「『夜の歌』異常興奮演奏に唖然」
2007年10月19日 (金)
連載 許光俊の言いたい放題 第126回「『夜の歌』異常興奮演奏に唖然」
10月、11月の東京は例年通り、行き切れないほどたくさんのコンサートがある。11月のサントリーホールの出演者など、世界一ではないかというほど豪華な顔ぶれだ。しかも偶然ながら、ティーレマン、ルイージ、メルクルといった、「これから世代」が勢揃いしている。彼らの実力を比較検討し、クラシックの未来を占うにはよい機会だろう。
しかしその中でも、つい先頃行われた上岡敏之指揮ヴッパータール交響楽団のコンサートは、マニアがもっとも注目する催しだった。私もかねてからうるさ型数人に「あの指揮者はいい」と言われて気になっていた指揮者である。しかも、最近発売されたブルックナー第7番のCDに至っては、なんとチェリビダッケより遅いという信じがたい超のろのろテンポ。というわけで、さあどんなものかと「悲愴」が演奏される日に出かけてみた。感想はいろいろあるが、基本的にこのコラムは苦言を呈する場ではないから、別の場所で書こうと思う。
そんなことより何より、テンシュテットのマーラー交響曲第7番について書かねばならない。これは、最近発掘されているこの指揮者のライヴの中でも特に注目すべきもののひとつだし、すでに多数発売されているBBCのライヴシリーズの中では演奏家を問わずたぶん最高の演奏だろう。正直言って、この指揮者の第7番としては、最晩年の妖気漂う隔絶した演奏が存在するため、私はこのCDにさして期待していなかった。あらゆる音が明快かつ意味ありげに響くあの沈鬱な演奏を超えるのはほとんど不可能と思っていたのだ。ところが、これはまだ若々しいがゆえに可能という、別種の強烈演奏だったのである。もしあなたが熱血ライヴが聴きたいなら、これを上回るものはなかなかないだろう。バーンスタインも裸足で逃げ出す灼熱地獄である。
極彩色の響きが洪水のように流れ出る。曲への没入ぶりがすごい。これ以上は無理という超濃厚、超陶酔的な歌。同じようにたっぷり歌っても、晩年のはノスタルジックで澄んでさえいる。ところが、こちらはあくまで現在形だ。「しみじみ」ではなく「血と汗と脂でドロドロ」なのだ。超熱血興奮劇画の世界だ。テンシュテットのライヴもだいぶ聴けるようになってきたが、ここまでやった例も少ない。
第1楽章は、まるで「千人の交響曲」みたいにひたすら上昇しようとする。細かい傷を気にしないで爆走。矛盾というかひとつに解け合わない異なった要素が平然といっしょに、生々しく鳴っている。解釈され、計算されたというより、感覚的にわかっているという感じである。行進曲調の部分の凶暴なことといったら、これを聴くとショスタコーヴィチがもうすぐそこまで来ていることがよくわかる。
第3楽章ではめいっぱいグロテスクな踊り。第4楽章は天国と地獄、現実と夢を激しく往復する狂気の音楽。そして、誰もが息をのむこと間違いないのがフィナーレだ。まさにテンシュテットらしい躁状態。冒頭からいきなり酒池肉林に突入だ。この楽章をアドルノは伝統的な交響曲のフィナーレに対するパロディと主張した。だが、テンシュテットだとそのような印象はまったく受けない。ただただ爆発的な生命の歓喜、演奏の快楽なのだ。とにかく驚くほど楽しそうである。アドレナリン出まくり、脳内麻薬があふれ返る、まさにデュオニソス的音楽だ。このやりたい放題ぶりは、スヴェトラーノフの「ローマの祭」を思い出させる。聴いていて、もうどうにでもしてくれ、何でもやってくれという気がしてくる。圧倒的な終結部の異常さは、聴けば誰でもわかる。確信犯的にしらけきったクレンペラーの対極だ。終演後、聴衆が狂ったように歓声をあげるが、彼らがおとなしく家に帰ったかどうかは非常に疑わしい。私なら次の日も考えず徹夜で鯨飲するだろう。何しろこのマーラーの衝撃が強すぎて、このあとに「ジュピター」が入っているが、とうてい聴く気が起きないほどだ(聴いてみると、こちらもフィナーレが躁気味で、バリバリした弾かせ方などがおもしろいが)。
第7番はマーラーの作品中でも一番不思議な作品だが、もしかするとこんな変な曲を書いたときのマーラーもまともでない精神状態だったのではないか、そう思わされる。少なくともこの演奏ほど、この作品をおもしろく聴かせた例はあまりないはずだ。長らくこの曲はマーラーの作品中もっとも親しまれていない曲だったが、それが信じられないほどおもしろい。悲喜こもごも、グロテスク、不気味、謎、あらゆる要素がぐつぐつと煮えたぎっている。
ぶっつけ本番みたいなきわどいシーンもある。逆にそれゆえに、その場限りの緊張や熱気が強い。なるほど、これを聴くと、テンシュテットがフルトヴェングラーを思い出させると評されたのが納得できる。細かい部分は重要ではない。音程が揺れようが狂おうが、合奏が乱れようが、音楽の本質には何の影響もないのだ。これを聴くと、テンシュテットが決して世界最高級とは言えないロンドン・フィルを絶賛したのも理解できる。ここまで各パートが思いきってやってくれるオーケストラも他になかなかないだろう。打楽器や木管楽器の突っ込みは、常識を超えている。下手をする自爆大会になりかねない。逆に、これだけ暴れているにもかかわらず崩壊しなかった点は、さすがと褒めるしかないのではないか。想像するに、終了後、おそらく演奏者は「やるだけのことはやった」というすばらしい充実感、開放感に浸れたのではないか。基本的に私は、練習を通じて完璧なまでに練り上げられた演奏が好きだし、評価する。だが、あとのないその場限りの真剣勝負のようなこの演奏には、手に汗握らされた。
念のため、最晩年のライヴのほうも聴き直してみた。こちらは不思議な静けさ、晴れやかさが漂う。整っていて危なげがない。練れている。BBCライヴのあとで聴くと、時には上品と感じられる箇所すらある。ひんやりした妖気がある。気配と言おうか、匂いと言おうか、暗示的で控えめな表現が行われている。こちらの魅力も捨てがたいが、それはそれとして、今回のBBCライヴシリーズは驚くべき収穫だった。
(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授)
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