HMVインタビュー: JAHCOOZI
Wednesday, December 16th 2009
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私の周りとか私の友達や知り合いの周りで起きた出来事に対する私の反応だったり、その状況の私の解釈、を表現しているわ。
- --- あなたの生い立ちを聞かせてください。
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SASHA: 私はロンドンで生まれて、親はロンドンに'72年にスリランカから引っ越したの。私はスリランカの民族的に言うと半分タミル族で半分シンハル族なの。スリランカの民族について知ってるかどうか分からないけど、タミル族が少数派でシンハルが多数派で昔から戦っているの。簡単に説明するとユダヤ人とパレスチナ人が結婚して子供を作るのと一緒。特にタミールイーラム解放のトラ(タミル人過激派団体)が結成された時代だったから...私の親は両家に反対され続けたからロンドンに逃げたの。そして家庭の中ではどっちかの方言を話すのも良くないから、統一して英語の家庭だったの。私の名前が「アマリ」とか「アリディティ」っていうような典型的なシュリランカの名前じゃなくて「サシャ」であるのもそういう理由なの。
10歳の時に親は離婚したんだけどそれまではずっと「アジア」的な育ちだったわ。よく寺に連れて行かれて。でも離婚して家の中に男性がいなくなった瞬間、私は大暴れし出したわ!(笑)権力者を追い出したら大騒ぎ!(笑)
育った場所はロンドンのウィンブルドンっていう場所の端でA3って言う高速道路沿いだった。8歳にシンガポールに引っ越したけど2、3年住んでまたロンドンに戻ったの。その時に母親が離婚して父親は二度と帰って来なかったの。今も東南アジアに住んでるらしいけどね。 - --- どんな家庭環境でしたか?
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SASHA: ピアノは4歳ぐらいの時に母親に教えてもらった。お寺でも良く歌ってたわ。毎週日曜日お寺に行って「バジェン」を皆で歌うの。アメリカの黒人にとっての「ゴスペル」みたいなものよ。そこでピアノと歌を覚えて、そこからギターも習って、インド・バイオリンも習ったわ。でも正直わがままな甘やかされた子だったわ(笑)「今週はこれ習いたい」「飽きたから来週はこれ習いたい」みたいな繰り返しで母親は全然反対しなかったの。そして10歳ぐらいの時にトランペットを習って、5-6年やったわ。今もステージで吹いたりしてるけど決して自分をトランペット奏者とは呼べないわ!トランペット奏者は1日数時間練習して、何日間か練習が出来なかったら音が変わっちゃう、ていうことで猛特訓がまた始まる、みたいな感じだけど私はちょっと吹けるから吹きたい時に吹くだけなの。
- --- 音楽を始めたきっかけは?
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SASHA: まぁ、小さい頃から歌ったり楽器を弾いたりはしてたけど、本当に自分のクリエイティブな部分を発揮して、自分がコントロールして作り上げる音楽を生む感覚を始めて味わったのはジャクージーを結成してから、だと思う。
ダンスミュージック自体は13〜14歳の時にプロディジーとかジャングル/ドラムンベースと出会ったり、ノッティング・ヒルのカーニバルに行ったりしてハマって行ったわ。当時の90年代のロンドンは本当に面白かったし。。92〜95年の間は毎日違う、新しい音楽(2ステップ、ガレッジ、ジャングル、ドラムンベース、テクノとか)が聞けたからすごく楽しかったよね。
ベルリンの音楽も昔から好きでPOLEとか、レーベルでいうと SHITKATAPULTや Rhythm & Soundの音楽とかね。そしてベルリンに引っ越して来たら、皆音楽を作っててそれもすごく刺激になったし、単純に当時流行ってた曲とかを聞いて「それよりいいもの作れる」と思っちゃったの。別に「作曲したい」とかではなくて、「あの面白いクラブよりの曲に乗っかってる面白い声になりたい」って思ったの(笑)一回言われたけど「君は踊れるから音楽は作れるよ」って言われて、確かにね、って思ったの。結構クサいフレーズでそれを言って人は私をナンパしようとしてたけど(笑)一理あるな、って思った。 - --- ロンドンでは全くマイクを持たなかったんですね?
