2006年モーツァルトへの旅 第2章
Tuesday, March 28th 2006
第 II 章 1773〜1777年 ザルツブルクの憂鬱
就職
イタリアでも就職のチャンスがなかったわけではない。2回目の旅行の際、ロンバルディア総督フェルディナント大公は、『アルバのアスカーニョ』を成功させたモーツァルトをミラノ宮廷で雇おうとしていたのである。しかし、それは大公の母親である女帝マリア・テレジアの忠告によって取りやめとなった。「世間を乞食のように渡り歩いているような人たちを雇い入れたら、他の奉公人たちに悪影響を及ぼすことになります」。
この辛辣な手紙が書かれた裏には、入り組んだ事情がある。『アルバのアスカーニョ』が初演された日に、老大家ヨハン・アドルフ・ハッセのオペラ『ルッジェーロ』も初演されていたのだが、こちらは大失敗に終わっていた。かつてハッセから教育を受け、音楽の師として尊敬していた女帝はこの結果に怒り、モーツァルトを疎んじるようになったという。才能があるばかりにとんだ災いを招いたものである。いずれにせよ、こんな手紙のやりとりがあったとはモーツァルト父子は知る由もなかった。
13歳の頃、モーツァルトは大司教シュラッテンバッハからザルツブルク宮廷楽団の無給の宮廷楽師長(コンサートマスター)に任命されていた。シュラッテンバッハの死後、新大司教コロレドは、モーツァルトを年棒150グルデンの宮廷楽師長に昇格させた。最初、コロレドはモーツァルト一家に対して友好的に見えた。だが、両者の関係はまもなく悪化する。
シュラッテンバッハは地元の若い音楽家を育成することに情熱を傾けていた。レオポルトたちが長期の演奏旅行に出ることにも寛大な態度を示していた。それがひいてはザルツブルクの評判を高めることになると考えたからである。コロレドは違った。イタリア至上主義者の彼は、イタリア人の音楽家を見境なく雇い入れ、才能がなくても高い地位と俸給を与えていたのである。これによって出世を望めなくなったモーツァルト父子が大きな不満を抱いたことはいうまでもない。
1773年7月、レオポルトは息子を連れてウィーンに行った。ウィーン宮廷楽長フローリアン・ガスマンが重病に陥ったと聞き、後任として息子を推そうとしたらしい。レオポルトは息子の才能にふさわしい勤め口を探そうと必死だったのである。8月にはマリア・テレジアにも——疎まれているとも知らず——拝謁した。「陛下は私たちに大変な好意を示してくださいました。でも、それだけでした」(レオポルトの手紙)。結局、就職活動は失敗に終わった。ちなみにガスマンの死後、宮廷楽長に任命されたのは、宮廷作曲家だったジュゼッペ・ボンノ。イタリア・オペラ楽長兼宮廷作曲家には、ガスマンの弟子であるアントニオ・サリエリが就任している。
大司教のしもべとして
ザルツブルクで宮仕えの身となったモーツァルトは、ヴァイオリンが好きなコロレドのために食卓でヴァイオリンを演奏したり、典礼などで定期的に教会音楽を演奏したり、地元の貴族のために作曲したり、という日々を送っていた。退屈な町を出たい、という気持ちは募るばかりだった。大司教はモーツァルトのことを一奉公人としかみなしておらず、同じ食卓につかせることはもちろんなく、その才能を認めることさえなかったようである。そういったこともプライドの高いモーツァルトには我慢ならなかった。もっとも、コロレドとて人の子。旅行先で大胆に就職活動をしているような反抗的な人間が鼻についても仕方ない。
バイエルン選帝侯マクシミリアン三世からオペラ作曲の依頼をうけたモーツァルトは、1774年12月6日、父とミュンヘンへ旅立った。この旅には、後から姉のナンネルも合流している。
オペラ『偽りの女庭師』は75年1月13日に初演され、大成功をおさめた。「アリアが歌われるたびに、拍手と『ブラヴォー・マエストロ!』の叫び声が起こり、おそろしいくらいどよめきました」(母親宛の手紙)。しかし、ちょうどこの頃ミュンヘンにやってきたコロレドは、自分の家臣が成功したことを聞かされると、困惑し、ただ頭でうなずき、肩をすくめただけだったという。
ザルツブルクを去る
3月7日にミュンヘンから戻ったモーツァルトは、以後2年半、ザルツブルクから出られなくなる。コロレドが休暇願をはねつけたのだ。この頃、モーツァルトはイタリアで教えをうけたマルティーニ師への手紙の中で、ザルツブルクについて「音楽に関する限り、きわめて恵みの少ない国です」と述べている。当時、彼がザルツブルクで音楽上の敬意を払っていた先輩音楽家は、父レオポルトを除くと、高名なヨーゼフ・ハイドンの弟ミヒャエル・ハイドンと、オルガニストのアードゥルガッサーくらいだった。さらにモーツァルトは同じ手紙でこうも書いている。「私たちがこの世に生きているのは、たえず熱心に学ぶためであり、また、対話を通じてお互いを啓発し合い、学問や芸術を前進させるべく最大限に努力し続けるためではないでしょうか」。こういう志を抱いた青年が奉公人として一田舎町にとどまることは、もはや不可能だった。
ただ、この鬱屈していた時期(1773年4月〜1777年8月)に、交響曲第25、29番や、ヴァイオリン協奏曲5作品、セレナード第6、7番など、数々の名作が生まれたこともまた事実なのである。とくに1777年1月に書かれたピアノ協奏曲変ホ長調は、神童が本物の天才に成長したことを証明する傑作として有名だ。
