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Complete Violin Concertos : Roberto Gonzales-Monjas(Vn)Mozarteum Orchester Salzburg (2CD)

Mozart (1756-1791)

Item Details

Genre
:
Catalogue Number
:
303023BC
Number of Discs
:
2
Format
:
CD
Other
:
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Product Description



新装モーツァルテウム大ホールでのセッション録音

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲全集(2CD)
新首席指揮者ゴンサレス=モンハス&モーツァルテウム管弦楽団

【概要】
◆2024年に着任したロベルト・ゴンサレス=モンハスがソリスト兼指揮者として、モーツァルテウム管弦楽団と録音したモーツァルトのヴァイオリン協奏曲全集。ヴァイオリンの神童だったゴンサレス=モンハスによる弾き振り演奏が、モーツァルテウムの黄金ホールに響き渡ります。

【作品】
◆モーツァルトのザルツブルク時代を象徴する作品でもあるヴァイオリン協奏曲第1番から第5番までの5曲と、アダージョKV 261、ロンドKV 269、そしてウィーン暮らしを始めるきっかけにもなったロンドKV 373を収録。

【演奏】
◆ゴンサレス=モンハスは、これらを単なる古典としてではなく、オペラ的なドラマ性や即興性を持った、生き生きとした音楽として演奏。モーツァルテウム管弦楽団との素晴らしいコンビネーションを聴かせます。

【録音】
◆2024年と2025年にザルツブルク、モーツァルテウム財団の大ホールでレコーディング。座席数800の音響の良いこのホールは、2024年に1,168万ユーロを投じた大改修が完了したところでした。

【仕様】
◆装丁はデジパック仕様で、ブックレット(ドイツ語、英語・28ページ)には、ロベルト・ゴンサレス=モンハスによる解説などが掲載。EU製で、ディスクはメジャー・レーベルでもおなじみの独オプティマル・メディアが製造。

Berlin ClassicsNeue MeisterBrilliant ClassicsPiano Classics

 作品情報付きトラックリスト

CD [130'38]
CD1

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)
◆ヴァイオリン協奏曲第1番変ロ長調 KV 207[19'17]
作曲時期は最近の研究では1773年4月説が有力。1773年当時、17歳のモーツァルトはザルツブルク宮廷楽団での地位を固めつつあり、この協奏曲は、恐らく彼自身が独奏者として宮廷の演奏会で披露するために書かれた作品です。
  かつて流布されていたアントニオ・ブルネッティのための作品という説は、ブルネッティのザルツブルク着任が1776年である事実と完全に矛盾するため、現在では否定されています。
  全体としてバロック的なヴィルトゥオジティと、当時流行していたイタリア器楽様式の影響を強く受けており、後の作品に見られるようなギャラント様式の洗練よりも、急速なパッセージワークや技巧的な走句が目立ちます。

01. 第1楽章 アレグロ・モデラート [7'08]
変ロ長調。4/4拍子。ソナタ形式。オーケストラによる呈示部は、シンコペーションを伴う活力ある主題で開始されます。独奏ヴァイオリンが登場すると、主として16分音符による細かい動きが支配的となり、旋律的な歌謡性よりも器楽的な運動性が強調。これはヴィヴァルディやタルティーニといったイタリア・バロック協奏曲の伝統を受け継ぐもので、1773年という早い作曲時期を裏付ける様式的な特徴でもあります。

02. 第2楽章 アダージョ [6'54]
変ホ長調。2/2拍子。三部形式。弦楽器とホルン、オーボエによる温かな伴奏に乗せて、独奏ヴァイオリンが息の長い旋律を歌い上げます。これは「アリア・センツァ・ヴォーチェ(声のないアリア)」の典型であり、後のピアノ協奏曲やオペラに見られるような劇的な表現力の原点とも言えます。

03. 第3楽章 プレスト [5'15]
変ロ長調。2/4拍子。ソナタ形式。急速なテンポ設定のもと、独奏者は絶え間ない16分音符のパッセージを演奏し続けなければならず、この慌ただしい作風が、後年、ブルネッティの要請による代替楽章(ロンド KV 269)の作曲につながった可能性もあります。
◆ヴァイオリンと管弦楽のためのロンド 変ロ長調 KV 269/KV 261a [7'03]
1776年末頃作曲。ヴァイオリン協奏曲第1番第3楽章の代替曲として作曲。