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SASHA: うん、一切持たなかった。音楽のGCSE(高校進学の国家試験)をやった時はジャズの曲を書いて提出しなきゃいけなかったけどそこまで面白くなくて、ベルリンに来て始めてテクノの人と話して、やってみようと思った。テクノの人はそこまで自分の曲にボーカルが加わることを気にしないし、「いいよ、やってみなよ」ってな感じでマイクを持ったの。ロンドンではまだその当時は、私はブラウン(スリランカやインド等のアジア系人種を示すスラング)だからスタジオ入ってR&B歌うのが当たり前、みたいな傾向があったけど全然そんなは気なかったの。ベルリンはもっとDIY精神が溢れてたわ。
- --- JAHCOOZI結成のいきさつを聞かせてください。
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SASHA: アメリカ人のDJの友達がいて、彼がMDレコーダーに刺せるマイクを持ってたの。それで当時の彼氏の為にバカらしい曲をすごくヤバいトラックに乗せて、それで録ったの。それをロバート(ロボット・コッチ:JAHCOOZIのトラックメイカー)が聞いて気に入って、私に自分のトラックを渡して来たの。そのCDには20曲ぐらいのあらゆる音楽的方向のトラックが入ってて、今まで聞いたありがちなテクノやエレクトロのトラックとは全然違って、すごく面白かったの。それに加えてパーティーよりのブラック・ミュージックの要素も入ってた。JAHCOOZIの始まりはそこだったの。
その当時に「ブラック・バービー」って曲を書いたんだけど、彼にダンスホールっぽいトラックをリクエストした所、あのビートをもらってあの曲が出来たの。その曲がすごく良いものになったのはたまたまよ。本当に運がよかったと思う。その当時に作った最初の曲がダサかったらそれで誰も見向きもせずに終わってたかもしれないけど幸い当時書いた「ブラック・バービー」と「フィッシュ」が良い曲になって、いいスタートを切れたの。 - --- 2003年にジョン・ピールが番組でかけたのはどっちでしたっけ?
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SASHA: 最初は「フィッシュ」をかけてくれて、その後は「ブラック・バービー」のMODESELEKTORリミックスを良くかけてくれてたわ。
- --- かかった時はどんな気持ちでしたか?
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SASHA: ロンドンに電話してお母さんに報告出来る事ができた、って感じだったわ(笑)「長年教育費とか払ってもらったのに、ベルリンに行ってずっと音楽やってるどうしようもない娘に完全に希望をなくす前に言っとくけど、ジョン・ピールが私達の曲をかけてくれてるよ!」ってね(笑)やっと友達とか親戚に言えるネタが出来たと思う。ウチのお母さんが知ってるのはジョン・ピールとジュールズ・ホランドぐらいだけどね。ジョン・ピールがかけてくれたから今となればお母さんは話す度に「ジュールズ・ホランドに曲を送ったら?」ってしつこく言って来るけどね(笑)
でも、すごく感激したわ。ロバートが最初にデモを送ろう、て言い出して、私は最初は「デモ送る?なんで?」って感じだったけど、送ったことによってジョン・ピールがかけてくれたし、Aphex Twinのレーベル REPHLEXからも返事があってすごくびっくりしてたのを覚えてるわ。2002年で REPHLEXも全盛期だったし、何より大好きだったAphex Twinから返事があったこと自体にすごく嬉しかったわ! - --- ソングライティングのプロセスを教えてください。
