「ライトナーで夏に休んだ耳を開く」
Monday, August 27th 2012
連載 鈴木淳史のクラシック妄聴記 第39回「ライトナーで夏に休んだ耳を開く」
早いもので、八月もそろそろ終わり。ということは、新しいシーズンが始まってしまうわけなのだが、東京の今シーズンを語るにあたって、東京芸術劇場のリニューアル・オープンはちょっと外せないネタだ。たかがホールのリニューアルじゃねえか、お役所が予算をキッチリ使うためにお色直ししただけでしょ、とわたしも思っていた。先月、コンサート・ホールでオーケストラが音出しする機会に立ち合うまでは。
響きの印象が意外なほどに変わった。東京芸術劇場といえば、広がりは感じられるけど、いささか痩せた響きが特徴だった。これが柔らかく響くようになったように変化したのだ。
かつては音があまり届かない最上階の評判も良くなかった。「財布が薄い者には薄い響きしか与えられないのか」と、わたしもずいぶんと寂しい思いをしたも経験があるが、これも改善され、それなりに豊かな響きが楽しめるようになっている。
壁の素材や形状が変わり、ステージが少し広げられ、反響板も改善されたのだという。このときは、客席がガラガラだったので、満員ではまた印象が変わることがあるだろうけれど、ちょっと期待していいんじゃないかと思っている。
ホールへのアプローチも変化があった。あの最悪な評判だった長い急なエスカレーターも、踊り場を設えたL字型のものに掛け替えられた。以前のものは推定復元された出雲大社の天へと至る階段を思わせ、ちょっとした神々しいアトラクションをわたしは結構オモシロがっていたけど、安全の面から考えると、今度のエスカレーターのほうがいいに決まっている。
ただ、大ホールで演奏会が終わった後、「すげえ演奏だったのおー」などと呆然としながら元のエスカレーターのあった場所に無意識のままに足を運んでしまうと、そこにはもう何もなく、その下は奈落だから、そのへんはご注意を。
大ホールのオープニング・コンサートは9月1日、下野竜也指揮読売日本交響楽団のマーラーの交響曲第2番《復活》。コテコテの演目でええじゃないか。
新しいシーズンを迎えるにあたって、わたしが準備していること。それは、なるべくクラシック音楽を聴かないことだ。とくに、オーケストラ音楽は仕事で必要でない限り、まる一ヶ月封印する。耳にもヴァカンスをというわけである。
まあ、毎年のようにどこかに書いているのだけど、正直、夏は暑くてクラシックどころじゃないのだ。こんな時期にオーケストラを聴こうなんて、真夏にドテラ羽織ってコタツでモツ鍋囲みまショー、みたいな心地して、なにごとも丈夫に出来ておらぬわたしには到底無理な話なのである。
蝉の鳴き声ばかり聴いて呆けているわけにもいかないので、普段はあまり聴かない他のジャンルの音楽を聴く(今夏一番多く再生したのは、レディオヘッドの「OK Computer」というアルバムだった。ロックは湿ったやつがいい)。そうやって夏が終わりに近づくと、次第に「ああ、クラシックを浴びるほど聴きてえ。脳味噌を大オーケストラで揺さぶらしてえ」といった欲望がむくむくアタマをもたげてくる。このむくむくな欲望こそ、わたしが自然に会得した生活の知恵、新シーズンへのモチベーションなのだ。
といっても、いの一番にバルビローリのマーラーだの、ゲルギエフのラフマニノフだのといったものをチョイスしてしまうと、残暑が容赦なくわたしを責め苛むことになる。
かといって、アーノンクールのモーツァルトだの、クレンペラーのマーラーだの、ギーレンのベートーヴェン(旧全集)だのといった、自分にとってはストライクど真ん中のディスクだと、走り出しでいきなりトップギアに入れてしまったように、アタマのなかでごつんごつんノッキングを起こす。成程、なにごともウォーミングアップが必要なのですな。
今年は、その走り出しで、いいディスクにめぐり逢うことができた。PROFILレーベルがリリースしている、フェルディナント・ライトナーのボックス・セットだ。ライトナーはチェリビダッケ、ザンデルリンク、マルケヴィッチ、ショルティなど指揮者の当たり年「花の1912年」生まれ。つまり、今年が生誕150周年のアニバーサリー・エディションなのだ。これまで発売されたものを中心にまとめたものだけど、ラインナップが独特すぎる。
12枚のセットのうち、オペラが三本。《パルジファル》はいいとして、ヘンデルの《タメルラーノ》(これが初出音源)とコルネリウス《バクダッドの理髪師》とこれまた渋い。さすが、渋い系指揮者ライトナーの面目躍如だ。いやいや、彼はかつてのドイツ・グラモフォンの看板指揮者だったはずなのだけど……。
他にもモーツァルトの交響曲が第31番と第36番だったり、ヴォルフ=フェラーリの《聖母の宝石》間奏曲なんて通俗名曲が唐突に入ってたり、寄せ集め的な雰囲気が立ちこめているのにも関らず、それがライトナーという指揮者に不思議にマッチしているようで、なんだか妙に愛おしくなるセットなのだ。
なかでも、ハイドンの交響曲第6〜8番が気に入った。それぞれ、朝、昼、晩とタイトルを持つ標題作品だけど、実にエレガントで、開放感ある演奏に仕上げられている。
それぞれのパートのブレンド具合も、混ぜすぎず、独立させすぎず、たっぷりと歌わせる優雅なテンポで進行するのだけど、一つ芯が通ったハイドンなのである。
まさしく、これほどまでウォーム・アップに相応しい気持ちがいい音楽があったろうか。極端なところはなく、それでいて「拙者、中庸を心がけてござ候」といった辛気臭いゼスチュアも感じない。
ただし、「ハイドンってたまらんなー」などと調子に乗って、トーマス・ファイが指揮したバカっ速いハイドン演奏を引き続いて聴いてしまうのはご法度。まだそのシフト・アップは早すぎる。次に聴くのは、ひんやり叙情性のデニス=ラッセル・ディヴィス盤あたりで。
《パルジファル》の歌手は、ヴィントガッセンだのメードルだのナイトリンガーだのといった往年の名歌手が揃っているが、ライトナーの指揮は決して古くない。残暑のなかで耳を傾ける、無駄に重くないワーグナーの心地よいこと。
《タメルラーノ》も、昨今のサクサクとした古楽演奏とはまったく無縁のスタイル。こうしたヘンデル演奏は、どうしても荘重なアーティキュレーションに傾きがちだけど(バッハかいな!)、ライトナーの場合、どこか「抜け」がいい。決して直接的じゃないけど、じんわりとくる愉悦感。
ライトナーのおかげで、今年はいいシーズンを迎えられそうな気がする。たぶん、こうした演奏を聴くことで、休んでいた耳が気分良く開放され、もっとキョーレツな演奏への理解もいずれ高まってくるに違いないから。感謝感謝。
(すずき あつふみ 売文業)
for Bronze / Gold / Platinum Stage.
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Leitner: Anniversary Edition-wagner: Parsifal, Handel: Tamerlano, Cornelius, Mozart, Haydn, Etc
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Import OK Computer
Radiohead
Price (tax incl.): ¥1,781
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(tax incl.): ¥1,550Release Date:16/June/1997
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