04. アレグロ [7'03]
ザルツブルク宮廷楽団コンサートマスターのアントニオ・ブルネッティが、オリジナルのややバロック的なフィナーレを好まず、よりギャラント様式に即した優雅な作品を求めたため提供。

◆ヴァイオリン協奏曲第2番ニ長調KV211 [19'41]
自筆譜には1775年6月14日の日付が記されており、第1番から約2年後の作品であることがわかります。第1番で見られたバロック的な運動性は影を潜め、フランスのギャラント様式の影響を受けた、優美で洗練されたスタイルへと変化。

05. 第1楽章 アレグロ・モデラート [8'42]
ニ長調。4/4拍子。ソナタ形式。当時の協奏曲に共通する祝祭的な性格も帯びています。独奏パートは第1番ほど音符が詰め込まれておらず、より歌うようなフレージングが求められています。

06. 第2楽章 アンダンテ [6'14]
ト長調。3/4拍子。三部形式。フランス風のロマンスを思わせる性格を持っています。独奏ヴァイオリンは装飾音を多用した繊細な旋律を奏で、オーケストラはそれを支える控えめな役割に徹しています。ここでは多感様式の影響も見られ、感情の機微が細やかに表現されています。

07. 第3楽章 ロンドー' アレグロ [4'45]
ニ長調。3/4拍子。ロンド形式。モーツァルトは、この協奏曲で初めてフィナーレに「ロンドー(Rondeau)」というフランス語の綴りを用いた形式を採用。これは以降の第3番〜第5番にも共通する特徴となります。3/4拍子のメヌエット風の主題が繰り返され、その間にト短調やホ短調といった対照的な調性のエピソードが挿入され、単調さを避けながら色彩豊かな変化も与えています。 
◆ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調 KV 216 [21'39]
自筆譜の日付によれば、第2番から3か月後の1775年9月12日に完成。この短期間に19歳のモーツァルトの協奏曲様式は劇的な進化を遂げ、この第3番はオーケストレーションの豊かさと独奏パートの表現力が完全に融合した最初の傑作と見なされています。

08. 第1楽章 アレグロ [8'46]
ト長調。4/4拍子。ソナタ形式。冒頭の主題は、同年4月に初演されたモーツァルトのオペラ「牧人の王」のアリア「穏やかな空気と晴れた日々」からの引用。展開部では、独奏ヴァイオリンがオペラのレチタティーヴォのような自由な語り口を見せ、劇的な表現力を発揮。

09. 第2楽章 アダージョ [6'23]
ニ長調。4/4拍子。三部形式。5曲のヴァイオリン協奏曲の中で唯一オーボエではなくフルートが用いられた楽章。その効果は中間部で顕著に現れます。

10. 第3楽章 ロンドー [6'30]
ト長調。3/8拍子。複合ロンド形式。軽快なロンドですが、形式的には非常に独創的で、突如としてト短調のアンダンテが現れ、続いてト長調のシュトラースブルク舞曲が挿入されます。この民俗的なリズムは、宮廷的な優雅さの中に鮮烈なコントラストを生み出してもいます。また、曲の最後が華やかなトゥッティではなく、オーボエとホルンによる静かな和音で消えるように終わる点も、当時の協奏曲としては革新的です。


CD2

◆ヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調KV218 [22'49]
第3番の完成から約1ヶ月後の1775年10月に完成。第2番と同じニ長調ですが、より規模が大きく、名芸的な要素が強まっています。

01. 第1楽章 アレグロ [9'12]
ニ長調。4/4拍子。ソナタ形式。「軍隊風」というニックネームで呼ばれることもあるように、冒頭はニ長調の和音による力強い行進曲風のリズムで始まります。しかし、第2主題以降は非常に優美で流麗な旋律が現れ、力強さと柔らかさの対比が際立ちます。

