【特集】 「インパルス・クラシック50」発売!はじめてのジョン・コルトレーン [1965-1967]
Monday, May 25th 2015

はじめてのジョン・コルトレーン [1965-1967]
グループのレギュラーメンバーの変遷とその演奏記録を辿りながら「インパルス・クラシック50」の発売を記念して、ジョン・コルトレーンの同レーベルにおける中・後期、つまり1965〜67年の作品を主にとりあげながら、この世紀のテナー巨人の魅力に迫ってみたいと思います。「はじめてコルトレーンを聴こうと思っているんだけど・・・」という方尚歓迎な、ジョン・コルトレーン [1965-67] 特集(改訂版)。 オススメする側される側、どちらも体力勝負!

”コルトレーン入門”の1枚として、『Blue Train』(ブルーノート)、『Giant Steps』(アトランティック)、『My Favorite Things』(アトランティック)あたりの作品を推してくるというのは、今昔変わらず鉄板と言うべきか、然様なテーマでは誰がどうチョイスしてもこの3枚が外れることはまずないでしょう。巷に散乱するジャズ・ガイドブックを開いてもこのうちのいずれかは ”殿堂入り” の作品、あるいは通過儀礼的にマストなものとしておよそ大々的に紹介されているはず。またインパルス作品の中でも、『Ballads』、『Coltrane』、あるいは同レーベル移籍第1弾となる『Africa / Brass』なんかを”丸投げ”しても特別問題はなかったり・・・
ただし、今回発売される「インパルス・クラシック50」シリーズは、『Africa / Brass』を除けば、同レーベルにおける中・後期の作品が中心という、意図的であればなかなか興味深いラインナップとなっているのです。ゆえに、この時期(1965〜67年)のコルトレーン作品をご本尊に据えながら、不特定多数の方々にファースト・コンタクトを取っていただくにあたっては、レコメンドする側(特に一介の小売り)のより慎重且つ大胆な態度が必要になってくるのではないか、と手に汗握る日々を勝手に過ごしている昨今。とにかく語彙の豊富さと言葉自体のキレがないことには、コルトレーン・グループ特有のサウンドは巧く表現しきれない、などなど本当にヘコたれそうな今日この頃。

天井知らずにしばき上げられるソプラノ/テナー・サックス、地を這うベースソロによる殺しのメロディ 、決壊し氾濫したリズムの洪水がいざなう果ては、間違いなく新幹線で2時間ほどの情緒溢れる古都ではなく、往ったきり帰ってくることができないと見込まれる魔境の僻地? そう考えるとこれ以上恐ろしくて聴き込めません! と ”トレーン・イップス” を発症したリスナーが当時続出したかどうかは判りませんが、そこには「ジャズ次世代のエース」として総じて親しまれてきた60年代前半までのコルトレーンの姿はすでになかった、と極端な解釈をせずにはいられない壮絶な音のせめぎ合いがみっちりと封じ込められています。

ここまでくると遠回しに「聴かないほうがいい」と忠告しているようであまりにも具合が悪いのですが、決してそういうわけではなく、むしろ「爆発するテンション」と「今までにない厳しい美しさ」とを両価的に持ちあわせているかのようなこの時期のコルトレーンの混沌めいたサウンドを ”入門のためのカード” として引くのもアリではないかなと。「ジャズの新たな波」を標榜したインパルス・レーベルの作品に例を見れば、ファラオ・サンダースはもちろん、アーチー・シェップ、アルバート・アイラー、マリオン・ブラウン、はたまたユセフ・ラティーフといった同朋楽士、さらにはデューイ・レッドマン、サム・リヴァースからサン・ラーに至るまでのフリー〜コズミック派のリーダー作品を「スピリチュアル」というトレンドの名の下でTPO分け隔てなくたのしむことができる昨今の開放的で風通しの良い潮流。良くも悪くも順序立てて聴くことを ”絶対” としてきた音楽鑑賞のスタイルは、経年変化による価値観の様変わりや相次ぐディスカヴァリーがもたらした歴史の更新などと共にさほど重要視されることがなくなったと言ってもよいかもしれません。もちろんコルトレーン作品も例外なく。

これまでに世界中で語られ尽くされてきた音楽家の最も肉感的でマジカルな時期のサウンドだけに、そこに薦める側の勝手な葛藤や錯綜があるにせよ、提示されたら最後、あとはこの音の塊を体いっぱいに受け止めてその陽陰反応を待つしかないわけでして。まずは、当時のジャズ・ファンの評価を真っ二つに分かった『至上の愛』で ”スピリチュアル・トレーン”の何たるかというものを肌身で感じていただきましょう。録音は1964年12月となるので、厳密には[1965-1967]とやや恣意的に分断した時代区分にはあてはまらないのですが、発売が翌65年ということ、そして何と言っても、このアルバムを基点にしてコルトレーンの音楽路が新しい章へと突入した劇的なパラダイムシフトが存在するということを重要視して、まずはここで本作を取り上げてみたいと思います。
名カルテットをフィーチャーした壮大な組曲が時代の流れを変えた
John Coltrane 『A Love Supreme』 (1964年録音)
急速に哲学的な高揚を見せながら精神的な世界を追求していったコルトレーンが初めてアルバムとしてその世界を体現しようとした記念碑的な作品。「Love Supreme!」と歌うコルトレーン自身の歌声はまるで声明(しょうみょう)のように聞こえてくる。宗教用語そのものをタイトルに持つ『OM』とともに内的な世界を追求するコルトレーンの宇宙を集約したアルバムにして、60年代ジャズ・シーンを代表する名カルテットをフィーチャーした壮大な組曲が時代の流れを変えた不朽なる一枚。
「承認」「決意」「追求」「賛美」の四部からなる組曲という構成をとっていること自体、1964年当時ジャズの世界では珍しいこともあり、ここにコルトレーンの作曲(創作)をする上での強い意志を感じることができると、評論家スジの方々は口を揃えていたそうです。録音当時コルトレーンは、インド哲学に深く傾倒したことをはじめ世界中のあらゆる宗教に強い関心を持っており、ときおり瞑想に耽ってはそうした ”宗教観”や”宇宙観”を手繰り寄せていたそうです。「神に捧げし小さな祈り」という概念を持って創作された作品がこの『至上の愛』となるわけですが、一握りの好事家連を除けば、この前情報がそう簡単においしいトピックとなるはずもなく、全体に漂うドーンとした空気にあっという間に押しつぶされてしまうのが関の山か・・・と懸念するものの、それはまったくの杞憂に過ぎず。
例えば「承認」は、70年代にサンタナとジョン・マクラフリンによってロック・シーンに紹介され、80年代レアグル勃興期にはダグ&ジーン・カーンのカヴァーがロンドンのダンスジャズ・フロアを鼓舞。90年代以降現在に至るまでには、Mo'waxのパターソン、ホセ・ジェイムス、ビルド・アン・アークあるいはドゥワイト・トリブルらの幾らか通俗的な解釈によって『至上の愛』は、ジャズ以外(ニア・ジャズ)のシーンにおいても広く伝播されてきました。日本の裏原系某アパレルにいたっては自社のブランド・イメージ広告に ”ラブ・シュプリーム・トレーン” を登場させるほどの大胆なブッ込みよう。 つまり、「思ったよりもとっつきやすいスね」というのが現代人の感覚。ビートルズ上陸前夜、ラーメン一杯60円の時代とは受け手の咀嚼力にも大きな違いが出てくるというのも当然と言えるでしょう。
「承認」における神への感謝の唱和に「お経のようでドープ」とする流れなどは、もはや宗教理解なんぞそっちのけでそのムードとフォルムをひたすら愛玩するかつての仏女(ふつじょ)ブームにまでチェインしていったという曲解も・・・。さりとて、”村一番のコルトレーン信者” ブランフォード・マルサリスのリメイクに憑かれた人もそうでない人も、こうした宗家以外のミュージシャンによる十人十色の解釈に触れるのも、現在において『至上の愛』がどういったポジションに置かれつつあるかを知り得る上でちょっとした参考になるのではないでしょうか。
