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遠藤賢司ロング・インタビュー ≪その参≫

2009年9月3日 (木)

interview
遠藤賢司


 前作『にゃあ!』から3年、不滅の男エンケンこと遠藤賢司の通算20枚目となる最新録音盤『君にふにゃふにゃ』が、9月9日にいよいよ登場。「ほんとだよ」でのデビューから40年、細野晴臣(b)、鈴木茂(g)、林立夫(ds)といった我が良き友らを招いて、さらに”ワッショイワッショイ”と、さらに”ふにゃふにゃ”となって描かれた悠久のエンケン絵巻にニール・ヤングもすわ防戦一方!?

    最新アルバムのことは勿論、細野晴臣さんとの出会いをはじめ、幼少期のこと、宇宙観、東京、夏目漱石、ボブ・ディラン、蝉くん、河内音頭、そしてニール・ヤングとの対決大願等々・・・デビュー40周年にも「それがどうした!」と、まだまだ続く純音楽道を真っ直ぐ見つめるエンケンさんにたっぷりとお話を伺いました。 




--- テレビ黎明期に幼少時代を過ごしたエンケンさんにとって、SFアニメだったり、特撮ものだったり、当時のテレビの世界から受けた影響というものは今も大きかったりするのでしょうか?

 もしかしたらラジオかもしれないね。小学生の頃に、「新諸国物語」っていうのがあって。例えば、主人公に向かって悪人が迫ってくる音とか、馬の足音とかを聴いてると、目の前に一枚の絵があるような感じになって、もしかしたらそれが一番迫力があったのかもしれないね。もちろん、テレビで観るっていうのもその次にあったんだけど。「怖いよぉ」とか「危ないっ!」って本当に思ったりしながらラジオを聴いてたから。主人公が助かったりすると平和な音楽が流れて、「あぁ、よかったなぁ」って思ったり。その時の迫力は、もしかしたらテレビはかなわないのかもしれない、俺の中ではね。かえって絵がない分、色んな想像が頭の中に膨らみますよね。それがいい時代とか悪い時代じゃなくて、俺にとっては、それが大きかったんじゃないですかね。いいドラマも多かったんでしょうね。少年少女に向けて、楽しんでくれって一生懸命に作られたようなドラマが多かったんだと思いますよ。

--- 今回のアルバム・ジャケットのイラストを手掛けているのは、昨年リリースされたCD付き絵本「ボイジャーくん」の絵を描かれている荒井良二さんなんですね。

 荒井良二くんとは、その「ボイジャーくん」っていう曲を「絵本にしませんか?」って白泉社の人に言われた時に、紹介されて初めて会ったんですよ。彼も音楽をやっていて、俺のこと知っていたんだけど、俺は知らなかったんですよ。どんな絵を描くのかな?って思っていたんだけど、実際絵を見たら「ボイジャーくん」に合ってるなって。それで、彼が絵を描いてくれることになったんですよ。それからの知り合いですね。一番初めに会ったのは、6、7年ぐらい前だったかもしれないけど、「ボイジャーくん」を一緒に作ってから親密になったんですね。

--- その「ボイジャーくん」であったり、「宇宙防衛軍」や「ケンちゃんの宇宙旅行」であったり、エンケンさんの描く“宇宙”というのは、すごく人間くさい空間のように感じられるのですが。

 俺はそうあるべきだと思っているんですけど。全ての場所が宇宙だなと思っているだけで、その延長で距離がすごく遠いような感じには見えるけど、どこへ行っても同じだなぁって思ってるから。それが根本ですね。「どこ行っても同じだよ」って。つまり、俺が遠藤賢司、「エンケン」っていう名前で意識があったら、どこ行ってもそういう意識があって変わらないし。例えば、自分と全く別の生き物がカタチが違ったり、宇宙人みたいな格好をしてるって思ったとしても、その生き物にとっては「僕」だったり「私」だったりっていう意識はあるわけだから、ただそれだけのことだなって。どこ行っても同じなんだなって。

