ショスタコーヴィチ(1906-1975)

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CD 輸入盤

交響曲全集 ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ&ワシントン・ナショナル交響楽団、ロンドン交響楽団(12CD)

ショスタコーヴィチ(1906-1975)

基本情報

ジャンル
:
カタログNo
:
9029546076
組み枚数
:
12
レーベル
:
:
Europe
フォーマット
:
CD
その他
:
輸入盤

商品説明


ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ/ショスタコーヴィチ:交響曲全集

作曲者と親交のあったロストロポーヴィチならではのホットかつ重量感たっぷりのアプローチの聴ける全集。第7番や第10番はもちろん、初期の作品に至るまで徹底して大きな身振りと熱い歌心で再現されており、第5番第2楽章ではユニークな解釈が示されるなど、聴きどころも満載です。
 なお、第14番『死者の歌』に関してはロストロポーヴィチ自身の希望により、これ以上の演奏は不可能と言うことで、特別にメロディア・レーベルからのライセンス収録となっています。ロストロポーヴィチ、ヴィシネフスカヤ夫妻がソヴィエトから亡命する直前に録音したこの第14番は、緊迫感が凄まじい演奏として有名なもの。ヴィシネフスカヤの鬼気迫る歌唱も聴きものです。(HMV)


【収録情報】
ショスタコーヴィチ:交響曲全集


Disc1
● 交響曲第1番ヘ短調 op.10
● 交響曲第9番変ホ長調 op.70
 ワシントン・ナショナル交響楽団

Disc2
● 交響曲第2番op.14『十月革命に捧ぐ』
● 交響曲第3番変ホ長調 op.20『メーデー』
 ロンドン・ヴォイシズ
 ロンドン交響楽団

Disc3
● 交響曲第4番ハ短調 op.43
 ワシントン・ナショナル交響楽団

Disc4
● 交響曲第5番ニ短調 op.47
 ワシントン・ナショナル交響楽団

Disc5
● 交響曲第6番ロ短調 op.54
● 交響曲第12番ニ短調 op.112『1917年』
 ワシントン・ナショナル交響楽団

Disc6
● 交響曲第7番ハ長調 op.60『レニングラード』
 ワシントン・ナショナル交響楽団

Disc7
● 交響曲第8番ハ短調 op.65
 ワシントン・ナショナル交響楽団

Disc8
● 交響曲第10番ホ短調 op.93
 ロンドン交響楽団

Disc9
● 交響曲第11ト短調 op.103『1905年』
 ワシントン・ナショナル交響楽団

Disc10
● 交響曲第13番変ロ短調 op.113『バビ・ヤール』
 ニコラ・ギュゼレフ(バス)
 ワシントン合唱芸術協会男声合唱団
 ワシントン・ナショナル交響楽団

Disc11
● 交響曲第14番ト短調 op.135『死者の歌』
 ガリーナ・ヴィシネフスカヤ(ソプラノ)
 マルク・レシェーチン(バス)
 モスクワ・アカデミー交響楽団(モスクワ・フィル)

Disc12
● 交響曲第15番イ長調 op.141
 ロンドン交響楽団

 ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(指揮)

 録音時期:1988-1995年、1973年(第14番)
 録音方式:ステレオ(デジタル、アナログ:第14番/セッション)

総合評価

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長い間手を出さずにいた全集をようやく聴い...

投稿日:2017/08/03 (木)

長い間手を出さずにいた全集をようやく聴いた 先入観が災いした 名を遂げたヴィルトゥオーゾが指揮棒を握った演奏に幻滅する経験をし過ぎたせいだろうか 音大卒業作品”第1番”を聴いて猛省した 通念であれば習作扱いされて不思議のない時期の作品だが 瞬く間に 政府の思惑もあったのだろうが 世界中に伝播して持て囃されてしまった 勿論秀作である事は今や世界の認識だが この演奏は人によってまちまちで聞くたびに別の曲じゃないかと思うほど楽曲の顔つきが変わる 強いて言えば恣意的と言うか 良くて贔屓の引き倒し的 虻蜂取らずの印象が残ったものだ 作曲者を軽んじている 楽曲を理解していないと言ったら言い過ぎだろう ロストロポーヴィチは違った 見事な造形のシンフォニーになっていた 焦点が定まっている 例えばピアノのバランスだ オーケストラの一楽器の位置に納まっている 打楽器が楽曲の骨格を組み立てるのに如何に重要かを明確に示した ベートーヴェン以来の動機の変奏展開による音楽であることを完全に伝えている 印象派や表現主義音楽と一線を画す音楽だと聞こえる 同じCD1にある”第9番にも触れたい テンポが遅いなと言う印象で始まるが これも楽曲の真をつく名演となる 風刺や揶揄いを目論んだ音楽ではないことを示した 戦禍に倒れた人々への鎮魂と追悼の思いが音楽となっているのだ 戦争に勝利などはない 無残な殺戮の痕だけが心に残るのみ 人間の愚かさと悪意への怒りと悲しみが止まらない ショスタコーヴィチは声にならない声で叫んでいる 辛い音楽 わたしのようにまだ聞かなかった人はお聞きを また残虐な征服心を持っていることに気づいていないあなたもお聞きを     

風信子 さん | 茨城県 | 不明

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ショスタコービッチの親友にして、弟子のロ...

投稿日:2013/09/02 (月)

ショスタコービッチの親友にして、弟子のロストロポーヴィチのえんそうなんだけど、交響曲第8番の凄みは、一聴に価する。演奏の美しさでは、第5番はアシュケナージのほうがいいし、同じ人の第15番の凄さもいい。ただ、第7番「レーニングラード」は、ノイマン指揮チェコ・フィルがいいし、第11番「1905年」は、コルドラッシン指揮モスクワがいいし、第5番や第12番「1917年」は、ムラビンスキーや第10番はフェドセーエフ指揮モスクワが捨てがたい。でもすべてについて、安定している。第2番のウルトラ対位法は、安定した演奏を聴きたいし、その映像をみてみたい。とにかく安定しているので愛着がある。

カニさん さん | 兵庫県 | 不明

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 どの曲もロストロポーヴィチ特有の大らか...

投稿日:2011/06/19 (日)

 どの曲もロストロポーヴィチ特有の大らかさを呈しつつ,スコアを忠実に再現している.アンサンブルに緻密さに欠ける瞬間がないでもないが,全体ではデジタル録音初期の決定盤としてじゅうぶん成功している.但し例外があって,5番のフィナーレには特別の思い入れがあるらしく,とりわけテンポ設定において,慣例を大きく逸脱したデフォルメが聞かれる.嫌いではないが,まるで別人のようで驚いた.録音は,残響が少なく極めて明快で,聴きやすい.

ケニチ さん | 愛知県 | 不明

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ショスタコーヴィチ(1906-1975)

「わたしの交響曲は墓碑である」という“証言”の中の言葉によって象徴されるショスタコーヴィチの音楽と生涯への価値観の変質は、今もって盛んな議論と研究、演奏解釈によって再認識過程の最中にあるとも言えますが、作品によってはすでに演奏年数も75年に及び、伝統と新たな解釈の対照がごく自然におこなわれてきているとも言えそうです。 圧政と戦争の象徴でもあったソビエト共産主義社会の中に生き、そして逝ったショスタコ

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