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SASHA: その前に、JAHCOOZIのもう1人のオレンがいつメンバーになったかの話をすると、最初にロバートと「ブラック・バービー」と「フィッシュ」を作って、そこからもっと曲を作ろう、って言う話になった時に現れたのがオレンで、彼がスタジオを持っていて、音響/エンジニアとしてすごく知識を持ってるのが彼だったので。だからそこで、ロボットがビートメイカーでオレンが、そのビートを音的に更に加工する役割として最初は参加したの。それに加えて、前からライブには生楽器の要素を取り入れたくて、オレンはベースやキーボードを弾けるし、元から友達だったていうのもあってJAHCOOZIを一緒にやることになったの。私とロボットはもうちょっと自己中心型で、オレンはそんな私達を落ち着かせる座禅ヒッピー的な人なの(笑)
ソングライティングに関しては二通りあって今回、日本で出る特別盤「BLN 4 JPN」(ベルリン・フォー・ジャパン)にも両方の手段で出来た曲が収録されてるの。1つは昔からのやり方で、前作「ブリッツ・アンド・アース」もそうだったんだけど、私やロボットが家でアイディアを考えて、思いついたら仮録りして送るか、電話してスタジオに行って仮録り。しばらく時間が経ったら、そのまま曲を膨らませるものもあるし、消すものもあるし、ロボットが持って帰ってボーカルを元に、全く新しい曲を作ってそっちを使う事もあるの。だから皆で集まって一緒に書く、とかは無いのよ。皆、自分のスペースの中で作りたかったから。
新しい方法は今回、アルバムの過去の未リリース音源も使ってるけど、離れた別荘に3人で行って、ネットも繋がらない場所に自分たちを隔離して書く方法。そういった場所に行くと本当にクリエティビティーが沸き上がって来ると思うし、今までとは全く別の方法だからすごく面白いものが生まれて来ているの。作業/役割的にはどの方法もはっきりしていて、私は一切トラックは作らなくて、歌詞についてはロボットもオレンも一切書かない。 - --- 歌詞のテーマは? かなり激しい内容、スラングを多用しているが、その日の感情で歌詞が左右されたりするのか? それとももっと大きな政治性のあるテーマなのか。。どういう基準でテーマを考えてるのですか?
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SASHA: 感情だけで書く事は無いと思うわ。そこまで感情的な作詞家ではないと思う。今日はこういう気分だからこういう歌詞書こうとかね。周りに見るもの、聴くものからインスピレーションを受けた部分を注入したりはするわ。音楽、本、新聞、雑誌とかなんでも影響は受けるわ。歌の一番魅力的な部分はすごく短いからこそ、色々違う要素を詰め込むことが出来る事だと思うの。だから感情的な要素、政治的な要素、社会的な要素、色々入れてると思うけど、一貫して「感情的」「政治的」とは言えないと思う。ASIAN DUB FOUNDATIONは「政治的」だと思う。一貫して言えるのは、私の周りとか私の友達や知り合いの周りで起きた出来事に対する私の反応だったり、その状況の私の解釈、を表現しているわ。それを通じて人を考えさせる歌詞であればいいと思うし、言葉が分からなくても聞いて音楽として楽しめて人を動かせる力があれば良いと思うの。
その中でも皮肉ってる曲もたくさんあるけどね。例えば今作には収録されてないけど「Taking The Streets(テイキング・ザ・ストリーツ)」は完全に皮肉って書いた曲だけどたまに「今度デモ行進をやるんですが、曲を使用させてもらってもいいですか」ってリクエストが来る。全然そういう解釈をしてくれてるんだったらいいと思うけどね。 今回収録されている新譜「Jimmy's Dad(ジミーズ・ダッド)」はストーリーテリングの一例だわ。この曲は映画「アメリカン・ビューティー」と同じようなテーマを持ってるの。表面的には全て穏やかで理想的な家庭だけど一皮脱がしたら色々汚れている内面が出て来るっていう話なの。 - --- コラボも半端じゃない数ですが(Asian Dub Foundation, Public Enemy, Jamie Lidell, Aphex Twin, Roots Manuva, Massive Attack, Chicks on Speed, Modeselektor, Kano, Ata, JME, New Flesh, Tinchy Strider, Stereotyp, Virus Syndicate...等)
