「異界のシューベルト」
Friday, May 16th 2008
連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第3回「異界のシューベルト」
フォークトの弾いたシューベルトを聴いていたら、心霊写真と呼ばれるものを夢中になって眺めていた小学生だった頃を思い出した。
当時、日常のなかに、強烈な存在感でもって立ち現れる怪異に、世界が持っている多面性を感じていたのだろう。ふと後ろを向けば、そこに異界が感じられるようなリアリティといっていい。齢を重ねる間もなく、心霊写真自体はインチキであることを学んだけれど、世界は多面的であるという感覚だけは、いまだにわたしのなかにリアルなものとして残っている。今、自分が知覚しているものだけがすべてではないのだ、と。
シューベルトの音楽は、そうした異界の存在を垣間見させる。彼の音楽のいちばんの魅力は、日常的なものをちょっと角度を変えて見るだけで、それを超越したものが立ち現れるところにあるのではないか、とわたしは思うのだ。ベートーヴェンみたいに、「ここを積み上げて、こんなふうにいじったら、とてつもないものが出来ました」というものとは違い、その「出現」は論理じみてるわけではなく、唐突で、そして何気ないところから生まれる。
主題が突然翳ったかと思えば、伴奏がかすかに不気味な響きを立てる。「ホラー」と呼ぶには、もちろん、それはあまりにもさりげない。
ほとんどのピアニストの弾くシューベルトは、異界の存在を暗示するくらいで終わってしまうのだが、フォークトの雄弁な演奏は、それを明確に描き切ってしまう。あらゆるところまで神経が行き届いた、克明な演奏というだけでは決してないのである。
ソナタ第21番の冒頭は、繊細なタッチで主題が奏でられる。枯れているのに、妙に色彩的。この音色、フォルテ・ピアノを使っているのかと一瞬思ってしまったほどだ。この主題の確保の部分、念を押すように奏でられる主題と、妖気をはらんだ伴奏の対比を聴くと、すでに禍々しさがそこに満ちているのに気づく。
もっとも強烈なのは、展開部後半、最初の主題が展開される部分(170〜173小節、ディスクでは13分50秒あたり)。両手のそれぞれのリズムをはっきりと強調することで、まるで身体が切り裂かれるような、「痛み」を感じさせる。こんな際どい弾き方、初めて聴いた。
第2楽章の冒頭では、左手による三オクターヴに渡る跳躍が繰り返される。ほかのピアニストならば、単なる伴奏にしてしまうところだが、これが実に生々しいのだ。この深海に住む海生物みたいな動きの上で奏でられる旋律は、ことのほか神秘的に響く。
以前リリースされたモーツァルトの作品集を聴いたときも、内省的な弱音にただらなぬものを感じ、ゾクリとしたものが、今回のフォークトは、異界への扉を完全に開けてしまった。シューベルト・イヤーにふさわしい、シューベルトの「魔物」っぷりがよく現れた怪演なのである。
このディスク、輸入元の資料には、フォークトのCAvi-musicレーベル移籍第一弾とある。このレーベルからはシュパヌンゲン音楽祭でのライヴ録音は出ていたが、ソロのスタジオ録音は初めてとのこと。そして、このあと彼の録音はこれまでのEMIではなく、CAvi-musicから出るのだという。一般的には、こういうのは「都落ち」とでもいうのであろうか。それとも、「転進」ってやつ? まさか、まさか。クラシックの世界じゃ、メジャーからマイナーに移るのは、そのアーティストのファンにとっては天慶というべき、たいへんありがたいことなのである。マーケティングでガチガチに縛られるメジャーよりも録音点数も増えるだろうし、少なくとも、音質はEMIのときと比べて鮮明になったことは確かなのだし。
(すずき あつふみ 売文業)
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