Perfumeのブレイクで”ニューウェーブ〜テクノ歌謡”が注目を集めた昨今、次はきっと”レゲエ歌謡”だということで、実はディープなセレクター/DJ、一部好事家たちの間ではすでに5、6年ぐらい前から注目されていたのですが、ここへ来てあらためてこの潮流を全国区にするがために(多分)、皆躍起になってレコ屋のエサ箱を漁ったり、「歌謡曲 レゲエ」、「歌謡曲 ダブ」でしらみつぶしにググったりしている今日この頃。 ですが、ほとんどクリーン・ヒットしない上に、元々アルバム1枚丸ごとレゲエ、というのはホントに極少数、というかほぼ皆無。特に70年代当時においては、”Reggae”という綴りを「レガエ」と読んでいた業界関係者もまだまだ多かったという話ですから、よほどアンテナの感度の良い人や、現地ジャマイカやロンドンのブリティッシュ・レゲエ・シーンに直接赴いて刺激を受けてきた人でなければ、アルバム中の楽曲においそれとレゲエのリズムを取り入れてみようとはならなかったようです。それは、見つけるのは困難なわけです。もちろん、タイトルに「レゲエ」と付いている楽曲などほとんど見かけない上に、仮に「レゲエ○○○」、「ジャマイカ○○○」などと付いていても全くのシティ・ポップスだったりと・・・昭和の歌謡曲、ニューミュージック、ニューウェーブの広い博識があってもなかなか探しあてることのできないこの”レゲエ歌謡”。上田正樹「レゲエであの娘を寝かせたら」、ジョニー大倉「ヘイ・レゲェ・ブギ・ウギ」、河合夕子「ジャマイカンCLIMAX」、桑江知子「ジャマイカ・タウン」(どれもレゲエじゃない!)などで大怪我するのは朝飯前。 ”ディスコ歌謡”や”ボッサ歌謡”と較べると絶対数が少なく、あたりを付けること自体がかなり難しいのですが、掘り当てたときの悦びはやはりひとしおなのです。
で、まとめますと、”レゲエ歌謡”とは、一般的にレゲエ・アーティストではない日本の歌手、グループによって歌われたレゲエ・アレンジ、スカ・アレンジの楽曲(純歌謡曲、ロック、ニューウェイヴ、アイドル、演歌等スタイルは様々)のことを指しています。少なくともここでは。 3年ぐらい前に出ていたECDのミックスCD『Strictly Rockers chapter 17』や、雑誌『Relax』監修のコンピ「Relaxin With Japanese Lovers」の、まさにあのセンスですね。但し、後に(レゲエ/ダブ・)リミックスを施したものなどは除外しています。
まずは、ニューロック、フォーク、そしてYMO前夜のティンパン・アレー勢、加藤和彦らが中心となって日本の音楽シーンを盛り上げていた70年代から。まだまだレゲエを純度高く取り込んでいるものは少なく、よくわからないけど「レゲエっぽく」やってみましたという楽曲や、何の意識もせずにうっすらと裏打ちのリズムを取り入れてみましたという楽曲も多く存在。なので、ユーミンの「ツバメのように」や「甘い予感」(共に『Olive』収録)、郷ひろみの「美貌の都」(『比呂魅卿の犯罪』収録)、大橋純子&美乃家セントラル・ステイション「センチメンタル・レディー」(『Shalom』収録)など、一般的に”レゲエ歌謡”として通っている楽曲でも掲載されていないものも一部ありますので、悪しからず。
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サディスティック・ミカ・バンド / 恋のミルキー・ウェイ (1973) from 『サディスティック・ミカ・バンド』 |
記念すべきデビュー・アルバムから。日本のロック、ポップス・シーンに英国系のロック/ブルース・ロック/グラム等のエッセンスをいち早く持ち込んだ加藤和彦らの功績はやっぱりデカい。高橋幸宏(ds)作曲の「恋のミルキーウェイ」に取り入れられたレゲエのリズム、この先見性こそが後の日本のミュージック・シーン隆盛期の源となったと言ってもよいでしょう。 |
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泉谷しげる / 君の便りは南風 (1973)
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加藤和彦&サディスティック・ミカ・バンドをバックに渋めにジャミン。朴訥とした歌唱で進みながらも、内に秘める何か熱いものを感じるという点で、フォークとレゲエはよく似ています。 おそらくはレゲエ歌謡史第1号の楽曲なのではないでしょうか。 |
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久保田麻琴と夕焼け楽団 / 小舟の旅 (1974) from 『Sunset Gang』 |
久保田麻琴としては2作目、夕焼け楽団名義としては初のアルバム。細野晴臣(arr,b,org)、林立夫(ds)のごきげんなリズム隊と井上憲一の夕焼けギター、そして何より久保田さんの柔らかい歌声が”昭和トロピカル”を好演出。レゲエというよりはカリプソ寄りですね。コーラスには、吉田美奈子、大貫妙子が参加。
