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「梅雨空の下で聴くディスク」

Thursday, June 13th 2013

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第48回

「梅雨空の下で聴くディスク」

 いきなりスマホの話ですまんのだけど、先日iPhoneの新しいOS、iOS 7が発表された。アイコンのデザインがこれまでよりシンプルになったことが話題を集めたのだが、即座に「こりゃ、チェリビダッケとかヴァントみたいになってきたな」と思った。全体を立体的に見せるには、素材はシンプルに切り詰めなくてはならない。ゴタゴタしたデザインのままでは、積み上げられるものも積み上げられず、階層化もできずに、単にゴチャゴチャしたニッポンの街並みみたいになる。

 オッコ・カムがヘルシンキフィルを振ったシベリウスも、そうした「階層化」がうまくなされている。もちろん、チェリビダッケやヴァントのような神ががったバランスというわけじゃないけれど、北欧のサバサバした響きが層になって重なってゆく具合がまことに心地良い。柔らかな響きで、なめらかに流れ、知らず知らずにクライマックスに向けて大きな流れを作り出す。
 個人的には、シベリウスの交響曲といえば、ベルグルンドのような細やかな音の動きを精彩、立体的に描くタイプが好みなのであるけれど、このような響きを重ねて行くだけのシンプルなコンセプトでも、シベリウスにはよく似合う。いや、シベリウスの先進性はこのようなコンセプトを必要としてるんじゃないかとも思ったり。
 
 SACD化されると、これまでさほど興味関心がなかったものまで聴きたくなるものだ(メーカーに乗せられているような気もしなくはないが、そのあたりの好奇心まで失ってはいかんとも思うのよ)。ヘルシンキ・フィルによる1982年の来日公演もその一つで、彼らはシベリウスの交響曲を第2、3、5、6番がオッコ・カム、第1、4、7番は渡邉暁雄の指揮で全曲演奏している。

 カムに比べると、渡邉暁雄はやや辛口系といっていい。ヘルシンキ・フィルのおっとり系サウンドは変わらないのだが、端々のフレージングのキレがなかなか鋭いのだ。
 交響曲第1番第3楽章のぴしぴしと音が伝わってくるような歯切れの良さは見事だし、交響曲第4番第2楽章の響きに包まれる心地良さもいい。
 レンジが広く、会場に音が広がっていく感覚は、SACDの強みだ。そして、なんといっても、いくら層を重ねても暑苦しくならない、サラリとドライな北欧サウンドは、シベリウスにとっては最強やね。まったくの梅雨向けのチョイス。

 このチクルスのほかにも、かつてCDで出ていた東京FMのライヴ録音が続々とSACD化(しかもマニアックなことにシングルレイヤー)されており、あの「迷演」の誉れの高いカール・リヒターの弾くゴルトベルク変奏曲もそこには含まれていたから、これは一大事、すかさず手が伸びる。
 この石橋メモリアルホールでのライヴ録音は、リヒターにしては格別に変わった演奏で、CDで出た当時は仰天したものだ。最初のアリアからして、テンポがうまく定まらないというか、とにかく不安定な心地がする。ミスタッチも多い。指がもつれ、フレーズの最初から弾き直すなんて事故もあり、客席の緊張度もじわじわと高まってくる。
 今じゃ決してライヴでは聴けなくなったモダン・チェンバロのバッハで、ストップの切り替えによる演奏はなかなか興味深い。第15変奏の後半で使われるリュート・ストップなんて、まるで電子楽器のようにクールに響く。

 ゴルトベルク変奏曲は、最後の四つの変奏あたりから、ドラマティックに盛り上がるように書かれている。このリヒターの演奏も、ビックリするような壮絶なウネリで聴かせる。バッハの神様じゃのうてバッハの鬼じゃ。呆気にとられたまま、最後のアリアへ。そこで耳にしたのは、これまでの憑き物が落ちたかのような清澄なアリアだった。
 リヒターがこれまで七転八倒、ドラマティックすぎる演奏をしたのは、最後にこのアリアを清らかに奏でるためだったのでは、などと邪推をしたくなってしまうほどである。この日の聴衆は、まるでブルックナーの交響曲を聴いた気分で会場を後にしたことは間違いない。厚い雲がサッと晴れたような心地で。

 さて、先月はツェンダーのドビュッシーを紹介したばかりなのだが、今回もまたドビュッシーを取り上げてしまう。フランソワ=グサヴィエ・ロト指揮レ・シエクルの《海》が予想以上に良かったのだ。
 ピリオド楽器を用いた小編成、つまり初演のスタイルを踏襲した《海》だ。小編成ならではの楽器バランスのおかげで、この曲の特異性、先進性が露わになったような心地がする。併録で入っている、まだ伝統に縛られ気味の《管弦楽組曲第1番》(世界初録音)を聴いた後では、とくに。
 なんといっても、ヴィブラートをしなかった効果は大きい。ノン・ヴィブラートでの大きく揺れるような弦楽器の歌い方を礎にして、オーケストラ全体のアーティキュレーションを作り出し、全体として波間でゆらめくような《海》になっているのだから。

 ノン・ヴィブラートとはいえないまでも、ヴィブラートを効果的に抑制して歌うのは、カルミナ四重奏団だ。彼らの新譜は、田部京子を迎えたブラームスのピアノ五重奏曲とピアノ四重奏曲第3番。
 どっかと落ち着いた田部のスタイルと、キレキレで扇情的に歌うのも辞さないカルミナ四重奏団。必ずしも相性がいいとは思わざれど、今回のブラームスは二つの個性がうまく反応、良い作品解釈を生んだのではないだろうか。
 激しい抑揚のあまり、どこかに吹き飛ばされそうになる四重奏団を、ピアニストの安定した響きが繋ぎ止める。しっかと地に足を付かせる。実にオトナのロマン派というべき音楽になっているのだ。これこそ、ブラームスの醍醐味ではないかしらん。

(すずき あつふみ 売文業) 

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