SIGH 川嶋未来氏コラム第9回!
Friday, August 24th 2012
『第3回:Celtic Frostはどこへ向かおうとしていたのか、Vanity/Nemesisとその後』
まずは Celtic Frost 編第2回の補足から。(Tom G. Warriorの世界 第2回はこちら)
前回 "Cold Lake" について、Celtic Frost にセカンドギタリストとして誘われたという Aggression の Denis Barthe にインタビューを申し込んだのだが、返答がなかったと書いた。ところが何を考えたか、数か月を経た今、突如返事が来たのでここに引用する。
「Celtic Frost が突如 L.A.メタルをプレイし始めた理由?それは間違いなく Tom のアイデアさ。理由は簡単、彼は女が大好きだった。正直あまりハンサムとは言えない男だが、コンサートに来る女をもっと増やそうという魂胆だったんだろう。悲しい話だね。Martin は完全に反対していたけど、Reed はいつでも彼と寝ようとする女が列をなしてたからね、プレイする音楽なんてどうでも良かったんじゃないかな。Tom は俺には特に L.A.メタルに転向することについて、何もコメントはしてなかったよ。まあとにかく L.A.メタルをプレイしようと決めたのは、Tom、というより厳密には彼のペニスだろうな。」
「俺が Celtic Frost に誘われてスイスに行ったのは、1986年の1〜2月くらいだった。間違いないよ。」
盗作の件はともかく、Oliver には L.A.メタル化の責任はないということになるのだ。むしろ、L.A.メタルに明るい Oliver だからこそ、Tom はバンドに引き入れたのかもしれない。Denis がバンドに加入すれば、アメリカ人である Reed を含め、バンドの半分が北米人ということになる。北米マーケットに固執していた Tom らしいアイデアと言えなくもない。
まあいずれにせよ、Denis の証言によりますます謎を深まった。この謎を解くには、Tom 本人に、正直に真相を語ってもらうしかない。これらのことについては自伝にも書かれていない。そもそも真実でないから書かれていないのか。それとも Tom が敢えて真実に触れなかったのか。残念ながら今後も真相が明される可能性は低そうだ。
さて、それでは第3回の本題に入ろう。
1990年というと、エクストリームメタルの世界はフロリダ、もしくはスウェーデン出身のデスメタル、そしてさらに過激なグラインドコア一色に塗りつぶされていた。前年の Morbid Angel のデビューの衝撃は凄まじく、また90年にはスウェーデンを代表するデスメタルバンド、Entombed がデビュー作を発表。
最早エクストリームメタルと言えば Earache という時代である。一番ワリを食ったのがスラッシュメタルであることは言うまでもない。過激さが売りであったにもかかわらず、それを遥かに凌駕する激しい音楽が出てきてしまったのだから。もちろん90年には Megadeth が "Rust in Peace" で健闘してはいたが、これはあくまでメジャー中のメジャーの話、それもスラッシュという土俵での話とは言い難い。
多くのスラッシュメタルバンド、そしてレーベルが、デスメタルという新しい波に飲まれて消えて行った。

Entombed
時代の逆風に加えて Celtic Frost の場合、前作 "Cold Lake" でL.A.メタル化を試み殆どすべてのファンを失うというハンディキャップすら背負っていた。正直なところ、よくそのまま解散とならなかったと関心したものだ。"Vanity / Nemesis" のリリースに際しては、やたらと「原点回帰」が強調されていた。
「原点回帰」というキャッチフレーズは何ら珍しいものではない。むしろよく見かけるくらいのものだ。
だが Celtic Frost の場合、「初期の作風に戻りましたよ」という額面通りの言葉の外に、「L.A.メタルはやっていませんから安心してください!」という含みがあった、というよりはむしろそれがメインのメッセージであったことは明らか。しかしいくら「原点回帰」を強調されても、コアな Celtic Frost ファンを自負していた私ですら、それほど食指は動かなかった。多くの当時のエクストリームメタルファン同様、そもそもスラッシュメタルの新譜にさしたる期待を最早持てなかったし、何しろ "Cold Lake" の後だ。そして何よりも致命的だったのがそのアートワーク。"Morbid Tales" や "To Mega Therion" の、不気味かつアーティスティックな雰囲気が皆無。どちらかと言えば "Cold Lake" の続編を想像してしまうそのジャケットに、購買意欲を削がれた人も多かったのでは?それに、だいたいが「原点回帰」などと言って、本当に原点回帰をしていたケースなど殆ど有りはしないのだ。と、色々文句を並べつつも、一応 CD は買ってみた。
問題外。それが一発目の感想だった。果たして2−3度でもアルバムを通して聞いただろうか。