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沢田研二 / 愛の逃亡者 (1974) from 『Fugitive / 愛の逃亡者』
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ジュリーのソロ通算6作目にして、海外進出を果たした記念すべき全編英詞アルバム・・・なので歌謡とは言えないのですが、一応ご紹介。プロデューサーのウェイン・ビッカートンをはじめ、作家陣、バックの演奏陣も全てイギリス人ミュージシャンで固められた意欲作です。 シングルにもなった「愛の逃亡者」は、分かりやすいロックンロール楽曲で埋め尽くされたアルバム中でも異色で、リズム・ギターの執拗なまでの裏拍の刻みともっさりとしたワンドロップ風のドラム以外には、あまりレゲエ要素に直結する部分は見当たらないかもしれません。 また、ジュリーが東洋人で、なおかつ当時世界中でブルース・リーが流行していたこともあって、カンフーっぽい変な掛け声がたっぷりと挿入されていたりと・・・ジュリー史上最もストレンジなシングル曲だと言えるかもしれません。ちなみにヨーロッパ盤のアルバム・タイトルは『Kenji』。 |
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内海利勝 / 鏡の中の俺 (1975) from 『Gemini Part 1』
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永ちゃん、ジョニーの陰に隠れがちでしたが、キャロルの知られざるルードボーイ、ウッちゃんこと内海(うちうみ)利勝の本作こそが、グループ解散後のソロ・アルバム・リリース第1号。英国のレゲエ・バンド、シマロンズを迎えて録音という気合の入れ様。シングルにもなった「鏡の中の俺」の演奏は、はっぴいえんど周辺のそれにも酷似。それにしても、このジャケ、ホルヘ・サンタナが見たらどう思うのでしょうか・・・ |
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イエロー / うつむいてばかり (1975) from 『Vibration -イエロー・ライヴ』
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『黄金狂時代』で泉谷しげるのバックも務めていた、若き日のジョニー吉長(ds)擁するイエロー、1975年日比谷野音でのライヴ盤。原盤LPでは「レゲエ」というそのまんまなタイトルが付いていた「うつむくばかり」は、「オーケー、ネクスト・ソング、レゲエ〜」というこれまたそのまんまなMCで始まるグルーヴィーなレゲエ・チューン。他、オシビサ、ブラック・オーク・アーカンソーの通好みカヴァーも聴けます。
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小室等 / 愛よこんにちは (1975) from 『明日』
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当時センセーショナルだった、フォーライフ・レコード設立後の第1弾アルバムから。「愛よこんにちは」は、フォーキーでスウィートなロックステディ仕立て。アレンジも手掛けている矢野誠のハモンド・オルガンがほっこり度を丁寧に笠増し。コーラスで大貫妙子も参加。
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岡林信康 / 見捨てられたサラブレッド (1975) from 『1973 PM9:00 → 1974 AM3:00』 |
はっぴいえんど解散後の音源としては非常に貴重な細野晴臣(b)、松本隆(ds)によるリズム隊に加え、矢野誠(key)、鈴木慶一(p)、伊藤銀次(g)という面々が参加した豪華なバッキング。”日本版ボブ・ディラン&ザ・バンド”という岡林にとってのひとつの理想型を実現させた、1973年大晦日から74年元旦にかけて行われたニュー・イヤー・ライヴから(発表は1975年)。 純粋なレゲエ・アレンジとして謳うには、実際微妙なところなのですが、この年にリリースした『金色のライオン』収録の「見捨てられたサラブレッド」を、かなりタメの利いた ”リトル・フィート×ソウル・シンジケート” みたいなファンキーなアレンジで披露。岡林の確信犯的なビブラート過多の演歌歌唱がハマりまくっています。各者、多分にレゲエ・ビートを意識していることも窺えるので、念のためエントリーしておきましょう。どなたかご意見をー
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小坂忠 / ミュージック (1976) from 『Chew Kosaka Sings』 |
