連載小説(7)『占い師 琴葉野彩華は占わない』第二話

2016年10月15日 (土) 00:00 - ローチケHMV - 本・雑誌

著/鳩見すた


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 まだ仕込みの時間だったけれど、僕たちは「愛とヒゲのオラクル」にいた。

 カウンターの向こうでは、頭にほんのり白髪の混じった男性が料理を作っている。

 はてこのダンディな御仁は誰だろうと思っていると、「彩華、言っとくけどタダなのはおつまみだけよ!」と、おヨシさんのおネエ言葉が響いた。

「びっくりした……。おヨシさん、普段はほとんど男性なんですね」

「そうよぉ。こう見えても、家ではちゃんと父親やってるんだから」

「えっ」

「あら言ってなかった? 幼幻はあたしの息子なの。オカマだから一人で父母二役ですね、なんて言うのはおよし!」

 僕がぶっと吹き出すと、「やっぱりこのネタ鉄板ねぇ」とおヨシさんが笑う。

 考えてみれば、『幻文ママ』と呼ばれていたという話で、僕はおヨシさんの風変わりな本名を聞いていた。普通なら幼幻との字の共通ですぐに親子と気づくだろう。「おネエさまに子どもがいるわけない」という先入観を、僕はどこかで持っていた。いいかげん自分にうんざりする。

「こういう商売だと一緒にいられる時間が少ないからねぇ。塾が終わったら家じゃなくてこっちにこさせてるの。だから店では母親よぉ。はい、おふくろの味お待ち!」

 おヨシさんがトンと出してくれた小鉢には、ベーコンで巻かれた里芋の煮物が入っていた。一口食べると「うまい……」としみじみ目を閉じてしまうような、じんわりダシが染み込んだ優しい味がする。

 海老名菜々に犯人を教えた後、僕たちはサイトの管理者パスワードを返却した。結局彩華さんが用意していた台詞をアレンジし、『ニセ占い師にご用心☆』を読者投稿型にリニューアルすることを約束させたのだ。

 それはすべての占い師の利益に結びつくため、おヨシさんが代表して「おつまみ食べ放題」という報酬を払ってくれた、というのが現在の状況である。海老名菜々の罵詈雑言を愛する幼幻以外、みんな満足する結果だろう。

「そういえば、報酬が食べ物ってケース、前にもありましたね」

「いいじゃない。おいしいものを人に作ってもらって、てっとり早く幸せになれて」

「じゃあおいしく食べる努力もしてくださいよ」

「スクランブルエッグはおいしく食べる努力をしたわ」

 はてそんなことあったっけと首を傾げると、「保険証よ」と魔女が言う。

「人は自分の個人情報をつぶさにチェックされたら、相手に対して『怒り』よりも『恐怖』をおぼえる。首元のネクタイやアクセサリーをいじるのはその証ね。だから海老名さんはカメラのストラップをいじりながら、なんでもぺらぺら情報を喋ってくれたでしょ。おかげでレンくんの卵料理を温かいままいただけたわ」

 なんてことだと、僕は額を押さえて天を仰いだ。僕がすべてを見誤るきっかけとなったあの保険証すら、てっとり早く幸せになりたい魔女のハッタリだったのだ。

「じゃ、じゃあもう一つ教えてください。なんで彩華さんは『いっちゃん』さんたちの本名がわかったんですか。それから『にたまご』さんの別アカウントも」

「全部ネットで調べればわかることよ」

「僕だって調べましたよ! でもわかったのは『にたまご』さんの姓が新田ということくらいです」

「じゃあ新田さんがフォローしているアカウントのすべてのログをさかのぼってみた? 市井さんと海老名さんが高校の同級生とわかったとき、その高校を特定して同年の卒業生をSNSで検索した? もちろんつぶやき型だけじゃなく、実名推奨型、写真共有型、それからブログや、招待制のコミュニティも」

「いや、そこまでは……」

「水無月さんがアップロードした建造物の写真は? 画像に写っているパラボナアンテナの向き、それから常緑樹の種類や葉がついている方向で撮影した場所がどの辺りか推測はしたの? もちろんレンくんは地図サイトを片っ端から見て、彼女の旅行先を特定したのよね? その結果、水無月さんが鴨居さんのダム見学会に参加していたという偶然に気づいて驚いたりしたのかしら?」

