を一緒にやりませんか?」って。で、それは僕、すごくうれしかったんですよ、そう言ってもらえて。
それは未だに僕が映画を宣伝とかやってる中でも、常にこう・・・頭にありますね。で、たぶん、それが今抜けて来てる状況が何か、映画を見せる側の 状況を悪くしてる一因じゃないかなって思っていて。それぞれが断絶しちゃってて、作り手と伝え手と、実際に上映する劇場ですよね。 伝え手っていうのが僕だったり、長澤さんだったりすると思うんですけど・・・それぞれが別々になっちゃってる今の映画業界の状況につながってるんじゃないかなって。
だから、『へばの』っていう作品は、そこをやって行ったから、こういう広がりが持てたんじゃないかなっていうのはちょっと、思ってるんですよね。 それぞれが現場で、それぞれに「どう作品を広めて行ったらいいのか」っていうのを一緒になって考えて、作ってる人間と伝えようとしてる人間と、 実際に伝える場を持ってる人間が「どうしようか」っていうのを一緒になってやれたっていうのがすごく大きいなって思いますけどね。
--- 「誰にも要請されずに自前で映画を作って、映画を開いて、貫徹する。そして、とにかく幅広い上映を」っていう考え方が、この"team JUDAS"にはあるんですよね?
木村:最初の一文は受け売りなんですけど(笑)。映画プロデューサーの吉岡文平さんという方がいて・・・。スピリチュアル・ムービーズという映画団体があって、映画を自主制作/自主上映という形で発信することを10年以上続けてきた集団で・・・吉岡さんは、そこの代表なんです。桑原もそこに所属していて、彼は吉岡さんの弟子になります。自主制作ってまあ、そうじゃないですか。作ることに対して、「誰にも要請されない」っていうのは。
でもまあ、「出発はそれでいいんだけど、それを貫徹するっていうのは、とにかく甚大な努力と覚悟とで、映画を広げないとだめなんだ」 と。それじゃないと終われない・・・。"team JUDAS"は、そこに最後、「幅広い上映」を付け加えて、ゲリラ戦から海外の映画祭回りまで、徹底的にやる、ということを加えました。
--- そういうやり方の上で『へばの』をそれぞれの立場で関わられているわけですけど、この劇場、ポレポレ東中野で上映しようっていう風に決められたのは?
加瀬:木村くん達がどういう流れで、大槻さんを呼んだのかはわからないんですけど、たぶん、観て、作品がだめだったら、誰も声をかけないと思うんですよね。 だから、支配人なりに何か、『へばの』に引っかかるものがあって、で、上映の運びになっていったと思うんですけどね。 だからやっぱり、作品ありきだと思いますね。何も引っかかるものがなければ、たぶん誰も何も・・・っていう。「ただ、試写で上映しました」っていうだけで 終わったと思うんですけどね。
--- 上映する場所を探してたっていうこともあったんですか?
木村:『ラザロ-LAZARUS-』で、ポレポレ東中野で上映したんですけど、作り手にすごい理解を示してくれる劇場だし、懐も広いし、 変なところの垣根がないんですよね。「映写室に入っちゃいけない」とかもなくて。普通、映写室にスタッフとかって入れないですよね?
加瀬:入れないね。
--- 具体的に、ここでの上映が2週間延長されましたよね?それについてはその大槻さんからあったんですか?
木村:そうですね。
--- 実際に観たお客さんからの反響も大きかったんですか?
木村:賛否はハッキリ分かれてます。
--- 第32回カイロ国際映画祭に正式出品されて、シルバーアワードを受賞されたり、第38回ロッテルダム国際映画祭 Bright Future部門に正式出品されたりと、 こういう海外の映画祭にも招待されてますけど、この経緯というのは?
