SALSOUL STORY
2012年8月17日 (金)

ここでサルソウルの履歴と誕生の逸話を説明しよう。元々先見の眼が鋭い、以前から多方面でのビジネスを繰り広げ、その後ラテン音楽を流通し始め音楽業界に入り込んだ3人のケイリー家の兄弟、ジョー、ケンとスタンがサルソウルを立ち上げ共同経営していた。ジョーとスタンはビジネス面を担当し、ケンがレーベルのA&Rとして活躍する。フィリー・ソウルとディスコが著しく流行する寸前に、当時ホットであったサウンドに一目惚れ、この音楽にはビジネス・チャンスが大いに存在するのだと察知し、1974年にレーベルを立ち上げたと、ケン・ケイリーはDJ Historyのインタビューで語っていた。また、当時のニューヨークで盛り上がった、彼らも深く関わっていたサルサ(サルソウルの前身レーベルMericaはジョー・バターン『Salsoul』を発表した事で有名な、サルサ専門レーベルだった)やラテンのパーカッシヴな要素とフィリーから誕生していたソウルを融合したい想いで、レーベル名を“サルソウル”と命名する。
ケン・ケイリーは、当時流行っていたフィリー・ソウルのサウンドと、ニューヨークのナイトライフをジョー・バターンと満喫する中、発見したクラブ・カルチャーやDJがプレイするフィリー・ソウルとディスコ・サウンドを、ニッキー・シアノのギャラリー等で真っ向から体感し、クラブにいたダンサー達と同様に計り知れない影響を受け大に気に入るようになり、そういったサウンドを取り入れたレーベルを立ち上げたいと思い、当時PIRが制作していたフィリー・ソウルの多くの作品に関わり、MFSBのメンバーでもあったヴィンス・モンタナJr.をジョーから紹介され、フィラデルフィアまで駆けつけ会いに行く。
そこでインスト系のダンス・ミュージックを作りたいと、ヴィンス・モンタナJr.に提案し、3曲の制作を依頼。ヴィンス・モンタナJr.は、仲間であるMFSBのメンバーを集め、サルソウル・オーケストラを結成し、「Salsoul Hustle」を完成。この作品がサルソウルの第1弾作品として発表され、ニューヨークのクラブDJに注目を浴び、そしてレーベルとしての初アルバムのヒット作となる、サルソウル・オーケストラ『Salsoul Orchestra』をリリースする。その時点からサルソウル・オーケストラはレーベルのハウス・バンドになり、数々のレーベル作品をバックする。又、その後ヴィンス・モンタナJr.からPIR周辺で活躍していたフィリー・ソウルの大御所、ノーマン・ハリスを紹介され、ゴールドマインドという彼自身のレーベル立ち上げに支援し、ロレッタ・ハロウェイやダブル・エクスポージャーの作品を発表し、サルソウルはインディ・レーベルとしてNY、世界のダンス・ミュージックのシーン形成に拍車をかけ土台を確立する。恐らく多くのダンス・ミュージックのファンは、幾つかのサルソウルの名曲の12インチ・シングルやアルバムを既に持っているのかとは思うが、改めて今回の大規模なストレート・リイシューで再発されるフル・アルバムの幾つかを手に入れるのをお薦めしたい。なぜならば、まず今までヴァイナルとCDのフォーマットで入手困難だった、今まで見逃した、隠れた名作もリリースされる予定で、各アルバムに追加されているボーナス・トラックもきっとサルソウルを入門的に又より深く掘り下げたい人から既にレーベルを網羅しているファンまで、満足させる内容が擬縮されている物になっている。また、このレーベルから数え切れないほど多くの傑作を発表していたアーティストの作品と初めて出会うも出来ると同時に、改めてリマスターされた各楽曲を聴き、それらの作品の凄さを再確認する事も可能だ。
さらに、レーベルが輩出したアーティストの良さを見出し、最大限に持ち上げるように、最強のプロデューサー、ミュージシャン、作曲家、編曲家、エンジニア、スタジオ(多くの作品はフィラデルフィアの名門スタジオ、シグマ・サウンドで録音された)、リミキサーの起用により、ひょっとして二度と繰り返す事の出来ないマジカルなプレイヤーの敏腕な“生”の演奏力、それをレコーディングした時にしか起きない、熟練のミュージシャン仲間同士で発する絶妙な相性と、とてつもないグルーヴ、その他裏で支えた多くの方々の仕事ぶりを伺う事が出来、サルソウルがレーベルとしてどれほど素晴らしい、時空を超えたダンス・ミュージックを制作していたかを今回の再発でリスナーが探検出来る事を願ってやまない。
Ken Hidaka (hangouter)
