「TAO」 第3回 :ゲスト→木村文洋 2
Wednesday, April 27th 2011
--- 日本映画を観られることの方が多いですか?木村:それはやっぱり、フランス映画とかも観ましたけどね・・・全然分かんなかったですね。(フランソワ・)トリュフォーとか観てもね、「何だこれ?」みたいな。
加瀬:今はそれでも、ドワイヨン・ラブだからね(笑)。
木村:今はジャック・ドワイヨンが大好きなんです。年齢が重なっていくと好きな映画も違ってくると思うんですが、トリュフォーとか観れるまで僕は時間がかかった。
--- そうなんですね。でも、岩井(俊二)さんの作品から・・・って言うのはちょっと、意外な感じがしましたけどね。
木村:『へばの』からは想像もつかない(笑)。20歳くらいから自分にとって少し必要なものでなくなってきたかもしれません。今でも好きですけれど・・・。
--- そうやって、映画の・・・その"Planet Studyo +1"とかで働いていると、映画に関わられている方達がたくさん出入りされますよね? 今回『へばの』のオフィシャルブログであったり、フライヤーのコメントであったり、試写会に来場された方を拝見すると、 本当にたくさんの映画人と言いますか・・・いらっしゃいますよね?トークショーのお相手でしたり。みなさん、温かいコメントを 寄せられていて、ここでの出会いっていうのは大きいんですよね?
木村:そうですね。やっぱり今、自主映画で映画を作っても、だいたい・・・何て言うんですかね・・・映画祭に出(品)して、 それが精一杯であるとか、僕が前に作った中篇もそうなんですけど、作ってもなかなか(映画を)広げられないじゃないですか? まして、無名だし・・・。それをやっぱり、こういう形で映画館で上映して、広めて、お客さんを1人でも多くっていうのはやっぱり、 上映して行く時にやっぱりその・・・自分が「いろんな人に会えたんだな」っていうのを痛感するっていうか。もちろん、つくってる時もそうなんですけど。 それが出会いの"貯金"っていうんですかね・・・。逆に言うと、これからそれを返して行かなきゃいけないんですけど。
--- 意外な方とかがトークショーに登壇されたりもしてますよね。『ジャーマン+雨』の横浜聡子さんですとか・・・。
木村:横浜(聡子)さんも、大阪で映画のスタッフをしている時に知り合いました。
--- 「いろんな方に愛されてるなあ」って、思いました。
木村:いろいろな人にも嫌われていますけれど。
加瀬:結果、木村監督が大阪とか京都でいて、その時の上映とか働いてたとかで、直接、自分が「作品を作る」っていうことはまあ、 やってなかったんですけど、ただ・・・東京に出て来て、『へばの』っていう形で映画が作れて、「それを広めよう」ってなった時に、 一見、作ることとは直接関係のなかった人達との・・・監督自身が生きてきた時間の中で出会った人達がその作品を通して、 またもう一度、出会い直すというか。「作品を通して、また語り合える」っていう・・・そこがやっぱり、物を作ってる人間のコミュニケーションのあり方なんだろうなっていうのは、はたで見てて思いますよね。その作品を通して語るっていう。
"Planet Studyo +1"で会った時には、いまおか( しんじ)監督とか女池(充)監督とかも、「木村くん=何かよく分かんないけどかわいい兄ちゃんだなあ」みたいな。 ただ、彼が東京に出て来て、新たな出会いの中で作品を作った時に、改めてその監督達との・・・作品を通して語れるというか。 まあ、作る人間はそこ・・・そこしかないって言ってもいいぐらいだとは思うんですけどね。(作品を)通すことでまた、コミュニケーションを取るっていう。
だからこそ、「木村、やっと撮ったのか」っていう部分でね、そういう温かいコメントとかを頂いたと思うんですけどね。 まあ、実際の作品の良し悪しっていうのはまた、厳しいダメ出しがあったりとかはするんですけど(笑)。でもそれも結局、作品を通してってことですよね。
--- 自分が作った作品に対して、誰かが意見を言ってくれるっていうだけで、それはすごく、素敵なことですよね。評価はどうあれ・・・というか。
木村:きついことはきついっていうのもありますけどね。でも、無視されるのが一番きつい。
--- 本作の具体的なお話しを伺いたいんですけど・・・木村さんは青森県出身で『へばの』の舞台を青森にされたのは、ご自身が生まれ育った場所だったから、 それを映画にしようと思われたんですか?
