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「ゴルトベルク」は現代音楽だった?

Tuesday, August 12th 2008

連載 許光俊の言いたい放題 第148回

「ゴルトベルク」は現代音楽だった?

昨年、このコラムの第128回で佐村河内守という作曲家について書いた。異様な苦難に耐えつつ創作を続けている人である。彼の目下の代表作は疑いもなく交響曲第1番だが、編成の点でも、長さの点でもあまりにも規模が大きく、初演される予定はまったくなかった。
 しかし、彼自身の著書『交響曲第1番』(講談社)の力もあってか、幸いなことにようやく作品が実際の音として鳴り響くことが決定した。9月1日、広島。演奏は秋山和慶指揮広島交響楽団だ。ただし、残念なことに完全全曲ではなく、第2楽章がカットされる。これからしても、作品規模の大きさが推測できるだろう。言うまでもなく完全全曲のほうが好ましいのは間違いないが、次善の策として、まったく演奏されないよりはこっちのほうがよいとも考えられる。理想主義者の作曲家としては、辛い思いもないわけではないだろうし、どうせなら私だって全曲が聴きたいが・・・。ともかくその日は、広島まで行くことにした。東京からも音楽関係者が何人か出かけるらしい。

ところで、現代の音楽といえば、最近おもしろいCDを聴いた。パトコヴィッチというアコーディオン奏者によるバッハ「ゴルトベルク変奏曲」である。「え、バッハのどこが現代音楽なんだ?」と思われるであろう。実際、私もこれが現代音楽のCDとは知らずに何気なく聴きはじめた。
 むろん流れ出したのは、慣れ親しんだ主題である。きわめて遅い。ネットリとはいないが、かなり湿り気がある。波止場で男がひとり寂しげに吹くハーモニカみたいな感じといえばわかりやすいか。まるで曲尾でこの主題が戻ってくるところの雰囲気を先取りしたようだ。山崎浩太郎氏なら「呼吸感がない!」と言うに違いないけれど、私はこういうの、嫌いではない。
 「この奏者、悪くないね。でも御喜美江やフッソングに比べると個性が弱いというか、穏やかでやさしいな」などと考えながら聴き進めていたが、ある箇所に来てぎょっとした。あの聴き慣れた「ゴルトベルク」のはずなのに、突然訳が分からない音楽に変わってしまったのだ。「まさか、この曲にも未知の版とかがあったわけ?!」と驚いてジャケットを見ると、なんとこの「ゴルトベルク」は、バッハの曲のところどころに、ユッカ・ティエンスーという現代作曲家による音楽が挿入されているという代物だったのである。
最初は驚いたが、だんだん慣れてくると、これが悪くないのである。18世紀の音楽と21世紀の音楽。もちろんスタイルはまったく違う。が、考えてみれば、われわれは古い町をわざわざ見物に行くではないか、もちろん現代の普段着で。誰も、「古い町並みで現代の服を着てはならない」とは言わないだろう。昔の家や建物を改装し、現代的にした飲食店や商店はヨーロッパでは普通である。人間の世界ではごく当たり前に古いものと新しいものが同居している。そんな感じに近いかもしれない。ともかく、古いものを聴いていて、突然新しいものに不意打ちされる、あるいはその逆、これが妙に快感なのである。
 あるいはこう言ってもいいかもしれない。ある店なり建物に入ったとたん、新たな音楽が聞こえてくる。店を出たとたんにそれは消える。その繰り返し。21世紀の音楽がある瞬間にふっとバッハに切り替わるところなど、特にそんな連想をした。
 そういうわけで、このCDを聴いていると、何かいろいろなところを巡り歩いているような気がしてくるのだ。ムソルグスキー「展覧会の絵」みたいとも言えるかもしれない。前回、「真夏の幻想」などと書いたが、これもまた幻想味を非常に持つアルバムなのである。
 この不思議な散歩は、たっぷり74分続く。普通の「ゴルトベルク」では短かすぎると思う人にはことさらありがたいかもしれない。私もそのひとりであるが。

(きょみつとし 音楽評論家、慶応大学教授) 

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