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人物・団体(著者) > 「フ」で始まる人物・団体(著者)
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1873年ハンガリー、ミシュコルツに生まれる。ウィーン大学で精神医学を学んだのち、ブダペストで精神科医として治療実践を始める。1908年にウィーンのフロイトを訪ね、以後、緊密な協力関係のもとに精神分析運動の発展に貢献した。1913年にブダペスト精神分析協会を設立。1918年に国際精神分析協会会長の職につき、第一次大戦後の1919年にはブダペスト大学の精神分析学教授に就任したものの、政情によりいずれ 続きを読む
1898年、ポルトガル北部のアヴェイロ県サルゲイロスで生まれる。8歳の時、父を亡くし、初等教育を終えたあと、12歳でブラジルのベレンに移住。アマゾン奥地のゴム林で4年間、ゴム樹液採取人として生活を送った。1919年、ポルトガルに帰国、文筆活動に入った。ブラジル・サンパウロ州での貧しいポルトガル人移民の実態を描いた小説『移民』(1928)で注目を浴び、続いて自らのアマゾンでの移民体験をもとに発表した 続きを読む
1514?‐1583。ポルトガルの旅行家で貿易商。1537年から1558年にかけ、マラッカを中心にインド・中国・ビルマ・シャム方面で活躍し、日本にも5度渡来した。種ヶ島に鉄砲をもたらしたポルトガル人の1人であると自称しており、フランシスコ・シャヴィエルに日本渡航を決意させたのも彼であるといわれる。この間、“5回難破し、13回奴隷になり、16回売られる”という数奇な運命にもてあそばれている 続きを読む
1902年、フランス北東部ロレーヌ州の小さな農村に生まれる。フランスのパリ大学卒業後、アルジェリアのリセ教師を皮切りにパリ大学、またブラジルのサン・パウロ大学で教える。1946年、『アナール』誌編集委員となり、のち編集長。1949年よりコレージュ・ド・フランス教授を務めた。1984年、アカデミー・フランセーズ会員。1985年、フランス南東部のサヴォワにて死去 続きを読む
1932年生まれ。キリスト教神学を修め、文学の教授をつとめる 続きを読む
1888‐1935。ポルトガルの首都リスボン生まれ。5歳にして父を失い、母が南アフリカ共和国のダーバン駐在の領事と再婚し、義父の任地に向かう。10年近くイギリス系の教育を受け、英文学に親しむ。1905年、リスボンに戻り、実の父の祖母の家で暮らし始め、これ以降この町を離れることもまれ。大学も退学し、貿易会社で英文、仏文のビジネスレター作成の仕事で生計を立てながら、ポルトガル文学、特に古典詩人の作品に 続きを読む
1942‐。コロンビアのアンティオキア州の州都メデジンに生まれる。父は有力な政治家。大学で哲学、そして生物学を修めた後、イタリアに留学して映画を学んだ。70〜80年代にかけて3本の長篇映画を撮っている。少年時代を描いた『碧き日々』で小説家デビューし、その後も自伝的要素の強い作品が続く。1994年にはシカリオ物『暗殺者の聖母』を刊行。この作品が映画化された影響もあり、欧米など国外でも広く知られる作家 続きを読む
ベネズエラ出身の図書館学者・作家・反検閲活動家。図書館の歴史に関する世界的権威として知られ、過去にベネズエラ国立図書館の館長を務めたほか、現在も複数の団体で顧問を担当している。2003年にはユネスコの使節団の一員としてイラクにおける図書館や博物館、美術館の被害状況を調査した。2004年にスペインで刊行されたHistoria Universal de la Destrucci´on de Libro 続きを読む
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