77年8月1日、21歳のモーツァルトは広い世界で自分の可能性を試すべく、退職願を提出した。当初は父子で旅に出る予定だったが、そのためにはレオポルトも辞職しなければならない——それがコロレドの下した決定だった。まもなく58歳になるレオポルトは、収入源が断たれることに不安を感じ、職にとどまることを決意。かわりに母アンナ・マリアが息子の旅についてゆくことになった。
1773年4月〜1777年8月に書かれた代表的な作品
交響曲第25番 ト短調 K.183
1773年10月5日完成。悲劇の始まりを思わせる冒頭のドラマティックな旋律は、映画『アマデウス』で印象的に使われていたので、知っている人も多いはず。ここまでエモーショナルな表現は、以前のモーツァルトにはあまり見られなかったものだ。これもウィーン滞在中、様々な音楽家の作品に触れた影響と思われる。ちなみに短調で書かれた交響曲は第25番と第40番のみ。どちらもト短調なので第25番の方は「小ト短調」と呼ばれる。
オットー・クレンペラー指揮/フィルハーモニア管弦楽団
TOCE-13201
交響曲第29番 イ長調 K.201
1774年4月6日完成。室内楽的な緻密さを持つ交響曲。先輩作曲家たちの影響も認められるが、それまでの作品に比べると格段にオリジナリティーが増している。和声とリズムの扱いが完全にモーツァルト独自の語法になっているのだ。第1楽章の第1主題など、なにげないようでいて、実に繊細な技法で書かれており、この作曲家の並々ならぬ天才ぶりをうかがわせる。翼を持ったメロディーとはこういうものを言うのだろう。
カール・ベーム指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
TDKOC006
セレナード第6番ニ長調 K.239
「セレナータ・ノットゥルナ」
1776年1月完成。演奏によっては13、4分で終わる軽めの内容だが、ここには胸躍るワクワク感、魅惑のあでやかさ、典雅な物腰、ユーモア、黄昏に寄せる憂愁の思い、躍動への回帰といったモーツァルト音楽のエッセンスがこれ以上ないほどコンパクトに詰まっている。セレナードとは、弦・管楽器の小アンサンブルによる、多楽章の器楽様式のこと。ただ、この作品は3つの楽章だけで構成されており、編成も弦楽器とティンパニのみ。
ウィリー・ボスコフスキー指揮/ウィーン・モーツァルト合奏団
UCCD-7014
ピアノ協奏曲第9番 K.271「ジュノム」
1777年1月完成。フランスの女流ピアニスト“ジュノム”がザルツブルクを訪れた際、彼女に捧げられた。ジュノムについてはずっと詳細不明だったが、近年の発見でルイーズ・ヴィクトワール・ジュナミ(1749-1812)であることが判明したようである。オーケストラによる長い前置きを経ず、2小節目からピアノが登場する点が斬新。このスタイルはベートーヴェンに継承された。天衣無縫の楽想が精妙に絡まった傑作だ。
クリスティアン・ツァハリアス(P/指揮)/ローザンヌ室内管弦楽団
34012982
ヴァイオリン協奏曲(全5作品)
第1番は1773年春に作曲され、あとの4作は75年6月から12月にかけて集中的に書かれた。ヴァイオリン愛好家のコロレドのためにも、こういう作品を演奏する必要があったのだろう。これ以降、モーツァルトはヴァイオリン協奏曲を書いていない。第1、2番はいわば手探りの作品。随所に美しい部分はあるものの、天才的な閃きはさほど感じられない。ところが第3番から、急に筆づかいが大胆になり、豊かな旋律発想、緩急強弱のダイナミズムを存分に注ぎ込んでいる。第4番ではさらに自由度が増し、両端楽章でソロ・ヴァイオリンが奔放に歌い、かけまわる(情緒にとんだ第2楽章も聴きどころ)。第5番は、第3楽章にトルコ風——ハンガリー風と言う人もいる——のリズムが用いられていることで有名。全楽章を通じ、親しみやすい旋律で編まれた名品である。ちなみに第3番から第5番はいずれも最終楽章に構成上の際立った特徴があり、音楽的な奥行きを生んでいる。また、3作とも静かに終わる。
ヴォルフガング・シュナイダーハン(Vn/指揮)/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
471365
ギドン・クレーメル(Vn)/ニコラウス・アーノンクール指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 UCCG-6018*
*こちらは第3番から第5番を収録した国内盤です。全曲収録盤はPOCG-3898(国内盤)、もしくは453043(輸入盤)となります。
(阿部十三 [あべとみ])
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2006年モーツァルトへの旅 第1章 モーツァルトが生まれてから250年。今、その音楽は世界中に広まり、無数の人々に愛されています。このコーナーでは、モーツァルトの35年間という短い人生を辿りながら、その代表作を御紹介します。 |
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