 前のアルバムの『にゃあ!』に「宇宙を叩け」って曲が入ってるんだけど。あっちも宇宙ならこっちも宇宙だから、「あっちもこっちも現在(イマ)だらけ」って、「いま現在しかないよ」って歌ってて。それはずっと思ってましたね。だから、円盤があったって、別にいてもいなくてもどっちだっていいし。ただ、「宇宙」って言葉で逃げちゃよくないなって思ってるんですよね。そういう意味では、SFっていうのは、本当は現実感がなくっちゃおかしいと思ってるから。小説や純文学、太宰治だろうが何だろうが、「俺だったらどうするかな?」っていうのをちゃんと考えさせてくれる文章だったりするのが、一番いい作り物、創造性のある芸術作品だと思ってるんですよ。SFだからって、現実感のあるところからかけ離れた世界だったら、あんまり必要ないと俺は思ってるんですよ。そんなのありえないから。「あっちも宇宙ならこっちも宇宙 君がいる 僕がいる」っていうような原点があって、そこから飛び離れたことを描くのは、どんな人でも不可能だと思うし。飛び離れたことを書いて、分けわかんないんだけどちょっと変わってて面白いね、みたいな描き方は絶対したくないから。そういうのはすごく楽してるやり方だから。SFであれ音楽であれ、ちゃんと現実感を捉えた、「俺だったらどうするかな?」っていうところを捉えたものの方が俺は好きですね。

 作家の宮崎学さんも好きなんだけど、「俺だったらどうするかな?」っていうことをちゃんと考えさせてくれるために歴史はあるんだっていうことを書いていて。戦争責任について、「俺だったら、あそこで戦争なんか絶対にしないし、村人を殺すようなことはしないよ」なんて、そんなこと誰にも言いきれないですよね?例えば、血まみれの地獄の戦場で、もうどうにでもなっちまえという時に、目の前に女の子がいたら、もしかしたら強姦するかもしれない可能性もあるでしょ?それを偉そうに、「俺は絶対しないよ!」みたいなことを平然と言ってるヤツとか・・・俺は信用できないんですよね。実はそう言ってるヤツが一番危ないと思う。


遠藤賢司


 小さい頃、うちはよく引越しをていたこともあって、「どこ行っても同じだな」って思ってたのがあったんですよ。俺の中で、引越しっていうのはすごい辛いことだから。どこ行っても同じ景色で、クラスには大体同じ顔したヤツがいるんですよ。見覚えのある後姿を見て、「あっ、前の学校にいた佐藤くんだ!」って回りこんで顔を見るとやっぱり違うんですよね。教室の後ろの方に座って後頭部を見てると、「絶対アイツは井上だな!」って・・・思いたいですよね。似てるヤツって必ずいるんですよ。だから、どこ行っても同じなんだから、ここ(今いるところ)でちゃんとやろうよっていうのが、俺の宇宙観ですね。それを突き詰めて音楽にしたのが、「東京ワッショイ」だったりするんですけど。逃げずにちゃんとここ(東京)で頑張って、大地に足を踏みしめて、ワッショイしようよって。俺の根本はみんなそうですね。どこ行っても同じなんだから、逃げないでやろうよって。ここにいろって誰に言われたわけじゃなく、自分が好きでここにいるわけなんだし。仕事でも何でも、音楽をやってくださいって頼まれたわけじゃないんだから、ブツクサ言わずにちゃんと練習して、自分のことをちゃんと表現して見せてみろよっていうのが、根本であって宇宙観ですね。音楽にしても小説にしても何にしても、そういうところをちゃんとやっている人が好きですね。

 夏目漱石の「草枕」で、「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。」っていうところでは、結局やることは一緒なんだから、どこへ行っても同じだしって。向こう三軒両隣の人が本当にイヤだったら、鬼の棲む国に行くしかないけど、鬼の棲む国なんてもっと大変だよって、「草枕」の始めの方にも書いてあるんですよ。その通りだと思うしね。どこに行っても自分がちゃんと戦っていくしかないんだから、それが一番大変なことだけど、そこからいいものは生まれてくると思ってるんですよ。「そのために音楽とか絵とか彫刻がある」っていうことを夏目漱石も書いていて、「それを作ったり描いたりすることで自分自身をちゃんと確かめよう」って、漱石も思ったんでしょうね。そう言うと偉そうだけど、でも本当にそう思います。

--- そうした根本や宇宙観を持つ中で、「東京」という場所にこだわったり、居座り続けるのには、エンケンさんにとってどのような理由があるからなのでしょうか?