確かに音作りはへヴィであった。"Cold Lake" とは比較にならないへヴィさ。初期の Celtic Frost とは明らかに違うが、それでもへヴィであることに間違いはなかった。しかし時代は1990年。Entombed が出てきているような状況で、スラッシュメタルバンドのへヴィさが果たして売りになるものか。そして大問題だったのはやはりヴォーカル。何故だかはわからない。だが明らかに前作 "Cold Lake" を引きずった唱法をTomは選択していた。これで「原点回帰」はないだろう。肝心の楽曲もまったくフックが感じられない。 突出した曲もなければ、何となく似たようなものがだらだらと流れていくだけ。これは "Cold Lake" にも言えることだが、Reed St. Mark というドラマーの存在の欠如による損失は、Celtic Frost にとって人が思うよりも遥かに大きい。Tom のシンプルなリフワークの対極にあるような、凄まじいリズムの切れを持った Reed のドラミング。そのマジックが "To Mega Therion" や "Into the Pandemonium" に大きく作用していたことは、疑う余地がない。意外ではあるが、Reed の持っていたジャズやファンクといった、まったく別ジャンルの音楽の素養が、Celtic Frost に化学変化をもたらしていたのである。というわけで、あっという間に "Vanity / Nemesis" の存在は私の記憶から消えてしまった。あの頃このアルバムが話題になっていた記憶もないので、大方同じような感想を持ったファンが多かったのではないか。皆、Earache からどんな新譜が出るかをチェックするほうに忙しかったのだ。
まあ何か毎回同じことを言ってる気がしなくもないが、このアルバムも今改めて聞き直すと、それほど悪くはない。結局アルバムを聞くという行為は、自分の期待と実際の音のギャップを確認する作業でしかない。
「Celtic Frost が原点回帰!」と言われて "Morbid Tales" を期待しつつこのアルバムを聞けば、一発目はそのギャップに失望するのは当然。その後、実際の作品を受け止めた上でリスニングを重ね、そして初めてその作品に対する本当の感想が出てくるものだ。ところがプロのライターであっても、一発目の条件反射でレビューを書いてるとしか思えないケースをしばしば見かける。そんなものはレビューでも何でもない。ただの(勝手な)期待と現実のギャップの描写だ。そんなものに何の意味があるのか。で、このアルバムについてもあらゆる期待も予測も排除、というよりもすでにどういうものであるかを知っている状態で聞くと、わりとイケるのである。もちろん初期3枚のアルバムに匹敵するとは到底思えない。しかし "The Heart Beneath" や "Wings of Solitude" など、おっと思わせる曲も散見される。"Heroes" のカバーはまったく不必要だと思うけど。
結局このアルバムは Celtic Frost の最後のオリジナルアルバムとなった。(もちろん2006年に復活するのだが、それはまた別の話。)スラッシュメタルというジャンル自体も終わったジャンルなら、Celtic Frost も過去のバンド。まあこんな状況じゃ解散もやむを得ないよな、というムードを私個人としては感じていた。
ところが、まったく想像すらできなかったが、当の Celtic Frost 本人たちは、当時逆にノリノリの状況だったようなのである。盗作疑惑のあったセカンドギタリスト Oliver Amberg はクビにしたものの、バンドを去っていた Martin Ain や、"Into the Pandemonium"ツアーを共にしたセカンドギタリスト Ron Marks までもの協力を得、非常に充実、そしてリラックスした状況下で、この "Vanity/Nemesis" の制作は行われたようだ。"Cold Lake" の失敗に学び、昔の Celtic Frost が持っていたパワー、へヴィネスを取り戻すべく最大限の努力をした。そして資金も過去に比べれば格段に潤沢なものだったようだ。14日で仕上げた "Cold Lake" と異なり、再び昔のように十分な時間をかけて仕上げた "Vanity / Nemesis" は、Tom にとって十分満足の行く出来上がりだったようだ。そして彼の回想によれば、アメリカでのディストリビューションには不満は残ったものの、このアルバムはメディアからもファンからも手放しの絶賛を受けたというのである。この点については私の当時の印象とは大きく異なる。この作品、決して酷評をされていたとは思わないのだが、そもそもそれほど話題にならなかったように思うのだ。もちろん日本在住であった私の感じ方と、欧米でのそれでは大きなギャップがあった可能性は否定できない。ただ、当時の海外の雑誌やファンジン、テープトレードのネットワークにおいても "Vanity / Nemesis" が大きな話題になっていた記憶はまったくないのだが。。。

Celtic Frost(1990)
それはともかく、その後ついに Celtic Frost は長年の夢を実現する。RCA/BMG というメジャーレーベルとの契約。