02. 第2楽章 アンダンテ・カンタービレ [5'50]
イ長調。3/4拍子。ソナタ形式ですが展開部は短く、美しい旋律の変奏と装飾に重きが置かれています。

03. 第3楽章 ロンドー [7'47]
ニ長調。2/4拍子。複合ロンド形式。このフィナーレは極めて複雑な構造を持っています。通常のロンドの枠組みの中に、異なる拍子とテンポが混在しています。優雅なガヴォット風の音楽が、突然、急速なジーグのリズムに変化し、さらにミュゼット風の旋律が現れ、民俗的な要素が取り入れられるなど、優雅な宮廷舞曲と素朴な民衆舞曲が交互に現れる構成は、聴衆を飽きさせないモーツァルトの工夫かもしれません。

◆ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調 KV 219 [26'50]
1775年12月20日に完成。第3楽章の中間部に、イ短調の激しいトルコ風のエピソードが挿入されていることから「トルコ風」と呼ばれることがあります。当時ウィーンやザルツブルクでは、オスマン帝国の軍楽隊のリズムや打楽器を模倣したトルコ趣味が流行しており、モーツァルトもピアノソナタ第11番やオペラ「後宮からの誘拐」でこのスタイルを用いています。

04. 第1楽章 アレグロ・アペルト [9'20]
イ長調。4/4拍子。ソナタ形式。オーケストラによるアレグロの呈示が終わると独奏ヴァイオリンが突然のアダージョで登場しますが、この短いアダージョ・セクションは、あたかもオペラのレチタティーヴォのように自由かつ表情豊かに奏でられ、その後に本来の主部アレグロへと突入します。この劇的な演出は、協奏曲の形式におけるモーツァルトの大胆な実験精神を示しています。

05. 第2楽章 アダージョ [8'42]
ホ長調。2/4拍子。三部形式。美しい旋律を凝った方法で表現したため、後にザルツブルク宮廷楽団のコンサートマスター、ブルネッティが不満を示し、モーツァルトは代替楽章としてアダージョ(KV261)を作曲しています。

06. 第3楽章 ロンドー [8'48]
イ長調。3/4拍子。ロンド形式。優雅な主題で始まりますが、突如として激しいトルコ風セクションが始まります。ここではチェロとコントラバスが弓の木部で弦を叩くコル・レーニョ奏法を用いて、トルコの打楽器の音を模しています。この野性的なエネルギーの爆発の後、再び優雅なメヌエット主題に戻り、最後は静かに曲を閉じます。

◆ヴァイオリンと管弦楽のためのアダージョ ホ長調 KV 261 [6'52]
1776年にヴァイオリン協奏曲第5番の第2楽章の代替用に作曲。ザルツブルク宮廷楽団コンサートマスターの批判を受け、よりシンプルで旋律の美しさを直接的に伝える内容に書き換えられています。

07. アダージョ [6'52]
オリジナルと同様にホ長調ですが、オーボエの代わりにフルートが使用されており、より浮遊感のある柔らかな響きが特徴です。

◆ヴァイオリンと管弦楽のためのロンド ハ長調 KV 373 [6'12]
1781年4月にウィーンで作曲。前年11月5日から6週間の約束で休暇をとってミュンヘンに滞在していたモーツァルトは、期限を4か月近く過ぎてもザルツブルク宮廷に戻らず、ミュンヘンでのんびり羽を伸ばしていましたが、さすがに怒ったコロレド大司教に厳命され、仕方なくウィーンを訪れて大司教主催の演奏会のための仕事をするために滞在していた時期の作品。

08. アレグレット・グラツィオーゾ [6'12]
モーツァルトの長期休暇は父親譲りのでたらめさで、あの手この手の虚言を弄して期限を守らないことでも有名な札付き楽師でしたが、作曲の方は抜かりがなく、このロンドも見事な仕上がりで聴衆の受けも良く、結果的にモーツァルトに退職する勇気を与える一助ともなっています。
ロベルト・ゴンサレス=モンハス(ヴァイオリン、指揮)
ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団

