TOP > Music CD・DVD > News > Classical > Opera > 「9月は《オネーギン》でキマリ」

「9月は《オネーギン》でキマリ」

Monday, September 1st 2008

連載 許光俊の言いたい放題 第150回

「9月は《オネーギン》でキマリ」

オペラを聴く人は相当増えたが、やはりもっとも人気があるのはイタリア・オペラであり、ドイツ・オペラだろう。確かにロシアからたびたびオペラ団が来日してはいるものの、ロシア・オペラ大好き!という人は、そうそう多くないはずだ。かくいう私も、正直言って、ロシア・オペラを見に行った回数は圧倒的に少ない。
 チャイコフスキーは日本でもっとも人気がある作曲家だし、ムソルグスキーだって「展覧会の絵」は愛聴されている。なのに、ロシア・オペラが今ひとつ人気に欠ける大きな理由のひとつは、ストーリーがスッキリしないことではないか。たとえば、イタリアやドイツのオペラの場合、最後、主人公は自殺したり、殺されたりして、盛り上がって終わる。ところが、「ボリス・ゴドゥノフ」といい、「イーゴリ公」といい、「エフゲニ・オネーギン」といい、ロシアの名作は見終わって「これで本当におしまい?」という気がしてしまうのだ。ショスタコーヴィチの「ムツェンスク郡のマクベス夫人」は、ロシア・オペラにしては珍しく女主人公の悲惨な最期で終わるが、さらにそのあとも囚人たちの行進が続く。「ボリス」にしても「イーゴリ公」にしても同じだが、「悲惨はまだまだ続くのですよ〜、話はまだ終わっていないのですよ〜」という切りがない感じがする。これがロシア・オペラならではの特徴なのかもしれない。そういえば、ドストエフスキーの『罪と罰』も『カラマーゾフの兄弟』も、キッパリした終わり方ではなく「このあとも大事だよ」という雰囲気で終わる。ロシアの人、そんなに結末をつけるのが嫌いですか?
 さて、9月に東京で「エフゲニ・オネーギン」が上演される。東京二期会の公演だが、なんと演出家のペーター・コンヴィチュニーも、指揮者のアレクサンドル・アニシモフも、公演の3週間前に来て、みっちり練習を始めているのである。よく知られているように、有名な歌手や指揮者は本番直前に来てパパッと練習・上演してまたどこかへ行ってしまうというのが、ここ数十年ありふれたやり方だった。スタッフを長時間拘束するのは劇場にとってお金がかかるし、音楽家にしたって、あちこちで稼げればありがたい。で、忙しい有名演奏家の場合、ほとんど飛び込みに近い形で演奏が行われることが普通だったのだ。
 だが、昨今、さすがにこういうことではよくないのではないかという機運がクラシック音楽界全般に少しずつ出てきたようだ。海外でも、丁寧にやっていこうという風潮を感じる。確かに飛び込みで来てもみんなが合わせられるというのは大したプロの技ではある。が、本当にクオリティを求めるなら、それではまずいことは誰の目にも明らかなのである。
 だがそれにしても、3週間の間、指揮者と演出家がつきっきりで舞台を作っていくというのは、ものすごいことである。私も2日間練習を見に行ったが、実に懇切丁寧に、細かく緻密に指導が行われている。最初は人形のように動けなかった歌手たちが、少しずつ生命感を帯びていく。少しずつ少しずつ、非常に根気が必要な作業だ。しかし、結果ははっきりと目に見える。
 精力的なコンヴィチュニーを見て、これはまさに指揮者と同じだなと思った。カルロス・クライバーやチェリビダッケの練習風景は映像でも見ることができるが、まさにあれと同じなのである。指導者の頭の中に、細部に至るまでくっきりとしたイメージがあり、それを具体的で明快な指示で具体化していくのだ。そして、ただの思いつきではなくたいへん論理的で「こうこうだから、こうこう」といちいちが理由づけられているのである。その徹底度は大したものだ。コンヴィチュニーは東ドイツで長く仕事をした人である。ムラヴィンスキーやケーゲルの例などからもわかるように、東側では西側とは比べられないくらいたっぷりと時間をかけて練習することができた。まさにそのようなことを、この忙しい東京でやろうとしているのである。やるほうも偉いが、やらせるほうも覚悟が必要だったろう。
 おもしろいことに、チェリビダッケはすべての練習を公開していたが、コンヴィチュニーもできるだけ練習を見てもらいたがる。自分が考えていることを一番よくわかってもらうには、練習を見るのが一番ということもあろう。だが同時に、確かに立派な結果を出すというのも大事ではあるが、日々繰り返される舞台裏の仕事こそが、結局は芸術活動に他ならないのだ。私が「理想を求めての永遠の戦いですね」と言ったら、「どうして?」と聞かれた。彼にとっては、日々の練習は思い通りにならないことをどうにかする戦いではなく、心底楽しい仕事なのだろう。思うに、練習をたくさんやりたがる音楽家は、単によい結果を求めてそうするのではなく、練習が楽しく、大好きなのである。
 こんな徹底した仕事が日本で行われるのは、よほど例外的に違いあるまい。私は昔、「ヴァントのコンサートのために普通の倍の練習時間が必要だと言うのなら、チケットの値段が倍でも喜んで払う」と書いたことがあるが、他人事ながら、こんなにたくさん練習してお金のほうは大丈夫なのかと心配になってしまうほどだ。
 とにかく練習を見ていて強く感じたのが、もちろんまだピアノ伴奏の段階だが、「オネーギン」の音楽がこんなにも豊かな表情を持っていたのかということ。何気ない踊りの場面すら、精密かつ適切な演技の動きによって視覚化されてみると、音楽の表現力がぐっとはっきりしてくる。ちょっとした転調や音のゆれ、それが演技と合わさったときに、鮮明になるのだ。さんざん書いているように、これがコンヴィチュニーの唯一無二の恐るべき才能で、はっきり言って、現在これに匹敵する能力を持つ演出家は他に誰もいないだろう。私は格別「オネーギン」が好きでも何でもなく、むしろ普通なら見に行かない演目なのだけれど、音楽の魅力を痛感させられてしまった。単にうまいとかきれいとか言うのではなく、「オネーギン」の音楽がここまで表現的に聞こえる経験もなかなかできないに違いないと思って、2日分のチケット、それも演技がよく見える前のほうの席を買ったところである。この「オネーギン」、もうすでに一度オランダで見たのではあるけれど、何事でもそうだが見られるときに見ておかないと。
 「オネーギン」にはいろいろCD、DVDがあるが、残念ながら「絶対にこれ!」という演奏を知らない。私が比較的好んでいるのはショルティのCD。十分に情感があって、しかもショルティだからモゾモゾすることなく、キレもいい。ことに合唱が入るシーンでは仕事人風にキッチリ決めてくれる。まあ、ショルティにとっての最高の演奏とか言う部類ではないけれど、とりあえずは十分と言っていい。これなどを聴いてからステージを見ると、CDでは気づかなかった音楽のニュアンスの豊かさに驚くこと請け合いである。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

