「マニアとフェティシスト」
Monday, June 13th 2011
連載 許光俊の言いたい放題 第194回「マニアとフェティシスト」
昔、深夜の討論番組などに出演していたジャーナリストの工藤雪枝女史が、「私、クラシック・マニアなんです」と言っているのを聞いてギクリとしたことがある。女性だって何かに夢中になることがあるのは当然なのだが、自らマニアを名乗られるとちょっとばかり違和感があったのである。「マニア」という語の中には、男性的それも独身者的なニュアンスを感じるのは私だけではないはずだ。それはともかく、最近前後していかにもマニアックな本が発売されたので紹介しておこう。
平林直哉『クラシック・マニア道入門』(青弓社)は、この著者らしいダイレクトな書名である。平林氏がマニアと言えば、これはもうヒストリカルに決まっている。この本は、SP、LP、それに最近氏が気になっているらしいオープンリールテープを聴いたり集めたりするための指南書である。世の中はCDはおろか、データのダウンロードへ向かっているらしいのに、まさに反時代的。そう、マニアは時代の流れなど気にしないのである。
果てしなき試行錯誤ののちに得られた知識が開陳されているが、具体的な盤の紹介よりも収集のためのノウハウに大半のスペースが割かれている。意外に淡々とした書き方の部分が多いが、おそらくは本人にしかわからない生々しい一喜一憂の体験が山のようにあるのだろう。
「我いかにしてヒストリカル・マニアになりしか」とでもいうような章がことにおもしろかった。
嶋護『クラシック名録音106究極ガイド』(ステレオサウンド)は、これまたマニアの道を走り続けてきた著者の人生が反映されたような1冊だ。書名からはわからないが、なんとこの中に紹介されたCDはただ一点のみ。あとはLPなのである。CDについての続編も計画されているようだが、入手容易とは言い難いLPがズラリと並んでいるのには驚いた(とはいえ、相当量はCDとして入手可能)。そう、マニアにとっては、自分の常識が世界の常識。他人に勧めるのに、入手の難易度など関係ないのである。嶋氏が言う「よい録音」の定義とは簡単。演奏者がそこにいるように聞こえるのがいいと言うのだ。この基準からすると、実はメジャーレーベルの相当量が落選する。よってここには、いわゆる「名盤」ではないものが大量に含まれている。よくある名盤紹介に飽きた人には、新たな視点を提供するはずだ。
カラヤンの「ばらの騎士」のページでは、第1幕冒頭のベッドの幅がどうこうというエピソードが紹介されていて驚いた。恋人どうしの距離がどれくらいリアルに聞こえるかという話らしいのだが、へえ、そんなことを気にして聴く人がいるのか。
これほどまでに音それ自体に淫している本も少ないだろう。嶋氏がスピーカーから出る音の快楽にシビれ、歓喜の声をあげ、のけぞっている姿が目に見えるようで、読んでいて何度も微笑を誘われた。こういった音そのものの直接的な力に狂喜乱舞する聴き方は、チェリビダッケなら、フェティシズムだと切って捨てること間違いないが。
私の音楽の嗜好、志向、考え方、感じ方は、平林氏とも嶋氏とも大きく違う。しかし、そうであっても、他人の感じ方、聴き方の中には示唆になるものが含まれているし、教えられることも多い。実際、このふたりの著者は私の耳が無視している音を聴いていることは間違いない。
さらにこの2冊に共通するのは、著者たちがLPというメディアを愛してやまないこと。音楽が大事なのはもちろんだが、パッケージも含めたLP文化に対する哀惜の念が強く感じられる。特に嶋本のほうは、フルカラーで美しい写真がいっぱい。1ページずつめくっていると、LPとは美的で贅沢なものだったのだなあと痛感されてくる。私だって、学生のときは見知らぬ1枚を手にとっては幸福感を味わったものだ。その思い出が蘇る。
この2冊を読んだあとで町を歩いていたら、中古レコード店があったので、ふらりと入ってしまった。十年ぶりかもっとか。
ところで最近、激安化したCDとは一線を画す、かつてのLPのようなオーラを演出した製品が時折見かけられる。昔ウィーンを代表する名ピアニストと呼ばれたバドゥラ=スコダのベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集もそうだ。ずっしりと重い特製ケース入りである。いかにも天才的な華があるグルダの陰に隠れて今日となってはもはや聴く人はあまり多くないと思われるピアニストだけに、この発売には虚をつかれた。バドゥラ=スコダは、現代の古楽器運動が起きる以前から、古い楽器を集めていることで知られていた。この全集でも、作品が生まれた時代の楽器を使い分けている。詳細な解説が興味深い。
ただ、一般論として私はこうした歴史的楽器が全然好きではない。カチャカチャとおもちゃのピアノを弾いているかのような音にばかばかしさを感じてしまうのである。音域によって音色がガラリと変わるのも気持が悪い。もしベートーヴェンがここにいたら、スタインウェイを買いなさいと勧めたいほどだ。まあ、私の耳が現代ピアノに慣れすぎているのだろうが。
しかし、この演奏は意外なほど抵抗感が少なかった。それは、バドゥラ=スコダの演奏が、いかにも当時の楽器の特徴を生かしたというタイプのものではないからだ。とにかくストレートに猛烈な勢いでグングン突き進むのである。おそらく、音の減衰の早さも考慮してなのだろうが、結果として髪の毛を逆立てて怒れるベートーヴェンといった音楽になっている。普通は清澄と評される最後の3つのソナタにしてからがそうなのだ。実は、当時の楽器を使っただけでは、歴史的視点の取り入れ方としては不十分である。バドゥラ=スコダのイン・テンポを基本とした演奏は、戦後世代に典型的で、そういう点では、昔の奏法の研究を背景とした演奏と比べるわけにはいかない。が、逆にそれゆえのよさもあるのだ。演奏家が楽器に操られている感じがしない。おそらく現代の楽器を使っても、彼はこのような演奏をしたのではないかと想像できる、芯の強さがある。
私は寡聞にして知らなかったけれど、この全集は、音質のよさでかつて有名だったものだと言う。今回のXRCDで聴いてもそれは十分納得できる、切れがよい鮮明な音だ。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
for Bronze / Gold / Platinum Stage.
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Comp.Piano Sonata:Badura-Skoda(Fp)(1978-1989)
Beethoven (1770-1827)
Price (tax incl.): ¥29,700
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クラシック・マニア道入門
Naoya Hirabayashi
Price (tax incl.): ¥1,760
usually instock in 2-5days
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生きていくためのクラシック -世界最高のクラシック 第2章 光文社新書
MITSUTOSHI KYO
Price (tax incl.): ¥792
Release Date:October/2003
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