大仏造立の都・紫香楽宮 シリーズ「遺跡を学ぶ」

小笠原好彦

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784787705402
ISBN 10 : 4787705407
フォーマット
出版社
発行年月
2005年10月
日本
共著・訳者・掲載人物など
:
追加情報
:
21cm,93p

内容詳細

なぜ聖武天皇は、天平年間に、近江の山深い里に離宮を造り、大仏造立を計画したのか。紫香楽宮の最新の発掘成果をふまえ、恭仁京・難波京遷都、そして紫香楽宮へと彷徨する天皇を追い、紫香楽宮造営の意味を考える。〈受賞情報〉毎日出版文化賞企画部門(第65回)

【著者紹介】
小笠原好彦 : 1941年青森市生まれ。1966年東北大学大学院文学研究科修士課程(国史学)修了。同年、奈良国立文化財研究所平城宮跡発掘調査部に勤務。飛鳥藤原宮跡発掘調査部を経て、滋賀大学教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

ユーザーレビュー

総合評価

☆
☆
☆
☆
☆

0.0

★
★
★
★
★
 
0
★
★
★
★
☆
 
0
★
★
★
☆
☆
 
0
★
★
☆
☆
☆
 
0
★
☆
☆
☆
☆
 
0

読書メーターレビュー

こちらは読書メーターで書かれたレビューとなります。

powered by

  • うしうし さん

    市民図書館本を借り読み。平城京・難波京・恭仁京が唐の三都制を規範として造営されたとする瀧川政次郎の学説を重視し、紫香楽宮の造営も唐の複都制を採用したことに起因するという立場をとる。カラー図版が多く、紫香楽宮(宮町遺跡)や甲賀寺跡のみに留まらず、恭仁京や難波京の調査状況もよく理解ができた。

  • 遊動する旧石器人 さん

    2005年10月第1版第1刷。受験時代とより遠い存在となった奈良時代の聖武天皇の度重なる遷都にまつわるお話の1つであり、宮跡である紫香楽宮に関する1冊。史跡紫香楽宮跡は甲賀寺跡という形になり、その北に位置する宮町遺跡の発掘調査により、そこに宮跡があったことが明らかになってきた。聖武天皇の度重なる遷都は藤原広嗣の乱が契機になったという説があるが、聖武天皇は中国唐の複都制を半端に導入した説が述べられる。点々と遷都する中で廬舎那仏造立の詔が出され、宮町遺跡に近接する鍛冶屋敷遺跡で造立が始まる。

  • rbyawa さん

    f138、とりあえず近江の地と聖武天皇と(行基と知識衆関係が大仏造立を請け負った、という件はそこそこわかりやすかったですが、不明な部分があるということに関してもね)、平城京からの遷都と還都と、ということをばらばらと認識していたんですが聖武天皇は他にも都を作っているし国分寺・国分尼寺の造立を各国にも申し付けているのか…。あんまり認識してなかったんですがこれだけ続くと苦しくなるような気もするんだけど、その辺どうなんだろう、要するに資材がないってのはそこも関係するんだよね? 聖武天皇関係の本でも読んでみるかな。

レビューをもっと見る

(外部サイト)に移動します

哲学・歴史・宗教 に関連する商品情報

おすすめの商品