録音:2024年10月、2025年2月、4月
場所:ザルツブルク、モーツァルテウム財団大ホール
 演奏者情報

ロベルト・ゴンサレス=モンハス(ヴァイオリン、指揮)
【生地】
◆1988年2月23日、スペイン北西部、カスティーリャ・イ・レオン州バリャドリッドで誕生。幼少期からヴァイオリンを学び、神童としてキャリアをスタート。

【学業】
◆ザルツブルクのモーツァルテウム大学でイーゴリ・オジムに、ロンドンのギルドホール音楽演劇学校でデイヴィッド・タケノに師事。また、ジョン・コリリアーノ、レオニダス・カヴァコス、ハーゲン弦楽四重奏団らから強い影響を受けています。

【仕事】
◆ローマの聖チェチーリア国立アカデミー管弦楽団のコンサートマスターを6年間務めたほか、スイスのヴィンタートゥール・ムジークコレギウムでもコンサートマスターを務め、2021年からは同楽団の首席指揮者、2023年からは ガリシア交響楽団の首席指揮者、2024年からモーツァルテウム管弦楽団の首席指揮者を務めています。

【録音】
◆CDは、Berlin Classics、Clavesなどから発売。


ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団
楽団員数91名のフルサイズ・オーケストラですが、モーツァルトを中心としたコンサートや各国へのツアーなどでは少なめの編成となる場合が多かったため、室内オーケストラとして広く知られています。
  その歴史は長くすでに180年を超えており、所属組織のことや社会的・宗教的な背景などややこしい部分もあるので、以下、ザルツブルクの統治史と、モーツァルテウム誕生の根本要因となったマリア・テレジアの改革など時系列で簡単にまとめておきます。ちなみにザルツブルクは高地ドイツ語では「ザルツブルク」ですが、すでに「ザ」で普及しているため、ここでもザルツブルクとしておきます。
 ザルツブルク統治略史

1328-1800 ザルツブルク大司教領(約472年)
ザルツブルク大司教によって統治されたカトリックの独立した領邦。
1800-1801 占領(約4か月)
フランス革命戦争により1800年12月から1801年4月までフランス軍が占領。
1801-1809 オーストリア領(約8年)
1801年2月のリュネヴィルの和約により、オーストリア領のトスカーナ大公国をフランスに割譲する替わりに、ザルツブルク大司教領がオーストリアに編入。
  1803年2月にはザルツブルク大司教領が世俗化され、大司教の統治権が無効化し、神聖ローマ帝国の代表者会議を経て4月にザルツブルク選帝侯領が成立。
  しかし、1805年12月のアウステルリッツの戦いでオーストリア軍が敗北したため、戦後処理のプレスブルクの和約により、ザルツブルク選帝侯領は解体。

1809-1810 フランス領(約1年)
1809年10月、シェーンブルンの和約により、翌1810年10月までフランス領に編入。

1810-1816 バイエルン領(約6年)
1810年10月、シェーンブルンの和約により、バイエルン王国に割譲。

1816-1938 オーストリア領(約122年)
1816年、ミュンヘンで締結された条約により、ザルツブルクのかつての大司教領部分はオーストリア領に復帰。1849年にはザルツブルクはザルツブルク公国となり安定。この状態が1918年のオーストリア=ハンガリー帝国崩壊まで継続し、1918年以降はザルツブルク州としてオーストリア共和国に帰属。

1938-1945 ドイツ領(約7年)
1938年、ドイツによるオーストリア併合に伴い、ザルツブルク大管区が設置。
1945-1955 占領(約10年)
1945年、アメリカ占領軍政府による統治が開始。1955年のオーストリア主権回復まで継続。
1955-現在 オーストリア領(約70年)
1955年5月、オーストリアが主権を回復。現在に至ります。
 1774年 一般教育令

イエズス会解散
1773年、ローマ教皇クレメンス14世がイエズス会を解散(1814年に再興)させたことで、カトリック国家ではイエズス会の資産を国家が没収して財源化。

マリア・テレジアの一般教育令
1774年にマリア・テレジア(1717-1780)が布告した義務教育制度。イエズス会の資産はオーストリア大公国でも財源として活用することになり、各カトリック教会教区で小さな小学校を運営したほか、町には上級小学校も設置。当初は主に修道士や司祭など教会関係者が読み書きと計算を教えていました。