例えば「承認」は、70年代にサンタナとジョン・マクラフリンによってロック・シーンに紹介され、80年代レアグル勃興期にはダグ&ジーン・カーンのカヴァーがロンドンのダンスジャズ・フロアを鼓舞。90年代以降現在に至るまでには、Mo'waxのパターソン、ホセ・ジェイムス、ビルド・アン・アークあるいはドゥワイト・トリブルらの幾らか通俗的な解釈によって『至上の愛』は、ジャズ以外(ニア・ジャズ)のシーンにおいても広く伝播されてきました。日本の裏原系某アパレルにいたっては自社のブランド・イメージ広告に ”ラブ・シュプリーム・トレーン” を登場させるほどの大胆なブッ込みよう。 つまり、「思ったよりもとっつきやすいスね」というのが現代人の感覚。ビートルズ上陸前夜、ラーメン一杯60円の時代とは受け手の咀嚼力にも大きな違いが出てくるというのも当然と言えるでしょう。
「承認」における神への感謝の唱和に「お経のようでドープ」とする流れなどは、もはや宗教理解なんぞそっちのけでそのムードとフォルムをひたすら愛玩するかつての仏女(ふつじょ)ブームにまでチェインしていったという曲解も・・・。さりとて、”村一番のコルトレーン信者” ブランフォード・マルサリスのリメイクに憑かれた人もそうでない人も、こうした宗家以外のミュージシャンによる十人十色の解釈に触れるのも、現在において『至上の愛』がどういったポジションに置かれつつあるかを知り得る上でちょっとした参考になるのではないでしょうか。
文字どおりの”変遷期”を捉えた作品にしてカルテット崩壊寸前の記録
John Coltrane 『Transition』 (1965年録音)
【インパルス・クラシック50】 死後にリリースされたアルバムで、1965年6月10日のセッションを録音したものが中心となっている。『至上の愛』の流れを汲みながらも随所にフリーの要素が散りばめられた、文字どおりの”変遷期”を捉えた作品にしてカルテット崩壊寸前の記録。美しいオリジナル・バラード「Dear Lord」、「至上の愛」の続編的な「組曲」など全てが名演。
John Coltrane『Living Space』(1965年録音)
【インパルス・クラシック50】 『至上の愛』と『Transition』のセッションからのアウトテイクを集めたアルバム。元々は『Feelin' Good』というタイトルで発売されていた未発表編集盤に、65年6月10日のセッションで演奏されたピアノレス・トリオによる「The Last Blues」を加えたもので、98年にリリースされた。「Living Space」はアリスのオーバーダブが加えられていないオリジナル・ヴァージョンで収録。
John Coltrane『Sun Ship』(1965年録音)
【インパルス・クラシック50】 ファラオ・サンダースを迎える直前、黄金のカルテット最後の年である65年の8月に吹き込まれた1枚。コルトレーンを筆頭とする全メンバーが、壮絶な音の会話を繰り広げる。「Ascent」はベース奏者ジミー・ギャリソンを代表する熱演。決して甘くはないバラード「Dearly Beloved」も含めて本カルテットによる最も激しい演奏が聴ける。
John Coltrane 『First Meditations』(1965年録音)
【インパルス・クラシック50】 最強カルテット解体直前、つまりマッコイ、ギャリソン、エルヴィンらとの事実上のラスト・レコーディングとなる65年9月2日録音。リリースはコルトレーンの死後10年が経った77年。タイトルに「ファースト」と付くのは、『Meditations』の約3ヵ月前の録音であるため。シンプルなメロディ、燃えるような即興演奏を満喫できる。
コルトレーン・カルテットは『至上の愛』録音後の翌65年に、アルバム制作用のスタジオ・セッションを何度となく重ねることになります。ただしそのうちのほとんどは、後年のマテリアルを含むいくつかのセッションをまとめた未発表編集盤のようなカタチでコルトレーンの死後に発表され、このことが反ってジャズ入門者のコルトレーン理解の足かせとなっている気もするのですが。要するに紛らわしいというか、親切丁寧なディスクガイドか、知識があって誠実なレコ屋のオヤジのような指南役がいなければ、求めていたサウンドを芋づる式になかなか引っ張り上げられないのではないかなと。
ここに関しては、セッションの性質が似ていたり、録音時期が近いものを本稿でできるかぎり並列させていければと思っております。『Living Space』、『Transition』、『Sun Ship』、『First Meditations』という上掲4作品はいずれも65年のセッションを含み、且つ組曲形式の演奏が記録されているという点においても『至上の愛』の延長線上、またはその周辺に属するとされる楽曲を一部収めているものばかり。
中でも『Transition』に収録された5つのパートから成る「Suite」(65年6月10日録音)は、激しくも美しい瞬間をいくつも表出し、全体の起伏に富んだ構成、コルトレーンおよびメンバー各自のソロなど、どこをとってもその完成度は非常に高いものとなり、ゆえに『至上の愛』を引き合いにして、「それ以上の傑作」「いや、その凝縮にすぎない」という意見のぶつかり合いを方々で生んだほどなのです。また『Transition』と双璧を成す、6月10日、12日のセッションを収録した『Living Space』(発売は1998年)にしても同様に、フリーとモーダルの臨界点で”次の一手を探る”コルトレーンと、マッコイ、ギャリソン、エルヴィン、絶好調のピアノトリオの勇姿を窺うことができます。同年8月26日のセッション『Sun Ship』では絶叫に次ぐ絶叫と呼ぶに相応しいカルテットの爆発寸前の演奏を、また一方、9月2日のセッションで後にニュー・クインテットによって一部再構築される『First Meditations』ではバラードに重きを置いたかのような穏やかでシリアスな演奏にほだされることは確実でしょう。
ここに関しては、セッションの性質が似ていたり、録音時期が近いものを本稿でできるかぎり並列させていければと思っております。『Living Space』、『Transition』、『Sun Ship』、『First Meditations』という上掲4作品はいずれも65年のセッションを含み、且つ組曲形式の演奏が記録されているという点においても『至上の愛』の延長線上、またはその周辺に属するとされる楽曲を一部収めているものばかり。
中でも『Transition』に収録された5つのパートから成る「Suite」(65年6月10日録音)は、激しくも美しい瞬間をいくつも表出し、全体の起伏に富んだ構成、コルトレーンおよびメンバー各自のソロなど、どこをとってもその完成度は非常に高いものとなり、ゆえに『至上の愛』を引き合いにして、「それ以上の傑作」「いや、その凝縮にすぎない」という意見のぶつかり合いを方々で生んだほどなのです。また『Transition』と双璧を成す、6月10日、12日のセッションを収録した『Living Space』(発売は1998年)にしても同様に、フリーとモーダルの臨界点で”次の一手を探る”コルトレーンと、マッコイ、ギャリソン、エルヴィン、絶好調のピアノトリオの勇姿を窺うことができます。同年8月26日のセッション『Sun Ship』では絶叫に次ぐ絶叫と呼ぶに相応しいカルテットの爆発寸前の演奏を、また一方、9月2日のセッションで後にニュー・クインテットによって一部再構築される『First Meditations』ではバラードに重きを置いたかのような穏やかでシリアスな演奏にほだされることは確実でしょう。