細野晴臣およびティン・パン・アレイらとの二人三脚で、日本の音楽シーンに本格的なソウル/リズム&ブルースの夜明けを導いた、小坂忠の傑作『ほうろう』。 その『ほうろう』ツアーから1年、その充実と疲労から解放されるかのように、レコーディングではティン・パン一派とは距離を置き、再びミッキー・カーティス制作(ハワイ録音)の下作られたアルバムから。 カントリー、ハワイアン、ニューオリンズなど多彩なタッチで穏やかに歌われる楽曲が並ぶ中、異彩を放つのが冒頭の重量感のあるレゲエ・チューン「ミュージック」。 消え入りそうに切ないファルセット・ヴォイスで、音楽家稼業のペーソスを訥々と語っている。
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あいざき進也 / 愛の舟 (1976) from 『ゴールデン☆ベスト』
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元スクールメイツ。70年代半ばには、城みちる、松田新太郎とともに「新新御三家」と呼ばれアイドル街道をひた走っていた、あいざき進也の記念すべき10枚目のシングル。落合恵子(作詞)、筒美京平(作曲)という当時の売れっ子作家コンビのペンによる「愛の舟」は、歌謡レゲエ・シーンではすでにおなじみの1曲で、プッチの甘〜い歌唱がラヴァーズ・ファンにバカ受け。
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久保田麻琴と夕焼け楽団 / キャプテン・バナナ (1977) from 『ディキシー・フィーバー』 |
細野晴臣と並ぶ日本における「ソイ・ソース・ミュージック」の始祖、久保田麻琴と夕焼け楽団の楽曲には、レゲエやカリプソといったトロピカル風味のものが多いと言えるでしょう。前作『ハワイ・チャンプルー』(「上海帰り」というレゲエ・チューンもあり)では、「ハイサイおじさん」を本家より2年も早く取り上げていただけあり、沖縄民謡にも早くから注目していた久保田さん。「キャプテン・バナナ」は、沖縄ミュージックの要素を交えた極上のトロピカル・レゲエ。アルバムは、細野さんプロデュースのハワイ録音で、Dr.ジョンのバック・バンド=ナイト・トリッパーのロニー・バロン(p)が全面参加しています。 |
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PANTA / あやつり人形 (1977) from 『走れ熱いなら』
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ロミー木下(b)とジョニー吉長(ds)の鉄壁のリズム隊に、アール”チナ”スミスも真っ青の山岸潤史(g)のギブソン・レスポールが絡み、咽び泣く。「あやつり人形」はシングル・カットされましたが、当時日本でのレゲエの認知度を考えると、けっこうな大英断だったんだと思います。 |
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クリエイション / ステップ・イントゥ・ザ・ライト (1977) from 『ピュア・エレクトリック・ソウル』 |
昭和のプロレス・ファンならば、ザ・ファンクスの入場テーマ「スピニング・トー・ホールド」で何度でも昇天できるブルース・クリエイションの3rdアルバムから。マウンテンのフェリックス・パパラルディがプロデュースした前作で自信をつけたバンドは、レゲエのリズムを意欲的に取り入れたりと様々な試みを行っており、「ステップ・イントゥ・ザ・ライト」や「アイム・ア・ランブラー」は、歌詞は全編英語ですが、レイドバックという言葉がピタリとはまるブルース・レゲエに仕上がっております。本アルバムのプロデュースは内田裕也と石坂敬一。キーボードで近田春夫も参加。 |
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やまがたすみこ / Today (1977) from 『フライング』 |
プロデューサーに松本隆、アレンジャーに鈴木茂、その他作家陣に細野晴臣、佐藤博、伊藤銀次らを招き制作した、”脱アイドル”な通算7作目。「Today」は純正レゲエというよりは、ビートルズの「Ob-La-Di, Ob-La-Da」を習作としたかのようなソフト・ロックなレゲエ・チューン。 |
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山本コウタロー & ウイークエンド / すくすく (1977) from 『虹を下さい』 |
まだユーミンを手掛ける前の松任谷正隆がプロデュースで、コーラスには山下達郎、大貫妙子らシュガーベイブの面々を迎え、シティ・ポップス的なアプローチをみせた2ndアルバム。後藤次利(b)による裏にアクセントを置いたベース・ラインが心地良い「すくすく」は、2分弱の小唄ながら、センチメンタル・シティ・ロマンス、ハックルバックなどにも通じるまろやかなグルーヴを味わえます。 |
