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2009年6月5日 (金)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第12回

「田園と鼻の復活」

 久々にワルター指揮コロンビア交響楽団、ベートーヴェンの交響曲第6番を聴いた。
 この録音について、以前ソニー・クラシカルのリマスター盤を聴き、「暑苦しい演奏」と何かに書いたことがある。まるでアジアの高温多湿の田園を彷彿とさせるような。まさに、「田んぼ」って感じか。
 それを読んだ平林直哉氏から「あれはリマスターに問題があるから、そんなふうに聴こえるだけ」と言われたことがあった。今回、当の平林氏自らこの録音の復刻を手がけたというので、いったいどんな音になっているのだろうと聴いてみることにしたのだ。

 やはり違う。音場感が広く、豊かなので、以前聴いたリマスター盤と比べると、音が詰まり過ぎる印象がないのだ。スッキリとした爽やかさに、艶やかさが交じる。LP初期盤をマスターとしているために、多少のジリパチ・ノイズは乗っているけれど、音楽と分離しているために、さほど気になることはない(というか、本当にLPを鳴らしているような感覚に襲われる)。

 ベートーヴェンの交響曲第6番といえば、アーノンクールだのギーレンだのを深く愛聴して止まないわたしが、対極にあるようなワルターなどを聴いて喜んでいるのかといえば、理由はただ一点、この録音が、自分のクラシック音楽歴の最初の一ページに位置するものだからである。
 もちろん、初恋の人に執着するような性格ではないので、それを無闇に持ち上げもせず、かといって必要以上に否定もせず、「はは、懐かしいのう」といった気楽な気分で耳にしている。今回のLP復刻盤により、かつて慣れ親しんだ響きが蘇って、それがどのような演奏だったのかを改めて知るいい機会にもなった。

 ほのぼのとしたテンション高めの演奏だ。ヨーロッパからの流れ者で構成されたコロンビア交響楽団ならではの、新鮮さと老獪さを兼ね備えた不思議なテイストがいい。まばゆいばかりの弦楽合奏は、古き良きヨーロッパの伝統をそのまま継承している。
 そのオーケストラをワルターはやけに強引に引っ張り回す。第1楽章のコーダへの流れは、ちょっと笑っちゃうくらいにチカラ技だ。以前のリマスター盤では、このような強引さも、粘着質を帯びて響き、暑苦しく聴こえる一因となっていた。しかし、ワルターはもっとサワヤカな顔つきで、ヤリタイ放題かましているだけだ。豪胆、といってしまっていいくらいに。
 
 ただ、この指揮者は構造的な意識があまりにも無さすぎるのか、各部分やそれぞれの楽章との関連が吃驚するくらいに薄い。だから、第3楽章から終楽章までに到る流れが、説得力を持たない。たとえば、この演奏の第4楽章の嵐の部分は、まるで風景画のような素っ気ないものなので、続く終楽章の悟り切ったような安らかな気分が決して止揚されない。ヌルすぎるんだわな。
 そして、そういうヌルさこそ、19世紀ロマン派の名残なのだねえと感じ入ってしまった。音楽の構造意識など、その後の新古典主義やノイエ・ザッハリヒカイトの時代を経て、我々の意識に定着したものだからだ。

 今月は「はは、懐かしいのう」なディスクがもう一枚あった。ショスタコーヴィチのオペラ《鼻》の新録音である。
 朝、パンを食べようとしたら、なかから鼻が出てきた、という話で始まる、この《鼻》なる作品には、ずいぶんと変態じみたハマり方をした。オペラ・ガイド本の類で、この歌劇のストーリーが奇想天外なことを知り、当時ショスタコーヴィチ狂いだったわたしは多分に興奮、ゴーゴリの原作にも目を通し(ついでに、プッチーニの《外套》がこの作者の原作のものではないことを知って落胆し)、ロジェストヴェンスキーの指揮した録音がCD化されたと聞き、連日のようにレコード店に問い合わせをして「また、あの《鼻》の人か」などと陰口を叩かれ(たに違いなく)、そして、忘れもしない生涯最初のオペラ鑑賞は、モスクワ・シアター・オペラの1991年来日公演、《鼻》なのであった。

 そんな思い入れが強い作品であったけれど、ここ十年以上はすっかりご無沙汰だった。ゲルギエフ指揮による新録音を聴いてみると、これが目が潤んでしまうくらいに懐かしい。若きショスタコーヴィチの実験精神が溢れ、超ナンセンスなストーリーがこの作曲者ならではの生真面目さで進行していくのがなんともたまらない。

 ロジェストヴェンスキー盤は、鼻息荒くせんばかり、とてつもない意気込みが強力な演奏だった。表現は強いけれど、ちょっと硬く、ヒリヒリとした音楽になっている。一方、ゲルギエフの新盤は、いかにも彼らしいワイルドにしてシャープ路線。打楽器のみの間奏曲やオーケストラによるギャロップも、卓抜したオーケストラ・コントロールでカッコ良く聴かせてしまう。さすが。

 荒くれ者の息子が、妙に男前になって帰ってきた気分。以前とは違ったこの作品の魅力を探るべく、しばらくこの演奏に耳を傾けようと思っている。

(すずき あつふみ 売文業) 


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