ヨーゼフ2世による拡大
母マリア・テレジアと共同統治をおこなっていた息子のヨーゼフ2世(1741-1790)は、母の死後も教育改革を継続。学費無償化や罰則導入(親が子供を学校に行かせない場合)により就学者が3割近くとなり、教員不足を補うため、州都には教員養成学校も開校。教会組織を利用した教育制度を維持しながら世俗化・啓蒙化を推進し、聖職者になるための条件として教員養成学校修了を義務付けてもいます。

教会の経費節減 → 教会音楽が衰退
1784年、各種啓蒙主義的改革により増大する費用に対応するため、教会の経費節減施策が導入。夜間の職務を無くしたほか、聖歌隊の人数を削減。楽器使用も聖日のみとされ、器楽奏者のアンサンブルも縮小し、教会音楽が衰退することになります。
 1840年 「大聖堂音楽協会」設立

大聖堂音楽協会
楽団のルーツは、1840年に枢機卿で大司教のフリードリヒ・シュヴァルツェンベルク王子(1809-1885)によりザルツブルクで設立された「大聖堂音楽協会」まで遡ります。
  同協会は、マリア・テレジアの「一般教育令」が要因となって導入された「教会の経費節減施策」のおかげで下火になっていた教会音楽を少しでも復興させるべく設立されたもので、ザルツブルクの14の教会で音楽演奏を提供することを主目的としていました。

 1841年 「大聖堂音楽協会とモーツァルテウム」設立

大聖堂音楽協会とモーツァルテウム
「大聖堂音楽協会」には音楽学校であるモーツァルテウムが付属して教会音楽家の職業訓練も担うことになり、1841年に「大聖堂音楽協会とモーツァルテウム」として活動を開始。

オーケストラ演奏会
教会での演奏と劇場公演への参加だけでなく、年に数回はオーケストラ演奏会も実施。当初の楽団員数は52人ほど。

理事/楽団監督/宮廷劇場指揮者
モーツァルテウムの初代理事と楽団の監督には、ザルツブルク宮廷劇場でモーツァルトのオペラ上演もおこなっていた指揮者アロイス・タウックス(1817-1861)が選ばれ、1861年4月に亡くなるまで20年間在職。

ザルツブルク宮廷劇場
1775年にコロレド大司教により建設。モーツァルト存命中からモーツァルトのオペラを上演していたほか、演劇なども盛んに上演。建設から117年目の1892年に6,400グルデン(約640万円相当)でザルツブルク市に建替え前提で売却され、取り壊し。
 1861年 後任人事とブルックナー

ハンス・シュレーガー
タウックスの没後、後任を決める際に、ウィーンで合唱指揮者として活動していた40歳のハンス・シュレーガー(1820-1885)と、リンツ大聖堂でオルガニストを務めていた36歳のブルックナー(1824-1896)らが選考対象となり、シュレーガーが選ばれています。

ブルックナーの先輩
シュレーガーはリンツ近郊の聖フローリアン修道院で1845年まで働いており、ブルックナーはその後任で、シュレーガーから作曲の指導も受け、作品も献呈していました。

 1868年 再び後任人事とブルックナー

シュレーガーのことぶき辞任
1868年5月、ハンス・シュレーガーが結婚を理由に辞任。結婚相手はオルダースハウゼン伯爵未亡人パウリーネ(1836-1890)で、以後は、オペラや教会音楽、交響曲、歌曲の作曲と、モーツァルト音楽祭の推進や、モーツァルト全集楽譜刊行の顧問として音楽界に貢献。ザルツブルクとハンガリーの領地を行き来する生活を送っています。

オットー・バッハ
後任の選考は、35歳のオットー・バッハ(1833-1893)と、43歳のブルックナーらが対象となりますが、オットー・バッハは若いながらもすでにマインツ、アウクスブルク、オルミュッツで楽長経験があったことなどから選ばれ、7月1日に就任。12年後、オットー・バッハは、「大聖堂音楽協会とモーツァルテウム」が分離することが決まると、1880年4月1日に辞任してウィーンに移っています。

