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Symphony No.6 : C.Lindberg / Norrkopin Symphony Orchestra (Hybrid)

Pettersson, Gustav Allan (1911-1980)

User Review :5.0
(1)

Item Details

Genre
:
Catalogue Number
:
BISSA1980
Number of Discs
:
1
Label
:
Bis
Format
:
SACD
Other
:
Hybrid Disc,Import

Product Description

ペッテション交響曲第6番
リンドベルイ&ノールショピング交響楽団


苦悩や怨念が渦巻き、身悶えするほど凶暴で情け容赦の無い闘争的な音楽が続くかと思えば、今度は絶望の涙に濡れる悲痛な美しさに満たされた音楽が延々続くといった具合に、とにかく「喜怒哀楽」から「喜」と「楽」が抜けてしまった恐ろしいほど独特な音楽が繰り広げられるのがペッテションの残した交響曲の世界です。
 ペッテションは全部で15曲の交響曲を残しましたが(第1番は破棄、第17番は未完)、大半が長大な一楽章形式で、どれも深刻ヘヴィー級の相貌を呈するというとんでもない代物ですが、前衛的な要素があまり無いということもあってか、その語法に慣れてくると、闇の中に訪れる抒情美が実に素晴らしいものに感じられてくるから不思議です。
 今回登場する交響曲第6番は、ペッテション作品の中でも特に強烈な作品と言われているものです。自国の同時代作曲家でもあるペッテション作品に一貫して取り組んできたクリスチャン・リンドベルイの演奏はこれまでどれも水準の高いものだったので、今回も仕上がりに期待の持てるところです。

【ペッテション】
 グスタフ・アラン・ペッテション[1911-1980]はストックホルム郊外のスラムに育ちます。鍛冶職人の父親はアルコール中毒で、粗暴な人物であり、一方、母は暴力に無抵抗を貫いた信心深い女性で、この母がときおり歌う賛美歌の美しさがアラン少年に与えた影響にはかなり深いものがあったと思われます。アラン少年はアルバイトでこつこつ貯めたお金でヴァイオリンを購入、独学でヴァイオリンの演奏をなんとか習得すると、15歳のときにストックホルム王立音楽院を受験、しかしハードルは高く、4年連続で試験に落ち、ようやく5年目にして入学が叶うことになります。
 ペッテションはここで苦学を重ねながらヴァイオリンとヴィオラ、作曲を学び、卒業後、1940年から1950年にかけてストックホルム・コンサート協会管弦楽団とスウェーデン放送のアンサンブルでヴィオラ奏者として活動する一方、ブロムダールやオルソンに作曲を師事、1949年に、「弦楽四重奏とヴァイオリンのための協奏曲」で作曲家として本格的にデビューします。
 この間、1943年にはグードルン・グスタフソンと結婚し、以後約30年に渡って住むこととなった南ストックホルムの小さなアパートに転居します。
 その後、1950年にパリに留学し、オネゲル、ミヨー、メシアンらに作曲を師事するほか、レイボヴィッツからは12音技法を学びますが、ペッテションは結局12音技法には否定的でした。
 2年の留学の後、スウェーデンに戻った41歳のペッテションは、多発性関節症を発病。ヴィオラの演奏に支障を来たすようになってしまい、オーケストラを辞した彼は演奏家としての活動を停止、作曲に専念する道を選びます。
 以後のペッテションは常に関節の痛みに悩まされるようになりますが、1950年代はまだそれほど重くは無かったようで、交響曲第2番、第3番、第4番といった作品や、「弦楽四重奏とヴァイオリンのための協奏曲」など、身につけた技法を率直に作品に反映した曲が多くなっているのが特徴的。
 しかし1960年代に入ると状況は一変します。関節の痛みはもはや尋常ではなく、交響曲第5番は、その後のペッテションを特徴づける異様なまでの激しさ・暗さに彩られるようになり、第6番、第7番、第8番と、連続していわゆる「ペッテション的」な傑作を書き上げてゆくことになるのです。
 特にドラティが注目して初演した第7番と第8番、第10番は評判となり、国際的にもペッテションの名が知られるようになります(余談ながらドラティの見出した現代モノというとジェラルドの『ペスト』が思い出されますが、あれも同じ頃の出来事でした)。
 こうした成功を受けてか、1970年にはペッテションはスウェーデン音楽アカデミーの会員に選ばれるという栄誉に浴しますが、しかし、この頃、多発性関節症のほかに腎臓病を併発、いっそう悪化する健康状態の中で、巨大な交響曲第9番を書き上げ、引き続き今度は入院先で双生児的作品とも呼ばれる交響曲第10番と第11番を完成させます。
 まさに鬼気迫る作曲人生ですが、1973年になると、ウプサラ大学創立500年記念祝典のために「深遠な感覚の中で現代の社会性を持った」作品を書くよう委嘱され、ペッテションはこれに彼にとって初の試みとなるカンタータ的な交響曲を書いて応えます。大学の記念祝典に、南米チリのサンチャゴで起こった労働者の虐殺事件を題材とするあたり、ペッテションならではといった印象ですが、力強く悲劇的な作品はわかりやすさも兼ね備え、「現代の社会性」を見事に織り込んだ「深遠な感覚」をよく伝えているものと思われます。
 晩年のペッテションは、長年に渡って住み続けた騒々しいアパートから、閑静な住居へと引っ越したこともあってか、健康状態に反比例して創作意欲が増しているのに驚かされますが、しかし、すでにペッテションは癌に蝕まれており、1980年6月20日、帰らぬ人となってしまいます。(HMV)

【収録情報】
・ペッテション:交響曲第6番 (1963/6)

 ノールショピング交響楽団
 クリスチャン・リンドベルイ(指揮)

 録音時期:2012年1月
 録音場所:ノールショピング、ルイス・デ・ギア・コンサートホール
 録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)
 SACD Hybrid
 CD STEREO/ SACD STEREO/ SACD SURROUND

Customer Reviews

Comprehensive Evaluation

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私にとって、ありとあらゆる交響曲の中で最...

投稿日:2013/08/21 (水)

私にとって、ありとあらゆる交響曲の中で最高の作品です。この曲を聴かずしてクラシック音楽を語ることができるだろうか? これは交響曲と言う音楽の、ひとつの最終結論である。大げさな言い方かもしれませんが、私はそれほどの価値を持つ音楽だと思います。低弦が奏でる何かの聖歌のような陰鬱な冒頭部から、嵐のような中間部、そして金管による絶望的なファンファーレ……。この曲には最初から最後まで全く救いがありません。しかし、恐ろしいまでに美しい。その美しさは、官能的なものとは程遠く、ある種の凄みをもって聴き手の心を激しくえぐるように迫ってきます。たどりついた先にあるのは、自作の「裸足の歌」の最終曲による、あきらめとも思えるような「歌」なのです。既成の音楽による感動をはるかに超えたところに、この交響曲の美があります。この曲はいままで、トロヤーン指揮ベルリン・ドイツ響のcpo盤でしか聴くことができなかったので、このリンドベルイ盤の登場は喜ばしい限りです。演奏自体は総じてややトロヤーン盤の方が完成度は上かと思いますが、この曲を真摯に演奏し、その美を全力で伝えようとするこの演奏も十分に魅力的であり、推薦に値します。

Papachan さん | 北海道 | 不明

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