木村:最初はね、住んでいた京都で撮ろうと思っていたくらいで。「自分が今生活しているところで撮ろう」と。大学を卒業してから5年くらい映画撮れなくて。「映画を作る理由」っていうのが分かんなくなってきていたんですよ。自分の身近な恋愛劇とか、「今人は別にそういう映画を必要としてないんじゃないか、観てくれないんじゃないか」と思っていました。その時に考えてたのが「今どんな時代に生きているのか」とか、結局その・・・政治とか、わりと敬遠する年代だと思うんですけど、逆にもう・・・映画に何か娯楽とか笑いとかじゃなくて、もっとこう・・・世界で起こっていること、大げさなことを言うと・・・「どんな時代になっている」とか、そういうことを人は観に来たがってるんじゃないかと思って。僕がまあ・・・「そういうのを観たい」っていうのがあったんです。それで"六ヶ所村核燃料再処理工場"を取材しているうちに・・・。
--- その当時、すでに取材をされてたんですか?
木村:取材重ねて、物凄い複雑な問題だというのは分かって、にわかに言及はできないとも思ったんですけれど、それでも「子供をもう、普通に作れなくなるんじゃないか」っていう疑問は消えなかった。しかもそれがいつの間にか、自分の生まれたところの街の方に完成しててっていう。最初に再処理工場を見に行ったんです。そしたらすごい風景で、まるで国が作った"公園"なんじゃないかって思ってしまって。自然はすごいきれいなところなんですけど…。あの光景がすごくショックで「青森で映画を撮ろう」って。自分の生まれ故郷っていうよりかは、そうした経緯が強いです。
--- その"六ヶ所村核燃料再処理工場"がなかったら、青森では撮られてなかったんですね。
木村:青森では撮ってないと思います。
--- 木村さんが青森に住んでいた時から、影響を受けていたというか・・・ご自身の身近な方が映画の中のような状況になっていたっていうことではないんですよね?
木村:友達・知人は何人か働いてますけど、まだ工場は稼働してないんで。2006年に試験段階で事故がありました。
--- 取材をされた中でどういうことがヒントで、あのストーリーが浮かんだんですか?
木村:基本、推進派の方が絶対強い。もう科学的にも、専門知識を持っている人達なんで。僕もそうなんですが、反対派は主婦、学生・・・含め、アマチュアが多いですよね。論破されているのを色々なところで見て。データを出せ、と。そんなに危険だって言うなら、具体的に放射能の量がこうで、人体にどの位の比率で影響が出て、どういう風に作物に影響しているかを証明しろと。それが出来なきゃ何も言うな、ぐらいの。9分9厘向こうの理屈になかなか勝てないぐらいの差があるんですけど、その中で1つ、「それでも」っていう。「子供を産むのが怖くはないか」と。いくら「医学・科学的に証明されてない」と言っても、それでも子供はこわいじゃないか。実際に、イギリスの再処理工場では、小児白血病発症率が通常の10倍以上あるっていう結果もあり、そこが唯一・・・反論出来るところじゃないか、と。 若い20代とか・・・10代くらいの労働者が2人、被爆した・・・プルトニウムを吸引したっていうことが2006年に起きてるんですよ。 ああいうカップルがいるっていうのは、もう完全に想像ですね。
--- 六ヶ所村を取材されていろいろ知った上で、木村さんが考えられたストーリーっていうことなんですね。
木村:そうですね。完全に想像・・・フィクションですね。
--- わたしは、青森県の"六ヶ所村核燃料再処理工場"のことについては、何となく情報として耳にすることはあっても、 実際の生活で影響を直接受けているわけではないので、身近に感じることがあまり出来ないんですけど・・・。
木村:それは、僕もそうですよ。
--- 『へばの』は、いつ頃から撮られていたんですか?