関連情報

評論家エッセイ情報

OperaLatest Items / Tickets Information

* Point ratios listed below are the case
for Bronze / Gold / Platinum Stage.  

featured item

Eugene Onegin: Solti / Royal Opera House Kubiak Weikl Burrows

CD Import

Eugene Onegin: Solti / Royal Opera House Kubiak Weikl Burrows

Tchaikovsky (1840-1893)

User Review :5 points (1 reviews) ★★★★★

Price (tax incl.): ¥4,730
Member Price
(tax incl.): ¥4,115

Multi Buy Price
(tax incl.): ¥3,547

Release Date:07/July/1987
Arrival Pending

  • Point x 1
    Add to wish list

%%header%%Close

%%message%%

featured item

コンヴィチュニ-、オペラを超えるオペラ

Books

コンヴィチュニ-、オペラを超えるオペラ

MITSUTOSHI KYO

User Review :4.5 points (2 reviews) ★★★★★

Price (tax incl.): ¥2,200

Release Date:May/2006

  • Out of Order

%%header%%Close

%%message%%

featured item

  • 問答無用のクラシック

    Books

    問答無用のクラシック

    MITSUTOSHI KYO

    User Review :3.5 points (8 reviews)
    ★★★★☆

    Price (tax incl.): ¥1,760

    Release Date:March/2007


    • Add to wish list
  • %%header%%Close

    %%message%%

  • オレのクラシック

    Books

    オレのクラシック

    MITSUTOSHI KYO

    User Review :3.5 points (6 reviews)
    ★★★★☆

    Price (tax incl.): ¥1,760

    Release Date:July/2005


    • Add to wish list
  • %%header%%Close

    %%message%%

  • 絶対!クラシックのキモ

    Books

    絶対!クラシックのキモ

    MITSUTOSHI KYO

    User Review :5 points (1 reviews)
    ★★★★★

    Price (tax incl.): ¥1,760

    Release Date:May/2004


    • Out of Order
  • %%header%%Close

    %%message%%