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SASHA: PUBLIC ENEMYやMASSIVE ATTACKとかは同じコンサートで共演して、APHEX TWINやJAMIE LIDELLとかもそうだけど、KanoとかJME、New Flesh、後この間イギリスの総合チャート1位になってた、TINCHY STRYDERとも曲を録ったわ。もちろんSTEREOTYPは昔から色々共演したりプロデュースやリミックスもしてもらったし、ASIAN DUB FOUNDATIONに関しては最初、SUN-Jが直接私達に連絡してくれて「PUNKARA(パンカラ)」に収録されている「BURNING FENCE(バーニング・フェンス)」のリミックスを頼まれたの。その後に本格的にコラボレーションしたのが、同じアルバムの別曲で「ALTERED STATESMEN(オルタード・ステイツメン)」でボーカルとして参加した時。 それ以外にも私達の曲をリミックスしてくれたアーティストもたくさんいるけね。MODESELEKTOR、CAGEDBABYや最近ではBURAKA SOM SYSTEMAとか。後 NINJA TUNEから最近出たKING CANNIBALとのコラボ。
このアルバムではANTI POP CONSORTIUM(アンチ・ポップ・コンソーティアム)のM.SAYIDもボーカルで参加してるしね。数年前にベルリンに来てショーをやった後に遊んでる時、グライムを聞かせたらビックリして、その後もずっと連絡取ってて今回のアルバムにも1曲参加してくれてるし、次の新作アルバムにも参加してくれてるの。この間、彼らもアルバム出したけど本当に別次元に行ってるカッコいいアーティストだと思うわ。 - --- 日本に対してはどんなイメージを持っていますか?
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SASHA: 村上春樹(笑)何冊か読んで彼のスタイル/世界観がすごく好きなの。「ダンス、ダンス、ダンス」とか「ノルウェイの森」とか読んだわ。でも彼の昔の本は80年代に書かれた、って言うのもあると思うけどなぜか日本のイメージは「80s(エイティーズ)」なの。でも日本の一番輝いてた時代でもあったんでしょ?バブル時代とかいう。
後は、ダンスホール・レゲエよね。ジャマイカ以外で一番ダンスホール・シーンが大きいのはドイツと日本っていうイメージだわ。数年前にBBCラジオで日本のダンスホールのラジオドキュメンタリーを聞いて、それがすごく良いドキュメンタリーで、日本のシーンの現状を聞いた時はびっくりしたわ!でもドイツと似てる要素はたくさんあると思う。研究熱心な所もそうだし、歴史的にも第2次世界大戦で両国共にすごく大きい変化があって、それによって両方とも80年代に経済的なブームが起きたしね。両方とも真似事も凄くうまいと思う(笑)
そして日本と言えば食べ物よね。大好きなの!多分世界で一番好きな食べ物が日本料理だと思う。スリランカ料理もライトで好きだけど、和食は本当においしい。「わかめサラダ」は一生食べ続けられると思う!(笑)噂で日本ではファストフードでも体に良いって聞いたから行くのが本当に楽しみだわ! 後は、90年代のロンドンでは日本人が一番お洒落だったわ。東ロンドンとかで良くもの凄くオシャレな日本人を見たイメージだわ。でも数年前にインドのゴアに行った時に本当に変な格好した日本人も見たけどね。バイキングの格好してた(笑)育った場所はウィンブルドンって言うんだけど、そこにも日本人は結構たくさん住んでいて、小さい時にリナって言う日本人の友達がいたわ。とにかくいい服を着てたの覚えてる!最新のアニメのキャラクター入りの服だったり、何かキュロットみたいな形の服とか...。そして彼女には、凄くかわいい弟がいたんだけど私の母親曰く、「どうやったら日本の赤ちゃんがもらえるの?」って聞いてたらしい!(笑) - --- 色々違うメディアにM.I.A.やSantogoldに比較されているみたいですが、それについてどう思いますか?