木村:2007年の12月29日から撮影しました。
--- 本当に年末からだったんですね。
木村:そうですね。みんな社会人なんで、正月しか休めなくて。
--- 実際の撮影期間は?
木村:10日間ですね。
--- だいたいもう・・・順撮りで?
木村:順撮りですね、やっぱり。順撮りしたかったんで。(最後の)再会のシーンとか、最終日に撮ったりとかして・・・紀美と治とが、喪服で再会するところですが。
--- 順撮りをされようと思ったのには、「初めから順に追いたかった」という?
木村:演出方法も分からなかったんで、考えながら変化を作っていくしかないっていう感じで、そこは順番に撮って行くっていう。演出技術ではやっぱり出来ないんで、そういうところからやっていかないと、変化が生み出せないって思いましたね。実際に今、長澤さんに「3年後の演技して」と言い、させる、そういう演出スキルが僕にはないんで、出来ることを考えたらその順撮りをするっていうことだったんですよね。
--- お家が変わりますよね?あれは、青森では当たり前の造りというか、特殊なお家なんですか?
木村:新しい家?古い家の方ですか?
--- 新しい家の方です・・・。あれは、どういうところを借りて撮影されたんですか?
木村:古民家です。古民家を買い取って、新しくリフォームして。
--- チームでされたんですか?
木村:いやいや。リフォームを終えて、今も実際に売り出している、あのお家を無理を言ってお借りしたんです。
--- では逆に、あの古い方の家は、誰かのお家なんですか?
木村:ええーっと・・・俺のおばあちゃんの友達の家です(笑)。
--- そうなんですね(笑)。
木村:正月に押しかけて・・・どんだけ迷惑なんだって感じですよね、本当(笑)。
--- (笑)。お参りに行っているのも、あのお家の近くなんですか?
木村:六ヶ所村の泊っていう地区にある、"諏訪神社"です。
--- すごく古い神社ですよね?
木村:そうですね。すぐ近くに港があったりするんですよね。
加瀬:監督は、初詣がどうしても撮りたかったらしいです(笑)。
--- それはどうしてですか?(笑)。
木村:実際にあの村の初詣を見たかった、どう新年を迎えるのかを見たかった・・・記録しておきたかったってことなんですけれど。普通に若い子達とかたくさんいましたからね。ただ、事前にどの神社に行くかも六ヶ所の人に色々聞いて回ったりしたんですが、村の奥の人たちはあまり初詣に行かない、とも仰ってました。
木村文洋監督がリスペクトする作品
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左から:映画:ジャック・ドワイヨン 『ラ・ピラート』: 最初から最後まで、大好きです。
詩:安川奈緒 『MELOPHOBIA』: 映画、音楽、世界・・・すべてのものを追い抜いて遥か彼方で大爆発してしまった言葉。近年最大の衝撃。
音楽:Blankey Jet City 『BANG!』: 解散の時のライヴにいたけれど、なにがなんだか分からなかった。浅井健一が演奏中にニヤッと笑う顔に、どんな映画でも感じられない物凄い悲しさと、背筋が凍るような感動との両方を感じました。一生消せない、傷のようなもの。
小説:大江健三郎 『個人的な体験』: 24歳の頃、塾で働きシナリオを書いていました。子どもの顔を見、駅で帰りの電車を待ちながらこの本を読み、どこへも向かえない自分の将来が怖く、鳥(バード)の言う「多元的な宇宙」という言葉を呟いていました。レモンの匂いがする嘔吐。この頃考えていたシナリオは形になりませんでしたが、それでも今『へばの』は、鳥(バード)と僕との「もう一つの宇宙」・・・と続いていないか、と思う時があります。(談)