ブルックナーも就職決定
選考時期に精神が不安定になっていたブルックナーは、並行して応募していたウィーン楽友協会音楽院への教職採用通知が7月6日に届いていたので、以後は安定していました。

 1870年 「モーツァルト財団」設立

有志らによる組織
前年6月に教育関係者のヨハン・エヴァンゲリスト・エングル(1835-1921)を中心とした有志15名が「大聖堂音楽協会とモーツァルテウム」からモーツァルテウムを分離することを決定し、この年に設置された団体。彼らは、「大聖堂音楽協会とモーツァルテウム」の楽団の演奏活動が、宗教関係が主体で、通常のオーケストラ公演が年に数回しないことに不満を持ってもいました。

モーツァルテウムと大聖堂音楽協会の分離が目標
「モーツァルト財団」は、モーツァルテウムの分離だけでなく、楽譜の出版・販売と、その楽譜によるモーツァルト演奏の推進、モーツァルトの遺品の整理・博物館展示なども目的としています。
 1876年 モーツァルト全集出版を決定

全集楽譜の出版を開始
「モーツァルト財団」は、ブライトコップ&ヘルテル社からモーツァルトの楽譜の批判版を全集として出版することを決定し、1877年1月より出版開始。1883年12月まで6年11か月かけて出版し(補遺はその後も継続)、先行していたバッハ全集と並んで成功したビジネス・モデルとして広く認知されます。
 「ザルツブルク・モーツァルト音楽祭」を開催

ザルツブルク音楽祭の前身
1877年7月、「モーツァルト財団」は、ウィーンフィルなども招聘して「ザルツブルク・モーツァルト音楽祭」を開催。ザルツブルク音楽祭のルーツとみなされるこの音楽祭は、1910年までの33年間に8年度で実施されています。

 1880年 「モーツァルテウム財団」が誕生

分離と合併
1880年10月、「モーツァルト財団」と「大聖堂音楽協会」の合意により、「大聖堂音楽協会とモーツァルテウム」から教育組織が分離して「モーツァルト財団」と合併し、「国際モーツァルテウム財団」が誕生。財団は「モーツァルテウム音楽学校」を設立し、モーツァルトの生家の3階にモーツァルト博物館を設立。
 1880年 「モーツァルテウム音楽学校」設立と楽団の誕生

モーツァルテウム → モーツァルテウム音楽学校
「国際モーツァルテウム財団」は「モーツァルテウム音楽学校」を設立して運営を開始。

自前の楽団の誕生
「国際モーツァルテウム財団」は、財団の目的であるモーツァルト演奏を推進すべく自前の楽団も組織。楽団は、当初は「大聖堂音楽協会」の音楽家の力も借りながら、演奏活動をおこなうようになります。

楽団の初代芸術監督
芸術監督のヨーゼフ・フリードリヒ・フンメル(1841-1919)は、「国際モーツァルテウム財団」の理事長で、1880年8月から1908年2月まで約28年間「モーツァルテウム音楽学校」の校長を務めていたほか、市立劇場の指揮者でもあったので、当初から楽団の仕事には劇場での演奏も含まれるようになり、また、「国際モーツァルテウム財団」は、1881年にはコンサート協会を設立してもいました。

ザルツブルク市立劇場(現・州立劇場)
1892年に取り壊された旧劇場の、後継劇場として建設され、1893年10月に開場。建設費用は65万クローネ(約8億円相当)で、最大約1,000人収容可能(約700席+立見300人)。
 1908年 「モーツァルテウム管弦楽団」と改称

楽団芸術監督のヨーゼフ・フリードリヒ・フンメルが、楽団名称を「ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団」と改称。
 1914年 「モーツァルテウム音楽院」が認可

「モーツァルテウム音楽学校」が、「モーツァルテウム音楽院」として認可。直後に第1次大戦が開戦。
 1922年 「モーツァルテウム音楽院」国有化

高インフレによる経営危機で国有化
第1次大戦後の高インフレにより存亡の危機にあった音楽院が、国際モーツァルテウム財団から切り離され、オーストリア共和国政府により国有化。但し国有化にあたっての条件は厳しいもので、大規模な経費削減策として、教職者、科目、学生数をすべて減らさなければならなりませんでした。