集団即興のスリルとカオスが渦巻く超問題作
John Coltrane 『Ascension』 (1965年録音)
【インパルス・クラシック50】 コルトレーンが、ファラオ・サンダース、アーチー・シェップ、ジョン・チカイ、マリオン・ブラウンら次世代の精鋭たちと繰り広げた約40分の一本勝負。集団即興のスリルとカオスが渦巻く超問題作にして、今なおシーンに波紋を投げかける、60年代ジャズもう一方の原野にそびえ立つ金字塔。
さて、『至上の愛』でひとつの境地に達したと目されるコルトレーンですが、とどまることなく65年にセッションを繰り返し、同年6月28日、調性から逸脱した新しいアプローチの一手として総勢11名の若手楽士を集め吹き込んだ『Ascension』という音の記録を持って次のステージ、つまりは「フリージャズ」というジャズのニューウェイヴに自らを躍り投ずることを決意しました。
発売当時から本作を肴にした「ジャズ史における『Ascension』の意義とは?」といった類の議論が繰り返されてきたそうですが、この生々しくけたたましい音の渦と衝撃波は、大のオトナたちがいくら口角泡をとばして丁々発止やり合ったところで何らかの結論が出るような軟なレベルのものではないんじゃないかと。それでも議論せずにはいられないのだから、コルトレーンの音楽が持つ聴き手への扇動力や焚き付け力というものがいかにパワフルなものであるかを窺い知ることができるでしょう。フリージャズに対する抗体がなければ大怪我しかねないこのドンチャン騒ぎも、「ワケがわからん」と切り捨てる前に、「コレクティヴ・インプロヴィゼーション(集団即興)とパーソナル・インプロヴィゼーション(個の即興)の反復」と称し、その上「神の園」などとという邦題を宛がえてしまえば、イヤでも高名で芸術的な香りは高まるというもの。とは言え、そんなすかしたテクニカル・タームを用いて理詰めで聴くよりも、このドンチャン騒ぎそのものの ”悦” をおすそ分けしてもらおうじゃないかと臨むのが、本作をエンジョイするにあたり最も適切な姿勢と言えるのではないでしょうか。
あくまで主観ですが、このドンチャン騒ぎは、フィールド録音、特に世界各地の祝祭の熱狂を記録した音源に顕著な演者のトランス状態と共通項を多く見るような気がしてなりません。祭囃子の方が理路整然として確たるビートが存在している場合も多いので、『Ascension』の方がカオス指数に関しては高いと言えるのでしょうが、ただしこれは「フリーだ! カオスだ! 破壊だ! 断末魔だ!」といった表層的な部分に対するあーだこーだの感情論ではなく、その現場にいるパフォーマーたちの恍惚感や陶酔ぶりをいかにたっぷりと自己投影できるかという点において祝祭時の熱狂と騒乱に相通じているものなのでは、ということなのです。一方では、黒人解放運動の主導者マルコム]が65年2月に暗殺されたことを受け、解放運動に密に携わっていたミュージシャン、アーチー・シェップ、ファラオ・サンダースらとの交流を深めることによって「ブラック・レヴォリューショナリー」としての闘争姿勢をひっそり剥き出しにしていたと捉える向きも多かったそうです。
発売当時から本作を肴にした「ジャズ史における『Ascension』の意義とは?」といった類の議論が繰り返されてきたそうですが、この生々しくけたたましい音の渦と衝撃波は、大のオトナたちがいくら口角泡をとばして丁々発止やり合ったところで何らかの結論が出るような軟なレベルのものではないんじゃないかと。それでも議論せずにはいられないのだから、コルトレーンの音楽が持つ聴き手への扇動力や焚き付け力というものがいかにパワフルなものであるかを窺い知ることができるでしょう。フリージャズに対する抗体がなければ大怪我しかねないこのドンチャン騒ぎも、「ワケがわからん」と切り捨てる前に、「コレクティヴ・インプロヴィゼーション(集団即興)とパーソナル・インプロヴィゼーション(個の即興)の反復」と称し、その上「神の園」などとという邦題を宛がえてしまえば、イヤでも高名で芸術的な香りは高まるというもの。とは言え、そんなすかしたテクニカル・タームを用いて理詰めで聴くよりも、このドンチャン騒ぎそのものの ”悦” をおすそ分けしてもらおうじゃないかと臨むのが、本作をエンジョイするにあたり最も適切な姿勢と言えるのではないでしょうか。

John Coltrane 『OM』(1965年録音)
【インパルス・クラシック50】 1965年10月1日に吹き込まれ、「(創造主≒ブッダへの)帰依」を意味するタイトルが付けられた作品。前年にインドのシタール奏者ラヴィ・シャンカールと親交を深めたこともあり、コルトレーンの”聖なるもの”または”超越したもの”への強い思いが直接音になっているようだ。29分全1曲からなる本作で彼の内なる宗教に出会える。
John Coltrane 『Meditations』(1965年録音)
【インパルス・クラシック50】 最初のセッション『First Meditations』で録音されたもの精査し、おなじみのカルテットにファラオ・サンダースやラシッド・アリを加えて再度組み立て直した作品。そこにはすでに定型のジャズとは無縁の世界が広がり、新参ふたりの混沌としたものへの価値観がピタリとはまった。コルトレーン・サウンドの新局面を捉えたエポックメイキングな一枚。
John Coltrane / Archie Shepp 『New Thing At Newport』(1965年録音)
【インパルス・クラシック50】 名門ジャズ・フェスティヴァルを熱狂させた両者の名演をカップリング。崩壊寸前“黄金のコルトレーン・カルテット”のパフォーマンスと、アヴァンギャルド派の急先鋒シェップのプレイを1枚に収録。60年代ジャズの持つパワーとパッションに浸れる。
John Coltrane 『Kulu Se Mama』(1965年録音)
ドナルド・ラファエル・ギャレットの参加、ジュノ・ルイスのヴォーカル(ヴォイス)のフィーチャーがこの年のコルトレーンの変遷を実感させてくれる。すでに『Cosmic Music』の萌芽が聴き取れる演奏には、この時点でジョンがある意味での啓示を受け取っていたことは確実。『Half Note Live』あたりのストレイト・アヘッドなジャズのダイナミズムとは異なる、内的なバイブレイションから創出されたエネルギーがサウンド全体を覆っているのが明らかに聴こえる。コルトレーンの音楽哲学が初めて顔をはっきりと現した記念すべきアルバムとも言えるだろうか。
John Coltrane 『Live In Seattle』(1965年録音)
『Ascension』のリリースに先がけた65年9月30日、シアトルのライブ・ハウスにファラオ・サンダース(ts)とドナルド・ギャレット(bcl,b)を加えたニュー・セクステットで登場したコルトレーン。圧巻の「Evolution」に続く「Afro Blue」における新加入ファラオのソロも素晴らしい。アナログ時代は3曲しか収録されていなかったが、その「Afro Blue」をはじめ、現在では「Body and Soul」、「Tapestry In Sound」が追加収録された2枚組がスタンダードとなっている。
John Coltrane 『Selflessness featuring My Favorite Things』(1963/65年録音)
ロイ・ヘインズがドラムを務めた屈指の名演と称される「My Favorite Things」を含む63年7月2日のニューポート・ジャズ・フェスの音源(M-1,2)に喰われがちだが、65年10月14日に吹き込まれた「Selflessness」も忘れてはならない名曲。コルトレーンとファラオの絡みからマッコイの耽美なソロに至るまで、いかにこの年のレギュラー・グループが充実していたかを物語っているかのような1曲だ。
