ビル・エヴァンスに代表される叙情派ジャズ・ピアニストの流れを汲む陰影にみちた表現が印象に残るベント・エゲルブラダの、これは長らく目にされることもなく「幻の名盤」として崇められていた64年録音の名品。冒頭“Schizo”の切迫した曲調は、心が分裂していくさまをあしらったジャケットの絵柄そのままに聴いていて胸が痛くなるほどだ。“My One And Only Love”の切ない調べに己の想いを重ねて落涙し、続く“Our Delight”の優しさに肩を抱かれるように慰められる。私は本盤を聴くとき、どうしても桐野夏生の一連の小説を彷彿とさせられる。心の奥底の暗い深みにまで錨を垂れてゆくようなヒンヤリとした感触があり、それでいて人間を見つめる眼差しには仄かな温かみがある。哀しくも美しいラストの“Monique”は同郷の歌姫、モニカ・ゼタールンドに捧げられた曲ではなかろうか。本盤には心の内奥を抉られるような何かがあることは間違いない。