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2017年2月15日 (水)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第67回


 昨年暮れにノロ・ウィルスに、新年明けてしばらくしてインフルエンザに続けざまに罹った。マイナーな音楽ばかり聴いておるのに、体質だけは流行り物に弱くなっちまったようだ。その合間に、自宅の引っ越しを敢行、サヴァールやクルレンツィスを聴きに訪欧というスケジュールをこなした後、カンブルランの《彼方の閃光》やらBCJの《ミサ・ソレニムス》といった重量級の演奏会にも足を運び、いささかの疲労感を覚えているところ。

 そんななかで、ロナルド・ブラウティハムがモーツァルトとベートーヴェンのソナタを立て続けに弾くという演奏会があるので、気分転換には最適とばかりに出かけた(2月7日トッパンホール)。
 ブラウティハムといえば、フォルテピアノ奏者としてはノーブルというか、サクサク系というイメージが強い。シュタイアーとかベザイデンホウト、そしてリュビモフといった変化球を駆使するような個性の強い演奏家と比べると、その印象はちょっと淡め。

 この日も、前半のモーツァルト演奏は、その淀みなく流れていく心地良さに、ついウトウトしそうになる。なんという和音の美しさなのだろうとときおり感心しつつも、そのサクサクっぷりが際立って、なかなか耳に大きな痕跡を残さないのだ。このホールではシュタイアーなどの自在に変化しまくったモーツァルトも聴いたからなあ。
 後半のベートーヴェンは鮮やかだった。彼の端正を極めたピアノがベートーヴェンの大胆な音楽を引き立てたというか。とくに、ソナタ第18番の響きの面白さは、彼のフォルテピアノによって改めて気づかされた。あっけらかんとサッサカ弾き飛ばすように聴こえて、その実は細やかなコントロールが効いたピアノなのだ。

 帰宅して、彼の弾いたフォルテピアノのディスクを何枚か聴いてみた。シュタイアーの強烈な音色変化、ベザイデンホウトの伸び縮み自在のテンポなどはなく、やはりサクサクとした流れ。
 あえて濁った響きでコントラストを際立たすようなことはこの人は絶対にやらない。つねに、響きはキラキラと洗練されていて、まるでミケランジェリがモダン・ピアノでやった繊細極まりないコントロール感がこの人にはあるのではないか。それでいて、そんな神経質なところなど見せるなんてカッコ悪いもんね、と言わんばかりに淀みなく前に進み続ける。なかなかの才人かもしれぬ。

 ブラウティハムのモーツァルトは、ピアノ・ソナタに引き続き、ピアノ協奏曲は全曲の録音が終了している。第20番第2楽章のト短調に転じる中間部では、猛烈なスピードで弾き抜くのだけれど、この両手のバランスの良さは驚異的といっていい。
 二台のピアノのための協奏曲は、アレクセイ・リュビモフとの共演だ。第1ピアノのリュビモフの柔軟な響きと歌に対して、第2ピアノのブラウティハムはどこか折目正しい。そして、両者が掛け合ったり、ユニゾンで演奏するとき、響きはぐんと立体性を増す。
 このディスクには、この作品のウィーン版が収録されている。ウィーン版二台のピアノのための協奏曲は、トランペットやティンパニなどが盛大に追加されて華やか(というか後年のジュピター交響曲を思わせる派手)なアレンジ。こちらは、第1ピアノがブラウティハム、第2ピアノをリュビモフとパートを替えて演奏しているのがまた嬉しい。

 ルドルフ・ゼルキンに師事したブラウティハムは、モダン・ピアノでキャリアをスタート。シャイーとのショスタコーヴィチの協奏曲やマルタン作品、イザベル・ファン・クーレンと共演したR.シュトラウスやレスピーギのヴァイオリン・ソナタで彼のモダン・ピアノ演奏を聴くことができる。フォルテ・ピアノでは、ハイドンやモーツァルトの独奏曲や協奏曲を録音。メンデルスゾーンの無言歌集も爽やかな抒情性で聴かせてくれる。
 今回、色々つまみ聴きしたなかでは、やはりベートーヴェン作品が彼の作風にもっとも合っているのではないかと思った。なかでも、初期から中期のソナタがいい。とくに標題が付いているストーリーを匂わせたものではなく、サウンドそのものの面白さで聴かせる曲。

 演奏会でも聴いたソナタ第18番は、冒頭楽章の主題のクリスタルなタッチに驚かされる。ベートーヴェンがこの曲で試みた実験的なサウンドが、彼のピアノではとくに際立って響くのだ。
 両手のバランスがいい。第16番2楽章の立体的なサウンド、第12番冒頭楽章の第2変奏での旋律を追走する伴奏の身悶えするような興趣など、バランスの良さがもたらすベートーヴェンならではの「遊びの精神」をあまねく伝えてくれる。
 スピーディに流れるアレグロやプレストもいいが、緩徐楽章での独り言に似た、ひなびた歌い口もベートーヴェンらしくて好感をもった。決してベタつくことなく、達観したようなブラウティハムの旋律の歌わせ方には、初期ソナタであっても、後期のそれと共通するような孤独と超越がつねに宿っている。
 心地良く流れ、実にスマートな語り口と美しい音響で作曲家のアイディアをさりげなく明らかにして、その音楽の深部に迫る。謹聴せねばならぬベートーヴェンのソナタ全集がまた一つ増えた。と、これから聴かねばならぬディスクの山脈を見やって、いささかの疲労感も覚えているところ。

(すずき あつふみ 売文業) 

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