木村:基本、映画祭を片っ端から調べていって、応募するんですよね。自分達で字幕を付けたりして。それを同時平行でやっていったら、映画祭から声をかけて頂いてっていう感じですね。向こうから話しが来るってことでは全くないです。
--- 初めての"劇場長篇監督作品"で海外にもどんどん行かれて・・・っていうのがすごく大きいことですよね。そこでまた違ったいろいろな反応が返ってくるでしょうし、 新たにたくさんの方と知り合って、今後にまたつながっていく・・・といいますか。『へばの』という"映画"が"共通言語"として伝わった結果ですよね。
加瀬:日本だとやっぱり、どうしても自分に近いところで、分かりやすい意味付けだったりとか、「枠にはめてみよう」とかっていう風に・・・ まあ、そういう方が楽なのでそうなりがちなんですけど、海外はよくも悪くも、そういう背景とかをなしに、フラットに作品と 向き合ってくれると思うんで、その時にやっぱり、『へばの』の持ってる"画"の力だったりとか、削ぎ落とされてる部分であったりとかっていうところは、 入っていってもらえるんじゃないかなって思いますけどね。
どういった経緯かは分からないですけど、とにかくその・・・「どう作品を上映しようか」っていう 戦略的なことっていうよりも、とにかくその「作った作品を1人でも多くの人に観てもらいたい」っていうことだったと思うんですよね。 だから、作品が上映出来れば、国内でも海外でも関係ない・・・じゃないですけど。だから、片っ端から送っていったっていうのは、とにかく、 「上映したい、人に見せたい」っていう、その思いが一番強かったんだったと思いますね。
それがあったからこそ、今につながってる・・・だから、未だにその気持ちを失ってないから、「チラシを撒こうか」とか「何をやろうか」っていうことを考えられるというか。 たまたま海外で、「そういう風に見てもらえた」っていうだけで、基本的には・・・今後、大阪とか松山とかも行きますけど、 そこで観てもらうっていうことと、変わらないと思いますね。
木村:変わらないですね。
--- このインタビューは、お話し頂いたものをほぼ全部、掲載しますので(笑)。
木村:映画でもそうですよ、編集でカットされるのとか、結構辛いんですけど・・・"余白"っていうか。 そういうのを残す仕事って、逆に、魅力を感じますけどね。
加瀬:大事だと思いますけどね、そういうことが。いろんなものがいろんな形で出ればいいと思うんですけどね。 「そうじゃなければいけない」っていうことは、何1つないと思うんで。例えば、インタビューとかだと、それがオフィシャルの物になるので、 そこでの言葉自体がもう既に、監督の物であったり、インタビュアーの物だったりじゃなくなっちゃいますよね、やっぱり。
ただ、その中でぎりぎりどこまでその、"生の言葉"を残せるのかっていうのが例えばその会社であったり、サイトであったり、 個人であったりの思想・・・っていうとね、ちょっとおおげさですけど、まあ、そういうところにつながると思うんですよね。だから、どこかではもう、50%しか出せなくても、どこかでは70%まで出せたり・・・どこかは100%やっちゃって、失敗しちゃったりとか。
そういうものがどんどん、あちこちで出ることが最終的には豊かさにつながると思うので。だから、もっといろんなのが出ればいいと思いますよね。 いろんなところでいろんなことを書かれるとか言われるとか。どれだけ出てもね、100%真実はないわけですからね。 だから、より多くのものが出た方がその選択肢が広がる・・・だから、かろうじて真実に近づける可能性があるとしたら、そこかなって思いますけどね。
--- そうですよね。本当にその通りだと思います。それぞれが出来ることを自分なりにやっていくことが大事ですよね。そろそろお時間のようですので・・・最後の質問に・・・。木村さんは今、警備のバイトをしながら、生活されてるんですよね?
木村:そうですね。
--- 今後の構想とかも練られてるんですか?
木村:撮るなら、今度は東京の話しでしょうね、やっぱり。『へばの』で紀美は「わたしは青森にいる」と言い、パンフレットにも書きましたけれど、僕は東京の六畳間にいるので・・・そこから考え始める気がします。
--- あの映画の続きを撮られるんですか?
木村:・・・実際にやるかは分からないんですけど、一応『へばの』でも台詞でだけ触れられますけれど、紀美のお母さんとお兄さんとが青森を出て、東京にいる・・・。実際その2人の話を考えていた時期もありました。次は東京で撮ると思います。
--- そちらの方も、たのしみにしてますね。
木村:ありがとうございます(笑)。
--- 本日は、ありがとうございました。
木村&加瀬:こちらこそ、ありがとうございました。
木村文洋監督がリスペクトする作品
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左から:映画:ジャック・ドワイヨン 『ラ・ピラート』: 最初から最後まで、大好きです。
詩:安川奈緒 『MELOPHOBIA』: 映画、音楽、世界・・・すべてのものを追い抜いて遥か彼方で大爆発してしまった言葉。近年最大の衝撃。
音楽:Blankey Jet City 『BANG!』: 解散の時のライヴにいたけれど、なにがなんだか分からなかった。浅井健一が演奏中にニヤッと笑う顔に、どんな映画でも感じられない物凄い悲しさと、背筋が凍るような感動との両方を感じました。一生消せない、傷のようなもの。
小説:大江健三郎 『個人的な体験』: 24歳の頃、塾で働きシナリオを書いていました。子どもの顔を見、駅で帰りの電車を待ちながらこの本を読み、どこへも向かえない自分の将来が怖く、鳥(バード)の言う「多元的な宇宙」という言葉を呟いていました。レモンの匂いがする嘔吐。この頃考えていたシナリオは形になりませんでしたが、それでも今『へばの』は、鳥(バード)と僕との「もう一つの宇宙」・・・と続いていないか、と思う時があります。(談)