院長パウムガルトナーの苦肉の策
対応策として、院長のパウムガルトナーは、セミナーや教員養成コースの設置のほか、音楽以外の一般科目の拡充や図書館の設置など、政府の許可が得られそうな施策を数多く実施して窮地を切り抜け、1929年には、モーツァルテウム管弦楽団の楽団員により18世紀作品専門の室内オケ「モーツァルト管弦楽団」を結成して各地を巡るツアーもおこなっています。

国際モーツァルテウム財団
1925年4月、国際モーツァルテウム財団は、自己資金で運営される民間の非営利団体として再スタート。
 1939年 モーツァルテウムから独立

オーストリア併合による教育機関統廃合
1938年にドイツがオーストリアを併合したことで、1939年に「モーツァルテウム音楽院」が「モーツァルテウム大学」に吸収されています。

モーツァルテウム音楽院が無くなったため独立組織に
統廃合により「モーツァルテウム音楽院」が無くなったため、音楽院所属だった「ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団」は独立組織となり、ザルツブルク大管区の「ザルツブルク交響楽団」として存続。但し、実際の活動の際には「ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団」の名前を使用していました。

ザルツブルク市立劇場 → ザルツブルク州立劇場
1940年には、「ザルツブルク市立劇場」が「ザルツブルク州立劇場」と改名。実際には大管区の運営でしたが、州の名前の使用が認められていました。

 1945年 占領軍政府の指示により再編成

元の名前で再編
アメリカ占領軍政府の指示によりザルツブルク音楽祭で重要な役割を果たす目的で、「モーツァルテウム管弦楽団」として再編成。パウムガルトナーやロベルト・ワーグナーらが指揮し、アメリカ、ドイツ、イタリアなどへのツアーも実施しますが、楽団の財務状況は逼迫。

 1952年 紛らわしいライバル出現

モーツァルテウム大学の室内オケ
パウムガルトナーは、モーツァルテウム大学の教師と学生により室内オーケストラ「ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ」を結成し、1952年に活動を開始。
  この紛らわしい名前のオーケストラは、1959年にパウムガルトナーがザルツブルク音楽祭の総裁に就任したことでザルツブルク音楽祭への出演が増えると有名になり、独立プロ楽団である「ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団」と混同されることも多くなります。

半世紀後に事態が収拾
混同現象が解消されたのは、1997年、「ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ」がロジャー・ノリントンの代にモーツァルテウムとの関係を解消し、独立したプロ組織の室内オケ「カメラータ・ザルツブルク」と改名したときなので、実に半世紀近く紛らわしさが続いていたことになります。もっとも、過去の録音の批評や紹介などでは混同されているケースがまだまだ多いようです。
 1958年 公的団体に

ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団は、ザルツブルク州とザルツブルク市の運営する団体となり、コンサートのほか、ザルツブルク州立劇場での演奏も引き続き担当。
 1960年 公務員待遇に

公務員待遇
この年から楽団員の身分も公務員として雇用環境が安定しています。

首席指揮者たち
1960年に首席指揮者に就任したのは、前年にザルツブルク州立劇場のオペラ監督に任命されていたクロアチアの指揮者、ムラデン・バシッチ(1917-2012)。バシッチはオペラがメインだったので、当初からオーケストラ公演では若いレオポルト・ハーガー(1935- )も指揮。ハーガーは1969年から1981年まで首席指揮者を務めてもいるのでその関係は約20年に及び、楽団史上初のザルツブルク出身首席指揮者ということもあって注目されます。
  その後、ラルフ・ヴァイケルト(約3年)、ハンス・グラーフ(約10年)、ユベール・スダーン(約10年)、アイヴァー・ボルトン(約12年)、リッカルド・ミナージ(約7年)と引き継がれ、2024年にはゴンサレス=モンハスが首席指揮者に就任。

