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2013年4月18日 (木)

連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第46回

「コリン・ディヴスを追悼しつつ、ヴィヴィッドの是非を問う」

 アニメは見ないので伝聞だけど、「宇宙戦艦ヤマト」のリメイク版の放送が始まったらしい。「宇宙戦艦ヤマト」といえば、放射能で汚染された地球を救うために遙か彼方のイスカンダルへ、といった内容と記憶しているが、今回のリメイク版(「ヤマト2199」)では、放射能汚染という設定がまるごと無くなったらしいのだ。代わりに、大気汚染というシチュエーションが導入されたのだという。

 これって、ヴィヴィッドな話題を逸らそうとしている「読み替え」ではないか。もちろん、大気汚染だって充分ヴィヴィッドなのではあるが、これは中国由来のPM2.5をネタにしたもの、つまり他国からもたらされた災禍であって、自国のシステムが起こした原発事故とは性格が違う。ここで、俎上に載せ、議論にすべき対象は原発のほうじゃないのか。当然、原発被害をことさらに強調しろと言いたいわけじゃない。それを取り上げないなんて、メディアとしてもったいないなあと思うのだ。
(ちなみに、中国由来とされているPM2.5だって、風の向きが中国とは関係のない方向の日でも、日本ではそれなりの数値を出している。つまり、すべてが中国のせいではなく、今更騒ぐようなことでもなかったりする)

 最近出版された、森岡実穂「オペラハウスから世界を見る」(中央大学出版部)を読むと、ヨーロッパの歌劇場では盛んにヴィヴィッドな話題を取り込んだ演出が脚光を浴びていることに、改めて驚かされる。
 たとえば、リチャード・ジョーンズが2003年に演出したベルリオーズの《トロイア人》は、「9.11」以降顕在化していったアメリカのグロテスクな姿をやたらに具体的に描いているという。「文明の衝突」の片方の当事国である英国で、こうした上演が行われる意味は大きい。
 この本では、このジョーンズやコンヴィチュニー、ビエイト、ヘアハイムなど、どちらかといえば物議を醸し出す系の演出家を取り上げている。とりわけ、著者の専門であるジェンダー批評による演出考察は一読していたほうがいいだろう。ここ10年くらいのヨーロッパのオペラは、ジェンダー分析抜きでは語れないものだからだ。「演出家の独りよがりな演出は御免こうむる!」と劇場でプンスカ怒っている人には、とくにお薦めしたい本だ。

 しかし、日本でのヴィヴィッド系演出はまったく望めそうがないのが現状でもある。なにせ、ゼフィレッリ演出のバブリーな《アイーダ》に代表されるような「化石」ばかりがもてはやされているのが現実だからだ。
 なぜ、化石が珍重されるのか。それはオペラを「芸術」ではなく、「伝統芸能」として認識したいという方向性が日本では強いからだ。まあ、伝統芸能は無害そうだし、助成金も出やすいし、なんて思われているのかもしれない。
 歌舞伎や文楽がある時代で成長・発展を止め、伝統芸能として生き残りを図ったように、西洋由来のオペラもそうした運命を辿っているのかもしれない。そうした「我々の生活や思想に直接踏み込んでこない、別世界のおとぎ話」の需要も認めるにしても、これだけでは社会的役割を果たす「芸術」という意味が失われてしまうのではないだろうか。
 歌舞伎や文楽だって、徳川時代はヴィヴィッドなネタを盛んに取り入れ、社会風刺の役割を果たしてきた。ところが、今はアニメだってそういうネタを避けようとしている。アニメの時代もそろそろ終わり、伝統芸能として長生きしろってこと?

 当然、ヴィヴィッドじゃないほうが良かったのに……、というケースもある。
 コリン・デイヴィスの新譜を聴いた次の日、彼が亡くなったというニュースが飛び込んだ。その新譜は、ベルリオーズの《レクイエム》。この曲を得意にしていたとはいえ、死の直前のリリースがこの曲だったことに、なんともいえぬ偶然を感じる(追悼という面では、ふさわしかったとはいえるけれど)。

 デイヴィスは、このレクイエムを始め、ベルリオーズの大規模な声楽付き作品を得意にしていた。一言でいえば、大曲を相手に、聴かせ上手なのである。いくぶん大雑把なところもあるが、鳴らすところは鳴らし、抑えるところは抑える、大局観を持った指揮者だったと思う。さらに、内声部をザックリと調整し、立体感のある響きを作り出す。この点においては、わたしがデイヴィスでもっとも評価したい演奏は、BBC響とのベートーヴェンの交響曲第8番。シュターツカペレ・ドレスデンとの交響曲全集の影で廃盤になっているけれど、是非復活して欲しい一枚だ。
 
 デイヴィスのレクイエム、実にこれが四度目の録音である。今回ロンドンの教会で収録されたこの演奏は、ホールトーンが多すぎるくらい入っていて、不思議な臨場感がある。ただ、もっと緻密な音を動きを知るには、前回のドレスデンでの録音のほうがふさわしいだろう。ただ、サラウンドにも対応しているから、5.1チャンネルで聴けば、教会のなかで音が広がっていくようなスーパーな臨場感があるのかもしれないが。
 この演奏のとき、デイヴィスはすでに療養生活に入っていたという。しかし、晩年とは思えないテンションの高さも感じる。「怒りの日」の最後のほうなどは、あまりにも音がうるさく、重なり合うので、何をやっているのかわからないほど(やはり、サラウンド装置が必要か)。
 最後の「アニュス・ディ」が静かに終わり、その後にホールを覆う静寂な空気がたまらない。聴衆の拍手が収録されてなくて本当に良かった。こういう演奏は、一人ひとりが心のなかで、そっと拍手したいものだし。

(すずき あつふみ 売文業) 

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