この点から見て、"Vanity / Nemesis" が商業的に成功であったというのは事実なのかもしれない。怨敵 Noise Records を離れ、ついに、念願のメジャー契約の獲得。Tom の喜びがどれほどのものであったか、想像に難くない。Celtic Frost というのは少なくともメタル界においてはビッグネームだ。メタルファンを自負するものならば、その名前を知らないでは済まされない。だが、Tom は「お金、儲かってるんでしょ?」と聞かれるのが一番つらかったそうだ。ロックスターのイメージを保ちつつツアーを重ねるも、実際は日々の光熱費の支払にも苦慮する有様。約束したお金を払わない Noise Records。そもそもアルバムの売り上げ枚数にしたってレーベルの自己申告だ。実際には3万枚売れていても、「1万しか売れてないですけど?」と言い張られたら、その嘘を証明するのは容易ではない。
レーベルと戦おうにも弁護士が必要だ。だが日々の暮らしにあくせくしているバンドにどうやって弁護士費用が払えようか?これは何も Celtic Frost だけに限った話ではない。夢を壊すような話で申し訳ないが、これがいわゆるミュージックインダストリーと言われる世界。Celtic Frost ほどのバンドでもこんな目に合わなくてはいけないのである。時々バンドで飯を食っているように見せかけている日本のアマチュアエクストリームメタルバンドがいるが、冗談もたいがいにして欲しい。それはともかく、そんな悲惨な生活との決別できる。天下のメジャーとの契約。Noise の介入を完全に排除することはできなかったようだが、それでも以前と比べれば格段の待遇の改善が望めるはず。完全なメジャーリリースとなる次のアルバムこそ一世一代の勝負。そこで Tom が考えたのは「"Into the Pandemonium" のパート2を作ろう」ということだった。独創的で進歩的なあの Celtic Forst をもう一度世に示そう。しかも "Into the Pandemonium" がただのデモテープにしか聞こえなくなってしまうような、格段にクオリティの高い作品を。
だが、その夢はあっという間に断ち切られた。それもたった一本の電話で。突然の RCA/BMG からの契約解除通告。何かをしでかした、争いごとがあった、などではまったくない。むしろ何もしていない。新曲も聞かせてすらいない状態でのいきなりの契約解除。何のことはない、不況のあおりを受けた RCA/BMG がリストラを断行、Celtic Frost を推していた人物がいなくなってしまったのだ。バンドにとってこんな酷なことはない。メジャー契約という天国から、いきなりディール無しの地獄へ真っ逆さま。実に恐ろしい世界だ。Tom の失望は並大抵のものではなかっただろう。しかし彼は諦めなかった。
一から新しいディールを探そう。ただし目標はメジャーのみ。インディーズではダメだ。そしてふさわしい契約がとれない場合、Celtic Frost は終わりにしよう。安易にインディーズでも良いからバンドを継続しようとはしない、壮絶な覚悟だ。そして彼は新たなデモを制作し始めた。それもかつての盟友、Reed St. Mark の協力を得て。
ニューアルバムがどんなものになる予定であったのか、Tom 自身による詳細なメモが残されている。
2. へヴィでパワフルだが、Celtic Frost 特有のアバンギャルド性も持つ。
3. アルバムタイトルは、"Seed of Tranquility" もしくは "Under Apollyon's Sun"。
4. 可能であれば、プロデューサーはブライアン・イーノが望ましい。
5. 収録予定は14-16曲、CD に収録可能なギリギリの長さにしたい。
6. Prince 、ELP 、Sister of Mercy あたりのカバーを収録したい。
7. メタルのミュージシャンからクラシック奏者、歌手などのゲスト参加を要請したい。"Into the Pandemonium" 同様、弦楽器や管楽器、そしてオペラ歌手の参加を予定。
8. ジャケットにはジョージ・グロスの 「die Grosstadt」 を予定。
アートワークについても "Cold Lake" や "Vanity/Nemesis" のそれから一転、明らかにボッシュを使用した "Into the Pandemonium" 路線への復帰を画策している。
だが、これだけの立派なステートメント、構想を掲げていたにもかかわらず、結局興味を示すメジャーレーベルはなかった。(インディーズからのオファーは多数あったらしい。しかしそこで妥協するのは Tom のポリシーに反することだったのだろう。)こんなプレゼンテーションを聞かされたら、ちょっと聞いてみたいな、一か八か賭けてみてもいいのではないか、と思うレーベルが一つくらいあっても良いはず。
しかしそうはならなかった。何故だろうか。もちろん時代もある。あの時代のデスメタルバンドの勢いは凄かった。
93年にもなればブラックメタルさえ台頭してきている。今更スラッシュメタルという過去のジャンルに属するバンドに投資するお金はなかったのだろうか?