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伊藤銀次 / I'm Telling You Now(好きなんだ) (1977) from 『Deadly Drive』 |
ごまのはえ〜ココナツ・バンク〜シュガーベイブと渡り歩いた伊藤銀次の初ソロ・アルバムから。フレディ&ドリーマーズの1963年全米No.1ソングを、英国のスカ・ブームなどに早くから注目していた伊藤らしくゆったりとしたレゲエ・アレンジで日本語カヴァー。リズム隊は上原裕(ds)と田中章弘(b)、キーボードに坂本龍一、コーラスにはセンチメンタル・シティ・ロマンスが参加。
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佐藤博 / チョイト (1977) from 『Time』 |
最近では、青山テルマの「そばにいるね」のプロデューサー/アレンジャーとして、古くは鈴木茂のハックル・バックやティン・パン・アレイなどへの参加でおなじみの名鍵盤奏者、佐藤博の2ndソロ・アルバムから。日本国内でいち早くシーケンサーやリズム・マシーンといった最新機器を取り入れたミュージシャンとしても有名な人だけあって、カリプソ風味漂うゆる〜いレゲエ・チューン「チョイト」でも、自身の声にエフェクター(ワウ?)をかけ、トリッキーに仕上げています。 ※こちらは、完全受注生産システムのオンデマンドCD-Rとなります。
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有山じゅんじ / Baby もうすぐ帰るよ (1978) from 『ありのままじゅんじ』 |
上田正樹とサウス・トゥ・サウス解散後の初ソロ・アルバムから。中川イサト(g,marimba)、石田長生(g)といった盟友たちと、ブルース、ジャグ、カントリーを中心に、当時流行していた”レイドバック”感覚を漂わせるリラックスした歌と演奏を聴かせてくれます。上田正樹のレゲエ愛好ぶりも踏まえ、おそらくこの頃の関西ブルース〜フォーク・シーンでは、関東のそれよりレゲエの浸透度は高かったのではないでしょうか。ギターでスティール・ドラムのような音も器用に繰り出してみせる「Baby もうすぐ帰るよ」は、大阪フォーク・ブルース・レゲエの真骨頂。 |
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りりィ / E・S・P (1978) from 『ゴールデン・ベスト』
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「私は泣いています」など独特のハスキー・ヴォイスで一世を風靡した女性シンガー・ソングライター(兼・女優)、りりィ。「E・S・P」の作詞・作曲はりりィ自身で、アレンジを、ジャックス、六文銭での活動でも知られ、彼女のバックを務めるバイ・バイ・セッション・バンドの木田高介が手掛けています。 その他、教授が全面バックアップしたアルバム『Auroila』(未CD化)収録の「天気になあれ」や、『りりシズム』(未CD化)収録の「春子」など、70年代の女流シンガー・ソングライターにはめずらしく、レゲエ・アレンジの楽曲を積極的に吹き込んでいます。 |
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細野晴臣&イエロー・マジック・バンド / ウォリー・ビーズ (1978) from 『はらいそ』 |
”楽園”を意味するポルトガル語で「はらいそ」と名付けられた細野さんの『Tropical Dandy』、『泰安洋行』に続く「トロピカル3部作」の完結編。坂本龍一、高橋幸宏らをバックに付け、アナログ・シンセを多用した音作りとなっていることからも、YMOへの直接的な布石ともなったアルバムとしても知られています。 「Om Nama Chandra
Shanti Shanti Chandra」というサンスクリット語で月を称える祈りの言葉も出てくる「ウォーリ・ビーズ」は、さしずめ、アニミズム・レゲエ歌謡といったところでしょうか? 歌詞の世界にあっという間に引き込まれてしまいます。コーラスには、大貫妙子、あがた森魚らも参加。また、沖縄民謡「安里屋ユンタ」も大胆なレゲエ・アレンジに。
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大滝詠一 / 名月赤坂マンション (1978) from 『ナイアガラ・カレンダー』 |
大滝先生会心のレゲエ演歌にして永遠のお月見アンセム。リズム隊は、金田一昌吾(b)と上原裕(ds)、ギターは村松邦男。途中のシャウト(ガヤ声?)は布谷文夫だそうです。 |
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上田正樹 / ハーダー・ゼイ・カム (1978) from 『ゴールデン☆ベスト』 |