65年に録音されたセッションのうち、コルトレーンの生前に作品として発表されたものは、上掲『Ascension』、それに先がけた2月から5月にかけて断続的に行なわれたセッションの記録『John Coltrane Quartet Plays』、『First Meditations』の一部楽曲を差し替えて再録した『Meditations』、さらには翌66年に陽の目を見た『Kulu Se Mama』、『New Thing At Newport』(ライブ録音)、67年に発表された『OM』だけとなり、その他は70年代に入ってからリリースされたものや、ライブ音源となると90年代以降に編集されたものが多くを占めています。
『Ascension』でフリージャズ時代の到来に呼応したコルトレーンは、65年9月22日のセッションを最後に ”至高のカルテット” を終息させ、およそ1週間後、シアトルの「ペントハウス」でのステージには『Ascension』で共演したファラオ・サンダースを正式メンバーに迎え入れたセクステットという編成で登場しました。このときの音源が『Live in Seattle』ということになるのですが、とにかくファラオの力みまくりで燃え上がりまくりのテナーが強烈。さらにドナルド・ギャレットのベース/バス・クラリネットが入ることで厚みを増したサウンドは、『Ascension』の騒乱や混沌でさえ凌駕しそうな圧倒的なエネルギーを放射しており、その熱波にクラクラすること受けあいです。ファラオ・ファンにも当然マストでしょう。
そんなハードなギグの翌日にも彼らはスタジオ入りし、ヒンズー教で「上帝」を意味する『OM』というタイトルの組曲を吹き込みました。呪術的で長尺に及ぶ演奏。ファラオの発狂にも近い怒涛のソロは、ジョー・ブラジルのフルートを加えたセプテットによるマッシヴなインタープレイと相俟って何度もレッドゾーンに突入。「あのブヒブヒ騒いでるヤツは誰だ!?」と訝しげな伝統主義者の牽制もおかまいなしにとにかく何度も振り切れる。これにはコルトレーンもいたくご満悦の様子。
尚このアルバムのライナーには「Om Mani Padme Hum」と記されており、その言葉は「聖なる蓮の華(仏陀)に帰依する」を意味し、コルトレーンのインド哲学ひいてはこの年に対面を果たしたラヴィ・シャンカールへの深い傾倒ぶりを示しています。ラーガのいろはから、その意味や精神性、インプロヴァイズの仕方、背景のドローンなど、シャンカールから教え伝えられた(音楽を介した)インド哲学は、この『OM』という作品を通してコルトレーンの中で誠実に昇華されていきました。「あんさんの音楽にはやすらぎや平和がない。人々が聴いただけで幸せになれるような要素がないねんな」とシャンカールにダメを出されたことに音楽観を180度ひっくり返されそうなショックを受けるも、そこは生真面目で勤勉なコルトレーンらしく素直にその言葉を受け入れ、ある種の覚醒された感覚の中で編み上げた『OM』。そこには、コルトレーン流の幸福論が抽象的ではありますが随所にたっぷりと含まれている作品と感受してもらってもよいかもしれません。
2週間後の10月14日には、西海岸はL.A.楽旅のすがら、フランク・バトラー(ds,per)、ジュノ・ルイス(per,vo)を加えたオクテット編成にてアフロポリ・ナンバー「Kulu Se Mama」、静かに燃ゆる「Selflessness」の2曲を吹き込みました。11月下旬には、セカンド・ドラマーとしてラシッド・アリを正式にメンバーに迎え入れ、その年の9月に行なわれた『First Meditations』セッションの一部マテリアル(+新曲)を再度吹き込むことを決意。パワフルなポリリズム、ファラオの咆哮テナー、新たなエレメンツが加わることでテンションが極限にまで高められたこのセッションは『Meditations』というカタチで世に出ることとなりました。「First」と冠されてはいるものの後出となった『First Meditations』と聴き比べていただければ、そのパワーやダイナミズムの差には歴然としたものがあると言えるでしょう。肉体は病魔に蝕まれつつあったものの、理想的な音の創造へ着々と脇固めをしながらいよいよ前人未到の境地へと向かわんとする、そんなコルトレーンの晩期の充実ぶりがこれらどの作品にもしっかり刻まれています。
『Ascension』でフリージャズ時代の到来に呼応したコルトレーンは、65年9月22日のセッションを最後に ”至高のカルテット” を終息させ、およそ1週間後、シアトルの「ペントハウス」でのステージには『Ascension』で共演したファラオ・サンダースを正式メンバーに迎え入れたセクステットという編成で登場しました。このときの音源が『Live in Seattle』ということになるのですが、とにかくファラオの力みまくりで燃え上がりまくりのテナーが強烈。さらにドナルド・ギャレットのベース/バス・クラリネットが入ることで厚みを増したサウンドは、『Ascension』の騒乱や混沌でさえ凌駕しそうな圧倒的なエネルギーを放射しており、その熱波にクラクラすること受けあいです。ファラオ・ファンにも当然マストでしょう。

尚このアルバムのライナーには「Om Mani Padme Hum」と記されており、その言葉は「聖なる蓮の華(仏陀)に帰依する」を意味し、コルトレーンのインド哲学ひいてはこの年に対面を果たしたラヴィ・シャンカールへの深い傾倒ぶりを示しています。ラーガのいろはから、その意味や精神性、インプロヴァイズの仕方、背景のドローンなど、シャンカールから教え伝えられた(音楽を介した)インド哲学は、この『OM』という作品を通してコルトレーンの中で誠実に昇華されていきました。「あんさんの音楽にはやすらぎや平和がない。人々が聴いただけで幸せになれるような要素がないねんな」とシャンカールにダメを出されたことに音楽観を180度ひっくり返されそうなショックを受けるも、そこは生真面目で勤勉なコルトレーンらしく素直にその言葉を受け入れ、ある種の覚醒された感覚の中で編み上げた『OM』。そこには、コルトレーン流の幸福論が抽象的ではありますが随所にたっぷりと含まれている作品と感受してもらってもよいかもしれません。
2週間後の10月14日には、西海岸はL.A.楽旅のすがら、フランク・バトラー(ds,per)、ジュノ・ルイス(per,vo)を加えたオクテット編成にてアフロポリ・ナンバー「Kulu Se Mama」、静かに燃ゆる「Selflessness」の2曲を吹き込みました。11月下旬には、セカンド・ドラマーとしてラシッド・アリを正式にメンバーに迎え入れ、その年の9月に行なわれた『First Meditations』セッションの一部マテリアル(+新曲)を再度吹き込むことを決意。パワフルなポリリズム、ファラオの咆哮テナー、新たなエレメンツが加わることでテンションが極限にまで高められたこのセッションは『Meditations』というカタチで世に出ることとなりました。「First」と冠されてはいるものの後出となった『First Meditations』と聴き比べていただければ、そのパワーやダイナミズムの差には歴然としたものがあると言えるでしょう。肉体は病魔に蝕まれつつあったものの、理想的な音の創造へ着々と脇固めをしながらいよいよ前人未到の境地へと向かわんとする、そんなコルトレーンの晩期の充実ぶりがこれらどの作品にもしっかり刻まれています。
コルトレーンもうひとつのヴァンガード名実況録
John Coltrane 『Live At The Village Vanguard Again』 (1966年録音)
1961年の歴史的ライヴ・レコーディングに勝るとも劣らないジョン・コルトレーンもう一つの”ヴィレッジ・ヴァンガード”ライヴ・アルバム(1966年5月28日録音)。テイストがすっかり変わった「マイ・フェイヴァリット・シングス」やファラオ・サンダースとの壮絶なバトルなど、聴きどころ満載。エルヴィンやマッコイら”旧クインテット組”が去った後の新境地を開拓している。
