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「クラシック最高の奥義とは」

Monday, December 26th 2011

連載 許光俊の言いたい放題 第200回

「クラシック最高の奥義とは」

 もうここしばらくの傾向だが、新録音よりも、昔のライヴ録音の発掘のほうが盛んでかつ喜ばれるという時代が続いている。おおまかに言って、クラシックとは過去の作品を聴くだけでなく、過去の演奏を聴くものになってしまったわけだ(しかも、しばしば過去の演奏法で)。このあたりはそのうち「クラシック以後のクラシック」といったテーマで詳しく論じたいと思っている。
 ことに数年来、音質がよくなったという触れ込みでフルトヴェングラーらの有名な演奏が次々に出直している。絵画のほうでも「天地創造」や「モナリザ」を洗浄したらこんなことがわかったという類の話がさかんにされているのとそっくりだ。
 しかし、まさかこの時代にフルトヴェングラーを大々的にLPレコードで発売するということがあり得るとは微塵も思わなかった。AUDITEの14枚組セットである。細かいことにもやたらとうるさいヒストリカルの鬼、平林直哉氏が興奮して「入手にためらいなどあり得ない」と断言調で帯を書いているのはウソでも大げさでもない。私もこれを聴いて大いに驚いた。変なゆがみやノイズがこれまでの常識よりも激減しており、しばしば演奏者の息づかいがじかに感じられるのだ。まさか60年前のライヴ録音にここまでの情報量が入っていようとは・・・。ここはこうやりたかったわけか、と随所で納得がいった。初めてフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルの演奏に触れたかのような気がした。今まで彼の演奏がやりすぎでオーバーアクションに聞こえたのは、音質が悪かったせいだということがよくわかった。ちゃんと陰影やニュアンスが聞こえてきたとき、フルトヴェングラーは意外なほど端正で穏やかでもあったのだ。ちょうど、EMIの「トリスタン」がそうであったように。
 と同時に、濃密な部分もいっそう自然かつ生々しい。シューベルトでもブラームスでもいいが、特に弦楽器の表現力がすさまじい。今までの音質だと、フルトヴェングラーは何か乱暴というか、細かいことをつべこべ言うなという感じがして、私はそれに抵抗感を覚えていた。確かに熱狂や集中は感じられるにしても、汚く濁った音を聴いてもちっとも嬉しくなかった。演奏家が燃えれば燃えるほど、聴いていて白けた。テンポの収縮だけが目について、閉口した。が、この音質だと素直に耳を傾けられる。ブラームスの第3番は2種類入っているが、早い時期の(1949年とは思えない音質)より生命感が強い演奏は、その一番の例である。弦楽器奏者たちがうねるように弾くさまが目に見えるようだ。
 「トリスタン」では、誰もが期待するであろう官能美が満喫できる。前奏曲の最後のほうでは、他の誰の演奏にもまして、第2幕の愛の場面が連想されるのが不思議だ。逆に「愛の死」においても前奏曲や作品の他の部分が連想される。これこそフルトヴェングラーが主張していた、その場その場ではなく作品全体を見渡すように聞こえる演奏なのだ。「今この瞬間の中にそれより前の音楽も後の音楽も聞こえてしまう」という以上の演奏の奥義はない。それは時間芸術である音楽における最高に難しい秘法なのだ。そして、それができたのは私が知る限りでは、フルトヴェングラーとチェリビダッケだけである。もちろん、さまざまな演奏の方法論や音楽観があってよい。だが、この奥義以上に神秘的な、聴いていて唖然とさせられるようなものはない。
 「愛の死」の冒頭は、絶対にこれでなくてはという、かつて耳にしたことがない絶妙の音色だ。しかも、どんどん熱を帯びて高まっていく。一種の狂乱の場のような様相を呈してくる。こんな激烈な「愛の死」は聴いたことがない。これが最晩年の演奏なのだから恐れ入る。エロの人フルトヴェングラーならではの圧巻だ。私は「愛の死」はもっと清澄なほうがよいのではないかと考えていたけれど、これが大した演奏であることには変わりない。激烈に始まり激烈に終わる「トリスタン」、それも解釈のひとつとしてありなのではないかと思わされた。
 これは「文藝」別冊でも書いたことだが、私は基本的にはフルトヴェングラーならベルリン・フィルとの演奏にもっとも意味があると思う。彼のくそまじめさと、快楽に逸れがちなウィーン・フィルの方向性は合わない。が、これまでフルトヴェングラーの名演とされるものは一般的にはウィーンでのものが多かった。今回、ようやくEMIのウィーンに対抗、あるいはそれを凌駕するベルリンのセットが揃ったわけだ。さらに、ベルリン・フィルが実は想像以上に色彩的な音を出していたこと、豊麗に歌っていたこともこれを聴くとわかるはずだ。ブラームスの第4番は、このセット中では音質がよくない部類だが、それでもまるで原色のような鮮やかな響きの対比にはっとさせられた。そして、弱音のただならぬ気配に。特に第2楽章の終わりのほうで、音楽が大きく呼吸しふくらむさまは溜息ものだ。グラスから立ち上る芳醇なワインの香りにようだ。
 もしあなたがフルトヴェングラーに関心を持っており、アナログプレーヤーを所有しているのなら、このセットは入手すべきである。また、もしプロの書き手なら、これを無視してフルトヴェングラーを語ってはならないだろう。今後の基準となるような製品だということは誰も否定できまい。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 


評論家エッセイ情報
* Point ratios listed below are the case
for Bronze / Gold / Platinum Stage.  

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Furtwangler / Berlin Philharmonic : RIAS Recordings (14LP)

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Furtwangler / Berlin Philharmonic : RIAS Recordings (14LP)

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Tristan und Isolde : Furtwangler / Philharmonia, Flagstad, Suthaus, F-Dieskau, Greindl, Thebom, etc (1952 Monaural)(96Hz/24Bit remastering)

SACD

Tristan und Isolde : Furtwangler / Philharmonia, Flagstad, Suthaus, F-Dieskau, Greindl, Thebom, etc (1952 Monaural)(96Hz/24Bit remastering)

Wagner (1813-1883)

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