クセナキス作品集
サマルタノス、チャンポリーニ、ダルー、他
日本語解説付き
20世紀の後半という魑魅魍魎の現代音楽世界でつねに第一線を張り続けてきたルーマニア生まれのギリシャ人、フランスを中心に世界を揺るがせた大作曲家ヤニス・クセナキスの表現には、いったいどのような秘術が隠されていたのでしょう? 2011年、作曲家の歿後10周年を記念してのプロジェクトとして企画されたこの録音は、フルート奏者として加わったセシル・ダルーの急逝により、急遽その追悼アルバムという趣きを帯びることにもなりましたが、このアルバムが実にかけがえがない点は、CD1枚でクセナキスの音楽世界の広がりを、さまざまな角度から深く味わえるようになっているところ。クセナキスといえば、ブーレーズやペンデレツキらと並び「耳を弄する恐ろしい音響を平気で用いる現代作曲家」というイメージがあるかもしれませんが、本盤では実に周到に作品が選ばれていて、初期のピアノ作品『六つのギリシャのうた』のように、ごく美しい民謡本来の響きをいっさい阻害しない音作りの曲も含まれていますし、打楽器が活躍する末尾の2曲でも、複雑ではありながら規則的なリズム・パターンを追ってゆく理屈ぬきの快感が、私たちをすんなりクセナキスの音の綾へと招き入れてくれます。冒頭の『ズィイヤ』では、悠久の時の流れを感じさせる、ギリシャ語によるどこか古代めいた歌い口がひたすらに美しく、この作曲家があくまで西欧芸術史の流れのなかで生きていたことを如実に感
じさせずにはおきません。
演奏者5人のうち3人まではギリシャ系の音楽家で、同じことばで育ってきた者ならではの共感や解釈なのでは、と思わせる瞬間も〜たとえば独唱者カタリウの堂に入った歌い口の細やかさ、録音技師としても活躍するサマルタノスが描き出す民謡のフレーズ感〜いたるところに見られます。
小沼純一氏の書下ろしによる日本語解説もまた、アルバムの世界への、クセナキスの音世界への憧れを静々とかきたててくれるのが嬉しいところです。バルカン半島からさらに東さえ望める、諸文化の交錯点としてのクセナキスの音世界への扉を開く1枚です。(Mercury)
【収録情報】
クセナキス:
1. ズィイア (1952) 〜独唱、フルートとピアノのための
2. ピアノのための『6つのギリシャのうた』 (1951)
3. 打楽器とエレクトロニクスのための『プサッファ』 (1975)
4. 打楽器とエレクトロニクスのための『ペルセファサ』 (1969)
アンジェリカ・カタリウ(メゾ・ソプラノ:1)
セシル・ダルー(フルート:1)
ディミトリ・ヴァシラキス(ピアノ:1)
ニコラオス・サマルタノス(ピアノ:2)
ダニエル・チャンポリーニ(打楽器:3,4)
録音時期:2010年
録音方式:ステレオ(デジタル)
膨大な音群を制御する手法を確立する以前のギリシャの音素材による初期作品と、確立後の真骨頂たる打楽器作品。書法には大きな違いがあるが、ソノリティに対する志向はすでに同質。一方で、録音された電子音との合奏による打楽器2作は、肉体ぎりぎりの衝迫感よりも精緻にクール。意外さが新しい逸品。(中)(CDジャーナル データベースより)