John Coltrane 『Cosmic Music』(1966年録音)
【インパルス・クラシック50】 ニュー・クインテットによる初レコーディング・セッション。「Manifestation」、「Reverend King」という生前の後期クインテットによる演奏に、死後に妻アリスとファラオを中心に吹きこまれた「Lord, Help Me To Be」、「The Sun」を追加収録。冒頭「Manifestation」で体感できるテナーの波動が凄まじい。
John Coltrane 『Jupiter Variation』(1966/67年録音)
【インパルス・クラシック50】 晩年のコルトレーン・サウンドの謎に迫るセレクション。クインテット編成からラシッド・アリ(ds)とのデュオまで、すべての瞬間が輝かしい。「Peace On Earth」のスタジオ・ヴァージョンや日本公演でも披露されていた「Leo」を収録。死後10年を経た1978年に発売されているが、単なる未発表音源集とは一線を画する完成度の高さを誇る。
John Coltrane 『Live In Japan』【完全版】(1966年録音)
歴史的な来日公演を5枚組で収録。ディスク1〜4には、1966年7月11日新宿厚生年金ホール、7月22日の東京産経ホールでの演奏が、さらディスク5には、「コルトレーン・クインテットの公式記者会見」、「モダンジャズ研究会(学生)による会見」、「ホテル自室でのジョン・コルトレーン・インタビュー」がボーナス・コンテンツとして収録されている。

その分かりやすいジャケットからもですが、コルトレーン一行が遂に宇宙に手が届いたことを窺い知るのは、何と言っても冒頭の「Manifestation」から。出だしからいきなり爆発するコルトレーンに唖然としていると、どこからか祭囃子のようなピッコロの音がやって来て、まとまわりつく。さすがファラオのピッコロだけあり徐々に激しさを増しながら、打楽器のレイヤー、アリスの瞑想的なソロを誘い込み、終盤は親方コルトレーンとテナー絶叫発狂大団円。そうか! ガガーリンの見た世界とはこういうものだったんだ、とその混沌とした状況をまだ見ぬ宇宙へと脳内転換。その正体が何かよく分からなくてもスケールが大きいものって、人を無条件に感動させるパワーがあるんですね、ともはや思考も無重力状態。
残りの「Lord Help Me To Be」、「The Sun」は、コルトレーンの死後にファラオとアリスが中心となって作られた楽曲で、後者はアリスの初リーダー・アルバム『Monastic Trio』にも収録されています。また、この2月の初セッションで録音された晩年の名曲「Peace On Earth」、「Leo」は、死後にアリスが改悪(要するにストリングスやハープなどを被せまくっている)を施したものが『Infinity』や『Jupiter Variation』といった未発表編集盤に収録され、ファンから「な、何を無神経な!」と大ブーイングを買ったことでも有名です。
同じく2月には、N.Y.のフィルハーモニック・ホールで遂にアルバート・アイラーとの共演が実現。コルトレーン、ファラオ、アイラー兄弟、カルロス・ウォード(as)が揃い踏んだ「My Favorite Things」も演奏されたそうで、音の洪水がものすごい勢いで渦を巻いているのを想像しただけでも鳥肌が立つってもの。当夜の音源、将来的には発掘されてほしいものですが・・・と乞うしてもラチがあかないので、このニュー・クインテットによる素晴らしくも定番な実況録を。同年5月28日のヴィレッジ・ヴァンガード公演を収めた『Live At The Village Vanguard Again!』は、ファンがそのニュー・クインテットの演奏を初めて作品として耳にすることができた記録、つまり”お披露目盤”となるものです。

激越なるヴィレッジ・ヴァンガード公演から1ヶ月半程を経た7月11日、全日本トレーン信教組合および全てのジャズ狂連に特大のインパクトを与えた歴史的な来日公演が、東京サンケイホールを初日として幕を開けました。17日間の滞在中16公演を行なうという超タイトなスケジュール、さらには体調不良も伝えられていたにもかかわらず、コルトレーンはそんなことを微塵も感じさせない熱演を連日繰り広げました。ある者は衝撃に打ちのめされ感動と興奮の坩堝へ、またある者は「なぜ、さくっと『ブルートレイン』を演らない!?」と苛立ち頭を抱える、ジャズの”ニューシング”なる事件に出くわし対峙し百出まとまらないムードが日本中を包み込んだか否か、しかし確実にその革命期が押し寄せていることをコルトレーン一行は強烈に体現/可視化しました。奇しくもビートルズ狂騒曲が日本列島を縦断した年(しかもたった2週間前に!)に行なわれた、コルトレーン初にして唯一の来日公演。その降臨はビートルズより局地的であったかもしれないにせよ、日本ジャズ史においては最大級の衝撃度を計測したと言っても過言ではないでしょう。
この来日公演から45年の時を経た2011年には、当時の記者会見三部を収録した『Live in Japan』の【完全版】がリリースされました。東京での最終日となった7月22日の厚生年金会館のステージでは、来日最中にヤマハからプレゼントされたというアルト・サックスを使って、コルトレーン、ファラオ(これがアルト初体験)の両者が素晴らしき ”アルト・バトル” を「Leo」の中で繰り広げています。その「Leo」のエンディングでは、音の洪水をかき分けながら「それではここで花束の贈呈を・・・」と司会の相倉久人氏がくすぐったく登場してきて多分にズッコケを禁じえないのですが、まぁそれもこの時代ならではのご愛嬌ということで。
最晩年のコルトレーンによる”命がけのプレイ”は圧巻!
John Coltrane 『Offering: Live At Temple University』 (1966年録音)
1966年11月フィラデルフィアのテンプル大学で行なわれたコルトレーン・クインテットの初出コンサート音源。このコンサートの模様は、2010年にFreeFactoryから「Naima」、「Crescent」、「Leo」の3曲がリリースされ、非公式ながら大きな話題を呼んだが、今回は「Offering」と「My Favorite Things」(共に世界初)を含むコンプリート・ヴァージョンとして、Resonance/Impulse!から登場。最初で最後の来日公演から約4ヶ月、コルトレーンの体調はすでにかなり悪化していたはずだが、異様な切迫感に満ちた演奏からは一切そんなことは感じられない。

初演と同じくファラオ抜きのカルテットで臨んだオープニングの「Naima」、クインテットを中心とした「Crescent」、そこにパーカッション部隊が投入される「Leo」、本公演後の67年に吹き込まれる「Offering」、そして、多くの聴衆が待ちわびたラストの”ヒット曲”「My Favorite Things」と。ライナーノーツを書いたアシュリー・カーンの原稿にもありますが、「このコンサート記録は、コルトレーンの楽歴を俯瞰する年代記的プログラム」となっているのもポイントのひとつではないでしょうか。
上述のヴィレッジ・ヴァンガード公演や初来日公演と並ぶ、66年のコルトレーンを語る上で欠かせない殺気に満ちた圧巻のステージ。陰陽どちらの反応が出るにせよ、聴く者に過剰なまでの大きなショックを与えることは確実でしょう。
心の平安を取り戻した生前最後のスタジオ録音
John Coltrane 『Expression』 (1967年録音)
