Quiet Corner クワイエット・コーナー Vol.8

Quiet Corner クワイエット・コーナー

遥か遠いおぼろげな記憶をたぐりよせるように限りなく純真なピアノの音色

最初の一音から「いい作品だな」と思った。フランス在住の孤高のピアニスト、チリー・ゴンザレスは、2004年にフィルム・ノワールのような翳りをもった『Solo Piano』を発表し、変幻自在の活動から8年の時を経て、その続編ともいえる新作『Solo Piano U』をリリースした。かつて観た彼のピアノ・トーク・ショーは、激しくピアノに向き合った即興や早弾き、果てには鍵盤の上に立ち、脚を使って演奏をするといった、『Solo Piano』の静寂から鮮やかに豹変したエキサイティングなステージだった。その振る舞いはエンターテイナーそのものであったが、熱く大きな声で聴衆に語りかける彼の表情には、どこか人知れぬ孤独のような眼差しが感じられ、完璧なステージを思い描き、完璧なパフォーマンスを演じながらも、ある瞬間には意識は別の次元へと向かっている、そんな天才アーティストの心の葛藤のような“影”を映し出していた。彼がなぜまた続編をつくったのかという真の理由は知る由もないが、それは、前作の雰囲気の作品を待つリスナーのためにというだけではなく、彼自身が音楽の歩みを続けるために、それを“つくらなくてはならなかった”のではないだろうか。前作の動機について「それまでのGONZALESの人物像との決別」ということを語っていたが、そのピアノの独白は、彼の豊かな感受性に満ちた心の奥深い部分に溜まった音の澱のようなものを丹念にすくいとって、再び芳醇な香りを醸しださせるという自身の音楽の再生の役割を果たしている。彼にとってピアノの独奏は、一種の自己セラピーなのではないかと思う。そうして生まれた音楽は、幼い頃の遥か遠いおぼろげな記憶をたぐりよせるように限りなく純真だ。彼のピアノと聴き手の間には、ただ静かな音楽だけがある。
文●吉本宏(音楽文筆家/bar buenos aires)

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