歴史的情報に準拠した演奏への対応
近年は客演指揮者にトレヴァー・ピノックやジョヴァンニ・アントニーニらを招いてピリオド風な演奏もおこなうようになり、2017年から首席指揮者を務めていたリッカルド・ミナージもピリオド系でした。
  こうした環境の中で、モーツァルテウム管弦楽団はピリオドもモダンも完全に消化し、説得力のある演奏を聴かせることができるオーケストラに進化。特に、得意のモーツァルトやその時代の音楽での演奏は、細部に至るまで素晴らしいものとなっています。

ブルックナーの伝統
フルサイズのオーストリアの楽団であるモーツァルテウム管弦楽団には、ザルツブルクの東北東約100kmのアンスフェルデンに生まれたブルックナーの演奏にも積極的で、メルツェンドルファー(墺)、ハーガー(墺)、ヴァイケルト(墺)、グラーフ(墺)、スダーン(蘭)と連なる首席指揮者たちと数多く演奏しています。


 トラックリスト

CD [130'38]
CD1

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)
◆ヴァイオリン協奏曲第1番変ロ長調 KV 207[19'17]
01. 第1楽章 アレグロ・モデラート [7'08]
02. 第2楽章 アダージョ [6'54]
03. 第3楽章 プレスト [5'15]

◆ヴァイオリンと管弦楽のためのロンド 変ロ長調 KV 269/KV 261a [7'03]
04. アレグロ [7'03]

◆ヴァイオリン協奏曲第2番ニ長調KV211 [19'41]
05. 第1楽章 アレグロ・モデラート [8'42]
06. 第2楽章 アンダンテ [6'14]
07. 第3楽章 ロンドー' アレグロ [4'45]

◆ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調 KV 216 [21'39]
08. 第1楽章 アレグロ [8'46]
09. 第2楽章 アダージョ [6'23]
10. 第3楽章 ロンドー [6'30]



CD2

◆ヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調KV218 [22'49]
01. 第1楽章 アレグロ [9'12]
02. 第2楽章 アンダンテ・カンタービレ [5'50]
03. 第3楽章 ロンドー [7'47]

◆ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調 KV 219 [26'50]
04. 第1楽章 アレグロ・アペルト [9'20]
05. 第2楽章 アダージョ [8'42]
06. 第3楽章 ロンドー [8'48]

◆ヴァイオリンと管弦楽のためのアダージョ ホ長調 KV 261 [6'52]
07. アダージョ [6'52]

◆ヴァイオリンと管弦楽のためのロンド ハ長調 KV 373 [6'12]
08. アレグレット・グラツィオーゾ [6'12]
ロベルト・ゴンサレス=モンハス(ヴァイオリン、指揮)
ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団

録音:2024年10月、2025年2月、4月
場所:ザルツブルク、モーツァルテウム財団
 Track list

CD 1
Violin Concerto No. 1 in B flat major, KV 207
01 I – Allegro moderato 7:08
02 II – Adagio 6:54
03 III – Presto 5:15
Rondo in B flat major, KV 269/KV 261a
04 Allegro 7:03
Violin Concerto No. 2 in D major, KV 211
05 I – Allegro moderato 8:42
06 II – Andante 6:14
07 III – Rondeau: Allegro 4:45
Violin Concerto No. 3 in G major, KV 216
08 I – Allegro 8:46
09 II – Adagio 6:23
10 III – Rondeau: Allegro – Andante –
Allegretto – Tempo primo 6:30

CD 2
Violin Concerto No. 4 in D major, KV 218
01 I – Allegro 9:12
02 II – Andante cantabile 5:50
03 III – Rondeau: Andante grazioso – Allegro ma non troppo 7:47
Violin Concerto No. 5 in A major, KV 219
04 I – Allegro aperto – Adagio – Allegro aperto 9:20
05 II – Adagio 8:42
06 III – Rondeau: Tempo di Menuetto – Allegro – Tempo di Menuetto 8:48
07 Adagio for Violin and Orchestra in E major, KV 261 6:52
Rondo for Violin and Orchestra in C major, KV 373
08 Allegretto grazioso 6:12

Recorded at: Stiftung Mozarteum, Salzburg, Oct. 2024, Feb. and Apr. 2025

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Comprehensive Evaluation

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