60年代のジャズ・シーンを過激に走りぬけたコルトレーンによる遺作。最後には彼の心の平安を取り戻し極めて穏やかな演奏を繰り広げたリリシズムと豊かな創造性に満ちたコルトレーン・ジャズの究極の姿が聴ける。重厚さの中にもある種の清しさを感じさせる「To Be」では初めてフルート(盟友エリック・ドルフィーの形見)が使用されている。
John Coltrane 『Interstellar Space』(1967年録音)
【インパルス・クラシック50】 遺作となった『Expression』と比較されることの多い本盤には、前セッションからわずか1週間後の67年2月22日に吹き込まれた楽曲を収録している。全編ラシッド・アリ(ds)とのデュオ演奏だが、あまりにもアグレッシヴな両者の対話に身も竦む。閉塞感を感じさせない剥き出しのコルトレーンが聴き手に迫りくる。
John Coltrane 『Stellar Regions』(1967年録音)
【インパルス・クラシック50】 コルトレーンの死後28年が経過した95年にリリースされた作品。録音は67年2月15日で、コルトレーン最晩年にして、その原点に立ち返ったかのようなテナーの咆哮を、ファラオ抜きのシンプルなカルテット編成の中でストレートに感じ取ることができる。ラシッド・アリとのデュオ曲もあり。
John Coltrane 『Olatunji Concert -The Last Live Recording』(1967年録音)
67年4月23日、死の3ヶ月前に行なわれた、ニューヨーク「オラトゥンジ・アフリカ文化センター」での爆発的な演奏は、コルトレーンがその霊性を音に込めた至極畢生なるもの。当時コルトレーンはすでに大分体調を崩していたが、親友オラトゥンジの要請に応えたこの日の演奏は、コルトレーンがジャズという媒体を使って伝えようとした全ての物が昇華された史上稀に見る演奏となった。
[こちらの商品は現在お取扱いしておりません]
66年も年の瀬、コルトレーンはオーネット・コールマンと共同プロデュースしたコンサートをN.Y.ヴィレッジ・シアターで開催。ライオネル ”ソニー” ジョンソンを加えた2ベース、さらにラシッド・アリの兄オマー・アリ、アルジー・ディウィットらのパーカッション部隊を導入したノネット編成にて、ポリリズムの徹底的な追求を行なったと言われています。勿論このときの音源は正式に残っておらず、当時を知る者だけが「凄まじい演奏だったけど、理解できずに席を立ったヤツらも結構いたぜ」と一様に証言しているようです。
そして、ラストイヤー。67年の2月15日にヴァン・ゲルダー・スタジオで録音された「To Be」と「Offering」は、のちの3月に吹き込まれた「Ogunde」、「Expression」と併せ『Expression』として発表されました。悟りの境地と言うべきか涅槃の境地と言うべきか、全体にそこはかとなく漂う、美しくもダークでたおやかなれど重厚なムード。「To Be」では亡き盟友エリック・ドルフィーの形見となるフルートが使用され、死の幻想への恐怖や諦念をも感じさせるその深遠で玄妙なプレイがピンと張った空気を震わせています。ファラオのピッコロやフルートも、このプレイの前ではやや霞みがちといったところでしょうか。大いに俯瞰するのであれば、「Offering」、「Expression」においては、境地という境地を越え、もはや”聖者”の階段を穏やかな表情で上り始めている、そんなコルトレーンの姿を拝むことができると言ってもよいかもしれません。反面、このラスト・セッションに挟まれる形で行なわれたラシッド・アリとのデュオ・レコーディングでは、激しい咆哮と自由度の高い律動との阿吽の呼吸でアグレッシヴな表情を露にしています。ここで録音された曲には、「Mars」、「Venus」、「Saturn」など全て太陽系惑星の名が冠されているのも意味深。
やがて春が訪れ、4月23日ハーレムにあるオラトゥンジ・アフリカ文化センターで開催された「アフリカの起源」コンサートに出演し、「至上の愛パート1:承認」、「My Favorite Things」などを演奏したコルトレーン・クインテット。アルジー・ディウィットとユマのパーカッションを加えたセプテット編成によるその演奏は、2001年に初めて公式に音盤化(『Olatunji Concert -The Last Live Recording』)され、”本当に最期のコルトレーンの記録”としてジャズ・ファンを驚愕させました。この時期の解釈としてすでにおなじみとなったギャリソンのベースソロからの「My Favorite Things」は、これまでになく破壊的。これは、コルトレーンの体力低下によりファラオのソロパートがより長く採用されるようになったことが一因なのかもしれません。61年にヴィレッジ・ゲイトで共演(ステージは共にしていない)して以来、ナイジェリアのパーカッション奏者ババトゥンデ・オラトゥンジが叩き出す強烈なアフリカン・ビートに心酔していたコルトレーン。彼に捧げた「Tunji」という曲があるぐらいその入れ込みようは激しいものでした。またこの時期、自身の身体を自らでコントロールできないほど健康状態が悪化していたコルトレーンですが、「オ、オラトゥンジはんのためなら・・・」と最後の力を振り絞るかのようにこの日のステージに立ったそうです。
5月にアリス抜きのピアノレス・クインテットでボルティモアにおける生涯最後のライブ演奏を行なったコルトレーンは、7月15日N.Y.ロングアイランドの自宅で吐血。翌16日に病院に搬送されたものの、17日午前4時、遂に帰らぬ人となりました。死因は肝臓がん。享年40。最晩年は、オラトゥンジらと先頭に立って黒人音楽の地位向上やその文化を発展させることに意欲を燃やしていただけに、志ざし半ばで”聖者”となってしまったことにはさぞかし大きな悔恨が・・・
中盤以降はその音楽キャリアを包括的に振り返っただけで、「結局何が入門としてオススメなんだい?」という声があちこちから聞こえてきそうな感じですが・・・まとめとして、この「インパルス・クラシック50」にラインナップされたコルトレーンの13タイトルを時系列的にでもざっくりと区分けするならば、(1) 策士クリード・テイラーとの邂逅、(2) 『A Love Supreme』とその周辺セッション、(3) フリーへの大接近、(4) ニュー・クインテットの組閣、(5) 晩年の美しくも烈しい輝き、と5つばかりのセグメントに分けることができるでしょうか。
記念すべきレーベル移籍第1弾の『Africa / Brass』こそ用意されているものの、特筆すべきは(2)〜(5)。「完全にシリアスになったコルトレーン」(©菊地成孔)をごっそりと並べ揃えた、ひと昔ふた昔前の感覚からすればある種の“博打”とも言えるレコード会社のプレゼンテーションは、今こそ評価されて然るべきか? というジャッジメント・デイを迎えつつ、と同時に、仮にこれが「大吉」と出た日には、テン年代以降におけるコルトレーンのスタンダードが、「Blue Train」や「My Favorite Things」(初演Ver.)から、満場一致で「Ascension」や「OM」に入れ替わる可能性すら秘めているという、実に忌憚のないフレッシュな事象(他方で天地無用型のジャズ・ファンは理解に苦しむ結果に・・)のアウトブレイクも期待できるかもしれません。
いずれにせよ、こちらで取り上げた作品に共通して言えるのは、ジョン・コルトレーンという、決して確固たる天賦の才を持ち合わせていたわけではないが、ほかの誰よりも真面目で努力家で、さらに真面目であるがゆえの決壊性分にも人々を強く惹きつけるパワーを持つ、そんな唯一無二の音楽家のソウルを理屈抜きに感じ取っていただける、ということ。何をきっかけに何が享受できるか分からない時代。もし迷ったら、『Ascension』や『OM』あたりから攻めてみるのもおもしろいのではないでしょうか?
