オクターヴを43音に分けた独自の微分音階を発案、数々の珍奇な楽器を造った作曲家ハリー・パーチ。まず先に表現したい強烈なアイデアがあり、それを実現するために楽器や舞台を新しく調達し構築していくという創作手法で独自の世界を切り拓きました。そのアメリカ前衛音楽のカリスマ的存在が1966年に書き上げたシアター・ピース『怒りの妄想』は、規模・内容ともにパーチ芸術の集大成とされる大作。1969年のロサンジェルス初演は米コロンビアによって録音されマニア御用達の奇盤として知られています。半世紀を経ての新録音の登場は大注目に値する事件と言ってよいでしょう。
ヨーロッパ初演は時をおいて2013年。ドイツの現代芸術祭「ルール・トリエンナーレ」の開幕公演として、芸術祭監督ハイナー・ゲッベルスの演出と「WERGO」でおなじみ腕利き現代音楽演奏集団「ムジークファブリーク」によって披露されました。この時に楽器を新規で再構築したため以降も上演が可能になり、歴史的怪作の現代における華麗な復活としておおいに話題になりました。そして2015年7月には同じ組み合わせでリンカーン・センター・フェスティバルにて再演。そのタイミングで製作されたのがこのCDです。
ブックレットに掲載されたカラー写真からは、舞台装置と一体化するように配置された微分音楽器たちの真に奇抜的な存在感が味わえます。この数多の打楽器たちが乱舞する強烈なサウンドに彩られた『怒りの妄想』は、楽器の製作と習得だけでも相当な時間を要する作品。この難物に臆することなく果敢に挑んだ音楽家たちが創りあげた、とことん刺激的な世界に痺れます。
『怒りの妄想』は序と2つの幕からなり、序は「The Beginning of a Web」というタイトル。もちろん作曲当時はインターネットもない時代なので「WEB=蜘蛛の巣状のネットワーク」という意味合い。第1幕では日本の能楽『敦盛』が、第2幕ではエチオピアの民話『正義』が物語の下敷きになっていて、どちらも他者への怒りにとらわれるもそれは無益であり最後には和解へと至る、という筋書きを辿ります。パーチ自身の創作と外界との軋轢が描かれているのかもしれません。また作曲家自身も経験した「ホーボー(放浪労働者)」が登場するのもパーチ作品らしい特徴です。(輸入元情報)