連載小説(7)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第三話

2016年11月15日 (火) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


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 夜の山下公園で、彩華さんが海を見ながらため息をついた。数秒後に恨みがましい目でちらっと僕を見て、また同じ動作を繰り返す。

「はいはい。デザート残念でしたね。帰ったらなにか作りますよ」

 彩華さんは犯行グループに加担していたわけではなかった。事件がすべて『なかったこと』になると予期していたからこそ、真実を出し渋っていたのだ。相談されるべき事件がなくなると、園真坂さんにご馳走してもらう理由もなくなるから。

「焼きたてのアップルパイがいいわ。シナモンは少なめね」

 それを食べたいがために、彩華さんは僕の誤った推理に乗っかり、犯人のふりをしてまで時間を稼いだ。まあデザートがくる前に事件はなくなったのだから無意味だったけど。

「いいですよ。トッピングにバニラアイスもおつけします」

 なにしろ今回の彩華さんはとっても働いた。白衣を着て変装し、僕と園真坂さんが畑牡丹を尾行している間に病院内で聞き込みをした。犯行グループの混沌とした計画を知り、鈴木水無月というイレギュラーの存在を把握した。そうして畑牡丹が計画の変更を余儀なくされたと推測し、その危ういシナリオの修正を画策した。

 彩華さんはあえて園真坂さんをナースステーションに呼び寄せ、畑牡丹の怪しい言動を見せて逮捕させたのだ。そうしなければ鶯谷医師は無実の罪で逮捕され、それが無実だと証明されたときには、おそらく畑牡丹は本当に犯罪者になってしまう。

 僕を、刑事を、そして本人の行動さえも操り、魔女は畑牡丹を理想的な運命へと導いた。当然ペンギン強盗の被害者二人が、グループの一味という情報もつかんでいたのだろう。逮捕された畑牡丹を見た彼らが、無実の罪を着せる罪の重さに気づき、事態の収拾に動くことも予想していたのだ。

 この「真の真相」に気づいたとき、僕は少し落ち込んだ。

 園真坂さんや九子さんといた頃、彩華さんは自分で調査などせずに安楽椅子探偵を気取っていられた。僕が優秀な助手だったら、彩華さんはもっと多くの迷える人を救えるはずだ。そうすれば、僕の両親のように「悪い占い師」に人生を弄ばれる人はぐっと少なくなる――。

「本人はまったく無自覚に、他人に影響を与えてしまう人間がいるそうよ」

「え? なんの話ですか」

「バタフライエフェクトのような現象の中間地点には必ずいて、その人がいなければ起こらなかった事件も多い。鈴木さんはそういう人間らしいわ」

 ようやく話が飲み込めた。鈴木水無月は巨大な建造物を愛するちょっと風変わりな看護師だ。彼女は過去に二回、彩華さんの依頼人が抱えた問題に登場している。とはいえ本人がなにかしたわけではなく、ただそこにいたというだけだ。

 今回も同じで、鈴木水無月は通勤しただけにすぎない。その結果、畑牡丹の運命を大きく変えてしまったけれど。

「私も鈴木さんと同じ、いいえ、もっとひどいわ。桜間彩華はそこにいるだけで周囲に不幸をもたらす女よ。単なる思い込みじゃなくね」

 彩華さんは笑わずじっと海を見ている。その言葉の意味を尋ねるべきかと迷っていると、背後に大きな気配が近づいてくるのを感じた。

「彩華、おまえまだそんなこと言ってるのか」

 肩で息をしながら園真坂さんが言う。レストランから走ってきたらしい。

「事実は事実よ。でも幼幻(ようげん)先生が教えてくれたわ。こんな運命を変えてくれる『縁(ゆかり)のある少年』がいて、私はその子と暮らすことになるってね」

 幼幻は彩華さんが師事する占い師だ。彩華さんは先生などと呼ぶけれど、実際はたかだか十二歳の小生意気な少年であるので、僕は好きではない。

「だから、レンくんは私のそばにいてくれるだけでいいわ」

 それは、さっき僕が助手としての自分を心で嘆いたことへの返答だと思う。本当に悲しくなるくらい、彩華さんはなんでも読み取ってしまう人だ。

「……運命を変える力なんて僕にはありませんよ。それを持っているのは彩華さんで、僕は彩華さんをサポートする助手です」

 僕は園真坂さんの腕を取り、その大きな手のひらを彩華さんの前に導いた。

「三年前、園真坂探偵事務所でなにが起こったのかは知りません。彩華さんが園真坂さんを友人扱いしない理由も、園真坂さんが僕を間に挟まないと彩華さんとうまく話せないわけも、僕には全然わかりません」

 言いながら、空いているほうの手で彩華さんの腕を取る。

「でも、もう三年も経っているんです。二人とも大人でしょう? 仕事ではあんなにうまく立ち回れるんだから、もうちょっと器用に生きてくださいよ」

 二人の手をぐっと近づけると、園真坂さんが慌てだした。

「ま、待て連太郎くん! 彩華の手はだめだ!」

「それ、もっと早く教えてほしかったです」

 ちっちゃいワニなんて存在しない。なぜかはわからないけれど、彩華さんは自分の手のひらに触れられることを嫌っている。毎朝半裸の彩華さんに触れて起こす僕ですらぴしゃりとはたかれるのだから、それはどうしようもないことなのだろう。

「昨日の夜調べました。『手相は、その人についている』と書き残したのは、菊池寛先生ですよね」

 彩華さんがいつもの魔女に戻って微笑んだ。

「仲直りの握手をしろとは言いません。でも園真坂さんの手に触れれば、不器用な刑事さんが、三年間ずっと彩華さんのことを心配していたとわかるはずです」

 指輪の跡のような根拠はない。でも僕が彩華さんと暮らすことになると、園真坂さんは三年ぶりに元同僚と接触を図った。それは傷ついた関係を修復しようという試みにほかならない。彩華さんだってそれは気づいている。必要なのはきっかけだ。

「じゃ、僕ちょっとアイス買ってきますんで」

 不器用な二人にお節介を焼いた後は、アップルパイを焼かなければならない。

 僕は気分よくハッピーローソンへ向かった。そうして頃合いを見て振り返る。

「うわっ! 園真坂さん、なんでここに……?」

 目の前に、困惑の表情を浮かべた刑事が立っていた。海のほうを見ると、彩華さんはベンチに腰掛け一心不乱にスマートフォンをいじっている。

「まさか、『食欲の秋イベント』が始まったから、コンビニでゲームのカード買ってこいって言われたんじゃ……?」

「そのまさかさ……」

 せっかく僕がサポートしたのに、腐れ縁の復活より二次元彼氏にご立派松茸セットをプレゼントすることを選ぶ。僕の叔母は根本的なところでダメ人間だ――。

 このときはそう思ったけれど、魔女の真意は季節が変わってから判明する。

 後に僕が、「人生最悪のクリスマス」と呼ぶ日のことだ。

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