Lieder : Schwarzkopf(S)Gieseking(P)
Customer Reviews
-




(2 posts) -




(0 posts) -




(0 posts) -




(0 posts) -




(0 posts)
Showing 1 - 2 of 2 items
-




つよしくん | 東京都 | 不明 | 08/April/2012
不世出の大歌手であったシュヴァルツコップは、様々な楽曲において持ち前の名唱を余すことなく披露したが、最も得意としていたのは、諸説はあると思われるが、その声質からしてもモーツァルトの楽曲であったと言えるのではないだろうか。例えば、シュヴァルツコップの歴史的な名唱としては、カラヤン&フィルハーモニア管弦楽団ほかをバックにスタジオ録音(1956年)されたR・シュトラウスの楽劇「ばらの騎士」における元帥夫人役が掲げられるが、当該楽劇もモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」の近現代音楽版とも言えるものである。そして、同じ組み合わせによるモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」などにおいても素晴らしい歌唱を披露しており、シュヴァルツコップとモーツァルトの楽曲の抜群の相性の良さを感じることが可能だ。そのようなシュヴァルツコップが、同じくモーツァルトを得意中の得意としていたギーゼキングと組んで、モーツァルトの歌曲集をスタジオ録音してくれていたのは何と言う素晴らしいことであろうか。それにしても、シュヴァルツコップは上手い。いや、あまりにも上手過ぎるとも言えなくもないが、これだけモーツァルトの歌曲の魅力を満喫させてくれれば文句は言えない。そして、上手過ぎるとは言っても、技巧臭がいささかもしないのがシュヴァルツコップの凄さと言えるだろう。随所において豊かな情感が込められているが、それでいてセンチメンタルになることはなく、どこをとっても格調の高さを失うことがないのが見事であると言える。表情づけの巧さも特筆すべきものであり、シュヴァルツコップがいかにモーツァルトの歌曲の神髄を捉えていたのかが理解できるところだ。ギーゼキングのピアノ演奏も素晴らしいものであり、シュヴァルツコップの名唱にいささかも引けを取っていないと言える。ギーゼキングのピアノ演奏は、例によって一聴すると即物的とも言うべきストレートな表現を旨としているが、よく聴くと随所に絶妙なニュアンスが込められているところであり、噛めば噛むほどに味わいが出てくるスルメのような内容豊かな演奏と言えるだろう。したがって、モーツァルトの歌曲に相応しいピアノ演奏と言えるところであり、前述のようなシュヴァルツコップの名唱とも相まって、珠玉の名演を成し遂げるに至っているものとして高く評価したいと考える。音質は、モノラル録音というハンディもあって、従来CD盤の音質は、いささか鮮明さに欠ける音質であり、時として音がひずんだり、はたまた団子のような音になるという欠点が散見されたところであった。ところが、今般、ついに待望のSACD化が行われることによって大変驚いた。従来CD盤とは次元が異なる見違えるような、そして1955年のモノラル録音とは到底信じられないような鮮明な音質に生まれ変わった言える。シュヴァルツコップの息遣いやギーゼキングのピアノタッチが鮮明に再現されるのは殆ど驚異的であり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第である。いずれにしても、シュヴァルツコップ、そしてギーゼキングによる素晴らしい名演を、SACDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したいと考える。1 people agree with this review
-




Mickey | 埼玉県 | 不明 | 26/January/2012
シュヴァルツコップのモーツァルトの歌曲は、他の歌手によるモーツァルトの歌曲に比べても決してきれいな声で歌われているとは言えないのだが、どの曲もその濃厚な表情が美しい。「春への憧れ」一つとってみても、他の誰よりも晩年のモーツァルトの夕映えの情緒が熱く歌いだされている。この録音の伴奏には、当時のシュヴァルツコップの伴奏の常連だったムーアではなく、わざわざギーゼキングを起用したことが奏功している。ギーゼキングのモーツァルトのピアノ曲の演奏に聴かれるあのオルゴールのようなタッチが歌曲の伴奏でも聴けるのは望外の幸せだ。これは奇跡のコラボと言ってもよい演奏かもしれない。旧盤にはモノ表記とあるが、ステレオ最初期の55年のれっきとしたステレオ録音で、SACD化で左のギーゼキングのピアノと右のシュヴァルツコップの歌唱のそれぞれが瑞々しく蘇った。4 people agree with this review
Showing 1 - 2 of 2 items
