所謂「ロックステディ期」と呼ばれる、レゲエ・ミュージックの歴史において、アメリカのソウルやリズム・アンド・ブルースとの距離が最も近かった時代。そんな60年代半ばから後半にかけ、1つの時代を築いたアルトン・エリスは、甘くシルキーな歌声で人々を魅了したレゲエ・シンガー。50年代後期にダンサーとして芸能活動に足を踏み入れたアルトンは、59年、15歳の時に、友人でシンガーのエディ・パーキンスと共に、Studio Oneのプロデューサーであるクレメント”コクソン”ドッドの下で初吹き込み(「Muriel」)を行いました。その後、コクソンの下を離れ、Treasure Isleのプロデューサー、アーサー”デューク・リード”に付き、数多くの楽曲を録音することになり、アルトン・エリス&ザ・フレイムス名義による「Dance Crasher」、「Cry Tough」、「Ain't That Loving You」、そして一番最初のロックステディ楽曲と云われている「Girl I've Got A Date」など、今も多くのレゲエ・ファンから愛される名曲を世に送り出しました。ジャマイカに流れるアメリカ南部のラジオを聴いて、ソウル色の強い歌風を見出したアルトンは、アメリカやイギリスのリズム・アンド・ブルース〜ドゥーワップ〜ソウルのカヴァーを歌うことで、徐々に突出したスタイルをものにしていきます。それまでスカが主流だったジャマイカを、ロック・ステディ一色に塗り替えた、まさに「ロックステディの父」であるわけなのです。もちろん、ボブ・マーリー、デニス・ブラウン、フレディ・マクレガーといった後出のシンガー達にとてつもなく大きな影響を与えたのは、言うまでもないでしょう。
当時の2大サウンド、コクソン・ドッド(Studio One)とデューク・リード(Treasure Isle)による、ロックステディ期の主導権の握り合いが激化した60年代半ば、アルトンは再びコクソンに引き抜かれ、Studio Oneへの録音を始めました。スカタライツを解散させた鍵盤奏者ジャッキー・ミットゥーを中心としたハウス・バンド=ソウル・ヴェンダーズの緩やかなリディムをバックにした楽曲は、たちまちジャマイカ国内で大ヒットを記録。67年には、名曲「I'm Still In Love With You」(2004年に、ショーン・ポールもカヴァーし大ヒット)、現在の多くのダンスホール・リディムの基盤となった「Mad Mad」、Treasure Isleにも吹き込まれた「Rock Steady」が生まれ、ロックステディという時代が満開となったその時期に、アルトンのキャリアも絶頂期を迎えました。プロコル・ハルムやビージーズのカヴァーなどを含む、記念すべき初アルバム『Sings Rock And Soul』が発表されたのもこの年になります。
翌68年には、商売敵でもあるTreasure Isleから『Mr. Soul Of Jamaica』をリリース。こちらは、トミー・マクック率いるスーパー・ソニックスや、リン・テイト&ザ・ジェッツがバックを務め、ホーン中心のゴージャスなリディムが際立つ素晴らしい1枚。69年には、三度コクソンの下からベスト・アルバム『The Best Of Alton Ellis』をリリース。バックには古典リディム「Real Rock」などの生みの親、サウンド・ディメンションが参加しています。
ジャマイカの音楽産業が飛躍的な発展を遂げたロックステディという時代は、70年代という新しい時代の到来と共に終わりを告げ、ジャマイカの音楽シーンは、いよいよ、ラスタファリ思想と連動した「ルーツ・ロック・レゲエ」の時代を迎えることとなります。プロデューサーの金銭不払い等の問題を機にカナダへ移住し、『Sunday Coming』(70年)というブラック・パワー〜アフリカ回帰色を取り入れたアルバムをStudio Oneからリリースしたアルトンは、その後、72年にロンドンへ移住。結果的に、そこが永住地となりました。また、77年当時まだ全くの無名だったジャネット・ケイとの出会いが、低迷しかけていたアルトンのキャリアに再び光を当てることとなり、アルトン自身が、サウス・ロンドンに立ち上げたレコード・ショップ/レーベル=All Toneからリリース(もちろんプロデュースも)した、ミニー・リパートン不朽の名曲のレゲエ・カヴァー「Lovin’You」は、たちまち世界中で大ヒットを記録しました。今に至るラヴァーズ・ロック・ブームの土台は、このアルバムで築かれたと云っても過言ではないでしょう。その後もアルトンは、『Still in Love』、『A Love to Share』、『Slummin'』、『A New Day』、『Daydreaming』、『Continuation』など、Studio One、Treasure Isle時代のリメイク楽曲を交え、70年代後期〜80年代にはコンスタントにアルバムをリリース。
92年のジャパン・スプラッシュをはじめ、90年代には4度の来日を果たし、'01年には、日本代表スカ・バンド、ドリームレッツを母体に、デタミネーションズのホーン隊などが参加したオール日本人の最強バンドを従え、熱いパフォーマンスを見せてくれたアルトン。同年、エゴ・ラッピンの森雅樹、ドリームレッツ、さらには、ダブ・エンジニアとしてドライ&ヘヴィーの内田直之が参加したシングル「Lovely Place」を制作し、日本のファンを喜ばせてくれました。'04年には、'02年3月のフランス公演を収めたライヴ盤『Working On A Groovy Thing』をリリース。「I'm Still In Love With You」、「Give I've Got A Date」、「Rock Steady」といった往年のロックステディ名曲を、心地良さそうに歌い上げていたのがとても印象的でした。
来年1月に延期となったものの、久々の来日公演も決まっていただけに・・・その死がいっそう惜しまれてなりません。
ロックステディ誕生以降現在に至るまでのレゲエ・シンガーに限らず、世界中全てのレゲエ・ファン、歌モノ好きの心の拠り所であったアルトン・エリスの甘く優しい歌声。
天国でもその歌声で、たくさんのレゲエ・ファンの心を温めてあげてください。