そして、ラストイヤー。67年の2月15日にヴァン・ゲルダー・スタジオで録音された「To Be」と「Offering」は、のちの3月に吹き込まれた「Ogunde」、「Expression」と併せ『Expression』として発表されました。悟りの境地と言うべきか涅槃の境地と言うべきか、全体にそこはかとなく漂う、美しくもダークでたおやかなれど重厚なムード。「To Be」では亡き盟友エリック・ドルフィーの形見となるフルートが使用され、死の幻想への恐怖や諦念をも感じさせるその深遠で玄妙なプレイがピンと張った空気を震わせています。ファラオのピッコロやフルートも、このプレイの前ではやや霞みがちといったところでしょうか。大いに俯瞰するのであれば、「Offering」、「Expression」においては、境地という境地を越え、もはや”聖者”の階段を穏やかな表情で上り始めている、そんなコルトレーンの姿を拝むことができると言ってもよいかもしれません。反面、このラスト・セッションに挟まれる形で行なわれたラシッド・アリとのデュオ・レコーディングでは、激しい咆哮と自由度の高い律動との阿吽の呼吸でアグレッシヴな表情を露にしています。ここで録音された曲には、「Mars」、「Venus」、「Saturn」など全て太陽系惑星の名が冠されているのも意味深。

5月にアリス抜きのピアノレス・クインテットでボルティモアにおける生涯最後のライブ演奏を行なったコルトレーンは、7月15日N.Y.ロングアイランドの自宅で吐血。翌16日に病院に搬送されたものの、17日午前4時、遂に帰らぬ人となりました。死因は肝臓がん。享年40。最晩年は、オラトゥンジらと先頭に立って黒人音楽の地位向上やその文化を発展させることに意欲を燃やしていただけに、志ざし半ばで”聖者”となってしまったことにはさぞかし大きな悔恨が・・・
*
中盤以降はその音楽キャリアを包括的に振り返っただけで、「結局何が入門としてオススメなんだい?」という声があちこちから聞こえてきそうな感じですが・・・まとめとして、この「インパルス・クラシック50」にラインナップされたコルトレーンの13タイトルを時系列的にでもざっくりと区分けするならば、(1) 策士クリード・テイラーとの邂逅、(2) 『A Love Supreme』とその周辺セッション、(3) フリーへの大接近、(4) ニュー・クインテットの組閣、(5) 晩年の美しくも烈しい輝き、と5つばかりのセグメントに分けることができるでしょうか。
記念すべきレーベル移籍第1弾の『Africa / Brass』こそ用意されているものの、特筆すべきは(2)〜(5)。「完全にシリアスになったコルトレーン」(©菊地成孔)をごっそりと並べ揃えた、ひと昔ふた昔前の感覚からすればある種の“博打”とも言えるレコード会社のプレゼンテーションは、今こそ評価されて然るべきか? というジャッジメント・デイを迎えつつ、と同時に、仮にこれが「大吉」と出た日には、テン年代以降におけるコルトレーンのスタンダードが、「Blue Train」や「My Favorite Things」(初演Ver.)から、満場一致で「Ascension」や「OM」に入れ替わる可能性すら秘めているという、実に忌憚のないフレッシュな事象(他方で天地無用型のジャズ・ファンは理解に苦しむ結果に・・)のアウトブレイクも期待できるかもしれません。
いずれにせよ、こちらで取り上げた作品に共通して言えるのは、ジョン・コルトレーンという、決して確固たる天賦の才を持ち合わせていたわけではないが、ほかの誰よりも真面目で努力家で、さらに真面目であるがゆえの決壊性分にも人々を強く惹きつけるパワーを持つ、そんな唯一無二の音楽家のソウルを理屈抜きに感じ取っていただける、ということ。何をきっかけに何が享受できるか分からない時代。もし迷ったら、『Ascension』や『OM』あたりから攻めてみるのもおもしろいのではないでしょうか?
コルトレーン・クインテットの面々 [1965〜1967]
Pharoah Sanders
(ファラオ・サンダース)
サン・ラー・アーケストラでの活動(『Featuring Pharoah Sanders & Black Harold』参考)などで激しい雄叫びを上げていたファラオに目を付けていたコルトレーンは、65年『Ascension』のセッションでこの若き闘士を初起用。直後に正式メンバーとして迎えられ、コルトレーンが世を去る1967年まで、レギュラー・クインテットのフロントライン ”二枚岩”の牙城で大暴れした。初リーダー録音は65年のESPだが、コルトレーン・グループ入団を受けてImpulse!に移籍。記念すべき第1弾『Tauhid』を皮切りに、『Karma』、『Thembi』、『Love In Us All』など、所謂「スピリチュアル・ジャズ」の基本概念を示した計11枚のリーダー作を吹き込み、コルトレーン亡き後の同レーベルの看板アーティストのひとりとしてジャズの”ニューシング”を牽引した。
『Karma』(1969)
『Karma』(1969)
「ザ・クリエイター・ハズ・ア・マスター・プラン」の初演を含む、ファラオ最大のベスト・セラー。恩師コルトレーンの他界から1年半、ついに完成したファラオ・ミュージックの真髄。ロニー・リストン・スミスやレオン・トーマスもフィーチャーされた、スピリチュアル・ジャズの聖典。
Alice Coltrane
(アリス・コルトレーン)
1962〜63年にテリー・ギブス楽団に参加したことをきっかけにジョン・コルトレーンと出会ったアリス。65年にマッコイ・タイナーに代わりグループに加入。結婚はさらにその翌年となる。ゴスペル色の強いピアノとハープを弾き分け、コルトレーン晩年のサウンドに玄妙さを流し込んだ。『至上の愛』における「決意」のパートは、当時4人の女性と同時交際していたコルトレーンがそれを認め、アリスに懺悔しようとした上で創作された曲と言われている。夫亡き後は、ファラオ、ジミー・ギャリソン、ラシッド・アリらを伴って、Impulse!に初リーダー作『Monastic Trio』を録音。その後もImpulse!から20枚近くのリーダー作品を発表。中でも、インドのグル=スワミ・サッチダナンダの思想に帰依し、5ヶ月に及ぶインド紀行で得た体験・思想を吹き込んだ72年の『Universal Consciousness』は、壮大でトリッピンなスピリチュアル絵巻として人気が高い。2007年死去。
『World Galaxy: 至上の愛』(1972)
『World Galaxy: 至上の愛』(1972)
「マイ・フェイヴァリット・シングス」や「至上の愛」を独創的に解釈した、アリス生涯の代表作。夫ジョン・コルトレーンを失って約5年。キーボード奏者、作編曲家として次なるステップへ突入したアリスが放つ渾身の新世界。ジョンの金字塔「至上の愛」が斬新に生まれ変わる。
Jimmy Garrison
(ジミー・ギャリソン)
50年代後半からプロとしての活動を開始し、ビル・エヴァンス、ケニー・ドーハム、レニー・トリスターノ、オーネット・コールマンらのサイドを務めてきたベース奏者。コルトレーン・グループには『Impressions』の核となった61年11月の ”ヴィレッジ・ヴァンガード・セッション”で初参加。翌62年2月の”バードランド・セッション”以降レジー・ワークマンに代わってレギュラー・ベーシストの座に就き、マッコイ・タイナー(p)、エルヴィン・ジョーンズ(ds)と共に「至高のカルテット」を形成。67年までコルトレーン・グループのボトムを支えた。モードからフリーまでなんでもござれの表現の幅広さや驚異のテクニックには、晩年の「My Favorite Things」において長尺のベースソロ・スペースを与えるなど、コルトレーンも全幅の信頼を置いていた。
Elvin Jones / Jimmy Garrison 『Illumination!』(1964)
Elvin Jones / Jimmy Garrison 『Illumination!』(1964)
至高のコルトレーン・カルテット在籍中に、エルヴィン・ジョーンズとジミー・ギャリソンがカルテットのリズム・セクションに三管フロントを組み合わせて吹き込んだ、フリージャズにも接近した先鋭的な演奏が強力な1963年作品。人気曲「アボリジニ・ダンス・イン・スコットランド」収録。
Rashied Ali
(ラシッド・アリ)