 好きなんですね。あまり隣近所の関わり合いがないでしょ?それが好きなんですよ。別に下町がいいとも思わないし。面倒くさいですよね?俺は音楽をやっている人間だから、そうじゃない時もたまにはあるけど、常に自分の音楽のことを考えていたりするから、そういう時に隣の人が「お〜い」なんて来たら、イヤなんですよ(笑)。そういう意味じゃ、東京は過ごしやすいですよね。本当に色んなものがあるし、おもしろいですよね。面倒くさいけど、ちょっと出れば色んなライヴもやってるし。映画も色んなものがやってるし。

 ・・・ただ築地の魚市場が動く(豊洲の東京ガス跡地に、築地の魚市場を移転させようという東京都による計画)っていう計画は・・・豊洲の方でしたっけ?あれは本当にイヤだなって思って。あんなとんでもない土地に。魚市場が本当に移動したら、キライになるかもしれないですね。やっぱり食の基本だから。「汚染されたところに田んぼを移して、みんなで米を食べましょう」って言ってるようなもんですからね。そうしたら、もう東京はおしまいだなって思ってる。今までは、そういった公害とかを含めて東京は、自分も住んでるんだし、それはそれでしょうがないなって思ってるところもあったし、でもその分、グルグルと欲望が渦巻いていたりしておもしろい所だから、ちょうどいいなって思ってたんだけど・・・魚市場の移転だけは、イヤですね。あの計画が現実になったら、もっともっと郊外に行っちゃった方がいいかなって思うところは少しありますね。

--- どんなに住みよいところでも、「食」の安全性となれば話は別というところはありますよね。

 食べなきゃ死んじゃいますしね。食べるんだったら、少なくとも何パーセントかは、おいしいものを安心して食べたいですよね。どんな物を作ってるかなんて誰も分からないから。いくら生産者の顔写真が貼っ付けてあって野菜を売っていたとしても、実際は分からないですもんね。だから、魚市場が移転したら、そこまでして東京にいる必要がないなって思います。まぁその頃は、俺も死んでるかもしれないし(笑)。

--- 赤ちゃんが「オギャア」と叫んで生まれた瞬間が「最高のロックンロール」であり、「最高の純音楽」だとおっしゃっていたように、エンケンさんのここから、「史上最長寿のロックンロール」の99歳までの残る37年間は、まさにそこめがけて、さらに突き進んでいくのじゃないでしょうか?

 その前に、精子くんが卵子くんめがけて泳いでいくっていう、それが根本にはあるんですけど。人間のカタチになって羊水の中で生活してて、へそがつながって、産道からいきなり外へ出てきた時の「何だこりゃっ!?」って・・・それは岡本太郎でもあるんですけど、「何だ、これは」みたいなね(笑)。よく分からないけど、自分のことを覗いてるヤツもいて。赤ちゃん自身にとってはすごい世界だなと思って、「ウワーッ!!」って。まず、「アハハハハ〜」なんて笑えないと思うんですよね(笑)。お母さんから飛び出た時の「何だこりゃっ!?」っていうあの感じには、永久にかなわないだろうなって思って。「ウワーッ!!ギャーッ!!」っていうような叫びって、音楽の原点だと思ってるから。叫びと踊りは。赤ちゃんは「ウギャーッ!!」って叫んで、背中を反り返らせるようにして踊るわけでしょ。その瞬間がずっと描けたら本当の音楽ができるなって思うんですけどね。あぁ、でも、さっきの話の地中から地上へやっと抜け出した蝉くんは、そこで猫にいきなり頭から食べられてしまうんですけどね(笑)。