80年代初めからスライ&ロビーとのライヴ共演やアルバム共作などを行っている関西ソウル・シーンの重鎮にして随一のレゲエ・ラヴァーズ、上田正樹。全編日本語で歌い上げたソウルフル・カヴァーで、70年代後半の日本における映画「ハーダー・ゼイ・カム」の影響力をイヤと言うほど窺い知れます。オリジナルは、スタッフをバックにしたEP『The Session』(78年)に収録。 |
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知名定男 / バイバイ沖縄 (1978) from 『赤花』 |
沖縄民謡界の巨人・登川誠仁に師事し、1972年には「うんじゅが情どぅ頼まりる」を大ヒットさせた知名定男の本土デビュー・アルバムから。島唄にレゲエやロックの要素をミックスさせ、沖縄音楽の新たな地平を切り拓いたのは、喜納昌吉と何を隠そう、この知名さん。 |
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サザン・オールスターズ / レゲエに首ったけ (1978) from 『熱い胸さわぎ』
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「勝手にシンドバッド」収録でおなじみのサザンのデビュー・アルバムから。ワンドロップ・リズムに桑田の”英語日本語”が乗れば、それだけで当時の若者は声を揃えて「コイツら、新しいじゃん」と。サザンはその後も「恋するマンスリーデイ」(『タイニー・バブルス』('80)収録)、「来いなジャマイカ」(『NUDE MAN』('82)収録)、「Still I Love You」(「東京シャッフル」シングル('83)B面収録)、「ジャパネゲエ」(『人気者で行こう』('84)収録)と、レゲエ・アプローチの佳曲を連発。 |
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カルメン・マキ / Jamaican Getaway (1979) from 『Night Stalker』
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OZ解散後の1979年にリリースされたカルメン姐さんの初ソロ・アルバムから。ジェフ・ベック、ロッド・スチュワートらのバックでもおなじみのカーマイン・アピス(ds)をプロデューサーに迎えた絶好調のLA録音。やたらドラムの音がデカい、あばずれレゲエを聴きたければ是非。但し全編英詞。 |
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ムッシュかまやつ / 青春どんづまり (1979) from 『スタジオ・ムッシュ』 |
トリオ・レコード時代の3作目。シングルではカントリー/フォーク調だった「青春どんづまり」をアルバムでは、ライト・メロウなレゲエ・ヴァージョンに。現在オルケスタ・デル・ソルで活躍中の森村献(key)による絶妙なアレンジが効いています。 |
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坂本龍一 / タイム・トリップ (1979) from 『サマー・ナーブス』 |
当時、六本木ピットインでライヴ用に結成された「格闘技セッション」(小原礼、高橋幸宏、鈴木茂、ペッカー、渡辺香津美、矢野顕子ら)のメンバーを起用し、「ボサノバじゃなくて、今はレゲエ。トロピカルな熱さの中で、バカになる」(教授)とタクトを揮い作り上げた1枚。その直前、テレサ野田「トロピカル・ラヴ」を録音するために加藤和彦と訪れたジャマイカ。そこで吸収した、教授曰く”独特のハネ”は、後の「テクノポリス」への布石に。 |
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加藤和彦 / アラウンド・ザ・ワールド (1979) from 『パパ・ヘミングウェイ』
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ソロになってからも常に先鋭的なセンスで傑作楽曲を生み出していた加藤和彦。70年代末〜80年代初頭にかけて発表した3部作(『うたかたのオペラ』、『ベル・エキセントリック』)のうちの第1部。日本語、英語折衷の洒落た語り口でしっとり酔わす「アラウンド・ザ・ワールド」は、言うなれば70年代最高のカクテル・ディスコ・レゲエ。バックは、坂本龍一(key)、高橋幸宏(ds)、小原礼(b)、大村憲司(g)と、”やはり”なメンツ。 |
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井上陽水 / 事件 (1979) from 『スニーカーダンサー』 |
