唯幻論物語 文春新書

岸田秀

基本情報

ジャンル
ISBN/カタログNo
ISBN 13 : 9784166604555
ISBN 10 : 4166604554
フォーマット
出版社
発行年月
2005年08月
日本
追加情報
:
18cm,212p

内容詳細

強迫神経症の原因は、無限・無条件を装った母の愛だった…。フロイドとの出会いによる解放、さらに独自の理論へと至る思索のドキュメント。人間という存在の不可思議さに瞠目させられる1冊。

【著者紹介】
岸田秀 : 昭和8(1933)年、香川県善通寺市生まれ。早稲田大学文学部心理学科卒。和光大学名誉教授。人間は本能が壊れて幻想の中に住む動物であるとし、精神分析の手法を広く歴史、社会、集団へと適用する文明批評家として活躍している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

(「BOOK」データベースより)

ユーザーレビュー

総合評価

☆
☆
☆
☆
☆

0.0

★
★
★
★
★
 
0
★
★
★
★
☆
 
0
★
★
★
☆
☆
 
0
★
★
☆
☆
☆
 
0
★
☆
☆
☆
☆
 
0

読書メーターレビュー

こちらは読書メーターで書かれたレビューとなります。

powered by

  • 春ドーナツ さん

    初めて知る「唯幻論」を簡潔にまとめた文章が第七章159頁に出てくる。話の展開を頼りに、向田邦子ではないけれど「ああ・うん」という感じで読み進めていた。先日読んだ柴田さんの一言がなければ、私は岸田氏の名前は存じ上げているものの、素通りしていたと思う。「人間の精神は、本能が壊れたために切り離された人間存在と世界とのあいだの隙間に発生した幻想群を構造化したものであって、精神に宿る自我や人格は個体保存と何のかかわりもない」。「本の雑誌」、「三角窓口」(投稿欄)の編集者の常套句「ふむふむ。そうかそうか」と私も思う。

  • okaching さん

    面白かった。図書館でなんとなく目に付いて借りたが、読めて本当に良かった。この人の自我についての考え方、そして、精神的病理の考え方はとても分かりやすかった。また、自己分析の仕方は参考にしたい。ショックを受ける出来事が自分の無意識の世界を知る最高の教材である事は何となく感じていたが、他者の視点に立って分析していくことまでは思いもよらず。これまで漠然とし、理解がイマイチできなかった無意識の世界、自我の世界が何となく見えてきた気がする。

  • KAKAPO さん

    放漫さは卑屈さに対する反動形成であり、卑屈な者のみが放漫になるのである。放漫な者が放漫であり得るのは、相手が卑屈であり得ることを前提としており、そのことが予想できるのは、自分の化に卑屈な面があるからである。放漫な者は自分に卑屈に屈従してくるものを必要としており、必要としていながら彼をやけに軽蔑するが、それは自分の卑屈な面への自己軽蔑を逸らしているのである。自分の中に卑屈な面がない者は、相手が卑屈になる可能性を思いつかないので、自分が放漫になることも思いつかないのである。

  • ひろみ さん

    岸田秀という人間を知るには最適な1冊。この本自体はそれ以上でもそれ以下でもないような気がして、感想に困る。

  • 未来来 さん

    著者の神経症や鬱病等の原因・症状・経過や、精神分析との関わり、著者の作った唯幻論について、特に批判に対する反論といったものが書かれています。云いたい事はわかるのですが、書き方は取り留めの無い感じがして、エッセイみたいでした。著者の他の著作を読んだ事が無いので、逆にそういう楽しみ方が出来て良かったかもしれません。人間は壊れた本能の代わりに現実と適合する為の幻想を作り出し、その中で生きているという考えは面白かったです。只、生物学では本能は存在しないとか揚げ足を取りそうになります。あと一文が長い。《大学図書館》

レビューをもっと見る

(外部サイト)に移動します

人物・団体紹介

人物・団体ページへ

岸田秀

精神分析者、エッセイスト。和光大学名誉教授。1933年香川県生まれ。早稲田大学文学部心理学専修卒。『ものぐさ精神分析 正・続』のなかで、人間は本能の壊れた動物であり、「幻想」や「物語」に従って行動しているにすぎない、とする唯幻論を展開、注目を浴びる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていた

プロフィール詳細へ

文芸 に関連する商品情報

おすすめの商品