徐々に調性から逸脱していく後期コルトレーン・サウンドの律動を掌ったドラマー、ラシッド・アリことロバート・パターソン。グループ初参加は、エルヴィンとの2ドラム体制となった65年11月の『Meditations』のためのセッション。ギャリソンやパーカッション部隊と創出した未曾有のアフロポリ・グルーヴは、間違いなくこの時期のコルトレーン・グループの大動脈となっている。エルヴィンは「ドラムの腕前も大したことないのに、エゴイスティックで口が悪くて...」とこぼしていたそうだが、この軋轢は強大なポリグルーヴの創出に欠かすことができないアリに軍配があがったことは言うまでもない。70年代に入ると自己のグループを結成し、ジェイムス・ブラッド・ウルマー、フランク・ロウといったロフト人脈をオルグしながら活動を展開。その後もコンスタントにリーダー作品を発表しながら、ジャコ・パストリアスとのデュオ作品『Blackbird』の録音や、ジョン・ゾーン、ピーター・ブロッツマン、デヴィッド・マレイらとの共演を行なった。2009年死去。
Archie Shepp『On This Night』(1965)
Archie Shepp『On This Night』(1965)
ラシッド・アリのインパルス初レコーディングとなったアーチー・シェップの同レーベル4作目。フリー・ジャズとブラック・ナショナリズムの台頭を背景に生まれた名作で、フリーに咆哮するテナーの根底にこびりついたブルースが何ともいえない魅力で引きつける。ボビー・ハッチャーソン、エド・ブラックウェル、ヘンリー・グライムスらも参加。現在廃盤。
[こちらの商品は現在お取扱いしておりません]
クラシック・カルテットとその他のメンバー [1965-1967]
[1965-1967]のコルトレーン・グループにおいては、もちろん上記4人以外にも演奏記録を残しているメンバーはいる。”至高のカルテット”を形成したマッコイ・タイナー(p)、エルヴィン・ジョーンズ(ds)は、65年11月23日の『Meditations』録音後に共に退団するまで在籍。つまり65年のほぼ1年間は、主にこの「クラシック・カルテット」を軸にした編成でセッションに臨んでいる。
61年、Atlantic時代最後の『Ole』セッションや、Impulse! における最初の『Africa / Brass』セッションなどで、ツインベース・サウンドが必要の際にサポーター的に参加していたアート・デイヴィスだが、この時期は65年の『Ascension』セッションに一度登場したきり。アートに代わってそのツインベース・サポーター役に重用されたのが、シカゴのハードバップ・シーンで活躍していたドナルド ”ラファエル”ギャレット。本職のベース以外にバス・クラリネットを操る芸達者ぶりで、さすが「第5のメンバー」と呼ばれていた人物だけはある。ファラオ初見参の『Live in Seattle』、『Kulu Se Mama』、『OM』に登場する。
ニュー・クインテット誕生以降折にふれてパーカッション奏者が加わることもあったが、66年の『Live At The Village Vanguard Again!』に記録された「My Favorite Things」における怒涛のアフロポリ生成に一役買ったのがエマニュエル・ラヒムだ。のちに自己グループ名義でリリースした『Total Submission』(ファラオの「The Dues Prayer」と異名同曲となる「Spirit of Truth」を収録)がレアグルーヴ界隈で人気を博すラテン・パーカッション奏者、忘れじの名演。
61年、Atlantic時代最後の『Ole』セッションや、Impulse! における最初の『Africa / Brass』セッションなどで、ツインベース・サウンドが必要の際にサポーター的に参加していたアート・デイヴィスだが、この時期は65年の『Ascension』セッションに一度登場したきり。アートに代わってそのツインベース・サポーター役に重用されたのが、シカゴのハードバップ・シーンで活躍していたドナルド ”ラファエル”ギャレット。本職のベース以外にバス・クラリネットを操る芸達者ぶりで、さすが「第5のメンバー」と呼ばれていた人物だけはある。ファラオ初見参の『Live in Seattle』、『Kulu Se Mama』、『OM』に登場する。
ニュー・クインテット誕生以降折にふれてパーカッション奏者が加わることもあったが、66年の『Live At The Village Vanguard Again!』に記録された「My Favorite Things」における怒涛のアフロポリ生成に一役買ったのがエマニュエル・ラヒムだ。のちに自己グループ名義でリリースした『Total Submission』(ファラオの「The Dues Prayer」と異名同曲となる「Spirit of Truth」を収録)がレアグルーヴ界隈で人気を博すラテン・パーカッション奏者、忘れじの名演。
貴重ライヴ音源・映像/関連書籍 [1965-1967]
John Coltrane 『One Down One Up: Live At The Half Note』
65年の3〜5月にかけてN.Y.のハーフノートに定期的に出演したクラシック・カルテットの記録。息子ラヴィ・コルトレーンが自宅倉庫から発見したというテープを2005年にImpulse!がリリースしたもので、ディスク1には3月26日、ディスク2には5月7日の演奏が収められている。初演のニュアンスに程近い序盤から徐々に激しい不協和音の嵐の中に突入していく「My Favorite Things」などディスク2収録の2曲がやはり白眉。途中フェイドアウトがなければ百点満点!
John Coltrane 『Complete Concerts: Live In France July 27 / 28』
1965年7月27日、フランス・アンティーブ・ジャズ・フェスティヴァル出演時の音源と、翌日28日パリにて収録されたライヴ音源を2CDにパッケージ。スタジオ・バージョンのみで知られる集団即興「Ascension」を収録したことで大きな注目を集め、クラシック・カルテットのみで演奏された当曲のフリーとはまた異なった”着地点”に誰もが驚き興奮した。ジャズレジェンドの貴重なライブ映像発掘に定評のあるJazz Iconsからリリースされた映像作品もある。
John Coltrane 『Last Performance At Newport July 2, 1966』
コルトレーンは1958、61、63、65、66年と計5回ニューポート・ジャズ祭に出演したが、これは死の前年に最後の出演を果たした66年のライヴ音源。1966年5月28日録音の「Live At The Village Vanguard Again!」と、1966年7月11日、22日録音の「Live in Japan」の間に位置するもので、歴史的にも非常に有意義なドキュメント。22分近い熱演を繰り広げた「My Favorite Things」をはじめ、「Welcome」、「Leo」の3曲を50分以上にわたり熱演。
John Coltrane 『Live In '60, '61 & '65』
3つの時代におけるコルトレーン・カルテット/クインテットのライブDVD。マイルス・クインテットからリーダーのマイルスが抜けたことにより形成されたコルトレーン・カルテットにオスカー・ピーターソン(p)とスタン・ゲッツ(ts)がゲスト参加した1960年4月のドイツ公演(M-1〜5)、ドルフィーとの双頭コンボで回った欧州ツアーから1961年11月のドイツ公演(M6〜8)、そして本稿向けとなるクラシック・カルテット1965年8月のベルギー公演(M-9〜11)を収録している。このベルギー公演が、純粋なクラシック・カルテットだけで行なったライブの現存最後の記録となる。
『ジョン・コルトレーン「至上の愛」の真実』(著:アシュリー・カーン)
「至上の愛」発売50周年を記念し出版された増強版。神に捧げられた究極の「音」とは、いったい何だったのか?発売から50周年を迎えるスピリチュアル・ジャズの原点とも評される名盤中の名盤。400人近い関係者からの証言を織り込みながら、コルトレーンがミュージシャンとして成長する過程や彼が与えた影響などを約400頁に渡り綴る。
『コルトレーン・クロニクル 写真でたどる生涯』(著:藤岡靖洋)
コルトレーンを追い求めて40年。世界的研究家・藤岡靖洋氏がお届けする世界初コルトレーン写真集。未発表カラー写真を含む二〇〇余点の秘蔵コレクションを一挙公開。オリジナルSP、EP、LPレコードは言うに及ばす、写真、雑誌、プログラム、チケットなどいわゆるメモラビリアは総数二、〇〇〇点を超える。それらは大阪ミナミの名所《コルトレーン・ハウス》に保存され、40年以上もの間一般非公開であった。