そこに収録されているのは、上記の雄弁なステートメントとは真逆の、味気ない、掴みどころののない楽曲群。Tom はレーベルと交渉する際に、このデモについて相当の言い訳をしている。これはあくまでただのデモ、基本的な方向性を示すだけで実際のアルバムのクオリティはこんなものではない、と。つまり雄弁なステートメントは、あまりにクオリティの低いデモに対する苦しい言い訳だったのだ。Celtic Frost は、殆ど同じような経験を "Into the Pandemonium" の時にしている。有名なプロデューサーをどうしてもつけたかった彼らは、アルバム制作前にラフデモを制作。もちろんオペラコーラスやストリングス、ブラスなど一切入っていない、極端にラフなデモだ。しかしそれでは "Into the Pandemonium" が最終的には凄い作品になるのだと、誰も納得させることはできなかっただろう。果たして Michael Wagner にはあっさりプロデュースを断られている。そして今回も、二の轍を踏んでいるとしか思えないのだ。確かに一部の曲にはオペラコーラスが入っていたり、おっと思わせる場面が無いことも無い。しかしそれ以外は、殆どベース、ギター、ドラム、ヴォーカルという完全な基本編成によるリハーサルテープのような有様。
「Celtic Frost 特有のアバンギャルド性を持つアルバムになる」と豪語するならば、なぜそこを強調しなかったのか。"Into the Pandemonium" を作った80年代とは違う。92年/93年と言えば低価格・高性能のシンセサイザーがいくらでも使えたはず。それほどまでに壮大な構想が頭の中にあったのならば、デモの段階ではシンセサイザーによる代用でそれを示せば十分だったのではないのか?実際シンセサイザーも使われている。オルフのカバー、カルミナ・ブラーナは選曲のベタさも頂けないし、出来も惨憺たるもの。何でこんなものを収録しようとしたのかも理解できない。
こんなカバーに労力を割くならば、他の曲にシンセサイザーで味付けをしたほうがよっぽどマシだったのでは? 何故 "Into the Pandemonium" のプロデューサー探しのときと同じ過ちを犯したのか?デモを作成する資金に限界があったのか。ディールが欲しくて焦りすぎたのか。それとも過去の栄光を過信し、ステートメントだけでそれなりの契約がとれると勘違いしたのか。真相はわからない。
とにかく言っていることとやっていることに、これだけのギャップがあったら、契約をしようと思うメジャーレーベルなどあるはずもなかったのである。もちろん Michael Wagner が一笑に付した "Into the Pandemonium" が最終的には歴史に残る名盤になったわけであるから、それなりの資金を得て、それなりの時間をかけて制作をされたなら、"Under Apollyon's Sun" が "Into the Pandemonium" に匹敵、もしくはそれを超える名作になった可能性は十分にある。何しろ Tom には常人には理解できないような発想力があり、人並み外れた才能が備わっていたことは間違いないのだから。

Celtic Frost(2006)
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あれが正式にリリースされる日が来るとは、誰も思わなかっただろう。Celtic Frost のメンバーたちも、もう過去の確執を水に流すに十分な年齢に達しているはず。いつの日か、あの時企画した "Under Apollyon's Sun" を実現しよう!と再び手を握り合うことはないのだろうか。Triptykon もいい。しかし Celtic Frost が "Into the Pandemonium" の続編を作るべく再結成、などというニュースが流れたら、その興奮たるや凄まじいものになるのだが。。。
川嶋未来/SIGH
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