陽水作品では、奥方・石川セリに提供した「ダンスはうまく踊れない」(高樹澪ヴァージョンが好き!)も、そのバック・ビート具合がレゲエ歌謡フリークに人気ですが、本丸はこちら、小室等が作曲を手掛けた「事件」でしょう。 「花道を引き揚げる力士の背中を触ろうとする観客の手の中にカミソリも混じっていた」という陽水独特のニヒリズムが、陽気(に聴こえるだけ?)なレゲエのリズムとの陰陽を映し出し、ゾクっとさせられます。 |
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キャラヴァン / 亜細亜 (1979) from 『キャラヴァン』
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カンタベリーのキャラバンじゃないですよ。70年代末、山岡安(g,vo)を中心に名古屋アンダーグラウンドで異彩を放っていた、知る人ぞ知る幻のレゲエ/ダブ/ファンク・バンド、キャラヴァンの初出ライヴ音源です。1979年名古屋雲竜ホールでのライヴ音源5曲、87年高円寺JIROKICHIでのライヴ音源4曲に、08年のスタジオ音源1曲で構成。音質は荒いですが、ものすごい熱量とエグみ。山本精一、近藤房之助らが当時ステージを観て大ショックを受けたそうです。 |
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酒井俊 / センチメンタル・ジャーニー (1979) from 『My Imagination』 |
ソウル・フラワー・ユニオン「満月の夕」をカヴァーしたことでも知られるジャズ・シンガー、酒井俊の3rdアルバムから。ミュージカル・ディレクター/アレンジャーに坂本龍一を迎え、鈴木茂(g)、小原礼(b)、高橋ユキヒロ(ds)、鮎川誠(g)らもごっそり参加。”歌謡”ではないですがどうぞ。 |
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随時追加中・・・
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世界のレゲエ史は
1954 |
主宰コクソン・ドッドによりジャマイカの首都キングストン、ブレントフォード・ロードにStudio Oneスタジオ(&レーベル)が設立される |
1959 |
クリス・ブラックウェルによりIslandレコード設立
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1968 |
メイタルズの楽曲「Do The Reggay」で初めて”レゲエ”という言葉がレコードの表記上使われた |
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ジョー・ギブスが自ら経営するレコード店の裏にJoe Gibbsスタジオ(&レーベル)を設立 |
1975 |
ラスタファリ思想において”ジャーの化身”として崇め奉られている、エチオピア皇帝ハイレ・セラシエ1世が死去
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英ノッティング・ヒルでアスワド結成。Islandとサインした最初のUKレゲエ・バンドとして、翌年アルバム『Aswad』でデビュー |
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年末のフリーコンサート「スマイル・ジャマイカ」(総選挙を目前にしたジャマイカの敵対する政治的組織、党派に平和を呼びかけるという主旨)を前日に控えたボブ・マーリーが自宅で何者かに狙撃され重傷を負う |
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76年の狙撃事件以降、ロンドンに亡命していたボブ・マーリーはジャマイカに戻り、「ワン・ラヴ・ピース・コンサート」を開催。このコンサートを観に来ていたマイケル・マンリー(PNP)とエドワード・シアガ(JLP)の2人の対立党首をステージ上に招き、和解の握手をさせた
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ローリング・ストーンズのキース・リチャーズ(g)が初のソロ・シングル『Run Rudolph Run』を発表。B面には、ジミー・クリフの「The Harder They Come」のカヴァーが収録された。また、日本盤7インチでは「The Harder〜」がA面としてリリースされている
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ドイツのハードロック・グループ、スコーピオンズ(g)の6thアルバム『Lovedrive』に初挑戦のレゲエ・チューン「瞑想のレゲエ(Is There Anybody There?)」が収録される |
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