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SASHA: 決して驚くことではないわ。第一に黒人でR&Bをやってない、って言う所だけで比べられちゃうのも無理ないわ。マライア・キャリー的なことをしてない黒人だったら1つのネタになるし、何よりメディアはなんでも単純化しようとする傾向があって、今まで何人のスリランカ人がエレクトロニック・ミュージック・シーンにいたと思う? 私とM.I.A.以外は全くいないでしょ? 後、彼女の音楽も私達と同様1つのジャンルに絞る事が出来ないからこそ、比較される要素は多いと思う。でも聞き比べると同じ要素はそこまでないと思うけどね。音楽も全く違うし、歌詞の内容も違う。スタイルも根本的には違う。1つ一緒の部分があるとしたら、ロンドン訛りのアクセントかもね。ロンドン出身の人にとっては、別に何も違和感ないけどアリゾナ州の人にとっては不思議な感じがするんでしょうね。でも昔から私達はインディー・レーベルとかでリリースをし続けて、いつでも一番メインのフォーカスは私達の音楽だったの。場合によってはスリランカ人、イスラエル人、ドイツ人の国際派グループ、って呼ばれた事はあるけど、基本は音楽について話すの。その他のアーティストの場合、色々違う角度があって、安っぽいメディアには音楽以外の部分から膨らんで、最後に音楽の話が来る事が多いと思う。比べられるのは分かるし、全然悪く取ってないけど、本質的な部分は違うとも思う。でも彼女は私のタミル人の兄弟みたいなもの、頑張って戦って欲しいわ!(笑)
- --- 日本のファン、初めてJAHCOOZIを聞く音楽ファンにメッセージを。
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SASHA: 私はみんなの事が好きなると思うし、みんなも私達の事が好きになると思う!
協力:HYDRA RECORDS
- 新譜BLN 4 JPN / JAHCOOZI
- エレクトロ〜グライム〜ラガ・テック〜エレクトロニカ〜ダブステップを絶妙的なポップさで料理する3人組 JAHCOOZIが、既発の2ndアルバム『Blitz N Ass』に収録のキラーチューンと、世界に先駆けての収録となる最新トラックを組み合わせた”日本超特別盤”アルバムをリリース!紅一点のスリランカ系モデル サシャによるポップなMCと、太いエレクトロ・ベース、そしてちょっと狂ったビートメイクが強烈に絡み合う注目の一枚!

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- BLN 4 JPN
JAHCOOZI - 2009年12月19日発売
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- BLITZ N ASS
JAHCOOZI - 2007年9月29日発売

洗練された低音がビリビリとフロアを揺らす混血エレクトロ・ポッ プの本格派Jahcoozi(ジャークージ)。欧米ではトップ・モデルとしても活躍するMCサシャ・ペレラ(ロンドン/スリランカ出身)、ビート狂プロデューサーのロボット・コッチ(ドイツ出身)、サウンド・テック兼ベーシストのオーレン・ゲーリッツ(テルアビブ/イスラエル出身)の3人である。2002年に彼らは出会い活動を始める。"Black Barbie"、"Fish"といったシングルで名が徐々に知れ渡り、イギリス国営放送BBCラジオの伝説的DJである故ジョン・ピールが、彼らの楽曲をプレイし話題となる。これまでリリースした2枚のアルバム(「Pure Breed Mongrel」2005年、「Blitz'n'Ass」2007年) と、数えきれない程のEP、ピクチャーディスク、リミックスが Kitty-Yo、Asound、Playhouse、Bpitch Control、Citizen Records、Crosstown Rebels、Ninja Tune、1965、WMFといった数多くの名立たるレーベルからリリースされており、近年は先鋭 的で幅広いジャンルのアーティスト達ともコラボレーションを重ねる (Modeselektor、Buraka Sound Sistema、Luomo、Asian Dub Foundation、Massive Attack等)。現在は3rdアルバムに向けスタジオで作業中。それに先立ち日本限定特別盤「BLN 4 JPN」として、欧米で大ヒットしたキラーチューンと世界に先駆けた最新トラックを収録した"超特別盤"で、遂に日本侵略開始!!
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