 例えば大昔、原始時代なんかに、「ぼくはあなたがすきです」っていう瞬間をずっと描けるかどうかが、俺にとってのいい音楽かどうかの境目なんですよね。そこには全てがあると思うから。言葉もない時代に、自分以外の誰かに「ぼくはあなたがすきなんだ」って、手を伸ばした瞬間のその気持ちがいつまでできるかってことで。だから、「君にふにゃふにゃ」って、あえてそこに持っていったのかもしれないですよね。自分で「いいタイトルだな」ってあらためて思ったし、かっこいいですよね?ありそうでないタイトルだし(笑)。還暦過ぎたヤツはなかなか言わないですよね。これは素敵なジジイになるなと思って(笑)。そういうジジイたくさんいた方がいいですよね?要所要所はちゃんとおさえて、でも「君にふにゃふにゃなんだよなぁ」とか言ってるじいさん、ばあさんの方が見たいですよね?(笑)そういう人が増えていく国がいいなぁ(笑)。

--- そういう年の取り方をしたいですし、そんな素敵な年配の上司と飲みにいきたいです(笑)。

 (笑)。ちなみに今おいくつなんですか?

--- 今年で 35になります。

 じゃあ、俺が「東京ワッショイ」を作った頃と一緒ですね。あれはたしか、33ぐらいで出したから。

--- その頃、セックス・ピストルズに強い衝撃を受けたそうですね。

 今までとやってることは一緒だったんですけど、「これでいいんだな」って。音楽もそうだし、いい創造物って、「俺これでいいんだ」って思わせてくれるでしょ?ただ、それだけですよ。セックス・ピストルズは大好きだけど、自分自身初めからやってることは変わってないし・・・でも、時々迷うんですよね。「俺はこれでいいのかなぁ?」って。好きなことしかやってないから、余計不安になって。でもその時、「あっ!これでいいんだ」って思わせてくれたのがセックス・ピストルズだったんですよ。だから、衝撃や影響を受けたとかじゃないですよ、全く。バンドの他のメンバーや周りの人とかは、「エンケン、昔からパンクだよな」って。いい意味か悪い意味か分からないけど(笑)、「あぁ、そうだよなぁ」と思って。

 ニール・ヤングが、(「ロックは死んだ」と言ったジョニー・ロットンに対して)「ロックは決して死なない」って言ったことは、多分それと同じだと思うんですよ。安心したんだと思います。「俺はこれでいいんだな」って思ったんでしょうね、きっと。ニール・ヤングもパンクなヤツですからね。「フォロパジャクエン」と同じように、いいものは何でもいいと思ってるタイプだと思いますよ。でも、俺の方が、演歌でもクラシックでもオペラでもロックでも何でも幅広く聴いてるかなって思いますけど・・・それは、アメリカの人って、押し付けではないけど、ある意味じゃ、自国の音楽をどんどん輸出できるところがあるでしょ?俺たちにはできないですからね。アルバムの売り上げを見たって、圧倒的に向こうのものの方が多いでしょ?そういう意味じゃ、色んな音楽がよそから入ってきて、それを聴いてる俺の方が勝ちだなと(笑)。もっと色んなものを聴いてるぞって。

--- しかも、ニール・ヤングに、この年で「君にふにゃふにゃ」っていうタイトルは付けられないんじゃないかと思います(笑)。

 でも、ニール・ヤング自身がモロにそうなってますけどね(笑)・・・あっ!松本隆くん家で初めて聴いた、あの「I Am A Child」って、まさに「君にふにゃふにゃ」ですよね(笑)。「子供なんだよぅ」みたいな。「甘えていたいんだよぅ」って。

--- (笑)図らずもつながりましたね。

 ニール・ヤングと「ふにゃふにゃ対決」したいですね(笑)。俺、ニール・ヤングとはいつか対決したいんだよね。生ギター1本で。俺の方が勝つけど(笑)。4、5年前には、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンと対決したいなって思ってて。1曲だけすごい好きな曲があって(「Testify」)、それがドラムの中に頭を突っ込んで歌ってるみたいだったんだよね。那覇のお店で初めて聴いた時、まだ名前も知らなくて、「コイツすごいな!」って思ったんだけど、お店の人に「これ誰?」って名前を聞くのが悔しいもんだから聞かずに、2、3年ずっと我慢して自力で探して(笑)、やっとめぐり会えたんだよね。もしかしたらPILの『Metal Box』に入ってたかな?とか思って、全部聴いてみたけど違うなぁとか(笑)。