「い、いえ。というか水無月さんってまさか、小柄でスーツな鴨居さんがどっちを選ぶか迷っていた、AさんBさんのAさんなんですか?」

 思い返すと、確かに病院で見た水無月さんは背の高い白衣の天使だった。

「そうよ。でも厳密に言えば偶然じゃないらしいわ」

「持って回りますね。『らしい』ってどういうことです?」

「私が知りたいくらいよ。話を戻すと、ここまでやったなら『調べた』と言ってもいいわ。レンくんのはせいぜい『ざっと見た』ね」

 そう言われると、すみませんでした以外の言葉が出てこない。

「そういえば彩華さん、以前も結婚詐欺師になりかけていた依頼人の個人情報を、本人に会う前から知ってましたけど……」

「自分は情報を漏らしていないつもりでも、人の口に戸は立てられない。ネットリテラシーの低い人は、『自分のことなんて誰も見てない』なんて思って、ついついネットで他人の情報を発信しちゃうものよ」

「いや、自分はともかく他人のは言わないですよ」

「レンくん、子どもの頃は推理小説が好きだったでしょう。特にお気に入りは江戸川乱歩。いい趣味ね。私も好きよ」

「な、なぜそれを」

 別に秘密ではないけれど、それゆえ誰かに話したこともない普通の趣味だ。

「とある招待制のSNSで、レンくんが卒業以来一度も会っていない小学校の同級生が教えてくれたわ。遊びに行ったとき本棚を見て覚えてたんでしょうね。結婚詐欺師の彼のときも同じよ。鱒見(ますみ)さんという婚約者の名前がわかっていたから、後は調べた情報をつなぎあわせれば現在の状況は想像がつくわ」

 背筋がぞっと寒くなった。自分がいくら気をつけていても、ほぼ他人と言えるような人たちが、個人情報を善意でばらまいてしまうなんて。

「普段なにげなく使っているけど、ネットって本当に怖いですね……」

 まあもっと怖いのは彩華さんである。さりげなく海老名菜々のSNSも乗っ取っているのだから、『ニセ占い師にご用心☆』にだってそれをできたはずだ。あえてそれをしなかったのは、海老名菜々を直接とっちめたかったから――ではないと思いたい。

「ネットから距離を置くこと。それが人生をてっとり早く幸せにする方法その2よ」

「言いたいことはわかりますけど、そんなの現実的に無理じゃないですか?」

「だから現代人は一生幸せになれない。生老病死という根本的な苦しみに、ネットが一つ加わったみたいなものね。私たちの時代は五苦八苦よ」

 嫌な話を聞いたと思うと同時に、反射的に逆の感想が浮かんできた。

「でも、人は老いも病も時間をかけて解決してきましたよね。僕たちとネットはつきあい始めの恋人同士みたいなもので、いまはまだ互いの距離感を探り合っている時期なんだと思います。これから変わりますよ、きっと」

 本当はそこまで楽観的なわけじゃない。でも十代が世界を悲観すると、なぜか大人たちはほんの一瞬、本当に悲しそうな顔をするのだ。そういう嫌な微表情は、今日のところは遠慮願いたい。

「あらぁ、恋人同士なんて素敵なたとえ。連太郎くんって彼女いるの?」

 いつの間にかウィッグをかぶってママになったおヨシさんが、うふんと流し目を送ってくる。

「いないわよ。だってレンくんは初恋の人のそばにいるものね?」

「全然違います」

「乱歩の小説に、『心理試験』ってあるでしょう」

「なんですかやぶからぼうに。もちろん知ってますよ。あの嘘発見器の――」

 言いかけて僕は、「しまった」の顔をしたと思う。

 あえておおざっぱに言うと、『心理試験』は嘘の練習をした男が、真実よりも嘘を答える速度が早すぎたために悪事が露見してしまうという話だ。

「レンくん、この話題にはいつも『全然違います』って即答するのよね。これがドラマなら、いまレンくんが私からの質問にまごついているところと、『全然違います』って即座に否定するシーンが交互に流れているわ」

「せ、先入観です。彩華さんは鏡に話しかけている僕を見て、嘘の練習をしていたと思いこんでいるだけです」

「そうかもね」と、魔女は機嫌よく微笑んでいる。

 僕はと言うと、正直ほっとしていた。毎晩風呂で訓練したかいあって、彩華さんはバレてもいいほうの秘密を見抜いてくれたのだ。

 ああ本当によかった。これでもうねちねちと追及されることはない――。

「でも、レンくんはまだなにか隠してるわね」

 耳元で、魔女が絶望を囁いた。

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