ハース『猿山より』、ヤナーチェク『内緒の手紙』
パヴェル・ハース四重奏団
パヴェル・ハースQによるパヴェル・ハース:弦楽四重奏曲第2番「オピチー・ホリより」打楽器入り版!
先日、第一生命ホールのクァルテット・ウェンズデイ・シリーズをはじめとする日本ツアーで、圧倒的な表現力を見せ付けたパヴェル・ハース・クァルテットによる、彼らの由来となった作曲家の作品を収めたアルバムがリリースされます。
パヴェル・ハース・クァルテットは2004年にフィレンツェでヴィットリオ・E・リムボッティ賞、翌年5月にはプラハの春の国際コンクールで優勝、さらにその翌月には世界三大弦楽四重奏コンクールのひとつパオロ・ボルチアーニ・コンクールでも優勝。2006年の来日はその優勝者ツアーの一環で、その際にはここに収められた2曲をはじめとしてすばらしい演奏を繰り広げました。
通常、英語圏での資料などでは「From the Monky Mountains」、日本の公演や資料などでは「猿の山々から」や「猿山より」などと記載されていますが、実はモラヴィアのブルの近郊の避暑地として知られる山地の名前が「オピチー(=猿)・ホリ(=山)」という場所の事で、そのまま訳出され「猿山」という名称がつけられていますが、本来は地名の固有名詞なのです。
この作品は、一説にそこへ向かう際の様子を描いたとも言われる作品ですが、その描写方法についてはタイトルとは違う面白さが楽しめる曲です。
第1楽章は「風景」と題され,ヤナーチェク風のメロディを第2ヴァイオリンが奏し,やがてチェロのピチカートの上を他の楽器でその楽想を繰り広げ,更に四人が同様に奏すようになります。また、楽章の最後では第2ヴァイオリンが同音型反復を、チェロが伴奏型を奏す中,第1ヴァイオリンが大柄なメロディ、ヴィオラが対旋律を味わい深く奏でます。
第2楽章は「馬、馬車と御者」と題されたスケルツォ的な楽章。馬の嘶き、馬車が機械的規則的な軋む音を立てながらスピードを上げていく様は聴いていて楽しいところです。中間部では民謡のメロディや街道沿いに現れる鳥の啼き声の描写なども聞こえてきます。
第3楽章は「月と私」と題された緩徐楽章で,なんとも叙情的なコラール風のメロディが繰り広げられる中,第1楽章の楽想を使った中間部が現れます。
第4楽章は「荒々しい夜」と題され、ヨーロッパ・ジャズのリズムを取り入れ、避暑地での一夜の大騒ぎの様子を音楽で、いかにも楽しく描かれています。近年、スコアとは別刷りの打楽器パートの譜面が発見され、ここではそのパートを付した演奏となっております。この打楽器パートはジャズなどのバンドを模したともいえるもので、弦楽パートのみでも十分表現されていますが、打楽器が加わることで効果は倍増されているといえるでしょう。
先日の来日公演では豊かな表現力と強烈なインパクトを受ける演奏を弦楽だけで繰り広げてくれましたが、ここではさらに打楽器が加った演奏(おそらく初録音)が聴けるのは楽しみといえるアルバムです。
パヴェル・ハースは1899年当時チェコスロヴァキアであったブルノにチェコ人の会社員であった父親とロシア出身の母親との間に生まれ、やがてブルノ音楽院でヤナーチェクの生徒となった人物です。叔父、弟が舞台人であったこともあり、舞台作品に力を入れ、ブルノで再演を重ねるほど好評を得た作品も作りました。
後にドイツによるチェコ併合により、テレジエンのユダヤ人収容所に収容され、同様の作曲家ウルマン、クラーサなどとともにそこで作曲活動を続けましたが、1944年11月17日に移送されたアウシュヴィッツで処刑されてしまいました。
この《弦楽四重奏曲第2番「猿の山々より」》は、彼がヤナーチェクの下で研鑽を積んでいた1925年(26歳)の時の作品で、ヤナーチェクの作風が大きく影響しているのは一聴でお分かりいただけるでしょう。しかしながら、この作品が師ヤナーチェクの第2番よりも3年前に書かれているというのも別の驚きがあります。
併録されたヤナーチェクの第2番「内緒の手紙」も来日時の演目で、こちらも強い弓圧を要所要所で効果的に使い、彼らの持つ強烈なインパクトと、作品への深い理解力からくる表現は圧倒的で、まだまだ若い団体とは思えない見事な演奏を繰り広げ、ベテラン、中堅の団体に比肩するほどのものといえるでしょう。
スプラフォンが、彼らの才能に惚れ込んで専属契約を結び、リリースするデビュー盤だけに、これからの活躍が楽しみなクァルテットの登場です。
・ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第2番『ないしょの手紙』 25:38
1 Andante 6:19
2 Adagio 5:55
3 Moderato 5:43
4 Allegro 7:35
・ハース:弦楽四重奏曲第2番『猿山より』31:46
5 Landscape / Krajina (Andante) 10:09
6 Coach, Coachman and Horse / Kocar, koci a kun (Andante) 4:43
7 The Moon and I... / Mesic a ja... (Largo e misterioso) 7:59
8 Wild Night / Diva noc (Vivace e con fuoco) 8:44
パヴェル・ハース四重奏団
録音時期:2006年4,5月
録音場所:プラハ、ドモヴィナ・スタジオ