--- よく探しあてたなと思いますよ(笑)。

 多分、ラジオで流れたんだと思いますけどね。「おおっ!コイツだ!」と思って(笑)。その曲だけ好きなんですけどね。「純音楽の道」っていう曲は、そういう気持ちで作ったんですよね。ドラムの中に頭突っ込んでるような感じで(笑)。

 でも、ニール・ヤングとの「ふにゃふにゃ対決」は、是非盛り上げてくださいよ(笑)。今のうちやりたいよなぁ。

--- その対決は、椛の湖フォーク・ジャンボリーで是非観たいですね。

 フォーク・ジャンボリーで?フォーク・ジャンボリーは呼べないだろうなぁ(笑)。多分金ないと思うよ(笑)。俺が前座やってもいいからって、ニール・ヤングに伝えておいてください(笑)。多分失礼ながら、兄貴には「俺は勝つ!」だから(笑)。




【取材協力:遠藤賢司仕事室/MIDI Records】






「第二回 エンケン純音楽祭り」のおしらせ


第二回 エンケン純音楽祭り@渋谷クラブクアトロ
  >渋谷クラブクアトロ 
9月19日(土)
18:00開場/19:00開演
出演:遠藤賢司/泉谷しげる/曽我部恵一
前売:3,800円
当日:4,300円
(税込/整理番号付/ドリンク別)
2日間通し券:6,900円
(税込/整理番号付/ドリンク別)


> 渋谷クラブクアトロ 
9月20日(日)
18:00開場/19:00開演
出演:遠藤賢司(湯川トーベン、石塚俊明)/頭脳警察(PANTA,TOSHI&菊池琢己)/ZAZEN BOYS
前売:3,800円
当日:4,300円
(税込/整理番号付/ドリンク別)
2日間通し券:6,900円
(税込/整理番号付/ドリンク別)


  (問い合わせ)渋谷クラブクアトロ 03-3477-8750
※チケットは各プレイガイドにてお求めください。
profile

遠藤賢司
(えんどう・けんじ)

 1947年1月13日、茨城県勝田市(現ひたちなか市)生まれ。大学時代にFENでボブ・ディランの「Like A Rolling Stone」を聴いて、自作の歌を歌うことに目覚める。数々のフォークの集いにて自作の歌を歌っているうちに、折からの60年代後半のフォーク・シーンにおいて徐々にその頭角を現すようになる。69年2月にシングル「ほんとだよ/猫が眠ってる」でデビュー。70年4月には、デビュー前のはっぴいえんど(大滝詠一を除く)が参加した1stアルバム『niyago』を発表。デビュー作にして早くも現在にまで通ずるエンケンの音楽の魅力を濃縮に詰め込んでいた。72年、三島由紀夫の割腹自殺の日のことを日常のいち風景として歌った「カレーライス」が大ヒット。その後も『東京ワッショイ』(78年)、『宇宙防衛軍』(80年)といった傑作を発表。また、82年にはその2作品に影響を受けたという長嶺高文監督の映画『ヘリウッド』に主演。音楽以外にも活動の幅を広げた。83年に細野晴臣、越美晴が参加したEP『オムライス』を発表後は、活動の場をライブ中心へと移し、ひとりでエレキ・ギターとマーシャル・アンプで豪快なライブを展開。88年にスリーピースのロック・バンド「遠藤賢司バンド」(エンケンバンド)を結成。91年にはベースに元・子供バンドの湯川トーベン、ドラムスに頭脳警察のトシが加入して、現在のラインナップに至る。96年、実に16年振りとなるスタジオ・フル・アルバム『夢よ叫べ』を発表したのを皮切りに、デビュー30周年となった99年には、生ギター1本によるセルフ・カヴァー・ベスト『エンケンの四畳半ロック』、デビュー33周年・55歳のゾロ目となった2002年に『幾つになっても甘かあネェ!』を発表し、再びアルバム・レコーディングを活発化させる。2005年には、日本武道館に於ける無観客ライブ『エンケン対日本武道館』を自らが監督・主演・音楽を務め映画化。翌年のアルバム『にゃあ!』に続き、還暦を迎えた2007年にはシングル『惚れた!惚れた!』を発表。そして、デビュー40周年を迎えた2009年、通算20枚目となるニュー・アルバム『君にふにゃふにゃ』をリリースする。